<東京怪談ノベル(シングル)>


●医療のススメ


 シュヴァルツ総合病院――聖都エルザードは天使の広場に聳え立つ大病院である。
 そして、病院内を徘徊する巨漢――彼こそがこの病院の開設者、オーマ・シュヴァルツであった。

「先生、探しましたよ!」
 背後からの声と共に駆けて来る看護婦。だるそうに振り向くオーマ。
「ああん、何だよ、折角これから桃色ウハウハ休憩タ〜イム!だったってのによ?」
「済みません、でも、どうにも手に負えない患者さんが‥‥」
「何処よ!」
 患者、の言葉を聞いた瞬間、オーマの顔つきが医者の顔に変わる。医療にとって、『手に負えない』と言うことは、即ち死を意味する可能性が高い。

「イテテッ!この藪医者、麻酔使えって言ってんだろうが!こっちは痛ぇんだよ!」
 診療室では鉱員と思われる筋肉質な男が喚いていた。その丸太のような腕の付け根、脇の前鋸筋がサックリと裂け、シャツに血の染みを作っていた。恐らく削った岩の破片が跳ね返ってきたのであろう。
「‥‥‥手に負えない患者ってのは、コイツか?」
 引き波のように感情が引いていくオーマ。最悪を想定していただけに、興奮の代わりに理不尽な感情が込み上げて来た。
「はい、場所が場所ですから麻酔なんか使わない方がいいって言っても聞かなくて‥‥」
「そうか、解った‥‥おい、酒もってこい」

 男を診ていた医者に指示を出し、代わりに椅子に腰を下ろした。
「傷口を見せてみろ」
「何なんだよアンタ‥‥いきなり現れて‥‥」
 オーマが現れた途端に萎縮する男。無理も無い。目の前に自分より強く、無理を通せそうに無い相手が現れたのだから。それも、友好的とは言いがたい雰囲気を伴って。生き物としての本能が、逆らう事を選択肢から弾く。問答無用にオーマは男の着ていたシャツを剥ぎ取った。
「へぇ、中々いいマッスルじゃねぇか、ああ、これなら麻酔はしない方が良いな」
「へ、でも、俺としては痛いわけで‥‥」

「お酒をお持ちしました」
 若い医師が戻ってきた。手には蒸留酒が入った瓶が抱えられている。
「おう、御苦労さん、まあ一杯やれ‥‥ってのは冗談としてだ」
 酒を受け取り患者の男に向き直るオーマ。そして、徐に酒を口に含み、勢い良く男の傷口目掛けて吹き付けた。
「だああぁぁぁあああぁ!!」
 傷口に酒が染みて悲鳴を上げる男。
「ガタガタ抜かすんじゃねぇ!男だろうが!」 
 オーマの一喝。その剣幕に周囲は我を忘れて硬直する。
 傷口をしっかり閉じ、神業の如き速度で縫合、包帯で固定する。

「まだ、痛いか?」
「へ?」
 オーマの問いかけと共に、次々と我に返って来る一同。まずは患者の男、ついで若い医者、看護婦‥‥‥。
「まだ痛いかって聞いてるんだ」
「え、え〜あ〜‥‥まあ、それほどは‥‥」
 狐にでも抓まれた様な顔つきの男。当然ながら、鎮痛処置は殆ど施していない。にもかかわらず、痛みが余り無いというのは、即ち、『痛い』と言う思い込みが多分にあるということに他ならなかった。
「その様子じゃあ大した痛みじゃ無さそうだな。まあ、傷の痛みってのは結構意識しないと感じねぇからな。最初が痛かったからって、何時までもイテェイテェ言ってると、本当に何時までたってもかわらねぇ。‥‥説教はこの位にして、だ。良いか、ここはな、腕を動かす神経が集中してるんだ。イテェからって迂闊に麻酔なんか使ってたら、その腕、唯の飾りモンになってたぜ?」
 実際、麻酔と言うものは神経を鈍らせ、或は伝播を遮断する物である。それに副作用や残留の影響を考えずに安易に利用するとなれば、取り返しの付かない事態に追い込まれることさえままあるのだ。
「はぁ‥‥そうだったんすか‥‥結構バックリ行ってたんでパニクってたみたいっす。どうもすんませんっした」
「薬は確かに治療する為にあるんだがよ、それに頼り切ってっとかえって悪い結果になるもんだ。ま、程ほどにって奴だな。薬ばっか使ってっと金も余計に掛かるしな。使わねぇで済むんならそれに越した事はねぇんだよ」
 すっかりしおらしくなった男に優しく諭しかけるオーマ。そして、ニヤリと笑って続ける。
「ま、いつでも来いや。酒と患者はいつでも大歓迎だぜ?」
「はい、今日はありがとうございました!」
 最初に会った時とは打って変って体育会系らしく礼をして帰って行く男。


「んじゃ、予定を元ん戻して休憩すっか。あんまり手間は掛けさせんなよ?」
 ボリボリと頭をかいて、またフラリと診療室を出るオーマ。

「やれやれ、ちぃっとばかしマジんなっちまった‥‥。らしくなかったかよ?」

 誰にとも無く呟くオーマ。だが、その表情は、医師としての一仕事をやり遂げた快心の顔であった。



 了





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ライターより

此度は発注ありがとうございました、ライター、九十九陽炎です。
全てを此方に任せてくださると言う光栄なお仕事でございまして、設定の『医者』と言う立場で、少々真面目なオーマ様を書かせて頂きました。
少々イロモノ分が足りなかったかもしれませんが‥‥(苦笑)
『絶対不殺』と『命を大切にする』と言う面で、医師としては真面目なのだろうな、と解釈をして書かせて頂きました。
このような作風ですが、気に入って頂ければ幸いです。
それでは、これにて失礼いたします‥‥。