<PCクエストノベル(2人)>
姫と機械とパフティの造作もない旅路
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【 1940/ モラヴィ (もらびぃ)/ 慣性制御バイク】
【 1552/ パフティ・リーフ (ぱふてぃ・りーふ)/ メカニック兼ボディガード】
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本を読みふけって彼女が時間を忘れてしまうのはそう珍しいことではない。
そしてその本の中の知識に目を奪われてしまうこともまた、皆無ではない。書庫独特のインクの香りのする乾いた空気の中で、彼女は今捲ったばかりのページに意識を奪われていた。
エルファリア:「女性が中心の……旅団?」
それは彼女の常識としては珍しいものだった。
エルザードに女性蔑視の風習はない。だから女性が頭に立つこと自体は珍しい話ではない。だが、職業における男女の別はしっかりとつけられているのが常だ。つけざるを得ないとも言う。煩雑な仕事を丁寧にこなす作業はあまり男には向かない、小さな子供を相手にするような職業も男にはあまり向かない。同時に力仕事に女はどうしても向かない。差別的な意味合いではなく、区別の意味合いで、男女の職は分かれている。当然そのトップも分かたれている。無論例外は存在するのだが。
キャラバンのような組織で女が上に立つ。それどころか女を中心に組織されているとなると、その例外の中でもかなり珍しい部類に入るだろう。
エルファリア:「……まあ……」
夢想の翼はその文面を基点にエルファリアの中で大きく広がった。
それが己の立場と言う掌を離れ、飛翔する。その時図書館の窓からエルファリアの姿は身軽に消えていた。
エルファリア:「ですから私の身辺警護をお願いしたいの」
パフティ:「はあ……」
上品なスカート姿の少女にそう言い出されて、パフティ・リーフはそうとしか答えることが出来なかった。
戦乙女の旅団はその名の通り旅をする集団で、同じ位置に毎度留まってくれているわけではない。無論その情報を知る手蔓はあるが、少なくともこんなふんわりしたスカート姿で出かけていける場所に居てくれる可能性は低いだろう。
ぽかんとしているパフティに不安を煽られたか、エルファリアは見当違いなことを言い出した。
エルファリア:「あの、そんなに持ち合わせがあるわけじゃないのですけど。ですけど、危険に見合うだけの報酬はお支払いできると思います」
パフティ:「いやそういう問題じゃないんですが……」
エルファリア:「では何が問題なんです?」
その言動と服装――つまるところの世間知らずっぷりがだとは、流石に本人を目の前にしては言いづらい。パフティの横に控えていた――正確には停めてあった――モラヴィが、くすくすと笑い声を漏らした。
モラヴィ:「いいじゃないか、行ってみようよ! 俺も行ってみたいし」
エルファリア:「きゃあ!?」
モラヴィ:「え? どうかしたの?」
エルファリア:「どうして鉄の塊が喋るんですか!」
その鉄の塊に問いかけて居る辺りが、こちらもどうしてである。
パフティは肩を竦めた。教育が可能かどうかは置いておくとして、服装を少しばかり改めさせて、多少の食料も買い込んで――
パフティ:「連れて行くしかなさそうですね……」
それは諦めの溜息だった。
対象は移動する。
情報を求めてその場所へ赴いても、既に引きはらった後だったというような自体も決して珍しくはないのだが、今回はそうした不幸には見舞われなかった。
ドレスから軽装へと着替えたエルファリアは、初めて跨る鉄の乗り物におっかなびっくりではあったが泣き出したり暴れたりはしなかった。そこは淑女の嗜みというものかもしれない。
そして造作もなく辿り着いたそのキャラバンに、エルファリアは目を輝かせた。
そこには生活がある。物品の調達とその運搬を事とするそこは、彼女の目には珍しいものの宝庫であった。
嗜みを失わない程度にはしゃいだエルファリアは、その集団を統率する女性達に臆することなく話しかけ、成り立ちや次の行動などを尋ねている。
こうなってくると手持ち無沙汰なのはパフティとモラヴィだ。
そのはしゃぐお姫様を見ながら二人ぼんやりとたっているしかない。正確には一人と一台かもしれないが。
モラヴィ:「パフティは話を聞かなくってもいいの?」
パフティ:「それはこちらの台詞ですよ。あなたの方がこういうことに興味はあるでしょう?」
モラヴィ:「だって俺が話しかけたら驚かせちゃうじゃないか」
