<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
キミの生きる声
真っ暗な新月の夜、灯火の僅かな明かりだけを頼りに、マテリエルはひたすら人形作りに没していた。
その光景は、一見すると柔和な雰囲気に包まれている。
それは、マテリエルが生来持つオーラのようなものと、彼女の人形に対する――否、これから生まれようとする我が子に対する愛情ゆえであろう。
しかし、一見ということは、それだけではないということだ。
「もう少し……」
仕上げの作業まで、あと一歩。
この瞬間が、一番ゾクゾクする。
全身の神経がピンと張っているのを、無意識下でも感じてしまうのだ。
柔和な中の、鬼気迫る雰囲気。
それが、今のマテリエルにはあった。
「目、鼻、口」
そして、仕上げ。
マテリエルの背丈ほどの一本の樹。
その樹は、まるで枝の育ち方や葉の生え方と、何から何まで計算して生み出されたかの如く美しい。
特に葉の色が一際独特で、優しい赤紅色をしていた。
「お前は……」
不意に、マテリエルが口を開く。
仕上げの元となる、その樹に自らの吐息を吹きかけながら。
視線はまっすぐに、完成間近の人形に向けて。
「愛しき子よ。お前は自らの道をお行き。お前はボクの希望。そして」
――なのだから。
その声は、この世の声としては残らず、消えた。
それと動じに、マテリエルも息を吹きかけるのをやめる。
樹は淡く優しく、その葉のような赤紫に全身を輝かす。
形も徐々に変化していった。
それを手助けするように、マテリエルは樹に幹を優しく優しく撫でさする。
樹もマテリエルに応える調子で、さらさらと砂の如く流れ始めた。
「愛しき子よ、これもあげる」
この一声に全ての愛情を詰めるような母性を含んだ声で呟きながら、マテリエルは背にある右翼を毟り取った。
「はい、どうぞ」
白とも金とも見える色をしていた方翼は、紅紫色に染まっていく。
その色は、樹の葉の色であると動じに、マテリエルの血の色でもある。
「同じ色だね」
同じ色に、染まっていく。
マテリエルも、彼女の愛し子も。
「ねぇ」
不意に、背後を振り返る。
「この子と友に歩いてくれるかい?」
色は赤なのに、その柔らかさのためか、流れる水を連想させる髪。
色白の肌に、強い金の瞳が美しい。
朧だが、見た目三十歳前後の女性。
――その容姿は、契約者の精神を表している。
『……』
彼女は、マテリエルの背後に無言で佇んでいた。
「コトハ。……この子と、一緒に」
『…はい』
それは、始まりから決まっていたことだから。
今日と言う日に、改めて言われただけのことだから。
コトハが主にできる、最後の……そして、最大のことなのだから。
出会ったとき、コトハは人の姿をしていなかった。
前の主と別れて、どのくらいの月日が流れていただろう?
今ではもう、思い出すことはできない。
それは、コトハにはどうしようもないこと。
人が睡眠や食欲を抑えられないのと同じなのだ。
コトハが新しい主に尽くすために、前の主との思い出の大半は封印されてしまう。
主を失えば、いつも戻るのは紅紫色の晶石姿だ。
そんなコトハを見つけ出してくれる者が、稀にいる。
コトハはただ、その中から主を選べば良い。
「おや? 珍しいのと出くわしたね」
幾人もの人がコトハを晶石としてしか見ない中、マテリエルはあっさりとその中の意識に気がついた。
髪が赤くて、瞳が青い所為だろうか?
紫苑の人だと、そのとき思ったことを、コトハは今でも覚えている。
「早起きは三文の徳なんて嘘だよ。だって、昼間寝て、たまの夜の散歩に出てきたからこそ、ボクはキミに会えたんだ」
言われて初めて、今が夜だと気がついた。
「ねぇ、キミの名前をボクに教えてくれない? ボクはマテリア・エル=ファサード。通称マテリエル」
『……』
「あと、できればそこから出てきてほしいかな。その姿も良いけれどね、ボクはやっぱり、キミと目線を合わせて話してみたいから」
そうして、カラカラと彼女が……笑った?
……いや、彼女ではない。
「ほら、ボクの子供たちも、キミをとても楽しみにしているよ」
言われる少しだけ前に、彼女を囲う無数の人形たちがいることに気がついた。
見ていれば、彼ら全員が、彼女を心から愛しているのがよくわかる。
『…名を』
コトハは、ゆっくりと姿を現した。
彼女と同じ、赤い髪。
彼女と同じ強さで輝く、金色の瞳。
歳は十代半ばか、後半か。
『名を問うのであれば、私に名をお与え下さい。私は、貴女を主に選びます』
「……私を? 主に? キミは物好きだね」
『そんなことはないと思います』
マテリエルの傍にいる人形たちが、それを証明してくれている。
「ふふ、ありがとう。それじゃあ……」
――コトハと、名づけよう。
その言葉は、この世の声として、今もコトハの胸に残っている。
そして、その直後の言葉も。
思い出すようにして、コトハは笑う。
少しだけ、寂しげな笑顔だった。
『名残惜しいですけれど、共に歩みましょう』
あのとき、マテリエルは言った。
でも、キミの力を必要とするのは私じゃない
コトハの力は、これから生まれる私の愛しい子のために、取っておいてはくれないかい?
残酷な言葉だ。
晶石のコトハは、主に名をもらうことでその者との融合を可能にする。
力を貸すことが可能となるのだ。
つまり、マテリエルの子に力を与えるということは……。
契約の終わりを指し示す。
コトハにつられるようにして、マテリエルも同じような笑みを返す。
ゆっくりと開かれる唇から、温かな吐息と共に、その表情によく合った綺麗な声が聞こえてくる。
「新たな名をこの子がつけるまで、今のコトハを名乗るのかい?」
『はい』
「そう……。ボクはキミにそこまでつくしてもらえるような主ではなかったと思うけれど」
『そんなことはありません』
コトハは極めて物質に近い存在だ。
彼女にとって、あの数え切れない数の人形全てに愛情を注ぎ、また愛されるという事実は、何よりの尊敬の対象となる。
そしてまた、マテリエルはコトハに優しかった。
……とても。優しかったのだ。
『容姿や記憶も多くを失いますが、その名は貴女がくれたものだから』
大切にします。
私がこの子に融ける、その日まで。
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