<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


 『貴女に花を。』


 ソーンで最も有名な歓楽街、ベルファ通りにある老舗の酒場『黒山羊亭』。
 そこは今日も、多くの人で賑わっていた。
 店員である、踊り子のエスメラルダが腰をしならせながら酒を運んでいると、男たちから歓声が上がる。彼女は妖艶な笑みでそれに応えていた。
 そこでふと、彼女の目がカウンターの片隅に独りで座っている男に留まる。
 二十代半ばくらいだろうか。色白で線が細く、ぼさぼさになった茶色い髪は、どこか冴えない印象を与えた。
 彼は、先ほどからしきりに溜め息をついている。
 エスメラルダは何となく興味を引かれ、男に近寄ると、声を掛けた。
「お兄さん、どうしたの?恋のお悩みかしら?」
「うわっ!」
「あら、大変」
 突然のことに驚いたのか、男は水の入ったグラスに肘をぶつけ、倒してしまう。エスメラルダはすぐに布巾を持ってくると、零れた水を拭いた。
「す、すみません……」
「いいのよ。気にしないで」
 エスメラルダはにっこりと微笑むと、代わりの水を持って来る。
「ありがとうございます。それで……あの……どうして、恋の悩みだって分かったんですか?」
 男がおずおずと口を開くと、エスメラルダは微笑んだまま片目をつぶった。
「女のカンよ」
 それを聞き、男は顔を赤らめて俯くと、ぽつり、ぽつりと語り始める。
「ぼ、僕……好きな人が居るんですけど……その、見てるだけしか出来なくて……でも、偶然、彼女は花が大好きだということを知ったんです。それで、何とか珍しい花をプレゼントしたいと思った時に、ある花の噂を聞きまして……」
「へぇ……どんなお花なのかしら?」
「それが、すっごく綺麗な花らしいんですよ。しかも、冬にしか咲かないそうで……でも」
「でも?」
 そこで言葉を切った男に、エスメラルダは続きを促す。
「そ、その花……ヴォー沼に浮かんでいるんだそうです」
「あら、物騒な場所ね」
 ヴォー沼とは、ソーンの南に位置する、底無しで有名な沼である。その下には多数の宝が眠っているといわれ、危険を承知で潜る者が後を断たない。
「だから……僕一人じゃとても……うわっ!」
 男は、俯きすぎたためか、椅子から滑り、床に転げ落ちた。エスメラルダは男のあまりの滑稽さに、思わず呆れてしまう。
 立ち上がろうとしては滑っている男に手を貸しながら、エスメラルダは優しく言った。
「大丈夫よ。このお店には、そういうこと引き受けてくれる人たちが沢山居るから」


 ■ ■ ■


「……なるほど。お話は分かりました」
 アイラス・サーリアスは、男の話を聞き終えると、穏やかに頷いた。偶然、黒山羊亭に来ていたところ、エスメラルダから声が掛かったので、男の依頼を受けることにしたのだ。
「そういえば、お名前を伺っていませんでしたね」
「あ、僕は、ヘボイ・ヤーツといいます」
(何だか凄い名前だなぁ……)
 アイラスはそんなことを考えながら、酒を一口飲む。
「それと、その花は一輪で良いのですか?」
「あの……出来ればいっぱい欲しいんですけど……ダメ、ですかね?」
「うーん……あまり採ってしまうのはどうかと思いますよ。生態系が崩れてしまうかもしれないですし」
 おずおずと言ったヘボイに、アイラスはやんわりと答える。
「そうですか……じゃあ、一輪でもいいです。とにかく、その花が欲しいんです!」
「分かりました。まずはその花について、きちんと調べてみましょう。手で触れてはいけないとか、変な生き物などに好かれているとか、花自体が獲物に襲い掛かるとか……そういうことがあったら困りますからね。事前調査は肝心です。今日はもう遅いですから、明日、図書館にでも行ってみましょう」
「はい!宜しくお願いします!――イテッ!」
 そう言って勢いよく頭を下げたヘボイは、テーブルに思い切り頭をぶつけ、悲鳴を上げる。
(大丈夫かなぁ……)
 一抹の不安を抱えながらも、アイラスはとりあえず、にっこりと微笑んだ。


 その頃、二人が居るテーブルのちょうど死角になる位置で、一人の男が腰を掛け、酒を飲んでいた。
 彼の名は、オーマ・シュヴァルツ。
(フフフ。哀愁のマッスルラブある所に腹黒親父あり……ということで、話は聞いたぜ)
 オーマはニヤリ、と不敵に微笑むと、酒を一気に煽り、席を立った。



