<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
罠にかかったり、かからなかったり
(オープニング)
エルザードの某所に盗賊協会がある。
…市街での盗賊技能の使用を禁ずる。技能の使用は野外もしくはダンジョンのみとする…
盗賊協会の掟の第一項に、上記のようにある。
基本的には市街での犯罪者を助ける団体では無い。
それでも盗賊協会に入れば、協会の掟を守り、代価を支払う事で、盗賊達は恩恵を受ける事が出来る。
一方、盗賊協会に入らなければ自由に振舞える半面、リスクを背負う事になる。盗賊協会に煙たがられる可能性もある。
どちらを選ぶかは、その盗賊次第だった。
ルーザは、前者、盗賊協会に属する方を選んだ盗賊である。
「…で、お前にやってもらいたい事があるんだが」
若手の幹部として、協会内でそれなりの立場に居る彼女は、今日も協会内の仕事を任されようとしていたのだが、
「嫌よ。何で私が?」
内容も聞かずに断った。基本的に、自分の儲けにならない限り、協会内の仕事には非協力的な彼女である。
「いや…頼むから、話くらいは聞いてくれ」
上級幹部Aはルーザに言った。
「じゃあ、貸しね」
ルーザは微笑んだ。
「貸しって…他の幹部供は、いちいち仕事にケチなどつけんぞ…」
何で、毎度毎度、言う事を聞かんのだ。と、上級幹部Aは少し怒っているようだ。
「上役の言う事を聞かなくちゃならないって、そんな掟は無いわ」
確かに、盗賊協会に属する者が従うのは協会の掟である。上役の命令が絶対という事は無いのだが…
「ま、いいわ。
…で、あたしは、何すれば良いの?」
暇だし、たまには協会の仕事も手伝おうかな。とルーザは思った。
上級幹部Aは、説明を始める。
彼によると、盗賊協会のイベントとして、初歩的な盗賊技術の講習会を一般向けに行う企画があるそうだ。
扉や宝箱の罠探しや解除、開錠等の基本的な技術の講習である。
「まあ、あれだ。『世界に広げよう盗賊の輪』計画の一端というわけだ」
上級幹部Aは言った。
そんなので広がるわけ無いだろう。とルーザは思ったが、一方、たまには素人をからかうのも面白いんじゃないかとも思った。
早速ルーザは準備を始めた。
(依頼内容)
・盗賊協会で盗賊技術の講習会が開かれます。
・興味のある方は、参加してあげてください。
(当日のスケジュール)
・午前中→扉と宝箱の取り扱い方講座&実習
・午後→屋内での罠の見分け方と対処法
(ルーザが出てくる、主な過去の依頼)
・裸の盗賊(白山羊亭)
(本編)
1.盗賊協会に集まってきた、人やその他の生き物
ある寒い日の事である。
かねてからの予定通り、エルザードの盗賊協会では、盗賊技術の講習会が行われる事になった。
「いいか、お前ら。
今日は俺が、盗賊の道について、じっくり教えてやるから、ありがたく思えよ。
…と言っても、そんなに堅苦しく考える事じゃあねえんだ。
そもそも盗賊っていうのはな…」
集まってきた数人の変わり者…いや、盗賊技術に興味のある者達を前にして、話を始めたのは、主催者のルーザではなく、怪しい大男だった。
「おい、オーマ。何でお前が盗賊の道について語ってるんだ?」
多腕族の男が、何となく不満そうに大男に尋ねた。戦士のシグルマである。
「そういうあんたこそ、戦士がなんでこんなイベントに来てるんだ?
そもそも戦士っていうのはな…」
オーマがシグルマに答えて、話を始めた。
「なんか、教官やりたいって言ってたから、やってもらっただけよ。
深い意味は無いわ」
投げやりな調子で言ったのが、主催者のルーザだった。その態度から、やる気の程が伺える。
「まあ、何でも良いから自己紹介してくれるかしら?
そんなに長い付き合いになるとは思わないけど、今日一日は、一緒に居るっぽいしね」
と、ルーザは自己紹介をするように一同に勧めた。
「そうだな。まあ、みんな、順次自己紹介をするように」
オーマが頷いた。
「まず、あんたがするのよ」
「そうか」
「そうよ」
オーマとルーザが、何となくにらみあっている。恋人なら、そのままキスでも始めるだろうという間合いで、胸を合わせている。
「…まあ、そういうわけで、オーマ・シュバルツだ。医者とかバウンサーをやっている。
バウンサーってのはな・・・」
いつまでもにらみ合っていても仕方ないので、やがて、オーマが自己紹介を始めた。
「シグルマだ。見ての通り戦士だ」
オーマの話を最後まで聞かずに、次の者が簡単過ぎる自己紹介をした。シグルマである。
「えーと、トマスです。盗賊やってます。盗賊協会には入ってませんが、今日はがんばります」
トマスと名乗る男が言った。
なるほど、極めて目立たない風体をしているが、それは盗賊としてはプラスに働くのかもしれない。
「ふーん、君、盗賊協会には入ってないんだ。
へー…」
ルーザが、何やら目を細めて言った。
「は、はい」
・・・あれ、ばれたかな?
