<PCクエストノベル(1人)>


□■□■ Holy Invisible 〜貴石の谷〜 ■□■□


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■冒険者一覧■

1371 / メイア・レイア / 託宣の巫女

■その他登場人物■

兵士 / 谷の入り口を守るモブ。

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■「あら」■

メイア「…………あら」

 ぽつりとメイアは声を漏らす。愛用の文机、引き出しに指を掛けての探し物。盲目の彼女は気配と触覚で欠落した感覚を補うのだが、そのどちらにも探し物が引っ掛からない。首を小さく傾げれば、傍らでバジリスクのクラウンが舌を出し入れする音が響く。
 何を探しているのか訊ねられた、そんな気配を察して、彼女は彼の頭を撫でる。するりと寄ってきた蛇はいつものようにメイアの首にその身体を掛けた。そして、再度舌を出し入れする音で、問い掛ける。メイアは微かな苦笑を見せて、かたん、と引き出しを閉じた。

メイア「石が、見当たらないようですの」

 虹の雫――未来の吉凶を伝える光を放つそれ。色や光の強弱を感じる事は出来ずとも、石の持つ魔力と通じることで、彼女の先見を助けるのだ。託宣の巫女である彼女にはある意味で不可欠なアイテムである。
 魔石を専門に扱う業者が居ないわけではないが、行商人なので、いつやって来るのかは判らない。誰かに注文すると言うのも手ではあるが、魔石の産地である谷には、魔石を求めてやってくる人々を食らう魔物、『宝石喰い』がいるのだ。自分の為に他者を巻き込むわけにも行かない。彼女は優雅な動作で立ち上がり、簡単な旅支度を整える。

 争いごとは好きではないし得手でもないが、不可能というわけでもないのだから、自分で採りに行くのが良策だろう。心配するようにクラウンが舌を鳴らすが、いざと言うときは彼もサポートをしてくれる。第一確実に宝石喰いに遭遇する、というわけでもないのだから、それほどの脅威を感じる必要はないだろう。長い髪に衣被を掛ければ、シャラン、と髪留めに付けられた鈴が鳴る。

 白く細い手で戸を開き、彼女は外へと一歩踏み出した。



■「まあ、困りましたわね」■

 谷の近くまで来ると、岩肌が露出している整備されていない道が続く。覚束なくなりそうな足元に気をつけながら歩みを進めるメイアは、そこで人の話し声に気付き、足を止めた。土地柄盗賊の類が貴石を横取りしようと潜んでいる可能性もある、彼女は静かに耳を澄ました。

兵士A「しっかし最近は、随分宝石喰いの奴が活発に動き回ってるな」
兵士B「まあ、仕方あるまいよな……そろそろあれだ、出産とか子育ての時期だろう? 神経使って過敏になってんだよ」
兵士A「こっちは冒険者の悲鳴にこりごりだぜ。普段はのんびりしてられる、いい仕事なんだけどな……」
兵士B「腕が錆びなくて良いじゃないか。国民を守ってこその兵士ってやつだ」
兵士A「そりゃそうなんだが、億劫なのはちっとばかしなあ」
兵士B「それも仕事のうちだって。しかし宝石喰い、この頃は本当に手を付けられないからな。自分のテリトリーに入ったら一気に突進ってのは、いくらなんでも危な過ぎる――」
メイア「まあ、困りましたわね」
兵士A・B「ッうわあ!」

 突然の声に、兵士達はビクッと飛び上がった。見れば、二人の後ろには何時の間にやらメイアが立っている。口元でクスリと小さく微笑し、彼女は軽く頭を下げて見せた。
 話の内容から察するにエルザードの兵士だろうと察して近付いたのだが、希薄な彼女の気配に二人は気付いていなかったらしい。驚かれたのは心外だが、気配など濃くしようとして出来るものではない。二人の前を通り過ぎ、メイアはゆっくりとその足を坑道の方へ向ける。

兵士A「お、おい、あんた」

 谷の中を縦横無尽に巡る採掘坑道、その入り口の影に爪先が触れたところで、兵士の一人が声を掛けてくる。メイアは歩みを止め、無意味ながらも礼儀のために振り向いた。小さく首を傾げれば、鈴がシャランと涼しげな音を立てる。

