＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
竜の子守り。
「…竜の子供？」
賑わいを失うことの無い、黒山羊亭。
喧騒を掻き分け、エスメラルダの元へと足を運んできた男がいた。肩の上には、妖精が乗っている。
「また珍しいモノを見つけ出したのね」
テーブルの上には、男の握りこぶしほどの大きさの、竜の子供が大きな瞳をキラキラと輝かせて彼らを見上げていた。
「俺の請けた仕事のアイテムは、回収済みなんだ。これはその…オマケというかなんというか…」
「アイテムがあった場所に、おっきな竜がいたの〜。その竜がね、自分の種をどうしても残したいからって、セリュウに卵を頼んできたの」
男の肩の上にいた妖精が、エスメラルダにそう説明する。
依頼を持ち込んだ男は、彼女も顔見知りの存在だった。とは言っても、久しく姿さえ見ていなかったのだが。
男の名はセリュウ。世界中を駆け巡るトレジャーハンターだ。そして彼の相棒としていつも傍にいるのが、肩の上にいる妖精のウィスティだった。
「頼んできたって…その竜の子供なんでしょ？ なんで育てようとしないの？」
「……その竜ね、…その後、死んじゃったんだ。高齢だったみたいで」
卵とセリュウたちを交互に見ながら、エスメラルダがそう言うと、ウィスティが物悲しげに言葉を返した。竜の死を目の当たりにしたのか、瞳に涙さえ浮かんでいるように見える。
「なるほどね…それで、育ての親を探しにきたってわけ？」
「いや…一時でいいんだ、預かってくれるヤツを探してる」
卵が孵ってしまう前であれば、そのまま引き取ってくれる人物がいれば、任せようと思っていた。しかし、この場に来る前に卵は孵ってしまい、竜の子供はすっかりセリュウの事を親だと思っている為に、里子（？）に出すわけにもいかなくなってしまったのだ。
「俺はこれから、けっこう大きな仕事でしばらくここを離れる。コイツを連れて行くわけにはいかないんだ。だから俺の留守の間だけ、面倒を見てほしいんだ」
「…名乗り出てくれる人がいるかどうかは保障出来ないけど…依頼の件はお預かりするわ」
セリュウの言葉を受け、エスメラルダが竜の子を手に呼び寄せる。すると竜は躊躇いもせずに彼女の手のひらの上に乗った。人間を親だと思っているせいか、とても懐っこいようだ。
「小月（シャオユエ）、大人しくしてるんだぞ」
竜の名は小月と言うらしい。セリュウに名を呼ばれたその子は嬉しそうに『キュル』と鳴いて答えている。
請負人が出てくるまで、セリュウたちはその場で一休みすることにした。
「竜の子供でございますか。…それでは、僭越ながら私がお引き受けいたしますのでございますよ」
と、小月の子守り役を名乗り出てきたのは、エルシア・エルミナールと言う少女だった。黒山羊亭を訪れた際、偶然にセリュウ達の依頼を耳にしたのだろう。
長い黒髪が良く似合い、おっとりとした外見であるが、職業が聖騎士であるためか彼女の纏う空気が高貴さを漂わせている。
エルシアは小月を両手で掬い上げるように持ち上げ、微笑みながら『お任せくださいませ』とセリュウに言う。
「…ひと月で戻る。それまでよろしく頼む」
セリュウはそれだけを彼女に言うと、ウィスティを引き連れ、その場を後にした。これから仕事先へと向かうのだろう。
「さぁ、小月。これからひと月の間、よろしくお願いいたしますね」
「キュウ」
目線を合わせ、エルシアが小月へと語りかける。
すると人慣れしている小月は、大きな瞳をくるりと動かしながら、甘え声を出して返事をした。
「…そうですね、ゆっくりのんびりと、成長を見守りましょうか」
両手に収まる小月を見つめ、エルシアは優しく独り言をもらす。ひと月の間、どうこの竜と向き合っていくのかを、頭の中で考えているようだ。
小月をそのまま自宅へと連れ帰り、そこからエルシアと竜の子供の暮らしが始まった。
「セリュウ様が帰ってこられた後、何かのお役に立つかもしれませんから…魔法もちょっとだけ教えてみましょうか」
エルシアは神聖魔法を扱う。彼女に術の使い方を僅かでも叩き込んでもらえば、小月はやがては光の加護を受けた竜として成長するかもしれない。そして…主であるセリュウの助けになれば、と彼女はそんな事も考えてみたりもする。
小月はテーブルの上に飾られた小さな花瓶に興味を持ち、挿してある花へと前足を伸ばしているところだった。
「それは食べ物ではありませんですよ、小月。…お腹が空いているのかもしれませんね」
