<PCクエストノベル(2人)>


『そのリボンをほどく時−アクアーネ村−』

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【2549/ユウ・シュトースツァーン (ゆう・しゅとーすつぁーん)/傭兵】
【2550/ケイ・フリューゲル (けい・ふりゅーげる)/星晶術師(見習い)】

【助力探求者】
無し

【その他登場人物】
ゴンドリエ
観光地の似顔絵描き

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 エルザードの観光案内誌(無料)には、アクアーネ村についてこう書いてある。

* * * * *
エルザードと他地域との小さな中継地点でもあり、又同時に、有名な観光地でもある。
水によって生かされる『水の都』――村中に張り巡らされた運河にゴンドラの揺れる光景は、この村特有のものでもある。
とにかく歴史が古い為、たまに発見された遺跡に大騒ぎになる事も。
村中に漂う水の香りが、夏でもどこか涼しさを思わせる。
* * * * *
 涼しくていいのは夏だけであった。

ユウ:「はっ・・・はっ・・・はっくしょーーーん!」
 ユウ・シュトースツァーンは、寒さに肩をすぼめた。村に入った途端に吹き上げる冷気に、思わず鳥肌がたった。
ユウ:『誰ですか、真冬のアクアーネ村で観光しようと言い出したのは、まったく!』
 それはユウ本人であったのだが・・・。

 厳密に言えば、同居人のケイ・フリューゲルが観光案内の写真を見て、目を輝かせた。アクアーネ村は『水の都』と呼ばれ、馬車も馬も町中では通行禁止になっていて、網の目のような水路を、乗合舟、貨物船、ゴンドラなどが行き来する。舟着場や街路にも店はあるが、地方から運んで来た野菜や果物をそのまま小舟を碇泊させて販売する市場は、子供のケイにはもの珍しかったようだ。
ケイ:「おにいにゃ、これ、なんなのにゅ?」
 知能も精神もまだ仔猫であるケイは、緑の瞳をまんまるくして、たどたどしい口調で尋ねたのだった。
ユウ:「ああ、これはですね・・・」
 丁寧に説明してあげながら、肩に乗ったケイをふと見ると・・・うるうると好奇心に瞳をうるませて、じっと写真に見入っていた。ケイがあまりに可愛らしくて、つい、「エルザードから近いですし、行ってみますか?」と口走ってしまったのだった。

 ケイはティーアという種族の黒豹であるが、外見をほぼ人間に近い形に変えることができる。傭兵の仕事は半獣でも支障なかったが、ソーンで波風立てずに暮らす為に、家の外では人間でいることが多かった。人に変身すると、どこかに必ず楔模様のような紋様が浮きでた。
 人間に変われるのは成獣だけである。ケイもティーアの月猫だが、まだ子供なので、半獣の姿にしか変身できない。精神はまだ幼児に近くて『にゃにゃにゃ』『うにゃ〜』などと喋っているのに、外見は17、8歳の少年になる。おまけに猫耳にしっぽ。可愛い。いや、確かに可愛いのだが、そういうケイを見る世間の目は冷たいので、外では猫のまま、ユウの肩に乗る形で移動した。
 
ケイ:「おにいにゃ、寒いですにゅ?ケイがしっぽで暖めてあげるにゅ」 
 茶トラ仔猫の短い尾は、青年のユウの首を一周も巻くことはできすに、頬をふわりと撫でるだけだった。それでもその『ふわり』はとても暖かに感じられ、ユウは微笑む。ケイの首に結ばれた赤いリボンが、木枯らしになびいた。
 アクアーネは観光地であるが、さすがに冬は人が少なかった。ただ、人込みの好きで無い二人にとっては、好都合かもしれない。
 普段は、ゴンドラ乗り場も長蛇の列だが、今日は数人しか待っていない。
ケイ:「にゃにゃ!写真で見た舟ですにゅ。バナナみたいにゅ」
 前と後ろがつんと尖って上を向く、三日月のような平底舟を見て、ケイははしゃいでユウの肩でぴょんぴょんと跳ねた。
ユウ:「こらこら。そんなに飛び跳ねると落ちますよ」
ケイ:「大丈夫にゅ。
   おにいにゃ、もうすぐケイ達の順番ですにゅ。なんだが、ケイ達の舟、綺麗なのにゅ」
 他のゴンドラは黒か茶だ。特別料金の白いものは乗り場が違う。だが、ユウ達を待っていた舟は、空色の地に横板にグリフォンの絵が描かれているものだった。銀の塗料で描かれた獅子の体と鷲の翼を持つ妖獣は、荒々しく美しい。だが、さらにそのグリフォンの絵の上に、赤い大きな文字で“超絶速『権弩羅/愚吏奔』”と書かれている。
ユウ:「あれは・・・『ゴンドラ/グリホン』と読めばいいのでしょうか・・・」

