<東京怪談ノベル(シングル)>


『お嬢様をお助けせよ!』



「ん?地震か?」
 黒い髪の毛、小麦色の肌にがっしりとした逞しい筋肉の持ち主であり、天使の広場にある原黒同盟本拠地兼・シュヴァルツ総合病院(もどき)を住処にしているオーマ・シュヴァルツは、己の体に大地の震えを感じ、普段バイトをしている薬草店でもらった薬草を急いで壷にしまった。
「でかいぞ!?」
 地響きはさらに大きくなり、壷を棚に戻そうとしたオーマの体は揺れでよろめきそうになった。大事な家族と患者達を守らないと!そう思ったとき、病院の入り口からメキメキと音がし、爆発のような音が聞こえたかと思うと、舞う土煙の中、どどどどどっと重々しい足音が聞こえ、やがて入り口に肌色の壁…いや、上半身裸で赤、緑、白、黒といった様々な腰布を巻いたそれはそれは逞しい筋肉のアニキ達が整列していた。
「おぅ、何だってんだい、お前ら。ここを尋ねて来るのはいいが、入り口を壊さないでくれねぇか?」
 ドアが外れ、まわりの壁にヒビが入った病院の入り口付近に視線を漂わせながら、オーマがアニキ達に言い聞かせる。
「これは失礼を。我等の無礼、心よりお詫び申す。しかし、我々は急ぎの用あってここへ参った。この病院の主、オーマ・シュヴァルツ殿は貴殿か?」
 黒い腰巻を巻いたアニキの一人が、オーマに話し掛けてくる。
「あぁ、そうだ。俺がそのオーマさ」
 ふふーんと、オーマが胸を張って答えて見せた。
「オーマ殿、折り入って相談がある。実は我々の屋敷の主のお嬢様が、謎の病により伏せてしまわれたのだ。近くの診療所を手当たり次第に当たったのだが、原因がわからず、治療は無理とのこと。しかし、その中で我々は、凄腕の医師であるオーマ殿の話を入手したのだ。何でも、過去数々の者達を救い、また冒険者としての名声も高いと。オーマ殿、是非力を貸して頂きたい!」
 オーマよりも高い、巨大な上半身をオーマへと下げ、アニキ達がオーマに深々と頭を下げてくる。
「なるほどな、急患ってワケだ。そいつは放っておけねぇな。よしきた、すぐにその屋敷とやらへ案内してくれ!」
 その外見からはなかなか想像がつかないが、世話好きで面倒見の良い性格のオーマは、医療用具と薬草数種類をバッグに詰め込むと、家族達に外出する事を伝える。
「ではオーマ様、屋敷まで我々がご案内いたします。さあ、どうぞこの椅子にお座り下さい」
 赤い腰布をつけたアニキが、木で出来た椅子を手で示す。
「この椅子は何だ?」
 オーマの視線の先にあるその椅子は、脚がない代わりに、椅子の角に横向きの棒が取り付けられていた。オーマがその椅子に座ると、椅子の角についている棒をアニキ達が持ち、オーマを乗せたまま椅子は持ち上げられ、アニキ達はそのまま外へと歩き出した。
「なるほど、こうやって運ぶんだな。まるでどこかの国の国王のようだな」
「大切なお医者様ですから、丁重にお迎えするようにと、主に言い聞かされましたので!」
 かくして、天使の広場にいる人々の視線をいろいろな意味で釘付けにし、アニキ達の筋肉の一団は、足音とワッセ、ワッセと野太いかけ声を響かせながら、広場を抜けてアルマ通りにある屋敷へと風のように流れこんだのであった。



「へえ、ここがおめぇらのお屋敷かい。なかなか立派じゃねぇか。このあたりでも、かなりでけぇ屋敷だしよ」
 オーマは椅子から降りて、その屋敷の大きさに感嘆する。黒い門を開けて中に入ると、黄金色のマッチョ兄貴像が、恥らったような表情で手に抱えた壷から水を流している噴水があり、そのさらに奥には屋敷へと通じる石畳の道があり、その横には怒り、笑い、悲しみ、と言った様々な表情をしたアニキの像が道に沿って鎮座していた。
「この像のモデルはいるのか?」