パフティ:「人化すればいいだけの話でしょう?」
モラヴィ:「ここじゃ無理だよ。余計に驚かせちゃう。俺達がいたところとはかなり勝手が違うよね。鉄の機械が珍しくて、魔法使いが珍しくないんだから」
少しだけ寂しげなその声の響きに、パフティはモラヴィのシートをそっと撫でる。
モラヴィ:「別にいやだって訳じゃないよ。だってここでは俺はパフティと話が出来るし、行きたい所だってパフティに言えるしさ」
パフティ:「……そうですか?」
モラヴィ:「そうだよ!」
小声での会話は、エルファリアが飽きるまでの間、くすくすと笑いながら続けられた。
キャラバンの朝は早い。それは夜もまた早いと言うことだ。
まさか単なる観光客の分際で泊めてくれとは言いがたかった三人だったが、結局その晩はキャラバンの世話になった。姫が一晩城を開けるのは十分に拙いが、それよりも拙いのは夜の闇に潜むモンスターや夜盗の類である。
無断外泊の方が、無言の帰宅よりマシということである。
早くに出立の準備を始めるキャラバンに礼を述べ、旅立つ。本当に一泊で済んでよかったというのがパフティの正直な感想だった。キャラバンの所在地によっては一泊どころか一週間でも戻れなかっただろう。
パフティ:「そうなったら私は誘拐犯……」
エルファリア:「どうしたのです?」
パフティ:「ちょっとした独り言ですからお気遣いな――!」
軽口を返したパフティはその途中ではっと口を噤んだ。モラヴィもまた、稼動音を止める。
パフティ:「……囲まれてますね」
モラヴィ:「どうしようか?」
パフティ:「そうね、あなたは静かにしてなさい!」
エルファリア:「……え?」
こわばった顔をするエルファリアと、不審そうに鼻を鳴らすような音を立てるモラヴィに、パフティは小さく笑った。
パフティ:「このままこのお客さんにまっすぐ進まれたら、何処に着くと思うんです?」
モラヴィ:「それはえっと……あ」
エルファリア:「キャラバン……ですね」
問題なく強そうなお姐さんたちではあったが、それでもこんなものは迷惑だろう。
ならば引き離した上で叩いておくのも悪くない。それが一宿一飯の恩返しにもなるだろう。
笑ってみせるパフティに、モラヴィはやれやれと言いたげな音を立ててみせた。
それにしてもとつくづく思う。
エルファリアをモラヴィに乗せて突破させ、自分は捕まってみたものの、当然のことながらあまり快適とは言いがたい。
身体に食い込む荒縄は痛いし、何より周囲にある騒音がかなり癇に障る。
パフティはしみじみと溜息を吐いた。上策だと思ってはいたが、事態がこうなると上策も何もあったものではない。
彼女の周囲では男達が宴会の真っ最中だった。
パフティには大した金銭の持ち合わせがない。だというのにこの盛り上がりっぷりは、普通に考えれば異常である。だが少しばかり角度を変えて考えれば、しょーもない事情は見えてくるというものだ。
パフティ:「楽しそうですね?」
夜盗:「まーなあ。最近はこの辺は妙なキャラバンが常駐しててなぁ。おかげさまでこちとら商売上がったりだったわけなのよ!」
夜盗:「そこへお前さんだ。まあ久しぶりに酒の一つもって気分になって何が悪いってんだよ?」
パフティ:「つまり、商品は『私』だと」
覚めた目で突っ込みを返すと、男達は腹を抱えて笑った。その中にはパフティを誉めそやす言葉もあった。
益々パフティは呆れた。
要するに戦乙女の旅団の存在で思うように娘を狩れなくなっていた奴隷商人か何かの一団だろう、これは。
品性は下劣。腕も大したことはなく、挙句におつむも標準以下。
そう結論付けたパフティは、もう馬鹿馬鹿しいのでさっさと決着をつけることに決めた。
パフティ:「モラヴィ。来て」
その声は距離があろうとなんだろうと、己の忠実なる愛機に伝わることを、パフティはよく知っていた。
エルファリア:「ご無事だったんですね!」
パフティ:「……あの程度の相手にご無事でない方が困ります」
エルファリア:「あら」
肩透かしを食らったエルファリアが間の抜けた声を上げる。
彼女はモラヴィによってキャラバンに一時戻されていた。一旦連れ去られたパフティを追尾する為に一時エルファリアを預ける安全な場所。その最も近いものがキャラバンだったからだ。
パフティはアジトらしき粗末な小屋に縛って転がしてきた品性は下劣。腕も大したことはなく、挙句におつむも標準以下のものたちについて報告すべく、代表の下へと急いだ。
そしてその後は。
また造作もない旅が待っている。
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