 翌日。
 太陽は燦々と輝き、地上を明るく照らしている。
 アイラスは、図書館の前でヘボイを待っていた。
 しかし、約束の時間をとっくに過ぎているのに、中々彼は現れない。
(何かあったのかな……)
 アイラスが心配し始めた頃、ようやく前方にヘボイの姿が見え始めた。彼は疲れきった様子でとぼとぼと歩いてくる。
「す、すみません……遅れて……しまって……」
 ヘボイは肩で荒い息をつきながら、謝った。
「どうかしたのですか?」
 アイラスが問うと、ヘボイは目に涙を一杯溜め、しがみついてくる。
「アイラスさん、聞いて下さいよぉ……出かけようとした途端、野良犬にばったり会って、吠えられて、慌てて逃げ出したら追いかけてくるんです……ずーっと逃げ回ってたんですけど、しつこくて……怖かったです……ううっ……」
 そう言って彼は、人目もはばからず泣き始める。
「は、はぁ……と、とにかくお疲れ様でした。とりあえず、図書館に入りませんか?」
「はい……」
 まだ泣いているヘボイを宥めながら、アイラスは図書館へと誘導する。
 その後をそっとついて来る影には、二人とも気がつかなかった。


「ええと、花の図鑑のある場所は、と……」
 アイラスとヘボイは、沢山の書棚が並ぶ間をすり抜けていく。
「あ、ここですね――って何も無い!?」
 目的の場所を見つけた途端、アイラスが驚きの声を上げた。花の図鑑が置いてあるはずの棚が、すっかり空になっている。
「おかしいですね……全部貸し出し中か、閲覧中ってことなのでしょうか……?」
「これじゃ、調べられないですね……」
 アイラスとヘボイが困惑している一方、棚の影にこっそりと隠れて、山積みになった図鑑を持っている男が居た。
 先ほど二人の後をつけていた人物――オーマである。
(やっぱ男なら、下調べなんてせずに、ぶっつけ本番が基本だぜ!……でも、一応俺様の方で調べておくか……)
 オーマは、沢山の図鑑をペラペラと捲っていく。
(ええと……これか?『ヴォー沼に浮かんでいる冬しか咲かない花。その花弁は雪のように白く、大変美しい。備考:○○を好む。ただし、特に害は無い』……何だ?この部分だけ破けてんぞ)
 その図鑑は保存状態が悪かったのか、虫に食われたような部分があった。
(まあ、『特に害は無い』って書いてあんだから、大丈夫だろ)
 彼は、そう結論付けると、図鑑を閉じた。棚の影からアイラスとヘボイの様子を窺うと、二人は諦めたのか、帰ろうとしているところだった。
(さて、これからが本番だぜ!)
 オーマは意気込みを新たに、二人の後を追う。


「もし……変な花だったらどうしましょう……」
 うな垂れているヘボイに、アイラスが優しく声を掛ける。
「大丈夫ですよ。いざとなったら、僕が何とかします。とにかく、ヴォー沼に向かいましょう」
「で、でも……ヴォー沼って、怖いんですよね?底なしなんですよね?」
 ヘボイが、随分と今さらなことを涙目で言う。
「その花、沼に浮いているのですよね?それなら沼に潜るよりは安全ですよ」
「そ、そうですけど……」
 ここまで来て渋るヘボイに、アイラスは呆れるしかない。
「彼女に、花を渡したいんですよね?」
「は、はい!すみません!行きます!」
 こうして、ヴォー沼へと向かうことが、ようやく決定した。



 街道を行く。
 吹き抜ける風は冷たかったが、歩いていれば身体は自然と温まる。
「こういうのも中々楽しいですね。遠足みたいで」
 アイラスが笑顔で振り返ろうとした時――
 ヘボイの悲鳴が、聞こえた。
(またか……)
 アイラスは溜め息をつく。
「あはは……また転んじゃいました」
 ヘボイは苦笑しながら頭の後ろを掻いている。彼は、とにかくよく転ぶのだ。たとえ何も無いところでも転ぶ。
 既に、身体は泥だらけ、擦り傷も多く作り、満身創痍というような状態だった。
「もう二十回くらい転んだかなぁ」
「……正確には、二十二回です」
 ヘボイがあまりにもよく転ぶので、アイラスはつい、数まで数えてしまっていた。
(でも……野良犬に追いかけられてたときはあんなに泣いてたのに、こういうことでは弱音を吐かないんだなぁ)
 アイラスはぼんやりとそんなことを思う。
 野良犬の件や、ヴォー沼に行くことに関してはあんなに怯えていたのに、自分が傷だらけになることに関しては、ヘボイは文句も言わない。案外、根性が据わっているのかもしれない。
 それを見て、同じことを考えている者は、他にも居た。