 オーマがそばにある笑ったアニキ像を指差し、すぐ前を歩いている黒い腰布のアニキに尋ねた。
「さよう。この像は、代々の主のモチーフとして作られている。一番手前にある、イタズラな笑みを浮かべた像が、今の主である」
「ふぅん、こんなに代々家が続いているとはな、てぇしたもんだ」
 どの像の顔も、同じように見える気がしないでもないとオーマは思ったが、それは口にしないでおいた。
「んで、お嬢様はどんな状態なんだ?」
「それは、屋敷の執事が直接お話致します」
 赤い腰布のアニキが、心配そうな表情でオーマに返事をする。
「ふぅむ。しかし謎の病とはな。俺が今まで見た事がある病だといいが」
 やがて屋敷が近づいてきた。
「黒腰布とその他3名、オーマ・シュヴァルツ殿をお連れいたしました!」
 空気にビリビリ響く声で、黒腰布のアニキが叫ぶ。
「おぃ、その黒腰布ってのはお前の名前なのか?」
 名前に疑問を持ったオーマが、小さな声で黒い腰布のアニキに尋ねる。
「さよう。我々のこの腰布の色は、役職ごとに色が違う。ちなみに、私のこの黒は、外への用事を司るアニキ隊の中ではもっとも身分が高い」
 少しだけ得意げな顔で、黒い腰布のアニキが答えた。
「色によって役職が違うとはな。お前はこん中で一番えらいってわけだ」
 オーマがそう言った瞬間、入り口の扉が重々しい音を響かせて開いた。
「よくぞお越しくださいました、オーマ様。さあ、どうぞお入りください」
 優しい笑顔を浮かべた、20代ぐらいの青年が、オーマを屋敷に中へと案内する。
「突然お呼びしてしまって申し訳ありません。私はこの屋敷の執事でございます」
 にこやかに笑顔を浮かべるその青年の体は、きちんとした執事の服を着ており、あまり筋肉があるようには見えない。
「お前は外の兄貴達と違うみてぇだな」
「私は執事ですから、一応この服を。しかし、脱いだら凄いとよく言われますがね」
 キラーンと、白い歯を見せ青年がオーマに笑顔を返す。
「まぁ、それはいいけどな。早いとこ、お嬢様を診てやりてぇんだが」
「はい。早速、お嬢様の部屋にご案内いたします」
 執事に案内され、オーマは屋敷の階段を上がり、2階の奥にある部屋に通された。執事がノックをし、その部屋のドア開き中へ入ると、部屋の中央に白いカーテンのついたベッドが置かれていた。
「お嬢様、お医者様を連れて来ましたよ」
「お医者…様?」
 ベットのカーテンを開けると、茶色の髪の毛をくるりと縦ロールにし、赤いリボンにピンクのレースを着た、一瞬本当に女の子なのか、と思うほどに逞しい肉体を持ち、胸は岩のように厚く、熊や馬などの動物も片手で持ち上げられるのではないかと思うような太い腕を持った女性が、シーツの中から顔を出した。
「お前がお嬢様か。とても病人には見えねぇ…ってのは冗談だが、具合はどうだい?俺はオーマ・シュヴァルツっていう、天使の広場で医者やってるもんだ。ずっと病に伏せているお嬢さんの事を聞いてな、駆けつけてきたってわけだ」
「お医者様?そうなの、あたしの事を診に着てくれたのね」
「あぁ、そうだ。それで、早速だが、何時頃からこんなになっちまったんだ?症状はどんな感じなのか教えてくれないか」
 優しい口調で、オーマが語りかける。
「1週間ぐらい前。私お庭で花を摘んでいたわ。その時、お庭に珍しい花が咲いていたの。七色の花びらをつけた、見た事もないような花で。それを摘もうとしたら、急に体がだるくなってしまったの。それ以来ずっと、体が言う事を聞かなくて、ほとんど自分では身動きが出来なくなってしまったわ」
 娘の目に、小さな涙が浮かぶ。
「その花怪しいな。七色の花なんて、普通はありえねぇだろ?俺の推測だが、お嬢さんの病気は、呪いの類かもしれねぇ」
