<東京怪談ノベル(シングル)>


絆の強さ


「さぁ、行くわよ」
「もっちろん、準備オッケー」
「はいっ。いざ、魔女退治!ですね」
 レピアがツインテールの少女とメイド服の少女の顔を見ながら告げると、少女達は大きく頷く。
「まだ眠っていてくれればいいけど‥‥もう起きちゃってるかもなぁ」
 うーん、とツインテールの少女が唸る。
 少女の贈り物のせいでレピアをメイドに変えた魔女は眠りについていたのだった。しかし大分時は経っていたため、その効果は切れていても可笑しくない。
「でもまた悪さをされたら困るし。それに借りは返すって決めたんだから」
 レピアの言葉にツインテールの少女が笑みを浮かべた。
「そうだね。放っておいたってまた同じことの繰り返しになるだけだし」
「行きましょう」
 にっこりと微笑んだメイド服の少女はレピアの手を取る。
 楽しげにくるり、と回ってその手を引いた。
 今から魔女との対決に行くというのに、そんな緊張感がこの三人にはない。
 黒山羊亭を出た三人。
 鼻歌を歌ったツインテールの少女が魔女の居る地下迷宮へと繋がる空間を開く。自称なんでも屋の少女はこういった類のことはお手の物なのだ。
「んじゃ、地下迷宮へレッツゴー!」
 レピアを先頭に三人はその空間へと飛び込んだ。


 三人が出たのは地下迷宮への入り口の手前にある大きな木の側だった。
 レピアが最後に出てきたツインテールの少女を受け止める。
「ありがとっ!」
 ぴょん、と抱きついたレピアから離れた少女は辺りをきょろきょろと見渡す。
 先に来て辺りを探っていたメイド服の少女が駆けてきた。
「この辺りは危険はないみたいですぅ」
「それならここで待っていて貰ってもいいかな?」
 ツインテールの少女がメイド服の少女にあれこれと道具を手渡している。
「私はここで二人を待ってればいいですか?」
「そうね、三人行って全員やられたんじゃ意味がないから、ここに残っていて貰えると嬉しいわ」
 一人きりにしてしまうけど、とレピアは眉を顰めてメイド服の少女の額にキスを落とす。
「大丈夫ですっ! 私、二人の事待ってます。だから無事に帰ってきてくださいね」
「任しておいてっ! でも、もし帰りが遅いようだったらさっき渡した道具を駆使して‥‥お願いね」
「はいっ」
 行ってらっしゃいですぅ、とメイド服の少女は手を振る。
 手を振り返してレピアとツインテールの少女は地下迷宮へと足を踏み入れた。


