<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


巨大卵をゲットせよ!

 最近、空を大きな鳥が飛んでいる。ばっさばっさ、と空を飛ぶその影は明らかに大きく、遠近が狂っているようにさえ思える。黒い翼を羽ばたかせ、青い空に大きな影を作るのだ。その体長は5メートル程ある。
 その鳥は、一年に一回卵を数個産み、それは珍味として美食家が求めるが、手に入れるのは用意ではない。
 理由としては、親鳥が卵を守るからだ――当然といえば、当然だが。
 だが、鳥もただの鳥ではない。半分はモンスターのようなもので、人語を解し、また魔法も使用してくる。武器として飛ばしてくる羽はまるで鋼鉄でできた剣のように鋭く、卵を取ろうとする外敵の肉を、骨を裂く。
 毎年、腕利きのハンターが美食家達の依頼を受けて挑戦するが――実際に卵を取って帰ってくるのは本の一握りだ。
 鳥の名はマルファスといつしか呼ばれるようになった。黒い怪鳥、マルファスと。
 ただ、卵を狙いさえしなければ、人に危害を加えることは無く、マルファスの犠牲者は全て卵を狙った冒険者達だけである。

 ――さて、今年もそのシーズンが来た。
 黒山羊亭のエスメラルダの元に、美食家からの依頼が今年もまた舞い込んで来たのだ。

 「怪鳥マルファスの卵を取ってきて欲しい」と――。


++


 天気は快晴――森を行くにはよい天気と言えるだろう。
 依頼を受けてやってきたのは二人の青年だった。
 細身の長身に、青い色のおかっぱの髪が風に揺れてはさらりと戻る。左の頬にある黄色いイナズマ印のデザインがとても印象に残る。BeAl2O4はクールな表情で前を向いて歩いている――と、言っても本人的にはぼんやりと「まぁとりあえず目的地に行くかぁ」程度にしか考えていないのだが。
 そしてもう一人は白衣を羽織って、どこか楽しそうにBeAl2O4の隣を歩いている。彼の名はクレシュ・ラダ。みたまんま医者だ。銀色の髪の毛が太陽の光を受けてきらきらと輝く。
 「なんだかんだと皆鳥が怖いみたいだね。まぁ、頑張って卵をゲットしに行こうか」
 と歩きながらクレシュはBeAl2O4に話しかける。
 「……」
 対して、BeAl2O4は表情を変えないままこくんと頷いた。
 「話によると北の方にマルファスが降りているって証言があるって言ってたけど、結構歩いてきたよね」
 「……」
 少し間を置いてこくん、と頷く。
 何か考えているのか、たんにぼーっとしているだけなのか、少々クレシュは職業柄気になるらしく、ここに来るまでも結構話しかけている。が、反応はあまり変わらない。
 「ね、鳥をどうするか考えてる?」
 と聞いても
 「……ん……どうしようかな」
 と、
 「卵って本当に美味しいのかな」
 と聞いても
 「……食べてみれば…わかるかな…」
 と、全て真顔、そして何処を見てるかわからない虚ろな目でかなりのスローテンポで答える。
 普通の人から見れば無愛想で無表情に見えるこんな様子も、医者から見ると何かが違うのか、楽しそうに話しかけていた。
 「あ」
 突然BeAl2O4がそう言って足を止めた。
 「何?どうしたの?」
 クレシュが次いで立ち止まり、ぼーっと虚空を見つめるBeAl2O4の顔を覗き込んだ。
 「……向こう」
 「向こう?」
 「……巣がある。鳥もいる」
 「どこ?どこ?」
 クレシュはBeAl2O4の視線の方向を目を凝らして見るが、木が立ち並ぶ以外には何も見えない。
 「…ずっと…向こう」
 彼には自分の見えないものが見えるのだろう――そう感じて、
 「わかった、この向こうなんだね」
 と言うと、やはりBeAl2O4はこくり、と頷いた。
 事実、BeAl2O4の目にははっきりと見えているのである。茂みと茂みの合間から、大きな地面に掘られた巣に、黒い大きな鳥が一羽。足の合間に大きな茶色い卵が一つ、二つ、三つ、四つ――はっきりとその輪郭も、影も、細かな表面のざらざら感まで手に取るように彼の網膜ははっきりと捉えているのだ。
 「行こうか」
 クレシュがそう言うとBeAl2O4は視線の方向を変えずに、再びこくりと頷いた。