桃色の花を、口にしようとしていた小月の体を軽く持ち上げながら、エルシアはのんびりとそう言う。
そして小月を花篭の中へと入れてやり、
「そこでお待ちくださいな」
と言い、台所へと向かう。
小月はそんなエルシアの後姿を眺めつつ、ひょこ、と前足をかけ顔を出すと篭が傾きそのままコロン、とそれは転がってしまう。小月はひっくり返った篭の中で目を丸くしていたが、楽しかったのか満足そうな顔をしている。
そして頭で篭を持ち上げた小月は、そのままズルズルと篭を頭で引き釣りながら、エルシアの元へと足を進めた。
「キュウ〜」
「……あら？ もう早遊びを覚えたのでありますか？」
小月へと軽い食事の用意をしていたエルシアは、足元で聞こえた小さな声に視線を落とすと、微笑みながらそんなことを言う。どうやら少しだけ、天然的要素を含んだ性格らしい。
そんなエルシアに、小月は篭を背負ったままで彼女の足へとしがみ付いた。セリュウが傍にいないことで、寂しさを感じているのかもしれない。そこで漸く手を止めたエルシアは、膝を折り、小月を抱き上げてやる。目線が少しでも近いほうがいいと判断した彼女は、小月を手元近くに置いたままで作業を再開しようと思ったのだ。
「…後少しだけ、お待ちくださいね。小月」
「キュウ♪」
エルシアが微笑むと、小月は嬉しそうに返事をする。名前を呼んでもらうことも好きなのか、満足そうだ。
その場でちょこん、と座らされた小月は、エルシアの手元をずっと興味深そうに見つめながら、食事が出来上がるのを大人しく待っているのだった。
天気の良い昼下がり。
エルシアは小月が背中に持つ翼を使いこなせていないと知り、空の飛び方を教えてやるために小高い丘へと足を運んだ。
「まだ羽が不完全なのかもしれませんね…こんなに小さいですし」
小月の背の羽根は、パタパタと動きはするが、体を浮かせるまでの力を発揮できていない。体より小さいと言うのもあるのだが、このまま頬って置けば飛び方も知らぬままで育ってしまう。それでは、意味が無い。
「いいですか、小月」
「キャウ」
エルシアが名を呼ぶと、元気良く返事を返す小月。
一緒の暮らしを始めて３日ほどになるが、二人（？）はすっかり仲良しになっていた。
「よく見ていてくださいませね」
小月を丁度良い高さの岩の上に座らせると、エルシアは自身の背から真っ白な翼の形を見せる。それは太陽の光に照らされ、とても綺麗だった。
目を丸くしている小月に向かい、彼女は自分の持つ翼を動かして見せてやった。
すると小月は、エルシアの真似をし、背の翼をゆっくりと羽ばたかせるように動かし始める。
「…そうです、そのように翼を上手く風へと乗せるんです」
「キュウ」
パタパタパタ…とエルシアの言われるままに、小月は自分の翼を動かし続けている。きちんと彼女の言葉を理解している証拠だ。
「風と…空気を身体全体へ取り込むように…そして一体化するように感じるのです。解りますか？」
「キュル…」
言葉を続けるエルシアは、白き翼を動かし、自分の身体を地から浮かせる。
すると小月は一瞬驚き、また目を丸くした。
「キュウゥ」
自分も遅れては、置いていかれると思ったのか、小月は必死で自分の翼を羽ばたかせる。
すると…吹きぬけようとする風に乗り、小月の小さな身体はふわりと宙に浮いた。
「小月、上手ですよ」
エルシアがそんな小月を見て、微笑む。
褒められた小月は、嬉しそうに足をバタバタと動かした。
すると翼のほうへの集中力が切れたのか、ぽてん、と小月は地面へと落ちた。
エルシアはそんな小月を見て、クスクスと笑った。ヒトの子供と同じだ、と思いながら。
「これだけ飲み込みが早いのであれば…慌てることはありませんね。ゆっくりと、少しずつ覚えていきましょう。何事も」
背の羽を仕舞い込みながら、エルシアは目を回している小月を抱き上げて独り言を漏らした。
ひと月は長いようで短い。そんな中で、自分はどれほどの事を、この竜に与えることが出来るのだろうか。
彼女はそんなことを思いつつ、小月へと愛情を注ぐ。自分の出来る限り。
日常的なこと。人との共存とはどんなものなのか。そして、主であるセリュウへの忠誠と、竜族であることの誇りを。
「これから先、どんな風に成長していくのでしょうね」
エルシアは、花篭の中で小さな寝息を立てて眠っている小月を眺めながら、ぽつりと呟く。
自分の手で育っていく、小月。
気が付けば身体も少しだけ大きくなったように思える。振り返ってみれば、もう１週間を過ぎるころだ。