「呪い!?」
 オーマのすぐ後ろにいた執事と、娘の声が見事にハモる。
「あぁ、俺ももう長い事この仕事をやっているけどな。たまにいるのさ、憎んだ相手にわからないように呪いをかけて病気のように見せ掛け、最後には命を奪ってしまう輩がな。なぁお嬢さん、何か恨まれる様な事をした覚えはないかい?隠さないで素直に話した方がいいぜ?それがお嬢さんの為だ」
「お嬢様…」
 今にも倒れてしまいそうなほどに顔を青くし、執事の青年が娘に顔を覗き込む。娘はしばらくシーツで顔を隠し、ふるふると震えていたようであったが、やがて顔を出し、オーマに答えた。
「実は、私10日ほど前に、外へこっそりと散歩に出たの。だって、あまりにも外が賑やかでいい天気で。お父様もお母様も、マッチョ隊か執事が一緒でなければ外に出てはないけないと口を酸っぱくして言うわ。でも、私どうしても一人で外を歩いてみたくて」
「お嬢様!何て事を!」
 執事が声を張り上げたのを、オーマがなだめる。
「まぁまぁ、お嬢様だってたまには一人で出掛けたいものさ。それよりも、今は病気を治す事が先決だろ?さ、お嬢さん、話を続けてくれ」
 こくりと頷き、娘が話を続けた。
「その時、そばを通りかかった女が私に行ったわ『何よアイツ、あれでも女?あれじゃ女ミノタウルス、いやマンモスね』私、それ聞いて悔しくてその女に手を出してしまったわ。女が助けを求めて町の男達が私を止めようとしたけど、それってばまるで子供みたいな力しかないんだもの、私気づいたら全員倒してしまったのっ」
「あのなお嬢さん、相手に喧嘩売られたのはわかるが、それはやりすぎってもんじゃないのか?」
「だって悔しかったんだもの。キー!!!」
「わかったわかった。俺が何とかしてやるから、静まってくれ。その女ってのはどこにいたんだ?そのあたりに住んでいるのかもしれねぇだろ、教えてくれ」



 オーマは怪しまれないようにと、一人で娘に言われた場所へとやってきた。
「確か、このあたりだって言ってたな」
 アルマ通りの一角にあるパン屋、女はそのパン屋の前で娘をバカにしたと言われた。しかし、そのパン屋を覗いても特に怪しい所はなく、これは厄介な事になるかな、とオーマは思った。
「ちょっとうちに何か用なの」
 鋭い声が、オーマの後ろからかけられる。オーマが振り向くと、そこには屋敷の娘と同じ、いやそれ以上に大柄で発達した筋肉の体をピクピクとさせ、銀髪の髪を後ろで一まとめにし、緑のドレスを着た、またしてもこれで女か、と疑問になるような女性が立っており、オーマを睨み付けていた。
「あまりこのあたりをかぎまわってると、呪いをかけてやるよ!」
「呪いだと?あのな娘さん、そんな物騒なものを持ち出してはいけねぇぜ?俺は人探しをしてるんだ。とある屋敷の娘が呪いで病気になっちまってよぉ。呪いを解いてやりてぇんだが」
「屋敷の娘?あんたもしかして、あの筋肉の屋敷から来たっていうの?」
 驚いた表情で、娘がオーマを見つめる。
「そういう名前なのか、あそこは。確かに筋肉だらけだが」
「言っとくけど、娘の呪いは解かないよ!」
 娘がオーマから一歩下がって睨む。
「お前が呪いをかけたのか。おい、呪いを解いてやってくれねぇか?あの娘さん、苦しんでいるんだ」
「いやよ!あの女は苦しめばいいのさ。そうよ、あんなヤツなんて」
「何か事情があるみてぇだな?娘に殴られたからか?その事なら、お嬢さんにきつく注意しておくからよ」
「それもあるわ。でも違う。あたしはそんな事で呪いをかけたりなんかしない」
 肩を震わせている娘を見て、オーマはにやりとした笑…ではなく、優しい笑顔を浮かべて娘に言う。
