<東京怪談ノベル(シングル)>


すくーたー

●異世界の乗り物
 聖都エルザードのほぼ中央付近に、アルマ通りという場所がある。
 城にもほど近く、治安も悪くないおかげか、さまざまな店がこの通りには並び、いつも活気に満ちあふれていた。
 賑わいでいる通りを歩いていくと、その一角に小さな店があるのに気付くだろう。
 入り口の扉に掛けられた看板代わりの店主の姿を模した人形と、通りに面した窓に並ぶ品の良い雑貨達。
 扉を開ければ、少し埃が混じる独特の香りと、数々の珍しい品が迎え入れてくれることだろう。
 アルマ通りのシェリルの店。
 この世界に迷い込んでくる、あらゆる不思議な品々が売られていると噂されており、刺激を求める人々が絶えず訪れるという。
 群雲・蓮花(むらくも・れんか)が店に訪れた時も、冒険者達の何人かが店主であるシェリル・ロックウッドと歓談をしている最中だった。
 どうやら彼らは洞窟への探検からの帰りのようだ。
 それぞれの手に握られた革袋の中には、その戦利品が入れられているのだろう。
 自慢気に語る彼らを横目に、蓮花はゆっくりと店内を見渡していった。

「ん?」
 ふと、店の一番奥の作業場に、見慣れた乗り物が置いてあるのに気がついた。
 少し古いタイプのスクーターである。
 ぽっちゃりとした形をしており、全体的に煤けているものの、見た感じではどこも悪いところはなさそうだ。
「これって動くのかなぁ」
 キーが差しっぱなしであることに気付き、蓮花は興味半分でブレーキを握りしめ、始動ボタンを押した。
 キュルキュルと乾いた音がするものの、エンジンは動く気配はない。
 無理も無い、よく見ると、ガソリンのメーターが「E」の文字を完全に振り切っている。
 動かすエネルギーが無ければ、動くはずもないだろう。
「んー……とはいっても、この世界にオイルなんて、そうそう無いだろうしなぁ」
「あ、来てたんだ。いらっしゃい」
 ひょいと棚の影からシェリルが顔を覗かせた。両手に抱えていた箱をスクーターの側にある机に置き、何やら金属の筒を取り出した。
 不思議そうに眺めている蓮花に、シェリルはにこりと微笑みながら言った。
「これ? ゴーレムの動力に使う液体だよ。この機械の動力に使えるんじゃないかなぁと思って、ちょっともらってきたの」
「ゴーレムって……エルザード城に保管されてる、あのゴーレム?」
「うん、それ。今、コロシアムが閉鎖されてるでしょ。おかげで、用意しておいた燃料が余ってるらしくってね……先日、これを見つけた時に、お願いしておいたの。ようやく手に入ったから、動作の点検作業が出来るわ」
 固く閉められた蓋を開け、シェリルは謎の液体をオイルタンクに注いでいく。
「さて、と。これで動くかな……。ね、蓮花はこれの動かし方知ってる?」
「う、うん」
 蓮花は再び始動ボタンを押した。今度は軽快なエンジン音と共に、排気口から勢い良く煙が出始めた。
「うっ……、筒の中の掃除忘れてた……!」
「い、一端切るね!」
 蓮花は慌ててエンジンを止める。再び静寂が戻った店内に、ゆっくりと煙が漂っていく。
「……とりあえず外に持っていこうか」
「そうだね……」

●すくーたーに乗ってどこまでも
 トトト……と軽やかなエンジン音がアルマ通りに響き渡った。
 聞き慣れない音に気付き、人々は興味深げにシェリルの店に視線を向ける。
 皆の注目を浴びながら、蓮花は軽くアクセルをいれた。
 ゆっくりと円を描くように、スクーターはシェリルの周りを回り始める。
「思ったより、早く動く乗り物なのね」
「そうね、多分、本気を出せば馬車なんかあっという間に追い越せるんじゃないかしら」
「へぇ……馬より早い乗り物かぁ。異世界にはこんなのもあるのね」
 噂話には聞いてはいたが、実際に目にするのとでは印象がずいぶん違うのだろう。
 とりあえず掃除はしてみたものの、使い方がいまいち分からないでいたシェリルは、巧みに操る蓮花を尊敬のまなざしで見つめていた。
「ね、ちょっと遠くまで走ってみていい?」
「いいよ。ああ、そうだ……その乗り物に乗る時って、ヘルムみたいなものを被らなくちゃだめなんでしょ。ちょっと待ってて」
 恐らくヘルメットのことなのだろう。妙な知識だけは手に入れているようだ。
 程なくしてシェリルが持ってきたものは、意外にもシンプルなジェットヘルメットだった。
「はい、一緒についてたのをちょっと直したの。帯のところの金具が外れてたけど、ベルトで代用してあるから大丈夫だよね?」
 あごを支えるベルト部分が皮ベルトに変えられている。
 付け心地にはさしたる影響もなさそうなので、問題はないだろう。
「それじゃ、行ってくるね」
 蓮花はぐっとハンドルをひねった。途端、エンジン音が高くなり、スクーターの速度が一気に加速した。
「す、すごい……」
 あっという間に小さくなっていくその姿を、シェリルは呆然と眺めるだけであった。
 