(あいつ、結構根性あるかもな……)
 アイラスとヘボイの後をこっそりつけてきたオーマである。彼は、二人に気づかれないように細心の注意を払っていた。
(フッ……だが、そろそろ出番だな)
 そうして、彼は身を潜めていた木陰から走り出る。


「ソーン世紀末親父愛伝道マッスル仮面★――参上!だマッチョ☆」
 アイラスとヘボイの前に、突然一人の人物が飛び出した。
 まるで仮面舞踏会にでも行くかのような煌びやかなマスクと、たなびく赤いマント。しかし、上半身はこの寒空の中にも関わらず、裸である。鍛え上げられた筋肉が蠢いていた。
「オーマさん……一体何をやってるんですか……?」
 アイラスが、がっくりと肩を落とす。二人は親友なので、こんなチャチな変装など、一発で見抜ける。
「ちっちっ。俺様――じゃなかった、我輩はオーマなどという腹黒親父ではないマッチョ☆ソーン世紀末親父愛伝道マッスル仮面★だマッチョ☆」
 それを聞き、マッスル仮面★こと、オーマは人差し指を立て、左右に振る。
 ヘボイはというと、闖入者に驚き、腰を抜かしていた。
「あ、アイラスさん……お、お知り合いですか?」
 震えながら言われたその言葉に、アイラスは頷きそうになるが、暫し考えを巡らせる。
(もしかしたら、オーマさんなりの考えがあるのかなぁ……)
「……いえ、知らないです」
 結局、彼はそう答えた。
「――さぁて、納得も行ったところでマッスル仮面★からザ・腹黒クイズ★第一問だマッチョ☆」
 誰も納得してなどいないのだが、勝手に話を進めるオーマ。
「『人間に必要なものは?』マッチョ☆」
 そう言われて指を指されたヘボイは、ようやくショックから立ち直ったのか、少し考えてから答える。
「え、ええと……『優しさ』?」
「うーん、中々いい答えだマッチョ☆でも、『愛』とすると、幅が広がってもっとよくなるマッチョ☆では、また会おうマッチョ☆」
 そう言って走り去るオーマを、呆然と見送る二人。
「とにかく行きましょうか」
「は、はい……」
 こうして二人は、再び歩き始める。



 その後も、時折現れるオーマによるクイズは続いた。
 クイズばかりか、トラップまで仕掛けるという、訳の分からない念の入り用である。

「ザ・腹黒クイズ★第五問だマッチョ☆――『カリスマ下僕主夫への黄金ロードは?』マッチョ☆」
「あの……言っている意味が分かりません……」
「残念!マッチョ☆……正解は、これも『愛』だマッチョ☆」


「うわぁ!アイラスさん!足に何か絡み付いて動けません!」
「このバーベル上げをして筋トレをすれば取れるマッチョ☆」


「うわぁ!落とし穴が!」
「好きな子に告白する練習を百回繰り返せば上がれるマッチョ☆」



 ようやくヴォー沼についたときには、ヘボイと、何故かアイラスもヘトヘトになっていた。
 アイラスは特にオーマに何かさせられた訳ではないので、彼の場合は、主に精神的疲労である。
「ようやく着きましたね……」
「は、はひ……」
 ヴォー沼は恐ろしい場所ではあるのだが、一攫千金を目論む者たちで賑わうため、周辺には露店などが数多く並んでいる。
 そして二人は、沼の方へと視線を向けた。
 『沼』と呼ぶには大きいその水面の中央には、雪のように白い花が咲き乱れていた。
 遠目でも分かるくらいに美しい花である。
「あ、あれが……」
「綺麗な花ですね……」
 ヘボイとアイラスは、思わず感嘆の声を漏らした。
「さてと……問題は、あそこまでどうやって行くかですね……丸太を四角く組んで、中に板を二枚渡した、筏のようなものを用意してみましょう。それなら転覆したときに下敷きになっても大丈夫ですし。縦に沈んでしまった時のことも考えると丸太は外せた方が良いでしょうね」
 暫くの間、花の美しさに見とれていたアイラスは我に返ると、ヘボイにそう提案した。彼の方は、特に意見があったわけではないので、それに二つ返事で賛同する。
 簡易的な筏を造り終えると、長いロープを露天で買い、それを手近な木に結びつけてから、アイラスはヘボイに言う。
「いいですか、ヘボイさん。沼に落ちてしまったときには下手に動くと沈んでしまうので、絶対動かないで下さいね。この命綱も離さないように」
「は、はい!」