一日を大切にしながら、エルシアは小月の成長を見守っている。後悔の無いように。
まるで本当の家族のように、接しながら。
小月の身体が、花篭には収まらないほどの大きさになるころには、空の飛行も自由に出来るようになり、エルシアと空中散歩などもこなせる様になっていた。
そして、魔法の応用で光のブレスを短時間であるが、使いこなせる様にまでなった。
「小月、そろそろ参りましょうか」
「キュウ」
今日は、セリュウ達が戻ってくる日。
つまりはエルシアとの、別れの日。
暖かな日差しの中で身体を綺麗に洗ってもらった小月は、エルシアの言葉にきちんと返事を返しながら、自分の力で宙へ浮く。パタパタと翼を羽ばたかせて、彼女の横へとピタリと並び、前へと進んだ。
「小月〜っ」
黒山羊亭近くまで辿り着くと、前方から明るい声が聞こえてきた。
小月はその声にいち早く反応し、エルシアの頭の上の高さにまで身体を上昇させる。
見れば、黒山羊亭の入り口で大きく手を振っているのはセリュウのパートナーである、ウィスティだ。その後ろに、セリュウが立っていた。彼らも丁度、この場に辿り着いたと言った所か。
「キュル〜」
セリュウの姿を認めた小月は、嬉しそうな声をあげて彼へと向かい、飛んでいく。
エルシアはその小月を追いかけて、小走りになる。
彼女がセリュウの元へと距離を縮めるころには、小月は彼の懐に飛び込み、じゃれ付いている光景が目に映っていた。
「…本当の親、と言うことを忘れてはいないのでごさいますね」
小月のそんな姿を見て安心すると同時に、彼女の心の中は少しだけ寂しい感覚を覚える。
一ヶ月の間、常に一緒に生活をしていたのだ。情が移ってしまっても無理は無い。
「小月、凄いねっ ちゃんと飛べるようになったんだ〜」
「キャウっ」
ウィスティの声にも、小月は嬉しそうに反応を返す。彼女のことは、姉妹とでも思っているのだろうか。
「……飛行の仕方まで教えてくれたのか。…感謝する」
「今後の成長を考え、ブレスを扱えるようにもしておきました。小月は必ずセリュウ様のお役に立てると思いますですよ」
セリュウは旅の疲れが取れていないのか、ひと月前より少しだけ表情に陰りが見える。それでも小月の成長を素直に喜んでいるようで、エルシアも安心した。
「これは、少ないが謝礼金だ。食費にでもあててくれ。…コイツのおかげで、食事には苦労しただろうから」
セリュウはそう言いながら、エルシアに皮袋を差し出した。
遠慮をする彼女に首をふり、その手にきちんと皮袋を握らせる。
「これが俺たちの礼の仕方なんだ。…受け取ってくれ」
「……解りました。ありがとうございます」
皮袋を両手で握り締めたエルシアは、セリュウに軽く頭を下げた。
「本当に世話になった。有難う」
「いいえこちらこそ。貴重な体験をさせていただき、大変楽しゅうございました。…たまに、小月の成長を見せに来てやってくださいませね」
「ああ、解った」
笑顔のエルシアに、セリュウもウィスティも釣られて微笑む。
そしてそれから他愛の無い会話を２、３し、彼らはそこで別れる。
また何処かで、会えることを願いながら。
-了-
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登場人物
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【整理番号 : ＰＣ名 ： 性別 ： 年齢 ： 職業】
【２５５７ ： エルシア・エルミナール ： 女性 ： パラディン】
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ライター通信
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エルシア・エルミナール様
初めまして、ライターの桐岬です。
今回は小月の子守を引き受けてくださって有難うございました。
エルシアさんのゆったりとした雰囲気を崩さぬように、穏やかな中での共同生活、如何でしたでしょうか。
のんびりとした感じを、きちんと表現出来ていたらいいなと思います。
少しでも楽しんでいただけましたら、幸いです。
ご参加くださり、本当に有難うございました。
桐岬 美沖
※誤字脱字等、有りましたら申し訳ございません。
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