<東京怪談ノベル(シングル)>


荒んだ孤独と暖かな涙










足を伸ばして辿り着いた村は、既に村では無くなっていた。
此方の方向から来た旅人の話では、此処には小さくとも豊かな村が在ると、そう聞いたのに。目の前に広がるのは踏み荒らされた畑や厩(うまや)、壊された民家だった。まるで、盗賊か何かにでも襲われたような。畑の丸々と太った作物は全て無残に踏み崩され、厩に繋がれている筈の馬達は何処にも居ない。綱は引き千切られていた。自ら逃げ出したのか──其れとも。

「…………何て、……酷い……」

村の入り口に在った、村の名前を掲げた旅人を歓迎する文句の書かれた看板は、留めていた釘が外れて地面に落ちていた。身を屈めて其れを見、話を聞いた旅人から教えてもらった名前と其の村の名前が一致することを確かめて、BeAl2O4──Beは、ゆっくりと立ち上がった。

村の入り口から一番近い民家に入り、家の中を見回す。戸棚に在ったらしいジャムの瓶は床に倒れ、散乱した中身に蟻が群がっていた。皿は割れ、窓ガラスは叩き壊され、カーテンはずたずたに引き裂かれていた。盗賊がやるにしては、酷く手の込んだ壊し様だ。盗賊は無駄な破壊を好まない者が多いと聞いた事が在った。金品を粗方奪ったら、直ぐに立ち去って仕舞うのだと。

「……盗賊……では、無さそう……か」

見分する手付きを止め、ゆるりと腕を組んで考える。だがこの一軒だけ酷く荒らされたのやもしれない──そう考え、Beは其の家を後にし、次の家へと向かった。其の家も又、酷い荒らされ様だった。同じように物と言う物が破壊し尽くされ、まるで獣が暴れた後の様だ。
其の家から出、高くなり始めた陽の光にBeが目を細めていると、視界の端にちらと動く人影が在った。若しかしたら、未だ人が居るのかもしれない。Beは慌てて其の姿を目で追う。

──其れは、酷く汚い身形をした青年だった。否、少年か。遠くて背丈から憶測の年齢を弾き出す事が出来ないが、自分の驚異的な視力で、ぼろぼろのシャツとズボンを着て裸足で歩き回っているということは判った。彼(敢えてこう形容しよう。何故ならば少年か青年か判らないのだから)は出てきたらしい民家をちらりと見、そしてBeの視線に気が付いた。そうして彼は──一目散に逃げ出したのだった。

「…………、あ!」

慌ててBeも其の後を追う。追い掛ける途中、彼が出てきた民家を見ると、先に見た二軒と同じように荒らされていた。加えて、あの逃げ様。総合して、彼がこの一連の破壊行動の犯人である事は、間違え様が無かった。
何故こんな事を。苦しそうな顔で、Beは其れでも追う。Beには酷く気に掛かる事が在った──其れは、あの「彼」が民家から出てきたときの表情だ。酷く悲しそうで、投げ遣りな顔。
────昔の自分を、見ている気分だった。



「……待って、」

彼にようやっと追い付いたのは、村の最後尾に在った小さな厩だった。此処の辺りまでは破壊の手が及んで居ないらしい。だが住人が馬を連れて逃げた後だったのか、厩は微かな獣の匂いを残すのみだった。
彼は厩の隅に蹲(うずくま)り、膝を抱えてがたがたと震えていた。酷く怯えた様子で、餓えた獣のようなぎらぎらとした瞳で──彼が村を破壊して回ったとは思えないほどの、惨めさ。

「何だよ。村人なら逃げたぜ。俺は殺しはしてない」

尖った声で、彼──少年は言った。年の頃なら16、7だろうか。其れほどの少年。

「…………如何して……あんな事、したんだい……?」

静かな声でBeが問う。少年は息を荒げてBeを睨み付けて居たが、理由を問われると急に表情を曇らせ、そして何処か落胆したような声で喋り始めた。酷く、落ち込んでいる様だった。

「……幸せそうで、憎かった。壊して遣りたかったんだ──滅茶苦茶に。俺は、俺は孤独なのに──」

嗚呼、矢張り──少年の言い分を聞いて、Beは緩く考えを侍らせる。昔の自分を見ているようだ。まるで、彼と自分の間に、見えない過去を映す鏡が在るかのような。一つの村を破壊にまで追い込んだ程の、彼の孤独と寂しさ。其れは計り知れない物なのだろう。そして自分は知っている──そんな時に触れる優しさが、どんなにか救いになる事に。其れはまるで垂らされた蜘蛛の糸。

インサイト──自分の能力。心と過去をほんの少し覗く事が出来る其れ。使って触れるのは、形容すら出来無いほどの少年の孤独。荒みきった。乾ききった。渇望しているのは溢れんばかりの愛情だろうか?

「……キミの哀しさと憎しみは…、……俺の過去よりも、深く広いみたいだね」

気付けばBeは涙を流していた。重ね合わせる自分の過去と相手の過去。得た傷は深いけれど、血が固まれば傷は治る。だから、血を流した侭にしておく必要なんて、無い。
少年にBeは手を差し伸べる。救ってあげたい。

「……今度は、俺が助ける番なんだ、きっと」

其れは、心からの言葉。




■■ 荒んだ孤独と暖かな涙・了 ■■