「中の構造は任して。しっかり頭に入っているから」
 一度来た事のあるレピアはそう言って先頭を歩き始める。地下迷宮は6階まであった。
 レピアの後をツインテールの少女は歩いていくが、何処からか聞こえてくる奇妙なうめき声に首を傾げる。
「ねぇ‥‥もしかして変なの居る?」
「そうね、魔女の召還した魔物が居たわ。地下に行くにつれて凶暴になっていくけれどここら辺はそうでもないわね」
 そんな事を言いながらレピアは鋭い蹴りを足下を蠢く魔物に入れる。
 キィ、と小さく鳴いてそれらは形を失った。
「そっかー。それじゃ色々出しておいた方が良いのかもね」
 ごそごそと先ほど半分に分けた鞄の中から銃のようなものなど色々なものを取り出す。
 薄暗い迷宮を歩きながら二人は次々と魔物達の攻撃を避けると確実に倒していく。
 どこまでも続くかのように見える迷宮。
 しかし魔物がどんどん凶暴になっていく事で、最下層に近づいている事が分かる。
 レピアは戸惑うことなく歩を進める。
 レピアが踊るように華麗な足技をくらわせ冥夜がとどめを刺していく。
 二人は息のあった素晴らしいコンビだった。何度か共に冒険をこなしているだけある。
 そして重い扉を開け中に入ると、更に重厚な扉が現れた。
 レピアはその扉を指差して告げた。
「あれが‥‥魔女の部屋へと続く扉」
 気をつけてね、とレピアはツインテールの少女に言うと、扉を勢いよく開ける。
 その場からすぐに飛び退くが、待ちかまえていた魔女はレピアに向けて石化の吐息を吐く。
 レピアの足先が軽くその吐息に触れてしまった。
 あっという間に石化するレピアの姿を見て、冥夜は目を見開く。
「レピアッ!」
 夜の間石化するレピアが昼までも石化してしまったら‥‥。
 一生石化が溶ける事はない。
 レピアが大好きな踊りを踊る事も、そして自分と話をする事も出来ない。
 何よりも石化をする時の苦しみ。
 それをツインテールの少女は知っていた。
 動揺していたツインテールの少女は、きっ、と魔女を睨む。
 魔女の回りには以前のレピアと同様にメイドへと変えられた少女達が大勢居た。どの少女も美しかったが目には生気がない。操られている証拠だ。
 魔女は近隣の町や村から美少女を攫って、そしてコレクションをしていたのだった。
「こんなにもたくさんの人を‥‥」
 ツインテールの少女の呟きは魔女まで届いたらしい。
 大声で笑い始める魔女。
「全部可愛らしい私の人形だよ。美しいだろう? こういうものが側にあると心まで美しくなったようだよ」
「心が美しい訳ないじゃない。他人の心を歪ませて。自分の心も歪みきってるじゃない」
 尤もな少女の言葉に魔女は目を細める。
「アンタもなかなか‥‥のようだね。でも簡単にはメイドには出来ないねぇ。まずはそこの石像を‥‥」
「だ‥駄目っ! レピアには何もしないでっ」
 魔女の瞳がレピアに移ったのを見て、ツインテールの少女はレピアの前に立ちはだかる。
「おやおや、麗しき想いとでもいうのかねぇ。でも、だからといって許してやるつもりはないんだ。この間の酒と霧と私は怒っているんだよ。お前達のやったこと倍にして返してやらないとね」
 ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた魔女はレピアへと手を伸ばす。
 それを遮ろうとしたツインテールの少女は魔女の罠にまんまと引っかかる。
「捕まえた」
 魔女の瞳が少女の瞳をしっかりと捕らえる。目をそらす事は出来ない。
 少女はそのまま魔女の方へと吸い寄せられるように歩き出す。
「そうだ、良い子だ」
 魔女は近寄ったツインテールの少女の服をメイド服へと自ら着替えさせる。
「あぁ、私の可愛いお人形。楽しいねぇ‥‥この滑らかな肌といい‥‥」
 くつくつと笑った魔女は回りに侍るメイド達を眺め満足そうな笑みを浮かべた。


「遅いですぅ‥‥‥」
 待てど暮らせども一向にレピア達が戻ってくる気配がなく、メイド服の少女は首を傾げた。
 すでにレピア達が迷宮に突入してから一日が過ぎようとしていた。
 迷宮というだけに迷った可能性もあると少女は考え今まで待っていたのだが、どう考えても遅すぎると立ち上がった。
「やっぱり‥‥可笑しいですぅ。行かないと」
 メイド服の少女は先ほどツインテールの少女から預かったものを持って迷宮の中へと入っていった。
 ツインテールの少女から預かっていたのは糸の端と武器等だった。
 迷宮でメイド服の少女が迷わないように、糸を辿っていけばたどり着けるようになっていた。
 それは糸の先を持っている人物しか見えないようになっている。誰かにそれを発見されても分からないようにとツインテールの少女に考えられたものだった。
 その糸のおかげでメイド服の少女は迷わずに先へ進む事が出来る。
 魔女の方も侵入者を排除したと思っているからか、退治された魔物を再び召還するようなことはしていなかったため、メイド服の少女も簡単に先へと進む事が出来た。
「どこまで続いてるんでしょう。‥‥結構来ましたけど‥‥レピアさん‥‥何処に‥‥‥っ!」
 ぽつりと呟いた言葉。
 その言葉を呟いた時、少女の目に石化した見慣れた人物が入ってきた。
「レピアさんっ! 夜なのにどうして?」
 少女は駆け寄り石化したレピアを眺める。
 待てど暮らせどこれでは来れる訳がない。
「レピアさん‥‥早く元に戻さないと‥‥」
 ぐっ、と小さく拳を握った少女は先ほどツインテールの少女から預かったものの中から小さな小瓶を取り出した。
「これで‥‥効果あるといいんですけれど」
 師匠の棚から持ってきたものだと言っていたからまともなものではないが、凄まじい効力を発揮するに違いない。
 想いを込めてそれを飲ませてね、とツインテールの少女は言っていた。
 石化している人物に飲ませるのにはどうしたらよいものかと考えた末、メイド服の少女はそれを自分の唇に塗り、レピアの唇へと押し当てた。
 何度か口付けていると、少しだけ吐息が聞こえたような気がした。
 メイド服の少女は何度もキスを繰り返す。
 レピアの石化が解けるよう祈りながら。
 想いの強さとそして二人を繋ぐ絆が切っ掛けとなり、魔法を発動させる。
 魔法なんて想いの強さなんだ、と言っていたのは誰だったろう。
 魔女の歪んだ想いなど吹き飛ばしてしまうんです、とメイド服の少女は祈った。

