<東京怪談ノベル(シングル)>
多分わたしは、この世にあってはならない存在なのです。
だから、どうかわたしを……殺してください。
風の噂を聞いた。それは一人の医者の話だった。
天使の広場にたびたび姿を見せては、薬草店を開いていると言う男の話。
「その方は、どこに行けば会えますか?」
見知らぬ人に思わず問う。
「なんだい、お嬢ちゃん。オーマさんに会いたいのかい?」
「ええ。よろしかったら、詳しいことをお聞きしたくて」
「ここからまっすぐ行った先にある天使の広場に行ってごらん。すぐにわかるから」
「すぐに、ですか?」
「そうだよ」
会ったこともない人なのに、行けばわかるとはどういうことか。不思議そうに首をかしげていると、苦笑をして老婆が答えてくれる。
「すっごく大きいのさ。それに、豪快な人だから見ればすぐにわかるよ」
大きくて、豪快な人。
頭の中に浮かんだイメージは、クマだった。けれどそれは失礼だ。人に対してクマのイメージを持つなんて。
老婆に別れを告げて、言われたとおりまっすぐに進む。
また異世界から侵入してきたらしいわよ。
あぁ、あのウォズとかいうバケモノね。
でもあれでしょう?
オーマさんが、追い払ってくれてるんでしょう?
行く先々で聞く一人の男の噂。医者でもあり、薬草店を開いてもいて、よき父親でもあるという。
すぐに彼に会いたいと思った。
この世界に足を踏み込んでから、「してはいけないこと」ばかりをしようとする身体。
理性で保っているものの、いつ、どこで、どんな風に、その理性が砕け散るかもわからない。
人を食べるらしいわね。
やだわぁ。そんなバケモノこの世からいなくなればいいのに。
だから過ちを起こす前に、この身を滅ぼしたい。
でも、自分ではどうすることもできない。自分で自身の身は滅ぼせない。
「どうか……わたしを、殺して」
なぜ、世に生を受けたのか。
なぜ、この世界に来てしまったのか。
なぜ、自分の身を滅ぼせないのか。
教えてほしい。でも、その答えを持ったものはいない。誰に問いかけても、答えをくれない。
「死にたいの。死にたいの。わたしは必要ないの。だから、死にたいの」
誰かを殺してしまう前に、自分が死んでしまいたい。
願っても誰も叶えてくれなかったこと。
それを、叶えてくれる人を見つけた。
オーマ・シュヴァルツ。
彼に会うことができれば、きっと、ウォズと呼ばれる存在である自分を、消してくれるに違いない。
少女は足を進める。
その先に、希望の光がある気がして。
「あ、あの」
たどり着いた天使の広場。老婆が教えてくれた通り、見たらすぐに彼だとわかった。
倍とまでは言わないが、自分よりも遙かの大きな身体は、威圧感を感じさせる。というのに、決して近寄りがたいわけではない。
おおらかな雰囲気をまとい、その表情は優しさと穏やかさに満ち溢れている。
「ん? なんだ?」
薬草を丁寧にしまっているところを見ると、どうやら今日はもう店じまいのようだ。
「お、お医者様の、オーマさん、ですか?」
「そうだが、どーした?」
手を休めて顔を上げてくれる。目があった。
「お願いしたいことがあって、きました」
「俺に?」
緊張で握った手が震えている。汗をかいている手のひらにさらに力を込めて強く握ると、一瞬震えが収まったように感じた。
よし。今だ。
今なら、言える。
わたしの願いを。
「わたしを、殺してください」
日も傾いてきたことだし、そろそろ店を閉めて家に帰ろうかと思っていたとき。
少女が駆け寄ってきた。
なにやら緊張した面持ちで、とても切羽詰っているように見えた。けれどどこか、安堵してるようにも感じられた。
自分に何かようがあるのだろう。
小さな声で「あ、あの」とつぶやくと、少女はきゅっと手を握り締めた。
「ん? なんだ?」
薬草をしまいながら少女に答える。
「お、お医者様の、オーマさん、ですか?」
「そうだが、どーした?」
手を休めて顔を上げると、少女の大きな瞳と目が合った。
「お願いしたいことがあって、きました」
「俺に?」
力強く首をうなずかせると、震えている拳をさらに強く握り締めた。一瞬震えが止まる。
そして強い意志をこめたように、彼女が一言告げた。
「わたしを、殺してください」
「へ?」
目が、点になった。
「お願いします。わたしを殺してくださいっ!」
「お、おーいおいおいおい、ちょっと待ってくれないかぁ?」
少女は必死だ。本当に必死に、すがりつくように彼の服を握りしめる。
「見てわかるとおり、わたし、ウォズなんです。あなたがウォズを追い払っていると聞きました。だから、わたしを……」
急ぐように、早口に、彼女は必死な様子のままで目に涙を浮かべた。
今までいろんなウォズに会ってきたけれど、ここまで人間に近く、理性を持ち、何より自らを殺してほしいなどというやからは初めてだった。
だから余計にとまどいを覚える。
「えっとな、お嬢ちゃん」
「はい」
「……おまえは本当に、ウォズなのか?」
「はい。間違いありません。今は理性で収まっていますが、人を……無性に食いちぎりたいという衝動に駆られます。このままでは、いつか人を殺してしまいます」
悲痛なまでの少女の心の叫び声が聞こえてくるようだった。
人を食いちぎりたいと思ってしまう自分を嫌悪する優しい心。
