<東京怪談ノベル(シングル)>


『聖なる夜の贈り物』

 明日はクリスマス。
 鈴の音を鳴らし、空を駆け、サンタクロースがやってくる。
 ほら、もうすぐそこに‥‥。

 バタバタバタバタ‥‥
「1・2・3‥‥っと、17・18‥‥」
「シノン姉! 大変だよ!」
 足音は一直線に廊下を駆け抜け、ある部屋の扉の前で止まった。
 ドンドンドン!
 3回目のノックの後、開かれた扉の向こうから、シノン・ルースティーンが顔を出した。
「こら! 廊下を走っちゃダメだってば! どうしたの? 一体?」
「あのね、向こうで泣いてるんだ。転んだんだって‥‥それで、膝から血が出てね‥‥」
「ちょっと、おちつきなってば。‥‥誰が、どうしたの?」
 膝をつき、目線を合わせて、シノンは子供の手を取った。
 どうやら、向こうで誰かが転んだらしい。すりむいたのは、膝だけか‥‥それとも‥‥。
「解った。今行くから。どこ?」
「あっち! 早く!」
 右手に消毒液、左手に子供の手をつなぎ、シノンは廊下を駆け抜けていった。

 昼過ぎに部屋を出たシノンが部屋に戻ったのはもう、夕方近かった。
「ふう、遅くなっちゃった。みんな、離してくれないんだもん」
 ため息交じりの息を吐き出しながら、シノンはテーブルの上を見た。夕日の色が机の上を朱に染める。
 その上に置かれた優しいオレンジ色の毛糸の塊を、そっと手に取った。
 編み棒と、紡がれた毛糸は、まだ半分だ。
「あと、二つ‥間に合うかなあ?」
 明日はクリスマス。異国の神様の誕生日とかで最近、ソーンでも新しいお祭りとなり始めている。
「子供たちも、楽しみにしているんだもんね」
 神様の誕生日。そして、サンタクロースという精霊が、一年間良い子にしていた子供にプレゼントをくれるという。
 クリスマスの飾り付けをした、賑やかな街並みに見ていた子供達は目を輝かせていたっけ‥‥。
『ねえねえ、シノン! 僕達の所にもサンタクロースくるかなあ?』
『良い子のところにくるんだよね。じゃあ、ぼく、苦手なお豆も食べるよ!』
『シノンお姉ちゃん‥‥、他所の子が言ってたの。サンタクロースはお父さん、お母さんがいる子のところにしか来ないんだよって』
『そんなことねえよ。きっと俺たちのところにも来るってば、なあ? シノン姉』
 あの時から思っていた。
 親のいない、このスラムの小さな孤児院の子供達にはきっとサンタクロースは来ない。
 なら、自分が、この子達のサンタクロースになろう‥‥と。
 大したことはできないけど心が温かくなるような、プレゼントをあげられたら‥‥。
 そう考えて、シノンはずっと前から準備を始めていた。
 編み物教室に通い、暇を見ては編み続け‥‥全員のお揃いのマフラーを編んでいるのだ。
 残り、あと一本と半分。
「子供達の喜ぶ顔のためなら、よその神様の誕生日を祝ってもウルギ様は許してくれるよね! さあ、あと少し、頑張ろう!!」
 その夜も遅くまでシノンの部屋の明かりが消えることは無かった。

「ねえ、シノン。このお皿はどこに運べばいいの?」
 小さな取り皿を積み重ねてバランスを取る子供に、シノンは菜ばしを広間に向けて指差した。
「向こうのテーブル‥‥! あ、こら! ダメダメ。から揚げつまみ食いしちゃ。まだ作ってる途中なんだから‥‥」
「ベーッ、一個くらいいいじゃんか。作ってるったって、買ってきたもの暖めなおして、並べてるだけなくせに‥‥」
「じゃあ、あたしが料理作ってもいいの? ほら、これあっちに持ってって」
「ちぇっ‥‥解ったよ。早く始めようよ。俺、おなかすいたあ!」
 果汁の瓶を抱えて頬を膨らませる少年に、シノンはピッと親指を立てる。解ってる。の合図だ。
 彼が瓶を置いたテーブルの横には小さいが、皆で飾りつけたクリスマスツリーが、その天辺の星が静かに輝いている。
 子供達のワクワクは止まらない。
 今夜はクリスマス。きっと何か起きるんだと、そう信じていた。

