<PCクエストノベル(2人)>


白銀を奏でる 〜ハルフ村〜

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■冒険者一覧■
□1962 / ティアリス・ガイラスト / 女 / 23 / 王女兼剣士
□1805 / スラッシュ       / 男 / 20 / 探索士

■助力探検者■
□なし

■その他の登場人物■
□なし

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 ティアリスとスラッシュは白銀の世界に遊びにきていた。粉雪亭と書かれた看板が、朱色の屋根につけてある宿の前。ここは温泉が湧き出たことで一気に有名になった場所だった。
 ハルフ村。春には実りの豊かな自然に恵まれ、周囲が湖に面しているため、風は夏冷たく、冬は針葉樹の森を抜けて暖かい。小さなカマクラが作られ、中にはロウソクの炎が灯してあった。すでに夕日が沈もうとしている宿の庭を柔らかな光で満たし、この上なく穏やかな空間を作り出していた。

 ティアリス:「ねぇ、スラッシュ見て! なんて、綺麗なの」
 スラッシュ:「ああ。いい趣向だな」
 ティアリス:「そうね……。あの庭を今すぐ散歩――なんてどうかしら? 早く、部屋に荷物を置きに行きましょう」
 スラッシュ:「ティア、そんなに慌てなくても。きっと暗くなった方がもっと綺麗なんじゃないか?」

 ティアリスは恋人のスラッシュの言葉に微笑みを返して、まずは温泉を楽しむことにしたのだった。
 彼女は金の髪に緋の瞳。見目麗しく、王女という身分を持つ。けれど、決して人を下に見るような人柄ではなく、同じ視線に下りて同等の心で話のできる素敵な女性だった。そんな完璧にも近い彼女の恋人スラッシュも、同じく身分や位に心惹かれる人間ではない。一緒に寄り添い、共に歩いて同じものを見つめることのできる――互いにそんな存在なのだ。
 スラッシュは探索士という、生きるために必要な術はすべて習得しているとも言われる能力を持っている。今ではこの能力はティアリスを守るために、注がれていると言っても過言ではなかった。自分の命より護りたいもの。それがティアリスだからだ。

 宿全体がとても木の香りがして心地よい。ふたりはしばし、旅の疲れを部屋で癒した後温泉に入ることにした。

 ティアリス:「男女別々なのね……(よかった…でも、残念?)」
 スラッシュ:「安心した?」
 ティアリス:「!! う、うん。安心したわ。じゃあ後でね。出たら食事にしましょう」
 スラッシュ:「わかった。後で」

 残念な気持ちがないわけではない。スラッシュは照れ隠しに肩をすくめた。誰が見ているわけではないし、自分の思考が筒抜けになっているとも考えられないが、邪まな気持ちがあったことは確かで。咳払いをひとつ。
 ドアを開けると、とても広い空間が広がっていた。空には夕闇と星が共存している。まだ夕日の色が残る空がなんとも言えず美しい。それに、湧きあがる湯気が辺りに立ち込め、幻想的な雰囲気。冬とは思えないほど周囲に緑が多いのは、やはり温泉の暖かさのせいだろうか。
 石作りの縁。足を差し入れると、冷えていた指先がジンジンと痺れる。少し我慢して、足を底に置くと湯の温かさが全身に巡り始めた。湯の色は白濁している。おそらくはこれがハルフ村の温泉の特徴なのだろう。もうひとつある木の浴槽も、白い湯が揺れている。

 スラッシュ:「誰もいないのか……気楽でいいな」
 
 呟いて、湯の中に全身を沈めた。湖が見える位置に動こうとして、湯気の向こうに人影を見つけた。先客がいたのかと、近づいてスラッシュは慌てて岩の影に隠れた。
 ティアリスだった。実際に見た事はないが、想像は容易にできる美しい体のライン。抱き締めた時に分かってしまっている。

 スラッシュ:「も…もしかしなくても、ここって男女つながっていたのか――」

 言葉にならない。当のティアリスは気づいていない様子で、コチラに向かってくる。きっと女性客だと思っているのだ。スラッシュは勤めて冷静になろうと心に決め、このまま逃げるのは簡単だ。けれど後でティアリスがこのことを知って気まずくなるのは避けたかった。