そんなやわらかな彼女の感情を、蝕もうとしている本能。
ウォズとして生まれたことを、どれほど彼女は悔やんだのだろうか。
「まぁ……世の中にはいろんなウォズがいるもんだなぁ」
「そんなにたくさんのウォズを、見てきたんですか」
「そりゃぁもう、こんな世界にまで追っかけてくるぐらいにな」
はにかんで見せると、ほんの少し少女が緊張を解いたようだ。
「でもな、俺がウォズに対してどんなこと言ってるか、知ってっかぁ?」
「い、いえ……追い払っていると話を聞いて」
追い払っている。確かにそうかもしれない。
時にこの世界から、存在を「追い払って」はいる。それは、この世界での共存を望めなかったウォズに対して行う最終的な処置だ。
違う世界へ行き、また人間やら、他の生物の脅威となっているかもしれない。けれど、この世界での共存ができないともなれば、この世界から追い払わなければいけない。
どこかに、そいつにあう世界があるかもしれないのだから。
「だからわたしも、殺してもらおうと思って」
「そこなんだよ。それ。俺ってさ、ウォズを殺すことだけはやってないの。なんていうか、平和主義者だからな」
今度は彼女の目が点になる。
そして一瞬の後、絶望的な表情を見せて膝を折った。崩れ落ちる身体を、とっさに押さえる彼の手。
「そんな……」
「だからわりぃけど、おまえのこと殺せないんだわ」
「わたしは、これから先、一体どうしたら」
瞳いっぱいに涙をためて、見上げた先。
信じられないぐらいの優しさと、厳しさをこめた彼の瞳。
「死ぬことだけが救い、だなんてまさか思ってないよな?」
「え」
「おまえが歩こうとしているのは、無限に存在する道の中から選んだ、限られた一つだ。でも、おまえが歩ける道はその一つじゃない。他の道だって歩いていいんだ」
死ぬことだけに決めないでほしい。せっかく生を受けた、この人生を。
「いいか。おまえは理性がある。中には理性を持たず、ただ脅威をもたらすためだけに存在するウォズだっているんだ。だからおまえはがんばってみろ」
人へと恐怖を与えることを、人の脅威となることを、もし心のそこから嫌だと思うのなら。
「食いちぎりたいと思う衝動を超える、強さを持て。いいな」
「……どう、すれば」
「少し人から離れてみるのもいいかもしれんし、他にも方法はたくさんあるさ。一番大切な人を作ってみたり、絶対に殺したくないと思える存在と出会うのも、手だな」
どうか、戦ってほしい。
理性と本能。いつか、本能がそれを勝って彼女がひどく後悔をしてしまうときが来るかもしれない。
でも、今はまだ、彼女に強さを知ってほしい。
逃げることは誰にだってできる。
それは弱さだから。
そうじゃなくて、供え持ったその理性でどうか、強さに出会ってほしい。
「いいか、お嬢ちゃん。何があっても、絶対、死ぬことが解決になるなんて思っちゃダメだ」
「死にたいと……思っていても?」
「ああ、そうだ。死んだらなんにもならないし、そこで終わっちまうけど、生きていたらいろいろあるぞ。辛いことや苦しいことだけじゃない。楽しいこと、嬉しいことだってわかる」
どうか、生きてほしい。
人間とウォズが共存できる場所が、どこかにあるはずだから。
ここがその「場所」になってほしいと、願わずにはいられないから。
たくさんの人種や種族が集っている、この世界が。
「嬉しいこと、楽しいことのほうが、ウォズにとっても人間にとっても、覚えているもんだ。辛いことや苦しいことを乗り越えたら、その先に必ずそれがまってるからな」
「わたしでも、できますか?」
「ああ。もちろん。がんばろうって強く願えば、必ず叶う」
彼女は涙を拭う。
自身の手で、その強さを表すかのように。
「はい。がんばります。わたし、やってみたい……嬉しいことや楽しいことを知るために、やってみたい」
「そうか。じゃあ、がんばれ。大丈夫。おまえになら、きっとできるさ」
あなたのようになりたい。
わたしを殺してくれるあなたは、わたしにとって光だった。
でも、わたしを殺してくれないあならも、わたしにとって光だ。
わたしに、生きることを教えてくれた、優しい人だから。
少し後になって。
ある街の酒場に一人の吟遊詩人が歌を披露しに来たらしい。
その吟遊詩人は、たいそうかわいらしい少女で、歌の内容は、とても心優しい男の話だったそうだ。
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ライターより。
この度は発注ありがとうございました! ライターの山崎あすなです。
初めてオーマ様を描かせていただいて、腹黒い面とかいろいろあるので、
どんなオーマ様を書こうかなぁと思ったとき、一番印象的だった、
「絶対に殺さない」という面を描かせていただきました。
ウォズがどんな存在なのか、かなり自分的解釈で書かせていただいてしまった
のですが、よ、よかったでしょうか(^^;こんなウォズもたまにはいる、
ということで、読んでいただければ光栄です。
それでは失礼します。
また、お会いできることを、心より願っております。
山崎あすな 拝
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