＜聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記＞
□■□■ 妖精のランプ ■□■□
「た、助けてなんだよ、助けてなんだよーっ！！」
ちぱぱっ！
小さな羽音を立てながら白山羊亭の窓から舞い込んだ『それ』の声に、ルディアは思わず運んでいた皿を落とし掛け、客達は傾けていたビールのジョッキを落とし掛けていた。否、実際落とした者も居たらしく、がちゃんっという音もどこかで響いている。だが、闖入者である『それ』は、そんな店内の様子など気にせず――自分の小さな身体をいっぱいに張って、店中に響く声を張り上げる。
小さな体躯に突き出した虫のような薄羽。
大きな眼には、絹糸よりも細い髪が掛かっている。
それは、妖精だった。
「ど、どうしたんです？ 何かあったんですか、妖精さんっ？」
「ど、どーしたもこーしたもないんだよっ！ 大変なんだよ、助けてなんだよ！」
「落ち着いて下さいな、ね、どうなさったんです？」
「妖精の村が襲われたんだよっ！！」
「え、――えぇ！？」
ルディアは今度こそトレイを落とした。
「悪い人間がいっぱい来たんだよっ、みんな攫って行っちゃったんだよっ！ 妖精ランプにしちゃうんだって言ってたんだよっ！」
「よ、妖精ランプ？」
「妖精の身体って光るんだよ、暗いトコではより明るく、明るいトコでは仄かに、だからランプとして旅人に使われちゃうんだよっ！ ガラスに閉じ込められちゃうんだよっ！ お金持ちに集められちゃうんだよっ、助けてだよ助けてだよっ！」
ちぱぱっ、羽ばたいて声を張り上げる妖精の様子に、ルディアは困った顔で客達を見た。
■□■□■
「……それっていくらぐらいで売れるのかなぁ」
うっとり。
呟いたヴィネシュア・ソルラウルの声に、その傍らでグラスを傾けていたリン・ジェーンもまた宙を眺めた。その眼は何か状況とは違う方向に向けられている。
「妖精の種類にも因るけれど、希少価値かつ可愛いのだったりしたら、きっと良い感じの値段が付くんでしょうねぇ……なんとなく噂ぐらいは聞いたことがあったんだけど、乱獲までしてそんなの作る奴っているのね。二つ三つ売れれば何年かは働かなくて済みそうな感じかしら」
「良いねそれ、なーんかすっごくうっとりする感じの響きだよっ☆ 見た目も良いから、きっと変態趣味の脂ぎった金持ちのおぢさん達が眼の色変えて欲しがるんだろうねー、競りに掛けたらもっと値段が吊り上がるだろうから、上手くすれば一財産いけそうな感じ――って、いたぁッ！」
「あたたっ！」
ぺしぺしッ、不謹慎な話題にうっとりと四次元の方向を見ていた二人の頭を、シヴァ・サンサーラが軽く叩いた。その傍らでは、だぅ〜……っと大量の涙を零している妖精の姿がある。流石に洒落にならないか、と、二人は顔を見合わせて小さく舌を出し合った。まったく、とシヴァは肩を竦め、ぐずぐずとハナミズを必死に啜っている妖精の小さな頭を撫でる。
「すみません、悪気はあるんですが彼女達もそれほど悪人ではありませんので」
「フォローになってないんだよシヴァちゃんっ！」
「そーよそーよシヴァちゃん！」
「リンさんまでシヴァちゃん言わないで下さい、そしてフォローをしているつもりはありません。ともかく、もう少し詳しく事情を聞かせて頂けませんか？ 動くためにはそういった情報が必須ですから」
「え、えぐぅう……ひ、ひっく、えっく……」
「…………泣いていちゃ、手遅れに……なる、わよ。ともかく、落ち着いて……ね？」