 スラッシュ:「…ティア」
 ティアリス:「え? ス、スラッシュなの!?」
 スラッシュ:「ああ、どうやら混浴だったらしい」
 ティアリス:「…………」
 スラッシュ:「…………」

 しばしの沈黙。ふいにティアリスが笑い始めた。

 ティアリス:「クスクス…私達らしいわね。調べずに入ったんだもの。
        一緒に湖を見ましょ、ひとりで見るの寂しいなぁって思っていたのよ」
 スラッシュ:「ああ。よかった」
 
 互いに微笑み合って、湖を眺めた。月が昇ってくる。澪が月光に浮かび上がって、潮の流れが見えた。キラキラと反射しては流動的な光がそこに風が吹いていることを教えている。
 内心とても緊張していたが、ふたりはその素振りを見せないまま、温泉からあがった。特にスラッシュはこれ以上見ていると、どうにかしてしまいそうな自分に眩暈すら感じていた。脱衣室に戻った時、大きな安堵の溜息をついたのだった。

                      +

 風土料理を食した後、約束通り庭に出て見ることにした。白銀の世界に灯るオレンジ色の光は、なんとも言えず幻想的だった。風があまりないのもあるが、カマクラの形をしてるから火が消えることがないのだろう。
 自然に手を握りあって、大きな牡丹雪がゆっくりと降ってくる中を歩いた。先日、ふたりはようやく恋人同士になったのだ。それまでは友達以上恋人未満の微妙な関係だった。だから、恋人として意識して二人っきりの旅行はこれが初めて。からめあう指先がこんなにも熱くて、想いが伝わっていく喜びを噛み締めていた。
 宿場街は街灯が立ち並び、みやげもの屋の周辺には人がたくさん談笑している姿があった。明日も宿泊する予定なので、友人へのおみやげは明日選ぶことにした。幾重にも折り込まれた刺繍が施されたタペストリーが、等間隔に設置され僅かな風に揺らいでいる。一番端まで散策し、ふたりは雪の止んだ林道のを通って宿へと帰ることにしたのだった。

 ティアリス:「誰もいないわね。さすがに、夜は少し寒いからかしら?」
 スラッシュ:「みんな、土産を選ぶのに忙しいんじゃないか?」
 ティアリス:「ふふ、そうかもしれないわね。ね、歌を歌ってもいい?」

 もちろんとスラッシュが頷くのを確認して、ティアリスは手を握ったまま歌い始めた。

  ♪♪ 空は澄み、鳥が歌う。
      過去は飛び去り、私は歌う。
      すべての者の上に、すべては等しく。
      神の祝福が降りたもう。

      川は流れ、海へと注ぐ。
      未来は両手広げ、私を包む。
      永久なる誓いの、すべての先に。
      神の祝福が降りたもう。

  ♪♪

 ティアリス:「故郷の歌よ。短い歌だけど、とても好きなの。
        彼がいた頃――あ、ううん何でもないわ」

 歌い終わり、歌の説明をしようとして昔の恋人のことを話しそうになって慌てて口をつぐんだ。歌った曲は昔の彼が好きだった歌だったのだ。誤魔化したところで、言ってしまった言葉が戻るわけではない。困ったように、少し淋しげな表情で微笑んだ。
 スラッシュが気づかないわけがなかったが、あえて何も聞かずただ「……ティア?」と、心配そうな声をかけただけだった。

 ティアリス:「―――宿に、宿に帰ったらお酒の相手よろしくね?」
 スラッシュ:「ああ、もちろん。あまり飲み過ぎるなよ」
 ティアリス:「言ったわね〜。知らないから、覚悟しなさい」
 
 笑い合いながら、帰る道。僅かにぎこちない空気があった。それは本当に些細な出来事。けれど、とても大切なこと。スラッシュの中で変化を見るのは、それから少し経ってからのことだった。

                       +

 宿のすぐ横にあるバーで、ふたりはカクテルを飲んだ。透明なグラスに注がれた液体は、ランプの明かりに揺らめいて魅惑する。赤い果実の軸が3本溜まって、テーブルの上に残っている。

 スラッシュ:「せっかく忠告したのに……」
 ティアリス:「だって、美味しいんだもの。このカクテル」
 スラッシュ:「それくらいしておけ。もう、目が座ってるぞ」
 ティアリス:「ええ〜そんなことないわよ。もう一杯飲みましょう♪」

