<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


世界の果てのはて


Prolouge

 紅蓮の炎が天をも焦がすかの如く燃え盛る。大地を埋め尽くすのは、幾多もの折り重なった骸の山と、そこから流れ出る赤い血漿。
「お、おのれぇ‥‥っ!」
 男が一人、最期の力を振り絞って立ち上がる。そのまま手にした剣を振り下ろそうとしたのを、その影――銀髪の少年はただ嘲笑うかのように唇を歪め、そして。
 グショリ。
 肉のへしゃげる音。
 小さな腕が伸ばした先は男の胸。その手刀は、身体を容易く貫いて背中から覗いている。
 飛び散る鮮血の雨を浴びながら、少年は、ただ、唇を笑みの形に刻む。
「‥‥他愛ない」
 そのまま興味なさげに男の身体を打ち捨て、ゆっくりと骸の山に腰掛ける。
 そして、ぼんやりと中天を見上げる。漆黒の闇空の中、白い三日月がまるで悪魔の笑みのように輝いている。
「さーて、次の街では少しは楽しめるかな‥‥」
 血にまみれた身体をそのままに、少年は銀の瞳を妖しく光らせた。

 一つの街が一夜にして炎の中に消えた。
 その報はすぐさま傭兵ギルドへと届けられ、ギルドの長であるウォッカは人手を募るべく酒場へと依頼を出した。


Chapter.1【死を招くモノ】

 一歩足を踏み込んだ途端、その場に立ち込める死臭に誰もが顔を顰めた。
 普段殆ど表情を変えないBeAI2O4(びーいー・えーあーるつー・おーふぉー)ですら、思わず眉根を寄せる程の死に満ちた匂い。
「酷い、ね‥‥」
 ポツリと呟いた一言が、無情に大気へと消える。
「以前の比じゃねえな」
 シグルマの視線が周囲を見渡し、ただ一言告げる。
 大地を埋めるのは、崩壊された瓦礫の山。かつての生活の様式は、無残にも跡形もない。所々にこびり付いたどす黒い汚れは明らかに血と思しきもの。
 そして――夥しい数の骸の山、山、山‥‥‥‥。
「一夜にして街が滅びましたか‥‥。たいしたことなのでしょうね」
 軽く溜息をつくアイラス・サーリアス。
 彼にとって目の前の惨状は、どこか他人事のように感じている。自身は、ただ依頼によってここに赴いただけ、と。
 そう何でもない風を装いつつも、やはり内心では多少の焦りもあった。
「やはり‥‥『あの子』なのでしょうね〜」
「おそらくな」
 過去に起きた二度の事件。
 そのどちらでも顔を合わせているシグルマが端的に答えると、アイラスはしょうがないといった感じに肩を落とした。
「殺したくない、などと言ってはいられないでしょうね。さすがに今度ばかりは」
 眼前に起きた惨劇。
 普通の人間ならば目を覆わんばかりの死者の数。重なり合い、或いは手足の一部が千切れ、もしくは無残に押し潰されて、血漿の海に破片だけが浮かぶ。
 時折彼らを照らす灯りは、いまだ建物を包む灼熱の炎。闇夜を焦がす勢いで天にまで伸びるその様相は、あたかも竜の姿を模しているようで、ソル・K・レオンハートは思わず見惚れてしまった。
 が、次の瞬間。
 彼は腰に差した長刀の一差しに手をかけた。
「‥‥‥‥来るぞ」
 かつて殺し屋だった経験からか、十代という若さにも関わらず、殺気を読む術に長けている。その深紅の瞳を瞬かせながら、少年は静かに殺気の元を視界に捉える。
 同じように向き直ったイルディライが、ザッと地面を踏み締めて他の者達より一歩前に出る。
「詳しい事情は知らねえが、ヤツを倒しゃあいいんだな?」
「ああ」
 問いに答えたのはシグルマ。
 緊張が一気に高まる。
 以前の時は腕の一本をへし折ったが、おそらく回復はしてるだろう。
「前と同じなら身体の方は子供並だから、脆いっちゃあ脆いんだろうが‥‥」
「可能性は低いでしょうね。仮にも『神の骨』と呼ばれるモノを埋め込まれた子供です。間違いではあっても、その力は強大でしたから」
 以前の事件を思い出し、アイラスは僅かに眼鏡の位置を調整する。
「‥‥強化、されて‥‥いる?」
「おそらくな」
 掌にゆっくりと電気を集中させるBe。時折バチリと火花を飛ばしながら、打ち出す機会を待つ。
 やがて、炎の壁の向こうに一筋の影が見え、ゆっくりと歪み始めると――唐突に脳裏に声が響いた。
「‥‥くっくっく、少しは楽しませてくれよ」
「来るぞッ!」
 ほぼ同時に、ソルが一気に飛び出す。それに追随するように、Beの手から雷にも似た光が大気を走った。
 炎より姿を見せたモノ。
 雷と、乱れ刃がそれに触れた瞬間、空間が歪曲し――――爆発を誘導した。

