<東京怪談ノベル(シングル)>


それはきっととても平和な(?)昼下がり

「夢と幻想の世界」
そう称されるこの世界の名は「聖獣界ソーン」。
数多の異世界の住人が、夢と現実の狭間で出会う世界。


 そんな「聖獣界ソーン」の中心地、王都エルザード。
その裾に広がる城下町の一角に別名、腹黒同盟なるものの本拠地とあだ名されるシュヴァルツ総合病院があった。
その病棟の最奥。院長用の書斎の壁面に作られた隠し部屋。窓もなく、ぼんやりとランタンの灯がともるその部屋で、一人の男が不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふふ、これぞ苦節三ヶ月、今世紀最大にして最高の傑作! スペシャルグレィトでマッチョ☆な素敵最終兵器がついに完成っ! だな」
 眼前にあるものを眺め、ご満悦の様子なのはこの病院の主、オーマ・シュヴァルツだ。

 彼の前にずらりと立ち並ぶのは高さ2メートルほどの像数体。いずれも筋骨隆々たる逞しい男性の像だ。東洋で俗に「仁王像」と呼ばれる類の像、数は10体前後。
 いずれも全身に漆が塗られているらしく、ランタンの明かりに照らされて重厚な光沢を持った茶色を放っている。
 さらに言うなら各々、その顔も表情も違い、見事なポージングをを決めている。
 薄闇の中でぼんやりと見えるその様は壮観と言うべきか、……もしくは異様と言うべきか。
 

 好みが極端に分かれるところだろうこの像、オーマにとっては十分満足に足る出来栄えだった。
「こいつらを病院の入り口にずらっと並べてやりゃ、この殺風景な病院もバッチリビューチホーなホスピタルに大変身☆ このエルザード、いやソーン中の患者に愛を与えてくれるに違いねぇっ」


 ことの始まりは数ヶ月前。偶然通りすがった市場で見つけたのが木彫の道具一式。
 それを売っていた行商人は、偶然通りがかったオーマを半ば強引に捕まえて、
「いいか、彫刻はな、一刀一刀自分の魂を込めて入れてくんだ。これを見よ! 魂のこもった像はこんなにも美しくなれるのだ!! どうだにぃちゃん、かわねぇかい?」
と暑苦しいほどの熱弁を交えながらこう言ったのだ。

 面倒だなと普段なら思ったかもしれない。しかし、行商人は彼に一体何を見出したのか、あまりにも熱心に勧めてくる。
 豪快な性格ではあるが、同時に人情家でもある彼はついつい、行商人の熱意、というか強引さに押されてしまったらしい。
 そんなわけで彼はその場で道具一式に素体となる木材を買ってきてしまったわけで。


 それからというもの、日々仕事と称して書斎に篭り、病院のスタッフたちに隠れ、コツコツと一体ずつ丁寧に作り続けていた。
 最初はあくまで息抜きというか、暇つぶしのつもりだったのだが……、
「一体一体自分の手で掘らなきゃ魂がはいらねぇんだっけか?」

 いざ作業を始めるとついついのめり込んでしまったらしく、気付けば、完成した像は1体のはずが10に手が届くかどうか、というところ。
 そして、心血注いで作り上げている内に、折角完成した像たちをこんな薄暗い隠し部屋に押し込めておくのはもったいない、どうせなら患者たちや訪問者にそう思わずにはいられなくなってしまったのだ。

 そうして思いついたのがこのマッチョ像たちを病院の玄関に並べ、オブジェとすることだった。
 病院の台車を拝借してそれに乗せ、病院の玄関へと運び出す。途中すれ違う看護婦が、
「院長は一体何を始めたんだ?」
と言わんばかりの表情で振り返る。
 そんなことはお構い無しに彼は全ての像を玄関へと移動させ、そして廊下の両脇にそれぞれ配置した。

 通路の両脇に立ち並ぶ仁王像。その光景はどこか、東洋の寺院を思わせるはずなのだが、どことなく通り難い空気が漂っているのは気のせいだろうか?
 しかし、当のオーマにはむしろそれがすばらしい光景と思われた。仁王像の回廊をぐるっと往復し、「うむ」と一言。オーマは納得の息をつく。
 そして、まさに「一仕事終えた」という満足げな表情で奥へと戻っていったのだった。

 
 ……しかし、このとき彼はすっかり忘れていたのだろう。
 なぜ、この像たちを作り上げる間、わざわざ隠し部屋に隠してまで作業しなくてはならなかったかを。


 その数時間後。悲劇は前触れもなくやってくる。
 彼の頭の中から綺麗さっぱり取り除かれていた、最愛にして最大最強の脅威が外出から戻ってきたのだ。
 そして、数刻ともたずようやく日の目を見た像たちは跡形もなく破壊され、瓦礫へと変わった。

 オーマもまた家計の一部を着服したという面目の元、地獄の一丁目を垣間見ることと相成ったわけである。

− FIN −