 スラッシュは閉口した。多分旅先ということもあるのだろう、ティアリスがやたら飲むので困ってしまった。これ以上飲むと眠ってしまう。店に迷惑がかかるので、仕方なくスラッシュはティアリスを抱きかかえた。
 すでに意識がぼんやりとしているティアリス。ゆらゆら揺れる彼の腕の上。抵抗などできるはずもなく、大人しく運ばれていった。

 ベッドに横たえると、金の髪が痛まないように背中から抜いてやった。無防備にほとんど眠っている恋人。スラッシュは毛布をかけてやると、椅子をベッドサイドに移動させて座った。彼の方は酔うどころか、返って目が冴えて困るくらいだった。豊かな金髪をそっと手のひらに乗せた。

 スラッシュ:「…………綺麗…だな」

 呟いて溜息を溢す。彼女は誤魔化したけれど、あの言葉が耳に残ってしまっていた。「彼がいた頃……」確かに、スラッシュは今の彼女を愛している。けれど、過去を知りたくないという気持ちと、どんな男だったのか知りたい気持ちとが交叉して、混乱をきたす。ヤツもこの美しい髪を誉め、触れ愛しんだのだろうか?
 そっと髪に口付けた。恋人同士になったのに、届かない想いがあるようで苦しかった。彼女のすべてを受け入れているつもりで、許せない自分がいるのが辛かった。

 ティアリス:「ん……スラッシュ」
 スラッシュ:「ティア…………」

 彼女の穂照った顔がコチラを向いた。スラッシュは椅子から立ち上がった。右手をティアリスの頭の横に置いて、顔を覗き込んだ。
 艶やかな肌。
 濡れた唇。
 豊かな睫毛が呼吸に合わせて震えている。
 スラッシュの唇がティアリスの唇に重ねられる。甘いとは言えない、淋しさの詰まったキス。その感触にティアリスが目を覚ました。

 ティアリス:「スラッシュ? んん…ど…した……んん」
 スラッシュ:「ティア」

 初め、驚いて息を乱していたティアリスだったが、淋しそうな恋人の瞳に気づいて緩く微笑んだ。そして、受け止めるように長い口付けをした。
 そして、ベッドの横に腰掛けて言った。

 ティアリス:「理由は聞かない……。私、スラッシュが好きよ。ううん、愛しているわ」
 スラッシュ:「俺は――」
 ティアリス:「聞かなくても知ってる。永遠に私は貴方のモノよ。他の誰のモノでもないわ。哀しい恋もしたし、別れもあった。でも、今は」
 スラッシュ:「すまない!!」

 スラッシュが強くティアリスを抱き締めた。ここまで喋らせてしまったのは、自分のせいだから。止めさせるにはこうするしか考えられなかった。知っていたのに、そんなこと。過去に彼女がどんな人を好きであっただろうと関係なく、自分はティアリスを愛しているのだと。いや、そんな過去を持つ彼女だからこそ。心の強さに惹かれた。出会った時に持っていたすべての記憶。それが彼女を形作るモノだったのに。
 腕の中でティアリスが泣いているのが分かる。

 スラッシュ:「……ちゃんと言わせてもらっていいか?」
 ティアリス:「…うん」
 スラッシュ:「ずっと傍にいる。ずっと愛している――ティアをこのまま抱いていたい」
 ティアリス:「うん……約束よ、スラッシュ」

 心が紡がれる。ひとつの糸とひとつの愛で。
 夜は更ける。
 恋人同士は夢の中。
 白い雪は窓の外。恋の旋律を奏でて、ふたりをそっと祝福している。これから続く物語のために。


□END□

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 納期を遅れてしまい、すみませんでした。ライターの杜野天音です。
 甘いのをご所望だったので、甘露煮にしてみました。どーーーーしてもシリアスにしたくなっちゃう私です。その夜ふたりはどうなったんでしょうか? それはご想像にお任せ致します(////)
 久しぶりに書いたのでリプレイ風の文章が、なかなかしっくり来なくて手間取りました。でも、ふたりの気持ちの部分はしっかり入れたつもりでおります。気に入って下されば幸いです。
 それにしても、スラッシュさんってヤキモチ焼くんですか? クールなんで分かりにくいですよね。大人な素振りばかりでなく、青年らしいところを書いたつもりです。では、今後ともお二人が甘〜く幸せでありますように♪