<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
【イノシシパニック】
「うちの村にイノシシが何体かまとまってやってきてよ、作物を食い荒らしていくんだ」
息も絶え絶えで農夫はそう口にした。ルディアの持ってきた水を飲んで一息つく。
「村の畑が全滅する前に何とか力を借りたいと思って……」
「うーん、そんなにイノシシさんは食べ物に困っているんでしょうかね? じゃなきゃ、わざわざ人間の集落にやってくるはずはないですし」
「そうかもしれん……いや、そうなんだろうな。だがね、うちらにとっちゃ知らんことだよ」
ルディアは首を縦に動かすが、でも、と付け加える。
「……あっちも可哀相だし、殺したりはできないですよね。誰か、うまい具合にやっていただけませんか?」
「さて、どうしますかね」
アイラス・サーリアスは腕を組んで悩んだ。今回の依頼のように、動物を殺さずに追い返すというのは実に難しい。何しろ人間と違って話が通じないのだ。
「やっぱり殺さないというのはネックですよね」
ルディアも一緒になって腕を組む。熟練のアイラスならば何とかできるだろう、だからやってくれないかと持ちかけたのだが、不安は拭い去れない。
「難しいだろうけど、頼むよ戦士さん」
「……出発しましょうか。歩きながら対策を考えますので」
明確な計画を立てないまま出て行く彼を、ルディアはあまり見たことがなかった。
白山羊亭を発ってからは、街道を抜けて豊かな森を横目に見ながら田舎道を通る。アイラスは言ったとおり歩きながら考えている様子だったので、農夫は道案内以外に話しかけることはなかった。
2時間ほど歩いたところで、村が見えてきたと農夫が言った。往復してきただけに、言葉にはいくらか疲れが感じられる。また足労させることのないように、今日自分が解決の架け橋にならねばならない。アイラスがちょうどそう思った時。
「ちょっとした方法を思いつきましたよ」
手の平を打ち鳴らせ、気力のいい声を出した。
「どんなだ。二度とイノシシが近づいてこないような作戦か?」
「いえ、万能な効果はないでしょう」
農夫が落胆の表情になる。構わずアイラスは続ける。
「……イノシシには、急に目の前が見えなくなると方向転換するという習性があったはずです。そこで、畑の周りに布を設置しておき、イノシシが近づいたら布を持ち上げられるような仕掛けを作っておけば良いのではないでしょうか」
村の入口まで達すると、アイラスは大層な歓迎を受けた。村人にしてみれば救世主であるから当然であった。
「で、どのように?」
長老らしい老人が尋ねると、アイラスは布で目くらましをするという自分の考えを語った。
村人は一斉決起し、協力を惜しまなかった。家からありたっけの布をかき集め、使えそうにない切れっ端や破れたものがあれば婦人たちが糸で縫い、男たちはできあがった大布をロープにくくりつけ、畑の周りに仕掛けを作った。嬉しいことには、子供も老人も汗を流して積極的に手伝ってくれるのである。
――本当に命がけなんだな。アイラスに限らず、冒険者は農作物を食べるだけの立場である。生産者の苦労と情熱が今さらにして身に沁みたものだった。
仕掛けの設置が終わった。アイラスは現場の監督としてすべてを確かめ、OKを出した。畑の周囲にまんべんなく設置された罠――杭の上に滑車を取り付け、そこから下げられたロープを引けば布が上に引っ張られるというものだ。
「あとは、来るのを待つだけですね。……いや、来ない方がいいんですけど」
敵の活動期間は陽が落ちてからと聞かされた。人間が休もうとするその隙を狙っていることは想像に難くない。動物は賢いものだ。
徐々に空の明かりは薄らいで、東の空から夜がやってくる。トラップ発動者は物陰に隠れて息を潜めている。アイラスは畑に近い木の上にいた。
そこへ、かすかに大地を駆ける音。アイラスの鋭敏な聴覚と視覚が、そのターゲットを確認する。
「来ましたよ!」
浅黒い体躯――イノシシの集団が餌を求めてやってきた。アイラスのいる木の上を通り過ぎた。彼は気配を全開にして、後ろに降り立つ。人間のように首を振り向かせることはできないが、何者かがいることはイノシシたちもわかっているはずである。
「さあ、走れ!」
アイラスは拳を振りかざしてイノシシに向かっていった。逃げる形でイノシシが前へ前へと猪突猛進する。
そこは畑。イノシシたちが目的地に侵入しようとして――。
「今です!」
アイラスが叫んだ。隠れた男たちが息を合わせて、寸分の狂いなく同時にロープを引っ張る。
バサア! 突如として次々と出現した柔らかな壁を避けられるはずもなく、見事に顔から突っ込んだ。ブルルル、と鼻息を荒くして暴れまわるイノシシたち。洗濯物が引っかかった子供のようだった。
「成功だ!」
抱き合って嬉々とする村人たち。やがて、何頭かは布を被ったまま、元来た道あるいはまったく別の方向、四方八方へと散っていった。
と、アイラスは顔から布が剥がれた一頭のイノシシを見つけた。危険を察知したアイラスは飛び出して正面から向かい合う。
イノシシの敵意はアイラスへ突き刺さる。お前が邪魔をした張本人か、と獣の目が告げている。
「人間にも生活があるんですよ。そちらには気の毒ですがね」
アイラスは独り言のように答えた。
そしてアイラスはヘビーピストルを取り出す。できることなら使いたくはなかったな、とまた独り言。
バゴオオン!
イノシシは一目散に後方の山へと逃げていった。弾丸は空を貫いたのだ。脅しである。
「これで逃げてくれなかったらどうしようかと思ってましたが……よかったですね」
複雑な面持ちで、アイラスは銃をしまった。
■エピローグ■
「所詮は一時的な解決ですよ」
アイラスは白山羊亭に戻って、ルディアに語った。
「とりあえずは村からいくらか離れた地点に生ごみを捨てるなどして、イノシシが村に近づく必要のないように、と助言はしました。今後はあの村が自分で解決することです」
決定的な撃退法の見つかっていないイノシシ。いや、イノシシに限らずこうした動物被害は世界中で見られることだ。容赦なく殺すのはたやすい。しかし。
「動物との共存はこれからの課題ですね。ひょっとしたら魔物退治とかよりもずっと難しいことかもしれませんです」
ルディアは細々とため息をつくのだった。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】
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■ ライター通信 ■
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silfluです。このたびは発注ありがとうございました。
現実の問題をネタにした依頼でしたが、やはり
完璧な解決はないようですね。アイラスさんも
どんなプレイングがいいのかと悩まれたことでしょう。
それではまた。
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