ゴンドリエ:「おう、一人と一匹かい。おいらの舟は、走りは誰にも負けねえぜ」
 他のゴンドリエは、水をはじく防寒の地味な色の上着に動きやすいズボンという服装だが、そのゴンドリエは、目に滲みる蛍光紫の、上下が繋がっている服を着ている。背中にドラゴンと『哀』という文字の刺繍が施され、この刺繍も光る糸だった。
ユウ:「・・・。」
ゴンドリエ:「やい、やい、乗るのか乗らねえのか。こちとら体を張って商売してんだ、とっととしやがれい!」
ユウ:「の、乗ります」
 ゴンドリエの早口にまくし立てられ、ユウは慌てて舟に乗り込んだ。近くで見ると、ゴンドリエの棹には、何故かチェーンが巻き付いている。
ユウ:「あのう。実は、このコが、舟は初めてでして。初心者モードのスピードでお願いできますか?」
 もしゴンドリエの気に触り、争いになったとしても、優秀な傭兵であるユウが負けるはずは無かった。だが、肩にケイがいる。ユウは無用な争いは避けたい。
ゴンドリエ:「・・・そうかい、わかったぜ。残念だな」
 だが、ゴンドリエは快諾してくれた。
ゴンドリエ:「仔猫!舟が初めてだって?楽しんでいけや」
 男はにっと笑った。前歯が一本無い。よく見るとまだ若い男・・・ハタチ前のようだ。
 男が棹を水深く突くと、ゴンドラはゆっくりと動き始めた。

 運河なので、山の頂上の清流の美しさとは行かないが、それでも紙屑などのゴミは殆ど浮いていない。定期的に、網を握った掃除人の舟が運行しているのだ。
 舟は二列ずつの左側通行で、観光ゴンドラは決まったコースを通る。白と赤茶を基調にした美しい建物が水から聳えて整列する。川の端には、ケイが興味を持ったゴンドラ上の出店が幾艘も連なっていた。舟の市場は、建物の壁を擦るほどの場所に碇泊している。舟で通る者たちは直接に購入するが、陸に居る者は、この建物の窓から籠を降ろして品物と料金をやり取りする。
ユウ:「ほら、ああやって紐で籠を吊るして降ろすんです」
ケイ:「楽しそうにゅ。ケイも乗りたいにゅ」
ユウ:「ダメです、あれは乗り物じゃ無いです。野菜や果物を売り買いしているのですよ」
ケイ:「えーっ、ケイ、売られたくないにゅ。ずっとおにいにゃのそばにいたいにゅ!」
 ケイは、『わかってますよ』と言うように、仔猫の頭を撫でた。猫の時のケイの頭は、すっぽりとユウの掌に入ってしまう。
 市場の舟の中には、大きな板のテーブルが据えつけられ、その上に置けるだけの野菜が乗せられていた。と言っても、じゃが芋やさつま芋、キャベツやレタスなど、きちんと仕分けされ、お客が探しやすいよう配慮されている。瑞々しいトマトに光る露が、つるりと落ちた。
ユウ:「せっかくですから、少し野菜を買っていきましょうか。
 ゴンドリエさん、すみませんが停めていただけますか?」
 ユウは豹なので完全に肉食なのだが、ケイは雑食だから野菜も食べる。それに、ソーンでは、ユウも生きている獲物の内蔵を食べることは無いので、野菜を取ることが必要だった。サラダに使う野菜を少量購入し、紙の袋に入れてもらった。あまりおいしいモノでは無いと思うが、残すと、ケイに『好き嫌いはダメにゅ』と叱られてしまう。

 ユウは、今の、ケイとの暮らしが気に入っていた。
 傭兵は、仕事で人を殺す。そこに思想も信念も無い。相手が、違う者から給金が出ているという理由で殺すのだ。ユウは仕事と割り切っていたが、次第にカサカサに乾いて行く心はどうしようもなかった。
 ソーンは、アセシナートとの小競り合いはあるものの今は聖都は平和であった。傭兵としての仕事より、街の人々を助ける冒険者のような仕事の方が多い。血の匂いをさせずにケイの待つ家に戻れることが、ありがたかった。そんな考えに変わったのは・・・ケイと暮らし始めたせいかもしれないが。