と、実は盗賊協会に入っているトマスは、少しあわてた。自分の影が薄いのを良い事に、今日は他人の振りをして覗きに来たトマスである。
だが、ルーザはそれ以上何も言わなかったので、次の者が自己紹介を始めた。
「アイラス・サーリアスです。フィジカル・アデプトです。
複雑な構造の罠の方が得意なんですが、今日は色々な罠を見てみたいと思っています」
サイバーな世界からやってきたアイラスは、どちらかというと、電子的な罠の方が専門らしい。
「シーレだ。面白そうな事をやっているね。今日は楽しませてもらうとするよ」
ふふん。と笑ったのは、シノンだ。取り方によっては皮肉とも取れる彼の笑みの真意はよくわからない。
オーマ、シグルマ、トマス、アイラス、シーレ、以上5名が今回の参加者だった。
「えーと、あたしの自己紹介は…別にどうでもいいわね。行きましょう」
と、ルーザが言うので、一行は盗賊協会の地下へと場所を移してイベントを開始した。
2.午前…
盗賊協会の地下は、まるで何かのダンジョンのような通路が続いている。壁にかけてある蝋燭で、通路は薄暗く照らされている。
午前中の内容は、盗賊協会内での講習だ。
「…あんまり、ごたくは要らなそうね。
そこの部屋に、宝箱があるから、とりあえず開けてみてくれる?」
ルーザが、目の前の扉を指差した。何やら人面の装飾が施してある。オーマが設置したようだ。
口よりも体を動かす方が向いてそうなメンバーが多いと思ったルーザは、とりあえず好きにやってみてと言った
「そんな、投げやりな…」
シーレが呟いた。
「地下に、こんな所があったんですか…」
よく作ってあるなー。と、アイラスは思った。
「おし、それじゃあ行くぜ!」
シグルマが威勢良く言うと、扉のノブに手をかけた。
「だーから、違うでしょ!」
同時にルーザが声を荒げた。
「扉に罠があるかもしれませんからね。
というか、そのまま開けては、講習会の意味がありませんし」
「うむ。そういう事だ」
シーレとオーマが言った。全般にツッコミが厳しい。
なるほど。と、シグルマが頷いた。
「つまり、罠にかからないように扉を通過すれば良いわけだな。
ならば…これでどうだ!」
シグルマは、少し離れた所から、持っていた鉄球を全力で木の扉に投げつけた。
扉は、見事に崩れ去る。扉が無くなったので、部屋には入れるようになった。
「確かに、結構良い手ね」
ルーザが笑っている。
「爆発系の罠が仕掛けてあった場合も、離れてれば本当に多少は安全ですしね。悪くないと思いますよ」
少なくとも、そのまま開けるよりは良いだろう。とシーレが言った。
一方、ルーザとトマス、アイラスの三人は壊れた扉を観察している。
「…まあ、注意して見る所は、ノブと扉の枠かしらね
扉を開ける事で発動する罠は、大概、枠に仕掛けがあるから」
「そうですよね」
「なるほど…」
三人は、壊れた扉を色々いじっているようだ。
それからしばらくして、一向は部屋の中に入る。
「じゃあ、次は宝箱ね。
とりあえず、あの宝箱を開けてね」
ルーザが言った。
部屋の中を見渡すと、壁や天井には特に目立つものは無い。不自然なのは床だった。
白と黒の正方形が、床を埋めている。チェスの盤面、チェッカー模様のように見える。
「等身大の人面チェス大会が開かれたわけじゃないぞ。ちなみに」
オーマが言った。
「どんな大会なんだ、それは…」
「なかなか愉快そうなイベントですね」
シグルマとシーレが地面の模様を眺めている。
白と黒の模様は、どちらも染め具で丁寧に染められているようで、汚れの跡等も目立たない。
しばらく観察するうちに、トマスとアイラスもやってきた。
「ありがちなパターンとしては、どちらかの色だけを踏むとか、チェスの駒の動き通りに床を辿らなくてはいけないとか、そんな感じですかね」
トマスが床の模様を見ながら言った。
「そうですね、ありそうな話ですね」
アイラスも頷いた。
「床を踏む手順が決まっている場合は、どこか別の部屋で、ダンジョンの関係者を捕まえるなりして情報を聞かないと、わからない場合もありますね」
トマスが言った。
とはいえ、別の部屋も何も無い。
「じゃあ、誰か飛べる奴が、床を踏まないようにして、取ってくるとかどうだ?
飛べる奴、手を上げろ」
シグルマが言った。
誰も手を上げない。
「はい、次の手を考えましょう」
アイラスが言った。
「まあ、時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えるんだな。
そもそも宝箱の罠っていうのはな…」
オーマが、何やら講義を始めた。
「じゃあ、軽そうな宝箱だし、こんなのはどうだ?」
と、シグルマが手元にあった鉄球を宝箱に投げつけた。
当然のように、宝箱は砕け散る。
…はい?