●仲間のピンチを救え!
 街の正門を抜けると、道はすぐに舗装されていないあぜ道となる。
 馬車が作ったわだちに注意しながら、蓮花は軽快にスクーターを走らせていく。
 頬に受ける穏やかな春の風と、スクーターが奏でるエンジン音が実に心地よい。
「それにしても、不思議なものね。人だけでなく、こんなものも紛れ込んでくるなんて……」
 シェリルの手によって、多少整備されているものの、このスクーターはずいぶんと使い込まれていた。
 そのおかげか、少しだけブレーキが甘く、ついつい速度が速くなっていってしまう。
 いくつか低い丘を越えていくと、森の向こうに街が見えてくる。水の都アクアーネ村だ。
 さすがに、ここまで来ると帰りが心配だな、と蓮花はスクーターの速度を下げて方向転換をした。

 その時だ。
 一瞬だが、敵の気配がわずかに感じられた。
 方角は、そう。聖都エルザード。
「人が気持ちよく走っているのに、邪魔しようっていうの!?」
 蓮花はフルスロットルでスクーターを走らせる。
 大きな土煙と共に、スクーターは風を斬るように駆け始めた。
 聖都に近づいていく度に気配はどんどん大きくなっていく。
 倒れないよう巧みに操りつつも、蓮花は敵の位置を推測し始める。
「この方角は……まさか!?」
 何とか被害が及ばぬうちに間に合って欲しい。
 そう、心に祈りながら、蓮花はぐっと唇を噛みしめた。
 
 街角から突然飛び出してきた奇妙な乗り物に、街の人々は驚きの声をあげた。
「どいてー!」
 人並みを何とかかわし、蓮花は一気にアルマ通りを駆け抜ける。
 ――この角を曲がればシェリルの店に近い!
 ぐっと左足を軸にして、蓮花はドリフトターンで脇道へ曲がり込んだ。
 狭い階段を器用に駆け上がり、目の前にあった平屋の屋根の上に飛び乗ると、そのまま一気に飛び降りた。
 2階位からの高さとはいえ、思いの外衝撃は弱かった。
 ぐしゃり、とすこし奇妙な柔らかさのある地面に、軽くバランスを崩しながらも、蓮花は何とかシェリルの店の前までたどり着いた。
「シェリル! 大丈夫!?」
 店の前で目を大きく見開いていたシェリルは、蓮花の言葉に小さく反応した。
「び、びっくりした……」
「怪我は無い? 凱皇は?」
 と。辺りを見回すが、肝心の敵の姿が見つからない。
「……あれ。さっきまで気配はあったのに」
「蓮花……さっき踏みつぶしたのが、探してる凱皇だと思うよ……」
 シェリルが指さした先に、何か塊のようなものがぺしゃんこになっていた。
 先程、飛び降りた時に踏みつぶしてしまったようだ。
「あらら……んじゃ、安心ね」
 お互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
 念のために、と蓮花はスクーターを降りて、つぶれた凱皇を剣撃で切り刻んだ。
 崩れゆく敵の姿を見下ろしながら、蓮花はぽつりと呟いた。
「全く、私の友達に手を出そうだなんて、良い度胸してるわね」

「蓮花、有り難う。おかげで命拾いしたわ」
「シェリルに怪我が無くて何よりよ。でも、ちょっと無茶しちゃったから、前輪が少し曲がったみたい」
「まっすぐにすればいいんだよね。大丈夫、すぐ直せるわ」
 言うが早いか、シェリルは金づちで軽快に叩き始める。
「えっ、そ、それはまずいんじゃ……」
「そう? でも、店の中で整備してた時もこんな風に叩いて直したよ」
 けろりとした表情で答えるシェリル。
 ガソリンのことといい……色んな意味で、ソーン仕様になっているようだ。
「で。乗り心地はどう?」
「悪くないわ。でも、ちょっとブレーキが甘いみたい。直し方……はシェリルには難しい、よね」
 そもそもブレーキの概念がシェリルには分からないようだ。
 修理すべき箇所は何となく伝えられるものの、具体的な直し方となると、蓮花も少々怪しい。
「ね、もし良かったら私にもらえない? 一応走れるし、このまま置いておくのも勿体ないでしょ」
 ついでに上手に直せる人も探すから、と蓮花はお願いのポーズを取る。
「そうね……助けてもらったお礼もあるし、いいわ。あげるね」
「そうこなくちゃ!」
「あ。でも……ヘルムは別料金ね。1個銀貨5枚、よろしく」
「……セットじゃないの?」
「うちはセット販売やってないの」
 きっぱりと言い放つシェリル。
 仕方ない、と大きく息を吐き出し、蓮花は懐に手を入れた。
 
 終わり
 
 文章執筆:谷口舞