 そして暫くするとレピアの身体が漸く動けるようになる。
 メイド服の少女を抱くレピアの優しい抱擁。
「良かったですぅ‥‥」
 ほっとした溜息を吐いた少女にレピアは微笑する。
「ありがとう。これでやっと助けに行ける。早く助けに行かないと」
「はいっ!」
 行きましょう、とレピアの手を握るメイド服の少女。
 レピアは頷いて再び魔女の部屋へと向かった。
 扉に耳を押し当て中の様子を窺う。
 何一つ物音がしない。
 邪魔者は排除したと魔女は安心して眠りについているようだ。

「今のうちね」
 レピアは隣のメイド服の少女に告げると、そっと扉を開いた。
 中に入っても魔女が気付く様子はない。
 メイド服の少女は先ほど預かったものの中から今度はキラキラと光る小瓶を取り出した。
 そしてレピアに息をしないように告げると、その小瓶から一滴液体を魔女の顔の上に垂らす。
 すぐにその液体は蒸発した。
 少し時間をおいてからレピアに合図を出すメイド服の少女。
「もう大丈夫ですぅ」
「さっきのは?」
「この間の霧の原液ですぅ」
 深い眠りについてしまいました、とメイド服の少女は笑う。
「そしてこれで終わりですぅ」
 メイド服の少女はころころと巻いてきた糸をぽん、と宙に投げる。
 するとそれが以前魔女に禁断の酒を届けた鳥に変わる。
「本当はこの子、魔物なんです。仲良くなったので助けて貰ってるんですけど」
「もしかして‥‥」
「そのもしかしてですぅ。魔力を食べるんですよ、この子。だから魔女の魔力を全部食べて貰っちゃいましょう」
「もう悪さは出来ないわね」
 メイド服の少女が頷くとそれを合図に、大きくその鳥は魔女に覆い被さった。
 七色に光り輝いてその鳥は魔女の魔力を吸い取っていく。
「魔女の魔力が無くなったらメイドにされた子たちも元通りね」
「多分そうだと思いますぅ」
 どんどん鳥は魔力を吸い込み、そして魔女から離れると姿を消した。
 するとバタバタと走ってくる音が聞こえる。
 その足音の他にも人々の話し声が聞こえてきた。
 レピアは足音を聞きつけて振り返る。

「レピアッ!」
 ツインテールの少女が抱きついてきた。
「良かった良かった!」
 泣きじゃくる少女の頭を優しく撫でる。
 いつも気丈な少女が涙を見せるのは珍しい事だった。
「無事で良かった」
「本当ですぅ」
「ありがとう〜! 助けに来てくれて本当に助かったよー」
 メイド服の少女にも抱きつくツインテールの少女。
 そんなツインテールの少女にレピアが言う。
「その服も似合ってるわね」
「えー‥‥いつもの方がいいよー」
「私もいつもの方がいいと思いますぅ」
 メイド服の少女もツインテールの少女の意見に賛同するが、それをレピアは笑った。
「でも中身は同じじゃない。中身が同じであれば外側なんてどうでも良いものよ」
 そのレピアの言葉に二人の少女は顔を見合わせ、そして笑った。