<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


昼食の悪夢

●回避
 人間、慣れという物は怖い物で、【何かあるな】という勘は危険な物に対してはよく働くようになるらしい。
 それも、高確率、そして確実性を持って。
「……奴が居るな。今日はカフェテラスでの食事は回避しよう」
 鶴の一声、である。
 家長がそのように言えば従うのは和紗鏡月 (かずさ・みつき)にとっては当然のことなのか、手提げを持ったまま和紗司(かずさ・つかさ)の後に三歩ほど遅れて従っている。
「……古風……」
 自分の娘にまで言われる始末である。
 だが、その光景も慣れてしまうと当然のように見えるから不思議だ。
 和紗永遠(かずさ・とわ)にしてみれば、兄姉のこともそうだが、自らの両親にしても世間とはかなり的はずれなこの集団には不思議を感じている。
 ほんの少し、ではあるが……。
 少しにしてある理由は、自分もその末席に身を置いているからに他ならないという、抜群に秘密なものがある為だ。
 実は今日も、母に頼みたいことがあって話をしたのだが、よく考えれば両親の食事は何時も一緒だったことを彼女は失念していたのだ。
「……ここ数日、出かけてましたから……」
 ただそれだけではないのだが、とりあえず永遠は自分に納得のいくように呟いた。
 そうしなければ、少し自分の破綻した思考を説明出来ないで居たからだろう。
「さぁ、召し上がれ、父さん、母さん」
 まず始めに広げられたのは、永遠の作だという重だった。
「……」
「……あなた」
 地方警察の交番に連れて行かれ、取調室に入ってから何も口を利かない取調官のような司。
 それを促した鏡月も、目の上にある眉が微かに揺れたのは永遠の知るところだった。
「……(もしかして……)」
 知られているのだろうか、と一瞬悩んだ永遠だが、彼女達の世界は両親の暮らす今とはかけ離れている。
 まさか、この二人が尋常ではない何かを知って、そしてやっていたとしても、自分達の生きる世界について知る由もないと、永遠は自己完結でその場を誤魔化すことに決めた。
「自信作……とは言え無いけれど……母さんに比べたらまだだと思うけれど、私もそろそろ家事位は出来ないと……」
 笑われるからと、姉と比較される自分を言う永遠だが、司の第六感はその言葉が嘘であり、目の前に並べられた弁当にこそ、真実が隠されているのだと言うことを見抜いていた。
「……」
 無言で箸を運び、無言でだし巻きを摘む。
「……」
 無言で動かす口。
「……」
 そしてまた、無言で喉を通過する卵だった物……。
「……まぁまぁ、だな」
「あなたったら。永遠、少し焼き加減が足らないけれど、充分に合格よ」
「……よかった」
 ほころぶ花のように笑い、手を合わせて無邪気に喜んでいる娘を見つつ、ふと現実逃避をしたくなった司は、斜め頭上にある新型屋外情報装置の試作であると聞いたワイドヴュースクリーンに目を向けた。
 巨額の資金を投入され、常時はニュースや広告が流されているのだが、緊急時には独立した情報端末として稼働する予定の品で、市内の至る所から認識可能な映像と音声を常時流せるようにと、今は各所に配置予定の物だ。
「……映画の宣伝か……」
 何もないよりはマシだと、目を細めて見上げる。
 ちょうど、それは彼の記憶の中にある永遠……まだ彼の腰位の背丈しかなかった、幼い永遠に似た澄んだ瞳をした少女が映し出されていた。


