<東京怪談ノベル(シングル)>


『ラストダンスは君と』

「やぁ」
そう掛けられた声に、オーマ・シュヴァルツは戦慄した。
ずっと昔、オーマに敗北の二文字を刻みつけた相手。
あの時と変わらぬ姿で、あの時と変わらぬ威圧感を持って、その男はオーマの前に現れた。

     ●

「ハァ、ハァ、……クソッ!!」
ヒュッ!
「ツッッッ!!」
左の死角から飛んできたナイフを紙一重でかわす。
「ハッ!毒づく間もくれねぇってか!」
「……ふむ。なかなか成長したようだけど、それでは僕を倒すことは出来ないよ」
笑顔を崩さぬまま、男は矢継ぎ早に攻撃を仕掛けてくる。
「ざ……っけんなぁぁぁ!!!」
次々と迫るナイフに皮を切らせながら、オーマは反撃に出る。
具現能力により出現した巨大銃器を片手に構え連射。
しかし、放たれた銃弾は男へと届かず、突然現れた盾≠ノよって弾かれた。
オーマと同じく具現能力を持つ者。
ヴァンサーでなければそれは……すなわちウォズ≠ナある
「チッ!だったらこれでどうだ!!」
未だ途絶えることのないナイフの雨を潜り抜け、男──ウォズとの間合いを一息で縮める。
「くらえっ!!」
放つのは右の拳。
だが、ウォズはこれを難なくかわす。
「もう一丁!!」
次に繰り出すのは左の一撃。
ウォズはこれを避けずに腕で受け止めた。
結果、二人の間合いはほぼゼロになる。
それを待ってましたとばかりにオーマは更にスピードを上げ、高速の蹴りをウォズの頭部目掛けて放つ。
「クッ!!」
間合いを開こうとウォズが半歩を下がり、そして気付く。
先程まで拳を受け止めていた筈の腕が、具現化されたロープで逆に捕らえられてしまっていることに。
「わりぃな」
ニヤッと笑ったオーマの脚が、ウォズの後頭部を強打した。

     ●

「なぁおい。聞かせて貰えるんだろうな?」
戦闘を終え、仰向けに横たわるウォズにオーマは問いかける。
「何故、手加減なんかしやがった?」
勝てる筈のない相手。その相手に勝ってしまったオーマの当然の疑問。
あんな単純な肉弾戦で勝てるなどとは夢にも思っていなかったのだから。
あまりの呆気なさにやりきれない思いがオーマの中に渦巻いている。
「……君こそ、何故僕を封印してしまわなかったんだい?」
寝転がったまま、ウォズは問いに問いを返してくる。
「んなもん、考えなくてもわかんだろ?おまえからは殺気が感じられなかった。最初からおかしいとは思ってたんだ」
「そう、か」
納得したのかしていないのか、ウォズは黙り込む。
「で?何故ここに、ってか俺んとこに来たんだ?……あぁ、手加減した理由もちゃんと答えろよ」
「…………僕の最後の舞台を……君と踊りたかったからだよ」
「あ?」
いきなり何を、と言おうとして寸前で押し留める。
「人質を、とられてしまってね。まさかヴァンサーが人間を人質に取るとは思ってもいなかったよ」
「ちょ、おい待てよ。展開が読めねぇ。その位置関係は普通は逆じゃねぇか?」
人間を守るのはヴァンサーとしての任務の一つなのだ。
それが、人質を取るなんていう状況がさっぱり分からない。
「……僕は人間が好きでね。それを知ったヴァンサーが、さ。でもま、優しそうな人だったし、本当に殺しはしないだろうけどね」
苦笑いを浮かべるウォズ。
「で、その人間ていうのは、僕が自分の子供のように可愛がっている子でね。例え嘘でも、殺すなんて言われたら……抵抗出来るわけないじゃないか」
「それで、素直に封印されることを承諾したってのか?」
「まぁ、ね」
はは、とウォズの乾いた笑いが耳に痛い。
「だから、せめて最後はさ、やり残した事をやっておこうと思って」
「それが俺なのか?俺と戦うことだったのか?」
分からない。何故それが自分なのか。
「……昔戦ったとき、妙に印象に残ってしまってね。ずっと気になっていたんだ。いつか、僕を越える強さを手に入れられるのだろうかってさ」
「そいつは残念だったな。おれはまだ、おまえにゃ勝てねぇよ」
「ふふ、それはどうだろうね。僕が気付かないとでも思ったのかい?」
言いながら、ウォズはおもむろに立ち上がる。
「何のことだ?」
数秒の沈黙を置いて、ウォズは歩き出した。
「……それじゃ、僕はもう行かなきゃ」
「おい!!」
思わず声が出た。
「ん?」
立ち止まり、振り向くウォズ。
「……本当にいいのかよ。そんなんで、心残りはねぇのかよ?」
「心残り、か。そうだね。あの子の成長が見られないのは心残り、かな」
そして、こちらを真っ直ぐに見て付け加える。
「君と……本気の君とも、戦ってみたかったな」
声が出ない。
にっこり笑って、再び歩き出すウォズを、ただ見ていた。
その姿が見えなくなるまで、ただじっと、見つめていた。


「…………じゃあ、な」
オーマの小さな呟きは、風の音に掻き消えた。


--FIN--