++

 とりあえず、茂みから巣の様子を伺うことにした。鳥は――まだこちらに気付いてはいない。
 一応小声で、
 「…さて、どうしようか?」
 と、クレシュは呟く。
 「……卵だけ…なんとか取れないかな」
 「鳥さえなんとか出来れば出来ないこともないとは思うけどね」
 「……まずい」
 「え?」
 何の脈絡もないBeAl2O4の台詞に、クレシュは何が?と思ったが、BeAl2O4はその類稀なる第六巻で感じたのだ――鳥の動きを。
 マルファスの動向を。
 「来る」
 「――!」
 同時に、ぴぎゃああああ!とマルファスが唸った。その唸りは空気を大きく振動させ、茂みがざわつき、彼らの鼓膜を直撃する。クレシュは苦しそうな表情で――でも、どこか楽しそうに――両手で耳を塞ぐ。BeAl2O4はといえば、ちょっと顔をしかめたかな程度の変化で、黒い怪鳥を見つめている。そして、怪鳥の大きな黒い瞳が、こちらを捉えた――。
 怪鳥は大きくその黒い翼を広げ、大地に大きく影を作り出した。そして、それは強く羽ばたいた。周囲の空気が唸り、そして強く押し出される。それは突風となり、木々を強くざわめかせた。もちろん二人も飛ばされないように手近の木にしがみつく。ぶわぁ、と空気の塊が通り過ぎると、
 「…逃げた方がいい。キミは右へ」
 BeAl2O4は呟くと同時に左へ駆けた。同時に、怪鳥の翼が大きく後ろへ引く。その動作に、クレシュもただの羽ばたきではないことを察して、BeAl2O4の言ったとおり、白衣の裾を翻して右へ駆ける。
 ばさっ……!と、大きな羽ばたきの音と共に、風が唸り、そして、いくつもの黒い塊が音速の勢いで彼らが先ほどまでいた茂みに飛び――つきささったのだ。それは、マルファスの羽。黒い、そして大きな羽だ。見た目は柔らかそうに見えるが、武器として放たれたそれは、表面に触れば、皮を、肉を切るだろう。
 「く……おい、Be!なんとかこいつの動きを止められないかい?そうすればワタシがなんとかする!」
 左右に別れ、鳥を挟む形で彼はBeAl2O4に向かって叫んだ。その合間にもマルファスは次の攻撃のために翼を大きく上に上げている。
 「……何とか…するから待ってて」
 そう言って、彼はマルファスを見上げた。が、マルファスも今の会話を理解したのか、その視線はBeAl2O4の方を向いている。そして、その嘴が何かを呟くと同時に、怪鳥の黒い翼が、赤く燃え始めたのだ。そして、それは大きく羽ばたき、同時に、黒い塊――大きな羽が刃となり、BeAl2O4の方に向けて飛んだのだ。
 「……魔法、かな」
 と呟く彼の顔は無表情のまま、飛んでくる赤く燃える羽を少ない動作で軽くかわしていく。彼の瞳にはその羽の動きが手に取るように見えていたからこそできる芸当と言ってもいいだろう。動いている範囲は本当に極力動かないですむ、狭い範囲でしかない。地面より軽く浮いたその身体で、飛んでくる全ての羽をかわす、あるいは得意の電気魔法ではじいていく。
 そして、マルファスが、次の攻撃に備えて飛び上がったところを、彼は狙った。
 虚ろな表情のまま、だがその目はしっかりとその黒い怪鳥を捕らえ――指先を怪鳥に向けた。
 ばちばちと電気を帯びたその腕から、そして指へ――そしてそれは空気をつたい、いくつにも折れながらマルファスに向かっていく。自然界とは逆の現象が――下から空へ向かって雷が落ちたのだ。
 それは派手に音を立てて、マルファスを感電させた。ぴぎゃああああ、と大きく唸り、大地に落ちる。大地が激しく揺れるが、
 「……クレシュ、今だよ」
 と、BeAl2O4は放電し続ける指をマルファスに向けていった。
 「じゃあ、後はワタシにまかせてもらうよ」
 そう言うと彼は白衣の内側に手を入れた。
 「怪鳥に効くかどうかはわからないけど――Be、一応息を止めるなり口と鼻を覆うなりしてもらえるかな」
 BeAl2O4はこくんと頷いて、両手で口と鼻を覆った。
 「おやすみ、マルファス」
 クレシュの懐からは手のひらに収まるサイズのガラスの小瓶が出てきた。コルクで蓋をされたそれには、青緑色の、いかにもやばそうな液体が瓶の中ほどまで入っていた。そして親指でぽん、とコルクを飛ばし、中身を感電し、動けないでいるマルファスに向かってぶちまけた。瞬時に液体は気化し、それを大量に吸い込んだマルファスは、くたぁ、と力を抜いて――眠った。
 「文字通り、おやすみってことだけどね。しばらく起きないよ」
 「…眠ってるだけー?」
 顔を覆いながら、BeAl2O4が近寄ってくる。
 「そう、特別後遺症も出ないワタシ特性の眠り薬」
 に、とクレシュが笑うと
 「……よかったー」
 と、BeAl2O4は相変わらずの表情で言った。本当にそう思ってるのか、と一見は思えるが、なんとなくクレシュにはよかったと思っているように感じ取れた。

++

 卵を約束どおり、美食家の元に届けた二人は、報酬の一部として卵を一つずつ渡された。
 クレシュは、というとそれを持ち帰り、毛布や布団でくるみ温めることにした。
 「類に漏れず、一番最初に見たものを親と思うのなら、ワタシを見たらどう思うんだろうね」
 机の上にはいつの間に採取したのか、試験管には血液が、そして大きな羽が立てかけられていた。
 「さて、いくらで売れるかな。まぁ売れなかったら――実験に使えるだろうけどね」
 と、クレシュは卵を撫でた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2575/BeAl2O4/男性/17】
【2315/クレシュ・ラダ/男性/26】


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■         ライター通信          ■
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はじめまして。へっぽこライターの皇緋色です。この度は黒山羊亭冒険記に参加いただいてありがとうございました。
結果的に二名様と少ない人数になり、主戦力がいないバトルになり、このような形になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか…。


++クレシュ・ラダ様
ちゃっかりとサンプルをお持ち帰りいただきました(笑)。結局参加人数、参加者の特性上ちょっとプレイングと違った形にはなってしまいましたが、楽しんでいただけたら幸いです。
怪鳥のひなはきっと目覚めたら刷り込みされると思います。おうちで育てるのはいささか大変だとは思いますが(笑)

また機会がありましたらご一緒に冒険できたらと思います。
ありがとうございました。