<東京怪談ノベル(シングル)>


武者修行
 キィン!……甲高い金属音が、森の木々の中に響く。かなり深い森だ。もう何百年も、人が手を付けていないんではないかという森の、ちょうど中心に当たる一本の巨大な杉の周辺で、連続して金属音が響き渡った。二つの影が交叉する。一人は腹黒マッスルドクター親父、オーマである。もう一人は、外見で言えば限りなく老人に近い男だった。顔が赤くて鼻が長い……人が見れば、間違いなく『天狗』と言うだろう。だが、それは間違いなく妖怪ではなく、ヴァンサーが封印する対象、ウォズである(でもやっぱり、以下天狗)。刀を構えてオーマに肉薄していた。

「破ッ!」
「まだまだぁ!」

 杉の木の根本で、天狗が裂帛の気合いを籠めて刀を振るった。鋭い剣線。速く、無駄な力が欠片たりとも加えられていない達人のそれを、オーマは太い銃身で受けた。具現化した銃身は、切断こそされなかった物の、大きな刀傷が走った。目の前で刀を返すウォズの、腕前の凄まじさが窺えた。オーマレベルの者が具現化した銃は、よほどの事がない限りは傷一つ付ける事は出来ない。その銃を、(おそらくは普通の)細い刀一本で傷つけてのけたのだ。

(すげぇ!こんな強い奴、本当に久しぶりだな!)

 オーマは、心の中で感嘆の声を上げながら、深く突き刺さった刀を持ったウォズの胴体に蹴りを入れる。だが刀を持った天狗は、刀を引き抜くのではなくづらし、その蹴りを刀の柄で受け止めた。最も、オーマの筋肉の塊のような蹴りは、そんな事で防げはしない。それは見ただけで解っていたらしく、蹴りを受け止めると同時に跳躍、刀を持った腕ごと引き上げた。刀の刃先近くに片手を素早く当てて体重を乗せ、蹴りの衝撃を利用して刀を銃身の周りをグルッと一周させた。

シュパッ

「なっ!」
「甘いのう。この儂に、そんな攻撃は通じんよ」

 今度こそ、オーマの具現化した太い、大型の銃が切断された。刀の切れ味など大したことはない。実際に、戦う前に、オーマはこの男の刀を手に取り、切れ味を試させて貰った。ハッキリ言って、あまりにも長期間使い続けられすぎているため、刃こぼれが酷くて使い物にならなかった。つい力を込めすぎて折りそうになったくらいだ。
 天狗は、銃を切断すると同時に蹴り、地を更に蹴って、オーマから距離を取った。遠距離武器相手に距離を取るなど、愚かな行為かも知れない。しかし、この男は余裕なのか、その状況を楽しんでいた。

「さぁ、どうする?」
「まだまだいけるぜ!俺の具現化能力は特別でな!!」

 オーマが、銃を更に具現化する。距離は目測でも100メートル以上……。伊達に何千年も戦ってきたわけじゃない、オーマならば必中の距離だ。相手が回避するにしても、ある程度の予測を付けて撃つ事だって出来る。幸いこれだけの距離があるにもかかわらず、これまでの戦闘の所為で周りの木々が倒れ、射線には障害物はない。

ドォンドォンドォンドォン!!

 一気に四連発。真っ正面に一発、左右に散らせて二発、天狗の真上にも撃って逃げ道を塞ぐ。撃った弾は、周囲に大きな散弾をばらまくタイプだ。これで逃げ道など無い!

「ふん!」

 だが天狗は、その散弾が放たれると同時に真横にあった木を切り倒した。だが、それを盾にしても、オーマの具現化した散弾の大きさはザッと3pはある。あっさりと薙ぎ倒し、ダメージを与えるだろう。

そのハズだった。

「ムゥン!」

 天狗は、その木を盾にするどころか、オーマに向かって力一杯投げつけてきた。たとえ老人に見えても、あくまでウォズ。細身でも、凄まじい怪力を持っていて何ら不思議はない。飛んできた木には、天狗の『気合い』でも通っているのか、散弾を弾いて突き進んできた。

「うおっ!」

 オーマは、その気を跳躍して躱した。見はしなかったが、ちょうど背後にあった巨大な杉の木に当たって、投げつけられた気が木っ端微塵に砕ける音がする。躱さなかったら危なかったかも知れない。
 しかし、オーマにしてみれば、そんな事に気を取られている場合でもなく、その目は自分が散弾を撃った相手の天狗に注がれている………

(いない!?)