ふぅっと溜息を吐き、エヴァーリーンも妖精を宥める。ひっくひっくとしゃくり上げながら説明する所によると、彼女はその時、丁度当番で花畑に行っていて難を逃れたらしい。蜜を汲んで戻ってくると、小さな集落に網が掛けられ、漁のようにずるずると回収されている仲間達の姿を発見――慌てて隠れて、様子を伺っていたとのこと。あわあわしている割に落ち着いた行動を取っていたらしい。
「えっとね、闇市場に持って行って売り飛ばすって言ってたんだよっ……み、みんな瓶詰めになって、変なおじさん達のところに売られちゃうんだよっ！」
「闇市場……確か、昨日開かれていた……わね。もしかすると、その時点で……売りさばかれているかも、しれないか」
「んー、そうだねっ……即製作、即販売って感じだもんね、闇市場って。うんうん、その辺りのルートは多分ボクの情報網に掛かってると思うからさ、多分買い手は簡単に割れると思うんだよっ？ だから安心してね〜、妖精さん☆」
「問題は、売られた先からどうやって助け出すかですね……もう一度買い取る、と言うのが妥当な所でしょうか」
言いしな、シヴァは外套の中に手を入れる。そこからはずっしりと重そうな袋が取り出され、カウンターに置かれた。中から響く金属質の音に、リンとヴィネシュアの眼がきらりーん！ と光る。
「私が作った装飾品の売り上げですが、それほど高価だと言うのならこれでも足りないでしょうね……一つか二つ、買い戻すのが関の山ですか」
「そこの二人……眼が、ハイエナ」
「ぎくっ」「ぎくぎくぎくっ」
「別に……そんな、ろくでなしに金を払う義理もないでしょう……？ 忍び込んで、拝借してくれば良いだけ……非合法には、非合法で行っても良いと思うわ」
「ああ、じゃあそれは私の出番ねっ！ 昔取った杵柄、そーゆーのには慣れているし……ヴィネ、買い手の情報が掴めたら私に流してちょうだいな。忍び込んで掻っ攫って来ちゃうから」
「あ、それならボクも一緒に行くよっ。エヴァちゃんとシヴァちゃんはどーするのっ？」
ふむ、とエヴァーリーンは指先を口唇に当てる。
「私は、そうね……ブローカーの方を、当たるつもり……。連中の顧客リスト、念のために盗み出して……救助漏れがないように。そういうのは、得意……だから」
「では、私もそれにお供しましょう。女性一人では危険ですし、足手纏いにはなりませんからね」
「……ご自由に、ってところ…………かしら」
「ええ、お願い致します」
「え、えぅぅー……ほんとにほんとに、お願いするんだよぅっ！」
ほんの少しだけ不安そうな眼差しとリンとヴィネシュアに向けながら、妖精が哀願する。まっかせなさい、と、リンはどこか黒い笑顔を向けた。
■□■□■
「ね、ところで……実際どのくらいの値段で競り落とされたのかしら、ランプ」
翌晩、深夜。
屋根から忍び込んだリンとヴィネシュアは、所々の窓の鍵を開けながら邸宅の中を進んでいた。見回りが終わった直後の事、ひと気は殆ど無いと言って良い状態である。念のための脱出経路を確保しながら、リンは潜めた声で傍らのヴィネシュアに訊ねた。彼女は肩の両脇をぐるぐる回る、小動物型精霊のジエルと指で遊びながら、んー……と宙を見る。
「そーだなぁ、ゼロの大行進ではあったみたい？ やっぱ妖精って綺麗で可愛いから、そっち趣味のおぢさんおばさんには大好評だったらしいよっ。売れた数はそれほどでも無かったけど、かなりの額動いたって話だね」
「やっぱそーよねぇ……いーなぁ、私も欲しいわー。だって見た目が綺麗だしね、乙女心を擽られるわ」
「ボクは算盤が擽られるよ、いくらぐらいで吹っ掛けてやろっかなぁ……」
うっとり。
妖精が聞いたら卒倒しそうな会話を続けながら、リンはヴィネシュアが手に入れた邸内図を眺める。赤いインクで印が付けられているそこが目的地だが、やはりお約束にも保管庫は地下らしい。一々階段を探すのも面倒だし、歩いている間に見付からないとも限らない――ふむ、と彼女は、一つの通路に目を付けた。全階を突き抜けるそれ――通風塔である。