兵士A「入るんなら、もう二ヶ月ぐらい待ってからの方が良いぞ。この頃宝石喰いの奴が殺気立ってるから、魔石の採集どころじゃないんだ。業者だって様子見てるぐらいで――」
メイア「と言う事は、どちらにしても魔石が手に入り難い……と言うことですわね」
兵士B「それはそうだが、だからと言って貴女がお一人で入ろうとするのを止めないわけにはいかんよ。まして、それは危険な方の選択だからね」
メイア「お心遣い、感謝致しますわ」

 すぅ、と丁寧に頭を下げる彼女の仕種に、兵士達は言葉を失う。その間に、メイアは坑道の中に進んで行った。
 小さくクラウンが舌を出し入れする音が、響いた。



■「さて」■

 坑道の中には部分部分に明かりがあったが、総じて薄暗い。が、それは盲いた彼女には何の障害にもならなかった。整備されていない足元が少し危なっかしいのは先ほどまで歩いていた道と同じである。違うのは、たまに音を立てる髪留めの鈴の音が、響かないことぐらいだった。響き方で空間を把握し、曲りくねった道をすいすいと進んで行く。時々クラウンが心配そうに舌を出し入れする声に、メイアは苦笑と頭を撫でることで答えていた。

メイア「……さて」

 真っ直ぐ道なりに進んでいくだけでは、既に人々に採掘され尽くしたルートにしかならないだろう。なるべく早く目的の魔石を手に入れて、出てしまいたい。閉塞的な空間に嫌悪感があるわけではないが、愛着があるわけでもない。危険な場所には、なおの事だ。
 どうするべきか。彼女は立ち止まり、ふぅっと小さく息を吐く。

メイア「闇雲に探すのも、危険ですものね……何か一計案じておくなら、早い方がよろしいでしょうか」

 言って彼女は、髪留めを片方外す。鈴の音がシャラン、と鳴らされた。
 シャラン、シャラン――手を振りながら何度か動かせば、辺りに鈴の音が反響する。研ぎ澄まされた聴覚にその音は少しだけ不愉快でもあった。高すぎる音の繰り返しがこだまするのは、平衡感覚にも少しだけ影響を与える。
 だが彼女は音を鳴らし続け、耳を澄ませ続けた。

 音の反響、その具合、認識する道。緩んでいる岩盤。
 道の形、岩壁の様子。
 やがて彼女は、脚を進める。

メイア「こちらに、脇道……ですわね」

 呟きと共に岩壁を手で伝い、彼女は道を確認する。そこには細い亀裂のような道があった。地震か何かの際に潰れた通路で、傍目には薄暗いためただ陰になっているようにしか見えないが、確かにそれは歩ける道である。もっとも、彼女のように小柄でなければ入り込む事は出来ないだろうが。

メイア「早く見付けてしまいませんと……ね」

 小さく笑い、メイアはクラウンに声を掛ける。狭い通路の中でその声は妙に篭り、響いた。
 そして、何かが、その声を聞いて行動を開始した。

■「争いは」■

 暫く行くと不意に道が開け、空洞に出た。そこからも枝分かれに通路が広がっているらしい。風の通る音でその判断を付け、彼女は小さく首を傾げた。
 いざと言うときに脱出を手早く済ませるには、入り口に少しでも近い通路を選ぶ方が良いだろう。だがそちらは同時に、目的の魔石を探し出せる可能性が低い。
 クラウンが舌を出す音に軽く微笑し、彼女は洞窟の入り口に近い方の通路に入った。

 暫く歩き続ければ、僅かにだが魔力の気配を感じられるようになってくる。どうやら、比較的魔石の採掘残しのある箇所に出たらしい。気配を感じられないものには、ただ掘り進めて当たりが出るのを待つだけのやりかたでは、判らないものだ。

 彼女は一箇所の岩壁の前で立ち止まり、触れる。細い指先をごつごつとした感触が鈍く刺した。
 一点で手を止め、彼女はクラウンの頭を撫でる。
 この奥に、石の気配を感じる。