 オーマの視線の中に、天狗はいなかった。代わりに、背後となった杉の木の根本から鞘走りの音が聞こえる。

「だぁぁ!!」

 気合いの方向を叫び、全身の鍛え抜かれた筋肉に命令を送る。体を空中で反転させ、もう一回銃身で受けた。

ガキィィン!!

 ほぼ真下に近い位置から抜刀術を放ってきた天狗は、嬉しそうに笑った。

「ほっほ!良く保つわい。際どい所で反応しよる」
「一応、俺の方が年上だからな。実戦経験の差だろ?」
「それにしては『際どい場面』が多いな、修行不足かね?」
「なにぶん忙しい身でな!」

バキィ!

 オーマが、銃を横に一閃させる。その衝撃で、天狗の体が吹き飛んだ。「むぅっ」と唸りながら、天狗は着地の為に、すぐに体勢を立て直す。オーマは、銃に素早く弾丸を詰め込んだ。標準。間に障害物もない。

「もらった!」

 オーマがトリガーを引き絞った。轟音を立てて、次の弾丸が発射される。今度は散弾ではなく、普通の砲弾だ。この態勢では躱しようもない。
 だが、天狗の老人は、口元を実に楽しそうに歪ませて刀を振るった。
 ここで、ある程度の人達は、刀で弾丸を切る……という芸当を思い浮かべるかも知れない。しかし、そんな芸当は、弾丸の速度と刀の刃の角度を見て考えれば、不可能だという事が解る。もし切れたとしても、切った弾丸が進んできて当たってしまうのだ。
 では、どうやって躱すか?

「弾丸とは……こうして躱すんじゃ!!」

 天狗が、刀を振るった。今までの線の動きではなく円の動き。オーマの持った銃から撃ち出された弾丸は、むしろ砲弾に近い。天狗……このウォズの力と剣の腕前、そして何より動体視力を持ってすれば、大きい砲弾軌道を『変える』事などは訳もないのだ。
 弾かれた砲弾は、天狗の後ろで爆発した。
 これで、よほどの事がない限り、銃の類は効かないという事が解った。

(今までのウォズの中でも飛び切りだなぁ。さて、どうするか……)

 考えて考え抜く。倒すだけが目的なら、変身するというのも手ではあるのだが、それは事前の取り決めで禁じられていた。

「なら、俺もこっちで行くか!」

 手にした銃を投げ捨てた。いくら撃っても切りがないし、この相手とは、『撃ち合い』ではなく『斬り合い』をしてみたい。まぁ、不殺主義の事があるからな、当然峰打ちだがな。

「ほう、刀剣の具現化も出来たのか。腕の方は、大丈夫か?」
「近距離遠距離、俺に隙はねぇよ。ま、語るよりも、こっちの方が速いぜ?」

 オーマが刀を構える。天狗が使っている物よりも、体に合わせているために大きく太い。正眼に構え、真っ直ぐに向き合った。天狗も、体勢を立て直した。
 それぞれの立ち位置は、二人とも森の木々の間だ。先程の場所と違う。先程の抜刀時の空中衝突で、弾き飛ばされて場所がずれたのだ。
 二人は、木々を挟んで睨み合った。互いに足を擦らせて移動させ、微妙に間合いを調節する。距離はたぶん20メートルかそこらだが、二人が本気になれば一瞬でゼロになる。
 間合いが広い分、小回りが効かないオーマにとって、この距離を間違うのは必至を意味する。相手も同じだろうが、向こうの方が刀の腕前は上だろう。間違う事など、あるとは思えない。
 距離が15メートル程に縮まった時、天狗が姿勢を地面ギリギリまで低くした。オーマも、刀をやや後ろめに構える。すぐ傍に木があるため、横に薙ぎ払う事は出来ない。

(やれやれ、殺すわけにいかねぇから、突きは無理だ……小手狙いでいくか)

 グッと、オーマが刀の柄を持った手に力を入れる。少しの間、二人は三十分程の間動きを止めた。互いの呼吸を聞き、動くタイミングを計る。と、二人の間に、ヒラヒラと木の葉が落ちてきた。二人の間を落ちていく葉は、少しずつ降りていき、二人の目の視線に入った。

ダッ!