シグルマの意図がわからない。
沈黙する一行。
「あの…壊してどうするんですか?」
言ったのは、トマスだった。
「い、いや、投げ網を投げたつもりだったんだが…」
何故、鉄球を…
シグルマは首を傾げた。ともかく、宝箱は壊れてしまった。
「あー、見事に壊れましたね」
シーレが、他人事のように言った。シグルマが投げ網を投げる直前、こっそりと鉄球と入れ替えたのはシーレである。
「あんた…面白かったけど、程ほどにしときなさいよ」
「確かに…」
ルーザが笑いをこらえながら、トマスが多少不機嫌そうにシーレに囁いた。
「ふふ…」
シーレは返事の代わりに笑った。
「じゃあ、まあ、宝箱は壊れたって事で終了ね」
まあ、何でもいいや。とルーザは一行に言った。
シグルマらしいなー。と、彼を知る者多達は特に気にしていなかった。
「いや、投げ網を…」
一人、シグルマ本人が納得していないようだったが、そんな風にして、午前中の講義は終了した…
3.午後…
午後は屋内の罠全般に関しての実習である。
盗賊協会の内部では無く、別の場所に丁度良い所があるというので、一行は場所を移動する。
「どこまで行くんですか?」
トマスが言った。気づけば、エルザードの街も離れている。
「まあ、細かい事は気にするな。人生おおらかに逝こうぜ」
オーマが答えた。
「近くのダンジョンで手頃な所があったから、実地でやってもらおうかと思ったの。
あんまり盗賊協会の中ばっかり居ても、飽きるでしょ?」
ルーザがオーマの説明を補足した。
エルザードを離れて一行はしばらく歩くと、平野にやってきた。
平野はどこまでも広がっているようで、エルザードと反対の方角には水平線も見える。
「…ん、あれは?」
と、トマスが地面の一角を指差した。
よく見ると、杭のようなものが打ってある。
「目印よ」
ルーザが答えて、杭の近くの地面をコンコンと叩いた。
すると、それに答えるように地面に穴が開いた。
「こんにちは、いらっしゃいデス」
地面の穴から、犬人間…コボルト族が顔を出してお辞儀をした。
犬っぽい毛並みと尻尾を生やしたコボルト達は、なるほど犬人間といった風体をしている。
「へー、コボルト君の隠れ家ですか」
アイラスが言った。
「手先の器用さと勤勉さで知られるコボルト族ですか。
なるほど、彼らが、こうして地下に隠れ家を築いて住んでいる事は有名ですね」
シーレが頷く。
「いいか、お前ら。今からコボルト達が住みかにしているダンジョンの奥に行くぞ。
コボルト達と俺が趣味でダンジョンを改造したから、ありがたく使わせてもらうんだ」
オーマが地面の下に続く階段を指差した。
「『俺が』…って、いえ、何でもありません」
アイラスは何かを言いかけてやめた。
一行は階段を下りていく。
階段を下りてすぐの場所は、コボルトの居住区になっていた。とりあえず用は無いので、一行はダンジョンの奥へと進む。
なるほど、奥の方は元々ダンジョンがある所を、コボルト達と誰かが改造したようである。古いダンジョンとコボルトの細工、オヤジ系の装飾が入り乱れていた。
一行は罠を調べながらコボルトとオヤジの迷宮を進む。
意外と罠に詳しいのはシグルマだった。珍しく理知的にしゃべっている。
「作り主の性格や、ダンジョンの傾向を把握する事は大事だな。
例えば、こういう壁がつるつるしたダンジョンは、基本的に魔法的な罠が多いな。
魔法の罠も物理的な仕掛けと連動してる事が多いから、見ると結構わかるもんだ。
…あと、コボルト達の罠があるとすると、そこだな。コボルト達は罠を作るにも、遊び心があるからな。
それと、親父系バウンサーの罠がありそうな場所は…すまん、俺にもわからん」
「シグルマ…つれねぇなぁ…」
「習うより慣れろ、ですね。
さすがに経験豊富なようで」
アイラスは生真面目にメモを取りながら歩いている。
トマスは一つ一つ確認するように罠に向き合い、シーレは謎の笑みを浮かべている。
「何よ、意外と普通にやってるじゃない。つまんないわね…」
「ルーザさん…あんまり余計な事を言うと、盗賊協会の印象が悪くなりますよ…」
微笑んでいるルーザにトマスが言った。
「部外者に言われたくないわね」
「いや…それは…」
この人、絶対、僕が盗賊協会に所属しているって気付いてる。
トマスは確信した。
そのまま、午後の講習は特に大きな問題も無く、無難に終わっていった。
一行は、そのままエルザードへの帰路につく。
果たして、今日の講習が役に立ったかは、定かでは無い…
(完)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【1953/オーマ・シュバルツ/男/39歳/医者兼バウンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19才/軽戦士】
【0812/シグルマ/男/35才/戦士】
【2595/シーレ・テュペリ/男/28才/盗賊】
【1929/トマス・レイク/男/29才/シーフ】
(PC名は参加順です)
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■ ライター通信 ■
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おつかれさまです、MTSです。
今回は遅くなって申し訳ありません。
なかなか話がまとまりませんでした…
もし、気が向いたら、また遊びに来て下さいです。
では失礼いたします。
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