 だが、採掘用の道具を持ってきてはいない。ハンマーやノミを使わなければ、岩盤の内側にある石に辿り着くことは出来ないのだ。どうするつもりか、訊ねるようにクラウンが舌を鳴らす音が響く。メイアは指でそっと、円を描いた。
 指先は大気中から集めた水分で湿らせてある。すい、とそれが動かされれば、濡れた岩盤が色を変えた。水で描かれた丸い円、そこから、彼女は一歩脚を引く。
 印など付けたところで、目の見えない彼女には意味がない。それはただの境界なのだ。能力を一点に集中するための、境界――彼女は軽く腕を上げ、壁に向けて伸ばした。

 瞬間に、円の中がじわりと水で色付く。周りの岩盤が吸収している水分を、その一箇所に集めているのだ。膨脹したその部分は、ピシピシッと音を立てる。調和が取れなくなったことから、印の付けられた部分が岩盤の他の部分から切り離されているのだ。
 完全にその部分が切断されたことを確認してから、メイアは手を軽く引く。すると、集中していた水分が一気に戻っていった。否、境界の外側に完全に放出される。一点に水分を集めていた場所が、一気に乾燥した。

 収縮した岩盤は、蓋が外れるように、落ちる。
 その奥に、白い光を纏う石が覗く。魔力の放出がダイレクトになったことからそれを悟ったメイアは、同じ要領で、魔石を傷付けないようにしながらそれを採掘した。あまり大きいものではなかったが、宝石喰いの様子が静まるまではもつだろう。
 懐にそれを仕舞う、と、クラウンが忙しなく舌を鳴らす。心配性にも程があると思ったところで、それが根拠の無い警告ではないことに、彼女も気付く。

 ゆっくりとだが、何かが近付いてくる。探るように通路を眺めながら、僅かに足音を鳴らしながら、近付いてくるのは魔物の気配だ。
 飛び掛ってくると入り口の兵士は言っていたが、そうしないところからすると、まだこちらの場所は掴めていないらしい。気配が薄いというのも悪いことばかりではないようだ。
 じわり、じわりと、気配は近付いてくる。音を立てないように小さく息を吐き、警戒するように首を持ち上げるクラウンの下顎を擽った。

 ――安心なさい。

メイア「争いは、好みませんわ」

 彼女が声を漏らした途端に、迫り来る足音が速度を増した。そして、曲がりくねった道の奥、通路にその姿を見せる。
 だが、そこにあったのは、丸く切り抜かれた岩盤と、その跡だけだった。
 天井の亀裂には二匹の蛇が入り込み、その姿を見下ろしていた。



■「ただの巫女ですわ」■

 姿を普段の人型に戻したメイアがゆったりとした足取りで洞窟から出ると、途端に駆け寄って来る二つの気配があった。様子からして、あの二人の兵士だろう。にこりと柔らかな微笑を向ける彼女に、兵士達は声を掛ける。

兵士A「大丈夫かい、あんた。怪我はしてないかい、奴には遭わなかったのか?」
兵士B「こんな時期に魔石なんか急がずとも良いだろう、懲りたら商人に当たるのが良いさ。ここらに来る連中とは顔見知りだから、ちゃんと世話をしてやるさ」
兵士A「仲介料も取らないしな、お嬢さんみたいな子が無事ならお釣りが来るぐらいだ」
兵士B「お前の物言いは軽すぎて怪しいんだ! ともかく、本当に無事かね? 怪我や毒があるなら、早く手当てを――」
メイア「有り難いお申し出、ありがとうございます」

 ぺこりと、入った時のようにメイアは頭を下げる。その様子があまりにも二人の態度とかみ合わないほどに落ち着いていたため、二人はまた呆けたように言葉を止めた。そして、その横を、メイアが通り過ぎていく。少し危なっかしい舗装されていない道を、しずしずと、歩いて行く。

兵士A「……お、おいおいお嬢さん、本当に無事か?」

 メイアは立ち止まり、振り向いて頷く。

兵士B「最近は随分冒険者が危ない目にあってるんだが、お嬢さん、何者だね?」

 彼女は、微笑で答える。

メイア「ただの、巫女ですわ」