■■Screen.1 Samurai Kingdom

「とと様! かか様!」
 10歳位の、小柄な女の子が武人と巫女服の両親に向かって叫ぶ。
「大丈夫だ。俺たちは必ず姫巫女様を救い出してくる。それまで、良い子にしてるんだぞ?」
「とと様……」
 大きな手で我が子の頭を乱暴に撫でつける剣匠。
「泣いてはいけません。男の子でしょう? 私達は決して死にに行くのではありません。あなたが泣いていては、存分に力を振るえませんよ?」
「かか様……」
 女の子にしか見えない我が息子をそっと抱きしめてやり、笑って見送ってねと微笑む母に小柄な少年が涙を自分の手でぬぐって力強く頷いた。
「とと様、かか様……きっと姫巫女様を救い出してきて下さい。瑞穂の姫巫女様は、きっとお姉さん達、師匠達とお守りします」
「良い返事だ」
 我が子が恐怖に震えながらも真っ直ぐに立ったのを見た二人が微笑んだ。
 死地に向かう者だけが見せる、全てを超えた穏やかな笑みでかけがえのない宝である我が子を目に焼き付けると、各々の剣と長刀を手に、炎に落ちる桔梗の都に向かう仲間達と共に駆ける。
「行くぞ! 殲鬼帝を倒し、必ずや姫巫女様達をお救いするのだ!」

 タイトルが立ち上がり、撮影快調の文字が浮かぶ。
<〜真・武神幻想サムライキングダム〜>
 君は何の為に生き、そして逝くのか?
 西暦2199年 冬 公開予定!

「予定か……壮大な予定だな……男の子だったか……あんな男の子の様な時分もあったんだが……」
 始めは女の子だと思っていたのだが、男の子と知って見方が変わっていた。
 時の流れは残酷である。
 可愛いと思った我が子が、憎たらしいと言う時期を経て更にはうっとおしいを超え、既に『居たのか』と言う現状にまで達すると、思考する事も億劫だ。
 加えて言うならば、どうにも最近突っかかってくるので持て余し気味である長男を嫌でも思い出して、苦い。
「……ヤっていいか?」
 色々な意味に取れる発言である。
 自分でも「殺」「倒」「縛」「放」「投」「捨」という色々な漢字が埋められていて、何となく殺伐とした空気を醸し出しているのがよく分かる。
「……ご自由にどうぞ」
「右に同じ」
 ニッコリ妻と娘に返されると、余りそれ以上を考えるのも億劫になって、司は溜息と共に珈琲を流し込む。
 蒼苦い、しかし後に残らない痺れが舌の先を走り、飲み込んだ先の胃を刺激する。
「……」
 食べ過ぎたと思える重さをその一杯の珈琲で誤魔化して、ただ何もしないで、流れる時間と、音と空気に身を任せるだけの午後を感じている訳にも行かず、再び何か事件でも起きてやしないかとワイドヴュースクリーンに目を転じると、余り見たこともないSFサイコドラマの宣伝が目に入る。

■■Screen.2 〜Record of God and Devilishness〜 Axdia

「魔皇様!」
 薄い蒼の髪と純白のドレス、華奢な肢体だが女性特有の曲線をもつアンバランスのある少女が額から血を流す少年の腕を取って泣いている姿だ。
「下がってろ! コアヴィークルで神帝軍基地に突入してやる!」
「無茶です! 幾らコアヴィークルだって、地上数百メートルの滑空能力はありません!」
 少年の服を握り締める手が大きく映され、やがて二人の全身を映すように後退した画面では少女の背に黒曜石の輝きを思わせる巨大な結晶が羽根となって光り、少年の腕には何時手にしたのか巨大な銃が握り締められている。
 吹き上げる爆風が二人を飲み込むように炎を巻き上げ、やがて漆黒の闇に捲かれた炎のように見えた中から、巨大な影が現臨する。
 無骨な鎧を思わせるその巨身が咆吼し、少年の持っていた銃がそのまま巨身の大きさに合わせたような慈悲無き破壊力を持つ暴銃となって閃光を放つ。

神魔戦記 アクスディア
天の章〜神魔咆吼〜

撮影快調!