 テーブルの上には豪華ではないけれども暖かい料理と、甘菓子が並ぶ。
 蝶々やお花、星の形のクッキー、薪の形をしたケーキ。ワインの代わりの果汁。
 子供たち。小さい子も大きい子も一つずつコップを持った。
「シノン! かんぱーいってやってよ。大人がやるみたいにさ、せっかくのパーティなんだもん!」
 両手で重いコップを抱いた子供が、シノンの服の裾を引いた。
「よっし! じゃあ、いくよ。メリー クリスマス! 乾杯!」
「「「「「メリー、クリスマス!!」」」」」
 チン! チャン! シャン!! 涼やかなグラスの音が部屋に響いて子供達はグラスの果汁を飲み干した。
「一度やってみたかったんだあ。なんだか大人になったみたい」
「うれしいね。何だか歌いたくなっちゃった♪」
 向こうでは子供たちが、クリスマスのキャロルを歌う。こっちでは、料理から離れない子供たちがいる
 足元には‥‥仔猫たちがごちそうの欠片を少し分けてもらっていた。
 賑やかな、パーティ。
 その途中で、シノンがそっと部屋を出て、また戻ってきたことに気づいた者はいなかった。
 一匹の猫以外は。
ドアを開け、また閉めた彼女足元にじゃれ付く仔猫を軽く頭に乗せると‥‥シノンは窓を開けて声を上げた。
「あれえ! 今、外に誰か来たみたい‥‥ドアのとこに何か置いてあるよ! サンタクロースが来たのかな?」
「「「「「え〜〜!!」」」」
 サンタクロース。その言葉に子供達の目が輝いた。
「僕、サンタさんを迎えに行って来る!」
「あ、ずるーい、私もサンタさんに会いたいもん!」
「僕だって!!」
 あっという間に部屋の中は、シノンと猫だけになった。
「喜んでくれるかなあ‥‥え゛‥‥」
 笑みが止まらないシノンの足元を転がるオレンジ色のボンボンが一つ‥‥。
「ヤバッ! 誰かのボンボンが取れてたの??」
 アレの飾りにはフリンジとボンボンの2パターンを作った。誰かのボンボンが外れていたら‥‥どうしよう‥‥。
 向こうから、子供達の戻ってくる声がする。ワイワイと楽しげで騒がしげな声‥‥
(「どうしよう‥‥ええい、サンタさんの落し物ってことにする! 直してあげればいいよね!」)
「ねえねえ、シノン姉! 見てよ。すっごいんだあ! サンタさんからのプレゼントがあったんだよ」
「あのね、サンタさんは帰っちゃったみたい。でも、お揃いのプレゼント。貰ったの♪」
 見て! 子供達は嬉しそうに全員が胸を張った。首にかかり胸元に落ちるそれは全員お揃いの‥‥オレンジ色の手編みのマフラーだった。
「まるで、お星様みたいな、模様があるのよ。私の」
「僕のはボンボンがついているんだ! ほらほら!」
 マフラーの端に付いたボンボンで、猫をじゃらす子供をみて、シノンはあれ? こっそり首をかしげた。
 全員のマフラーに、ちゃんと房飾りがついている。
(「あれ? じゃあ、これは??」)
 シノンはポケットの中のボンボンの感触を手で確かめる。今は、出すわけにはいかないが‥‥ちゃんとある??
「サンタさんって素敵。私、クリスマスだ〜いすき」
「みんな、大事にしようぜ!」
「うん!」
 謎は、残るが‥‥一つ、確かなことがある。それは、このプレゼントを子供たちが、喜んでくれたこと。
 一生懸命作った時間、頑張った苦労。それが‥‥子供たちの笑顔で全部、報われた気がした。
「まっ! いいや!」
「どうしたの? シノンお姉ちゃん?」
「ううん? なんでもない!」
「良かったね、みんな♪」
 ポケット中から手を離して、シノンは心配そうに見つめる子供の頭を優しく撫でた。
 もう、いい。
 自分は、もう最高のプレゼントを貰ったのだから‥‥。
 窓の外にはチラチラと雪が降り始めている。明日の朝には積もるだろうか?
 天からの美しい花の贈り物。シノンは、見たことも無い今日が誕生日の神様にグラスを上げて囁いた。
「誕生日、おめでとう。メリー クリスマス!!」
『ありがとう』
 優しい風が、そう運んでくれた‥‥気がして、シノンは少し嬉しかった。

 世もふけて、パーティの終盤。子供たちは、気がついた‥‥。
「あれ? シノン姉、寝ちゃったよ」
「なんだか、夜更かししてたみたいだからよ。おい、誰か毛布、持って来いよ」
「うん!」
 仔猫がポケットから飛び出たボンボンにじゃれついている。
 スルスルスル、出てきたマフラーに子供たちが目を瞬かせる。
「あ、これ‥なんだ、シノンの分もあったんじゃん」
「‥‥ダメよ。お姉ちゃんのマフラー取っちゃ‥‥ね」
 言い聞かせられた猫が離したオレンジ色のマフラーを、小さな女の子は背伸びをしてソファに眠るシノンの首にかけた。
 オレンジ色のボンボンが優しく揺れる。
 暖かい毛布がかけられて‥‥シノンは眠りの中、トナカイの引くソリに乗り、後ろにプレゼントをいっぱい乗せた赤い服の老人が、空に飛び立つのを見た気がした。
『君も‥‥いい子だからね』
 そう言って微笑んだのは夢かもしれないけれど‥‥。

 それは、聖なる夜に起きた、夢のような、夢かもしれない小さな出来事。
 貴方から私へ。心からの願いを込めて‥‥

 メリー クリスマス!!