見れば一箇所、壁に通風用の穴が開いている。網が掛けられているが、細身な彼女やヴィネシュアならどうにか通れそうな穴だった。それに、入ってしまえば中は結構な広さである。羽を広げられるかどうかは微妙な所だが、どうにかなるだろう――立ち止まり、リンは手を伸ばした。
「んー、リンちゃんどーしたのっ？」
「ん……見張りが手薄だから上から忍び込んだけど、目的地は地下でしょ？ ここ、通風塔になってて、ずーっと下まで通ってるの。こっから落ちれば良いかな、って」
「なるほどー、じゃあその網邪魔だねっ」
パキ。
金網の全体に霜が掛かる、温度が一気に下げられたらしい。リンは伸ばしていた手を反射的に引く、と同時に今度はその霜が音を立てて蒸発した。更にまた、霜が張る。コン、と軽く叩けば、熱疲労で脆弱化した金属は簡単に砕けた。
見下ろせば、ヴィネシュアがにこにこ笑いながら人差し指を立てている。まったくマルチな娘だと、リンは中に飛び込む――と同時に、翼を広げる。中々に広い、これならばゆったりと降下できるだろう。
「んひゃっ」
「う、わたたッ」
「あははー、落ちちゃった☆」
「『ちゃった☆』じゃないでしょー……私が受け止めてなきゃ真っ逆さまよ、もぅ。さてと、んじゃあ行きましょっか」
「あはは、れっつごーっ☆」
■□■□■
スラムの一角にある石造りの古い建物の上、エヴァーリーンとシヴァは月明かりに照らされながら佇んでいた。身軽さを生かしての潜入だったが、屋上がある作りではないので、少し下りて窓から入らなくてはならない。門には一応の見張りが居る――ばれないとも限らない。どうするか、エヴァーリーンが思考していると、シヴァはくるりと自分の赤い大鎌を回した。
「たしか、このすぐ下は倉庫でしたね？」
「ええ、そう――でも、誰も居ないという保障はない……わね。向こうに、スラムらしくない……馬車も、止められていた。…………取引に来ている金持ちがいないとも、限らないわ」
「まあ、ようは黙らせて居れば良いわけですから」
にこり、整った顔でシヴァは微笑む。もとは天使なのでそれは清浄だったが、どことなく企んでいるような空気が無いと言えなくもない。無表情に糸をするすると伸ばしながら、エヴァーリーンは彼を見る。赤い鎌の先が、固い床に触れた。
「ところで――エヴァさん、その鋼糸はどの程度自在に操れるものなのですか？」
「殆ど、手足のように――出来る、わね。……何を、求められている…………かにも、寄るけれど」
「例えばこの場を崩したとして、破片全てに糸を掛けて落下音を防ぐことは」
「…………破片の数を制御して、それを把握出来ていれば……不可能じゃない」
「六つです」
「ええ」
ざく。
鎌の刃を床に突き立て、シヴァがぐるりと身体を回す。一回転すれば、彼を中心に円状の切れ目が出来ていた。タンッと脚を踏み鳴らせば、それが落ちる――寸前に再び鎌が閃く。三度振るわれ、ケーキのように破片が六等分された。エヴァーリーンは指先で素早く糸を繰る、重石もつけずに飛ばすのは少し綱渡りではあったが、上手く全ての欠片に糸を巻き付けることは出来た。音もなく入り口は開かれ、そして明かりが見える。
倉庫の中には人影と明かり――二人は、降りる。突然の侵入者に声を上げようとした彼らの動きを、エヴァーリーンは糸を掛けることで止めた。顎を強制的に閉じさせる、その動きを止める。他の階、他の部屋にも何が起こったかなど知れてはいないだろう――静寂。整った身なりの男と、野卑な印象の男達。そして、エヴァーリーンとシヴァ。ああ、とシヴァが声を出す。
「これですね、例のランプは。それじゃ、貰って行きましょうか」