「撮影快調か……そして消えて行く映画の何と多いことかな。……それにあの三文役者。まだあれの方がマシだ。それに、何だあの設定は……弾丸が100mしか飛ばないだと……100mと1mmで殺傷能力0だという馬鹿な話があるか」
 なぜか、銃器関係には五月蠅い司である。きっと前世に何かあったに違いないと、最近永遠は思うようになってきていた。
「……あったりして」
 ボソと呟く永遠。
「ん?」
 今までとは別の意味で、司が永遠を見ると、明後日の方角を見ている永遠の頬が何故か朱に染まって見える。
「……」
 しまったと、始めて司は己の現実逃避が失策だったと知った。
 今の一瞬で、何かの変化、それも見逃してはいけない何かが永遠の表情の変化にあったはずなのに、大切なその一瞬を見逃したのでは、一緒に食事をして不快な感情を我慢していたのが何の意味もない。
「……」
 だが、覆水は盆に返らないし、ましてや娘達はやがて大人になっていく……
「……」
 と、考えるのが普通だろうが、それでも癪に障るのには間違いなかった。
「鏡月……」
「はい?」
 ニッコリ返される。
 その瞬間に、鏡月もまた永遠の味方なのだと知らされた。
 何かを聞こうにも、この布陣では分が悪すぎる。
「…………」
 天を仰いで神ならぬ身を嘆く司の目の前で、双胴の船が飛翔していった。


■■Screen.3 The Dragonic Trooper Dragoon 〜天界飛翔〜
 双胴の船が風を切って飛翔する。
 操舵席に立つ亜麻色の髪の女性が手に汗を握りながら間一髪のところで騎体を反転させ、巨体が軋み、風を生み、そして唸りをあげる。
「ボルグスまであと1,000! 対ショック、精霊力の反転に注意して!」
「制御装置がお釈迦になる前に、付けよ!」
「南無三!」
 頭上で空戦を繰り広げる漆黒、巨大にして凶悪なプリンシュパリティ。
 その視界に触れれば、木製のフロートシップなどひとたまりもない。
「花鳥風月、展開準備。山紫水明、船体に取り付く敵を落とせ!」
 視界が反転する中を、雨雲の中に突入して上下左右も知れない空間を抜けると、海を頭上に、空を下に見る敵の真っ直中に船は征く。
『反転! 白神陸戦兵装で出る!』
 音声だけの存在が、視界の端に端末が明滅する存在として認識される。
「よーそろ! カタパルト展開、左、中央の順に!」
 大地の精霊力の暴虐な振動が船体を180度旋回させ、天地を取り戻した騎体の上から陸戦のエキスパート達、装甲に身を包んだ者達も飛ぶ。
「敦盛、敵中央突破!」
 化け物という形容が相応しい機人。
 樹木で形作られた異形の機人が、咆吼を上げる。

 ――所詮、ゴーレムは人殺しの道具じゃ……

 ――違う! ゴーレムは使う者の心で存在を左右されてきただけだ!

 ――光りを!

 光りが弾け、竜が立ち上がるように文字となって輝いて止まる。

<Dragonic Trooper Dragoon>

 Coming soon!

「……」
 夢幻の物語。
 その物語に一喜一憂していた子ども達が、少しずつ大人になって、己の手から離れていく。
 何が入っているかも知れない、不気味なオカズにも徐々に手を出して行く司の箸をじっと見つめる永遠の視線は、何時の間にそんなに真剣になったのだろうかと我が子には知れぬように思う司である。
「何でも揚げれば食べられるという物では無い、な」
 味を見て欲しいと出され続けて、断り切れずに食べきった司に、鏡月が食後のお茶を勧めてくる。
 娘も年頃になったなと思いながらも、はっきり言わない永遠をじれったくも思う。
 男の影を感じていても、手を出せないジレンマだ。
 気にもしながら特に聞かずに、応援の言葉だけを送ると、話題も尽きぬ母子の会話をそっと耳にしながら、昼の団欒の時を過ごしていくのだった。

【END】