 二人が動いたのは、ちょうど葉が二人の視線を塞いだ時だ。天狗は地面すれすれを滑空するように駆け、オーマは刀を素早く突き出し、その天狗の移動先に刀を突き出す。オーマの刀は天狗の頭よりも右にずらしてある。こちらから見て右ならば、あっちにとっては、左だ。天狗が行った技は抜刀術。左から刀を引き出し、最高スピードで斬りつけるのだ。オーマの狙いは、スピードに乗らないうちに『止める』事であった。

「っつ!」

 だめだ!天狗の足は、予想以上に速かい!

(本気ってわけかい……なら!)

 オーマも、本気で斬りつけ……叩き付けにいく。具現化した際に、『刃』の部分を無くしているので、遠慮する事もない。むしろ鉄パイプの類を振り回すような感覚だった。
 二人の影が交叉する。

ガキィン!

 二人の刀がぶつかり合ったが、オーマの力強さが勝ったのか、天狗は深く斬り合わずに移動を繰り返した。真っ正面から来たのに、瞬きすれば真横、二合三合と斬り合った末、やっとその移動が木々の幹を『走っている』から出来る芸当だと言う事が解った。あっちこっちの木を跳び、駆け、這い、あらゆる角度から斬りつけてくる。正方なやり方ではないが、オーマのような巨漢を相手にするには絶好であった。
 しかし、オーマはその動きに付いていく。五合…十合……二十合………。あらゆる角度から繰り出される剣戟に、必死に付いていく。

「おおおおおお!!!」
「はあああああ!!!」

 二人の裂帛の気合いが木霊する。二人の刀がぶつかり合った。ちょうど、この森でオーマとの戦いが始まってから、ぶつかり合った回数は之で都合百合目…………天狗の持つ古刀では、荷が重すぎた。

ガキィィ……!!

 天狗の刀が折れた。顔が驚愕に歪む。オーマは、そこに刀を振り下ろした。不本意ではあるが、この戦いは、相手を気絶させた方の勝ちだ。ここで刀を止めても、この天狗は敗北を認めないだろう。このまま、勝つ!

「「もらった!!」」

二人が、同時に叫んだ。

…………………………

…………………

…………

……

「で、俺は負けた……と」
「そう言う事じゃ。約束通り、腹黒同盟なんぞには入らんぞ」

 天狗が、巨大な大杉の木の下で、薪を燃やしながら言った。周りは既に真夜中。この深い森では、少々オーマでも、脱出は難航するだろう。今日の所は、ここで野宿する事にした。元々泊まりがけのつもりだったので、妻と娘の事も大丈夫だろう。

 あの時、天狗は折れた刀の柄をオーマの刀に滑らせ、全体重と力を込めて、その鳩尾に肘打ちを入れたのだ。カウンター勝ちでオーマの負け。世の中広い、こういう事もあるのだ。

「何でそんなに腹黒同盟が嫌なんだ!?腹黒とマッチョの素晴らしさは解ってくれただろ!?」
「解りたくもないわ!こんな深い森で、煩悩を捨てて武者修行しとるのに、何故今更腹黒にならなければならんのだ!?しかもマッチョだと?相手を見て言え!」
「ご老体のマッチョでも、格好良いと思うぜ」
「気色悪いわぁ!!」

 天狗の喝が飛ぶ。事の成り行きは、森の中で食材探索をしていたオーマと修行中の天狗が出会い、腹黒同盟に『入れ』『入らない』という問答になり、天狗が「では、儂を負かしてみよ!負かせられたら腹黒同盟とやらにも入ってやろうではないか!」と言った事から始まったのだ。
 アレだけの命がけの戦闘をしておきながら……………二人とも、全力では無かったようだ。相手を殺す気など、無かったのだから。

「明日になったらさっさと森から出て行け」
「はぁぁ……解った解った。でもな、俺はいつか、またここに来るぜ。本当に良い修行になったからな」
「ふん!修行の相手なら、いつでも付き合ってやる」
「そしていつかは、ご老体も腹黒に……」
「ならん!!」

また問答が始まる。

なんだかんだ言って、二人の強者は、微妙だが波長が合うのであった…………





お終い……ちゃんちゃん♪