「そうね……確か攫われたのは十人とか、言っていたかしら。ヴィネの情報網に掛かったのが、五つ分…ここに五つあるなら、丁度計算は合う…………さてと」
シヴァがランプの蓋を外して妖精達を解放する様子を眺めながら、エヴァーリーンは一人の糸を解いた。騒がれては困るので、顎を固定しているものは解いていないが――逃げ出せずに脚を震わせているところから察するに、一番気が弱いのだろう。彼女はいつものように少し無感情な声で、命令する。
「顧客リスト……出しなさい。あまり、悪趣味が過ぎるなら…………もう少し、仕置きも必要だから」
■□■□■
「ありがとうなんだよ、ありがとうなんだよぉっ！！」
きゃあっ！ と顔に突撃するように抱き付いてくる妖精の様子に、シヴァは苦笑する。小さな身体でいっぱいに喜びを示すのは結構だが、細い手が目に入りそうで、正直少し怖いものがある。
妖精達は無事に回収され、村に返された。ちょっとした結界を張って、これからは来訪者を選ぶようにしたらしい――今までは随分オープンだったようだ、中々暢気なことに。元々妖精とは陽気な性質だから、その楽観が招いた今回の事件だったとも言えなくは無いが、口には出さない。終わったことなのだから。
「あーん、可愛いなあ……これはやっぱり欲しいと思うわね、うんうん」
「リンちゃんったらー、そんなこと言ったら駄目だよっ？ 安心してね妖精さんっ、もうランプにしよーなんて人は来ないだろーからっ☆」
「と言うか、実用価値は無いわよね…………道楽のみって、言うか。ヴィネシュア……何か、細工をして来たの？」
エヴァーリーンの言葉に、ヴィネシュアはくふふっと可愛らしく笑って見せる。
「ランプの中にねー、妖精っぽい別の生き物を詰めておいたんだよねっ。ボクってそーゆーのも作れちゃうからさ。んでもって、情報流しておいたの……妖精は密閉しておくとゲテモノさんになっちゃうー、ってねっ」
「そういう事例は聞いたことがありませんが……まさか、その『妖精っぽい生き物』が……」
「んー、そろそろ金持ちさん達の家でゲテモノさんになってる頃かなっ？ だから、もう連中はランプなんか欲しがらないだろうし、需要が無ければ供給だって――」
がばぁッ！！
白山羊亭のカウンター、腰掛けていたリンが突然立ち上がる。客達を掻き分けるようにして玄関に向かっていき、乱暴にドアを開け、出て行ってしまった。何事だと口を開けるヴィネシュア、そしてエヴァーリーンを見て、はぁあぁぁッとシヴァは溜息を吐き――苦笑する。
「彼女、くすねたみたいですね、そのランプ」
「ふッ船が、船長、それ海に捨ててぇええぇ――――――！！！」
■□■□■ 参加ＰＣ一覧 ■□■□■
２１５４ ／ ヴィネシュア・ソルラウル ／ 十五歳 ／ 女性 ／ 情報屋
２０８９ ／ リン・ジェーン ／ 二十三歳 ／ 女性 ／ 海賊
１７５８ ／ シヴァ・サンサーラ ／ 六六六歳 ／ 男性 ／ 死神
２０８７ ／ エヴァーリーン ／ 十九歳 ／ 女性 ／ ジェノサイド
■□■□■ ライター戯言 ■□■□■
初めまして、またはこんにちは。この度はご依頼頂きありがとうございました、ライターの哉色と申しますっ。早速納品させて頂きましたが如何でしたでしょうか……綺麗所が集まったのが自分的に面白いところでした(笑) 初めましての方が多かったので口調や能力の間違いなどあるかと思いますが、気になる部分ありましたらどうぞ容赦なくダメ出ししてやって下さいませ； それでは少しでもお楽しみ頂けている事を願いつつ、失礼致しますっ。
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