 その頃オーマはというと――
 物陰に隠れ、アイラスたちの様子を窺っていた。
(よし!最後の仕上げだ!)
 そして、沼へと身を投げる。
 『力』を、解放していく。
 彼の容貌は一瞬、銀髪で赤い目を持った青年のものとなり、その後、徐々に膨れ上がっていった。


「何だありゃ!?」
 あちらこちらから、驚愕の声が上がる。
 沼の中から、いきなり翼を持った巨大な銀色の獅子が現れたのだ。
『我はこの沼の主なり』
 直接頭の中に響くような重低音の声。
『この花を求める者よ。己が力だけでここまで到達できれば、一輪だけ花を採ることを許そう。それが出来ないのならば、ここを去るがよい』
「ひぃぃぃぃっ!」
 自分のことを示されたのだと理解したヘボイは、悲鳴を上げて地面に尻餅をついた。
(オーマさん……)
 アイラスは、オーマの隠し能力を知っている。突然現れた『沼の主』が、オーマであることもすぐに分かった。
 そして、彼の狙いも。
(……その計画、乗りましょう)
『さあ!どちらを選ぶのか!』
 威圧的な『声』と、威厳を持った赤い目に睨まれ、ヘボイは声も出せずにいた。
「ヘボイさん、沼の主がああ言っている以上、僕は手をお貸しすることは出来ません。どうしますか?諦めますか?」
 アイラスの問いに、ヘボイは涙を流し、震えながら答えた。
「……たくない」
「え?」
「諦めたくない!――僕、行きます!」
 そう言うとヘボイは、筏を沼に押し出し、木を削って作ったオールで漕ぎ始めた。
 その姿を眺めながら、アイラスはこっそりオーマに向かって親指を立てる。



「良かったですね」
「はい!」
 アイラスの言葉に、ヘボイは力強く頷いた。
「よぉ、おめでとさん」
 そこに、人間の姿に戻ったオーマがやってくる。
「その声は……マッスル仮面★さんですか?」
「ああ、まぁな……俺様は、オーマってんだ。それより、綺麗な花じゃねぇか」
「はい!これならきっと彼女も――」
 ヘボイが嬉しそうに言ったその時。
『チュー♪』
 白い花の花弁が閉じたかと思うと、ヘボイにキスをした。
『イヤン♪キスしちゃった♪』
 照れたような声を出し、薄っすらと赤くなる花。

 一瞬流れた冷たい空気は、寒さのせいばかりではない。

「だぁーっ!『備考:○○を好む。ただし、特に害は無い』……アレは『人間を好む』ってことだったのか!」
 オーマが頭を抱える。
「オーマさん……?もしかして、図書館の図鑑を取ったのも……って、もうそれはこの際どうでもいいです。それより、あの花じゃ、プレゼントには向きませんよ」
「そうだよな……いきなり人にキスするバケモノ花じゃなぁ……」
 ひそひそと囁き合う、アイラスとオーマの背後で、花にキスをされたヘボイは、固まっていた。