「いいのかねぇ、そこで強情張ってよぉ。俺これでも医者なんだ、薬草の知識は豊富なんだぜ?もちろん毒草のこともな。俺は依頼された以上は、お嬢さんを助けてやらねばならない。あんたの食事にこっそりと毒草を混ぜる事だって簡単なんだぜ?」
 今度はにやりとした笑みで、娘を見つめる。娘はそれを本気と信じたのか、顔を伏せがちにして口を開く。おそらく、脳まで筋肉なのだろうと、オーマは思った。
「あの娘の筋肉が羨ましかったの!女としてのあの体、しかもあいつはあたしと違って大金持ちで大事にされて!かたやあたしときたら、こんな小さなパン屋で朝から晩まで働かされて。いつも外からアイツの暮らしぶりを見ていたわ。羨ましくて仕方がなかった。だから」
「嫉妬心からお嬢さんをバカにした挙句に、返り討ちにあったからって呪いをかけたってわけだな?」
 涙を滲ませながら、娘は頷いた。
「けどな、よく考えろ?お前とあの娘を誰かが比較して、お前の方が劣っているって言われたのか?そうじゃねぇだろ?」
「それは、そうだけど」
「だったら、何も嘆く事はねぇだろうが。お前にはお前の魅力ってもんがあるだろ?確かにお嬢さんはすげぇ金持ちだし、召使も沢山いるけどよ、自由に外歩けなくて不自由な思いしてんだぜ?誰にでも、劣等感ってもんはある。そうだろ?」
 娘は、顔を上げてオーマを見つめた。
「お前のその筋肉は俺にはお嬢さんよりも立派に見えるぜ?な、もうわかっただろう。誰が一番とかって事はねぇのさ。さ、早く呪いを解いてやってくれよ、呪いなんて物騒なもんだ、そんな事してたら、自分の人生までおかしくなるぜ?」
 しばらく娘は黙っていたが、やがて涙をドレスで拭くと、巨大な音を立てて鼻をかみ、にっこりと笑顔を浮かべた。
「あんたの言うとおりだよ!誰が一番なんて、決められるもんじゃないからね!あんたいい男だよ、おかげで心が晴れたみたいだわ!呪いは解くよ、そしてあたしの魅力をもっと世の中に知らしめてみせるのさ!」
 色々言ってみるものだな、脳まで筋肉女だから説得も簡単だったと、爽やかな笑顔の奥にオーマは、心の中では勝利の邪笑を浮かべていた。



 その後、オーマが屋敷に戻ると、屋敷の娘が笑顔で飛び出して来て、オーマがいいと言っているのにも関わらず、娘がオーマに抱きついて強烈、かつ濃い接吻を浴びせた。
 オーマは屋敷の者達から、貴重なのかガラクタなのかわからないが、人間の頭ぐらいの大きさの黄金で出来た「幸運を呼ぶ腰布アニキ像」を礼としてもらい、再びアニキ達の運ぶ椅子に乗り、我が家である病院まで戻ってきた。
「このアニキ像、バラバラにして金ののべ棒にすりゃ、いい金になるかもしれねぇな」
 屋敷のアニキ達の姿が見えなくなってから、オーマはそう呟いた。
「しかし、女の嫉妬ってのはこえぇよな。俺の大事な娘達が、あんな嫉妬の強い女にならねぇように、きちんと育てねぇと」
 黄金のアニキ像を見つめながら、オーマは心からそう思うのであった。(終)



◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 発注有難うございます!新人ライターの朝霧青海です。
一見見るとマジメ、けどよく見ると変、な物語を描かせて頂きました♪ノベルの内容はお任せくださる、という事でしたので、しつこいと思われるほどマッチョアニキ&マッチョガールを登場させてみました(笑)
 オーマさんの優しさと腹黒さをところどころに表現させるのが、楽しくもあり、難しくもありました。ソーンでの執筆はこれが初めてですので、世界観を把握する為に色々と調べているうちに、納期いっぱいの納品となってしまいましたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、今回は有難うございました!