<東京怪談ノベル(シングル)>
風に融けて
心の言葉は何処に在る?
届ける唄は何処に在る?
どうしても言葉や曲が出てこない事ってあるよね。
困った事に今がそう。
今すぐ誰かに伝えるために言葉や曲を紡ぎたいんじゃなくて、新しい楽曲を考えていて煮詰まっちゃったんだ。
こうなるともう泥沼。
全然何もが出てこないからさ。同じ所をグルグル回って堂々巡り。
何か良いネタ無いかなぁ……ってネタを探して外を眺めてみたけど、ソコにあるのは綺麗な水を湛えた湖だけ。
側に誰かが居たら、唄はすぐに出てくると思うんだけど。
やっぱり聞いて貰いたいじゃない?
自然と伝えたい思いとか言葉って出てくるもの。
なんていうか誰かがその唄を聞いて笑ってくれたらとっても嬉しいし、幸せ感じてもらえたらそれはとっても素敵な事でしょ。
それに俺自身歌っている事がとっても幸せだから。
そうそう、俺にとって唄ってそういうものなんだよね。
自分の中にある大切な思いを言葉と音に乗せて紡ぐんだ。
そしてそれが誰かに届いて、その人の中で何か‥‥そうだな、糧っていうのかな‥‥前に進む力みたいなのになってくれれば本当に嬉しいと思うし。
多分自分がそうだったからかな‥‥。
あの人のくれた曲は俺の心の中で前に進む力になったもの。
あの人の紡いだ音が俺の心の中に蓄積されて。
そして俺の唄から誰かの心に何かが蓄積されて。
そうしてまたその人が他の誰かに与える何かが前に進む力になったらいいよね。
こういうのって回っていくものだと思うんだ。
想いのリレーっていうか‥‥なんだろう、言葉が喉につっかえてるみたいに上手く言葉に出来ないけど。
とりあえず。
「‥‥もうやだっ!」
思わず頭を抱えちゃった。
さっきからグルグル同じ事を考えてるよ。
形に出来なくて困ってるのは曲なんだよね、曲。
なんで作りたいって思いたった時と、曲がスラスラ出てくる時に時差が生じるんだろうね。
気持ちと能力がバラバラで困っちゃう。
まぁ、そういうこともあるから人生面白いのかも、と思うけど。
はぁ、と大きく溜息を吐いて、俺は少し落ち着こうともう一度窓から見える景色を眺めた。
何処までも広がる湖。
水面が太陽の光でキラキラと輝いてとっても綺麗。
見ていて飽きないな、と思う。
キラキラとしているものが好き。
あ、別に自分がキラキラオーラ放ってるからとかそういうのは関係ないよ。
ただ、なんだろう。
見た目だけじゃなくて心とか存在とかがキラキラと輝いてるのを見てるのが好きなんだ。
命の煌めき‥‥そういうのが感じられるのって素敵じゃない?
外はすっごくキラキラ輝いてて。
「キレー‥‥」
思わず言葉が漏れる。
家の中でぐだぐだしてるのが悪いのかな。
テーブルの上にぐったりと倒れ込んで、指に触れた譜面を眺める。
それを視線で追って、五線譜の上に書かれたオタマジャクシを辿る。
ちょっと前に作った曲。
だけどこれにも詩はまだついてないの。
自然と口から零れ落ちるメロディ。
けれどそれは言葉にはならずに空気に融ける。
‥‥‥そっか。
ぽむ、と俺は手を叩いていそいそとその譜面と真っ白な譜面を持って部屋を飛び出した。
綺麗だと思った外でならいい曲が出来上がるかもしれないって思ったから。
外に出た途端、譜面を吹き飛ばす位の風が吹き付ける。
髪が空高く舞い上がって‥‥。
舞い上がる髪を追いながら見上げた空の青さが眩しくて。
‥‥一瞬、瞳を閉じた。
譜面はそれでもしっかりと持っていたから平気だったけど‥‥せっかくの譜面までなくなっちゃったら大変。
ま、最悪の場合。
風の精霊達に頼んで集めて貰うっていう方法もあるけど。
とりあえず飛ばされないようにしっかりと持って、俺は背にある白く大きな翼を羽ばたかせた。
そして少し青い空の下で湖面を眺めて。
風に揺れて小さな漣をいくつもいくつも作る湖。
光に煌めいて眩しい光を俺に見せるの。
すっごく綺麗でずっと見ていたい気にさせられる。
対岸へと飛んだ俺は服が汚れるのも気にせずに、岸辺に腰を下ろして譜面を眺めた。
今は全然音の流れがイメージ出来ないから、前に作った曲を試しに口ずさんでみる。
もう譜面なんて見なくてもしっかりと頭の中に焼き付いているその音の羅列。
持ってきてみたのは形だけ。あった方が良いかなって。
瞳を閉じてその音を辿ってみる。
耳に入ってくるのは風の柔らかな囁きと、自分の出すハミングだけ。
けれどやっぱりそれは新しい曲には変わらなくて。
楽曲を生成する機能が今日はオヤスミなのかな。
それはとっても悔しいんだけれど。
でも風の囁きに合わせるように響く自分の音がなんだか心地よくて。
それはそれで良いような気がしてきて。
「んーっ‥‥」
俺は大きく伸びをした。
イライラしてても曲なんてできっこないよね。
それに苦肉の策で作った曲‥‥皆に喜んでもらえるような気がしないもの。
俺ね、皆の顔に浮かぶ笑顔を見るのが好きなんだよ。
出来ないものは出来ない。
こういう日はのんびり過ごすのが良いのかも。
地面に置いた譜面がさわさわと音を立てる。
そして次の瞬間、悪戯な風に攫われて天高く舞い上がる白い譜面達。
俺は手を伸ばす事もせずにそれをただ見上げていた。
空の青と譜面の白のコントラストがすっごく綺麗。
眩しすぎる太陽の光を掌で軽く遮りながら、その光景を俺はじっと眺めていた。
ころん、と胸の中に何かが生まれたような気がしたけれど。
まだそれは音にはならなくて。
きっとそれは俺の心の中で音になるのを待ってる楽曲の卵。
ゆっくりと暖めて、そしてそれが俺の中からいつか生まれるんだね。
俺は小さく笑って空の青さに目を細めた。
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