 帰りの道中は、何となく重い空気が流れたものになった。ヘボイがずっと黙ったままだったので、アイラスもオーマも、何と声を掛けていいのか分からなかったのだ。
 やがて、ソーンへとたどり着く。
 そこでようやく、ヘボイが口を開いた。
「僕……分かったんです」
 アイラスとオーマは、そちらへと目を遣る。
「僕、今まで、自分は何も出来ない、どうせ自分なんかダメだって、ずっとそう思ってきたんです……だから、珍しい花さえあれば、きっと彼女も喜んでくれて、少しでも気にとめてもらえるんじゃないかって、そんなことを考えたんです……でも」
 そこで、ヘボイは顔を上げた。
「でも、そんなことじゃなくて、僕は僕自身で勝負しなきゃいけないんだって、そう思いました。花なんか関係なしで……僕、彼女に告白します。フラれてもいいんです。この気持ちを伝えたいんです。今回のことで、僕は勇気をもらうことが出来ました。お二人のおかげです。本当にありがとうございました!」
 そう言ってアイラスとオーマの手を握るヘボイの目は、力強く輝いていた。
「よく言った!それは、俺たちのおかげじゃなくて、お前自身の力だ」
「そうですよ。随分と成長しましたね」
 その時。
「ヘボイ君……?」
 涼やかな声が掛かった。
 その先にいたのは、二十歳くらいだろうか、プラチナブロンドの長い髪と、つぶらな緑の瞳が印象的な、美しい女性だった。
「レナさん……どうして僕の名前を?」
 レナと呼ばれた女性は、柔らかく微笑む。
「だって、ヘボイ君、有名だし……」
「ああ、僕はドジばっかりしてるから……」
 ヘボイは、顔を真っ赤にして俯いた。レナは、申し訳なさそうに目を逸らす。
「ごめんなさい、変なこと言って……それよりどうしたの?酷い格好よ?それに、ヘボイ君こそ何で、私の名前を知ってるの?」
「それは……」
 その場に緊張が走る。
 時間が、流れる。
 やがて。
「それは……レナさんのことが、ずっと好きだったからです……好きです。レナさん」
 ヘボイは顔を上げ、レナの顔を真っ直ぐに見つめてそう告げた。
 だが。
「……ごめんなさい」
 レナが、こちらに向かって頭を下げる。
 ヘボイは、大きく息を吐き、肩を落とした。
 気まずい沈黙。
 そこへ。
「ちょっと待って下さい!ヘボイさんが、こんな格好になったのは、全部レナさんのためで、とにかく花を手に入れたり、花にキスされたり、大変だったんです」
「そうだぞ!マッスル仮面★と遭遇して、クイズやトラップをくぐり抜けて、巨大な獅子と対決したり、それはもう凄かったんだぜ!」
 アイラスとオーマが、ここぞとばかりに必死で援護射撃をする。
 しかし、慌てている所為か、さっぱり意味が分からない内容になってしまった。そんな二人を見て、レナは目を丸くする。
「……そ、そうなんですか?……ええと、何ていうかその……そういうことじゃなくて、私が謝ったのは、私が嘘をついていたからなんです」
「……嘘?」
 ヘボイが、声を上げた。
「あの……私がね、ヘボイ君の名前を知っていたのは、有名とか、そういうんじゃなくて……ずっとあなたを見てたからなの」
「――え?」
「ヘボイ君ね、ちょっとドジだけど、近所のお年寄りの面倒見てあげたり、道に咲いてた花を、人に踏まれないように移動させたり、鳥のヒナを巣に返してあげたり……そういうこといっぱいしてて、ああ、優しい人なんだなって、ずっと気になってたの」
「じゃ、じゃあ……」
 ヘボイの表情が、一転して明るくなる。
 レナは、深呼吸をしてから、ゆっくりとこう言った。
「私も、あなたのことが好きです」



「結局、最初から両想いだったんですね」
「ああ。アイツの日頃の行いが良かったんだな」
 ヘボイとレナの二人と別れた後、アイラスとオーマは再び『黒山羊亭』に来ていた。
「あと、足りなかったのは自信と勇気ってところかしら」
 エスメラルダが話に加わってくる。
「とにかく、今回の依頼は大成功ってことだな!」
 豪快に笑うオーマに、アイラスが冷たい視線を送る。
「今日はオーマさんの奢りですからね」
「え?何でだよ」
「『何でだよ』じゃないですよ。結果としては良かったものの、オーマさんの所為で、どれだけ無茶苦茶になったと思ってるんですか?僕の疲労も含め」
「い、いや……結局は腹黒親父マッスルパワー★で何とかなったじゃねぇか。結果オーライ心もマッスル!」
「うふふ。そのお話、詳しく聞かせてよ」


 こうして、エスメラルダも交え、三人は朝まで盛り上がることとなる。


 後日、ヘボイとレナが一緒に花屋を始めたという話を噂で聞いた。
 店名は『The Flower To You』――『あなたに花を』。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1953/オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【1649/アイラス・サーリアス(あいらす・さーりあす)/男性/19歳/フィズィクル・アディプト】

※発注順

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

再びの発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

納期ギリギリでのお届けになってしまいました……お待たせ致しました。

今回は、ストーリー的に前回のような別視点での描写が難しいと判断したので(そんなこといってる割には、別視点での場面切り替えが頻繁に行われていますが(汗))、オーマ・シュヴァルツさま、アイラス・サーリアスさま共に、同じ内容となっております。お許し下さい。

相関データを拝見すると、お二人は『親友』ということで、『マッスル仮面★』は流石に簡単に見抜けるでしょうけど、オーマさんの隠し能力まで知っているというのは無理があるかな……と思いつつ、勝手に知っていることにしてしまいました……もし問題でしたら本当に申し訳ありません……

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。