 観光ゴンドラのコースは、広場へと続く船着場で終わる。徒歩1時間くらいの石畳の道を、商店を冷やかしながら散歩すると、村の出口に戻るようになっているらしい。
ケイ:「おにいにゃ、あの湯気が立つのは何にゅ?」
 広場にも、幾つか出店が出ていた。ケイが見つけたのは、暖かいポタージュをカップで飲ませる売店だ。水の上に長く居たので、体が冷えていた。早速ポタージュをいただくことにした。
ケイ:「は、花の形のニンジンにゅ!かわいいにゅ!」
 一人分を買って、ケイの分はユウが掌に少し垂らして、ふうっと吹いて冷ましてからあけた。当然ケイは猫舌なのだ。
 ユウの掌を、ざらりとしたケイの舌が嘗める。少しくすぐったい。
ケイ:「おいしいにゅ〜。早くケイも飲むといいにゅ」
ユウ:「花の人参は、ケイにあげますよ。でも、割ってから食べないと熱いですね」
ケイ:「・・・ハート型で無くて良かったにゅ」
 ケイのませた発想に、ユウは「そうですね」と言って笑った。

 広場に列を作っていたのは、数人の似顔絵描きの出店だった。例によって『あれは何ですにゅ?』と好奇心で瞳を輝かすケイに説明すると、『ケイも〜!』とねだった。
ユウ:「でも、そろそろ帰る時間ですよ?」
ケイ:「あ、あの列だけ空いてるにゅ!」
 一人、誰も待ち人がいない似顔絵描きがいたので、ユウは「お願いできますか?」と前に進み出たが・・・男と目が合った途端に後悔した。
 絵描きは、白髪に近い銀色のザンバラな前髪で隠してはいたが、片目がナイフの傷で潰れていた。ユウと年齢は変わらないようだが、もっと年老いて疲れて見えた。石の階段に足を投げ出して座りながら、客を一瞥して「ああ」とだけ言った。にこりともしない。この愛想の無さでは、確かに客も来ないだろう。
絵描き:「二人だとこれの倍料金だが、いいな?」
 プレートの『似顔絵/一人銀貨10枚』の文字を木炭で叩いてみせた。
 態度の悪い絵描きだったが、ユウとケイを『二人』と表現してくれたのが、少し嬉しかった。今は誰から見ても一人と一匹なのだが。
絵描き:「肩に乗せたままでいいのか。胸に抱くか?」
ユウ:「あ・・・このままで」
 男は、腕もよかったが、描くのが早かった。その絵の中では、普段は少しきついユウの切れ長の瞳が、ケイへ注がれる時に優しく細められていた。茶トラの仔猫はもう見たそのままに愛らしく描かれている。
 他の似顔絵描きの手元もそれとなく眺める。この男だけ、とてつも無く巧い気がするのだが。なぜ観光地などで安い似顔絵描きなどしているのか不思議だった。
絵描き:「あんたの相棒。可愛いが・・・男だろ?赤のリボンで無く、せめて青か緑にしてやれ。・・・茶トラなら緑かな」
 完成した絵をユウに手渡しながら、愛想無しが初めてにやりと笑った。
 描いてもらった似顔絵を丸め、ケイの赤いリボンを借りて結んだ。抱えた野菜の紙袋に刺し込む。

ユウ:「このリボンがいいかな?」
ケイ:「え、え、新しいの、買ってくれるにゅ?」
 帰り道の観光地商店街。その艶消しのモスグリーンのリボンは、ケイの瞳の明るい緑とは異なるものの、男の子っぽい感じはかなり強かった。
 成猫になってもできるように、少し長めにカットしてもらった。ユウが首のところでリボン結びにしてやったが、そのうちリボン結びは嫌だと言い出すのかもしれない。あと数カ月・・・もう少し青年に近くなると。
 しなやかな足運びの成猫になった姿を思い描こうとすると、ユウの胸はちくりと寂しさに痛んだ。精悍な瞳の美猫になることだろうが、今は肩の柔らかな重さを失いたく無かった。
ユウ:「あとは・・・字を覚える為の絵本を、何か買いましょう」
ケイ:「絵本!うわあい!おにいにゃが読んでくれるのにゅ?」
 ケイはまたぴょんぴょんと肩で飛び跳ねる。
ユウ:「いいですよ。でも、ケイもきちんと字を覚えてくださいね」
ケイ:「・・・。」
 勉強の嫌いなケイは、口をつぐんで眠ったフリをしていたが、はしゃぎ疲れたせいもあり、本当に眠ってしまった。ユウの肩で小さな寝息を立てる。
 寝相がそう良くないケイが転がり落ちるといけない。ユウは、紙袋を左腕に持ちかえると、ケイを右手でそっと抱きかかえた。

 左手の野菜。サラダにするつもりだったが、キャベツとオニオンはシチューにも使える。
 温かい野菜の料理にしよう。
 聖都へ戻る道をゆっくりと歩きながら、掌のケイの舌の感覚を反芻し、心地よい快感に酔いながら笑みを噛み殺すユウだった。

< END >