 轟く爆音。
 それが戦いの火蓋を切った。


Chapter.2【修羅、そして羅刹】

 刀と見紛うばかりの包丁。それが彼、イルディライの持つ武器。
 料理人としてその身を窶し、だが、その実力は普通の傭兵などとは群を抜いている。振り下ろされた刀は襲い来る炎すらもその切っ先で二つに裂いた。
 が、如何せんその力はあくまでも剣術であるもの。
 その無尽蔵に蠢く超常とも言うべき力――『魔力』とシグルマは呼んでいたが、果たしてそれが正解なのかどうかすら未だ不明だ――の前に、防ごうとするにも限界がある。
 放たれた光は一瞬の間に黒き炎へと転じ、全てを飲みこもうと灼熱の舌をちらつかせる。
「無駄だ‥‥」
 薄ら笑う子供。いっそ残忍なまでの笑み。
「くっ、駄目か」
「イルディライさん、伏せて下さい!」
 背後からの声。
 咄嗟に身をかわすと、替わって飛び出したのはアイラスの姿。全身を覆う魔力により、己の耐久力を極限まで高めている。
 が、それさえも相手の放った炎とはほぼ互角。
 むしろ余裕すら感じられる態度には、明らかに相手の方が余力があると感じられた。それでも今は突き進むまでだ。
「全力でいきます」
 構えた拳を叩き付ける、と同時に回し蹴りを顔面にヒットさせた。
 衝撃音があたりに響き、その小さな身体が吹き飛ばされる。ふう、と一旦息を吐くアイラス。
「大丈夫か?」
「ええ、これぐらいは‥‥でも、向こうはまだまだ、みたいですよ」
 イルディライが駆け寄ると、アイラスは困った笑みのまま立ち上がる。そのままもう一度視線を相手に向ければ、そこにはまるでダメージのない少年がいた。
 ヒットの瞬間、確かに手応えを感じたはずだ。
 だが、現実にはその身体に傷一つない。
「厄介な障壁ですね」
 ポツリと呟いた言葉は、突如放たれた電気の波動にかき消された。
 大気に満ちる雷の亀裂が迸り、相手の周りを囲む。それは明らかにBeの計画された攻撃。
「これで‥‥終わらせる、よ‥‥‥‥」
 挑発的な科白。
 淡々とした口調がなおいっそう冷ややかで。
 だが、相手もまた同じく挑発するように笑みを浮かべる。
「この程度でか? やってみるがいい」
 子供らしからぬ厳かな口調。
 或いはそれは、内なる『神』の言葉なのだろうか。
「じゃあ‥‥やるね」
 一言。
 呟いた瞬間、檻の形を形成していた電気が一気に少年を襲った。バチバチと反発する魔力同士が火花を散らす。が、今度ばかりは相手が織り成す障壁すら突き抜けて、大爆発を起こした。
 突如、獣のような悲鳴が轟く。
 立ちこめる土煙。じっと見守る中、ホッと息をつくBe。
「やった‥‥‥‥?」
「いや、まだだ!」
 飛び出したのはシグルマ。その手にするのは、魔を封じる剣。土煙の中に突入すると、感じる殺気を頼りにその姿を追う。
「致命傷を与えても油断するな! 奴は普通ではない!!」
 その叫びに呼応するかのように、一気に土煙が晴れた。眼前に立つ少年は、多量の血を流しながら、なおも不気味な笑みを浮かべている。
 そして、シグルマの見ている目の前で少年の流れた血が、そのまま生き物のように動き始めた。
「ッ!? く、やらせるか!」
 咄嗟にもう一本の腕を伸ばし、血の蛇を叩き落す。
 刹那、火傷のような痛みが走った。その一瞬の隙を逃すことなく、少年が一気に間合いを詰めた。
「なかなか勇猛だな‥‥人、にしては」
 言うが早いが、紅蓮に包まれた身体での体当たりをシグルマは受けた。
「ぐぁぁっ!」
 その炎は魔力によるものなのだろう。決して消えることなく、シグルマの身を焼いていく。それは相手にしても同様である筈なのに、いっこうに気にした様子を見せない。
 が、次の瞬間。
 シグルマが残った二本の腕で少年の身体をしっかりと押さえつけた。
「‥‥なんの真似だ?」
「このまま‥‥やっちまいな」
「なに?」
 背後に感じた気配。
 振り向けば、其処には愛刀『陽炎』を携えたソル。その赤い瞳はただ静かに二人を見ている。
 その意図に気付き、シグルマがコクリと頷く。
「貴様っ?」
「いくらなんでも‥‥首を跳ねられりゃあ終わりだろ?」
 炎の中、ニッと笑う男。
 それを合図に赤髪の少年の剣が動く。
「これで‥‥終わりだ」
 少年の唇が微かに動いて宣告する。
 慌てて逃げようとするも、シグルマの腕力から逃れられるほどの力はない。無理もない。体格で言えば大人と子供ほどの差があるのだから。いくら魔力で強化されたとはいえ、根本の肉体が持つ力までは変わらなかったようだ。
 そして――一閃。
 静かに音もなく、刃は空を突き抜けた。
 やがて‥‥どさりと地面に投げ出されたのは、胴体から切り離された少年の頭。自らが流した血の海の中に彼自身も戻ったようだ。


Chapter.3【力の根源】

 再び、静寂。
 全員がほうっと息をついてその場にしゃがみ込んだ。誰もが傷を負い、満身創痍の状態だ。特にシグルマは敵の攻撃を真っ向から受けていたため、かなりの重傷だった。
 なんとか任務を終えた――誰もがそう思っていた、まさにその時。
「‥‥くっくっく、よもやここまでやるとはな。少々甘く見ていたようだ」
 突如響き渡る声。
「だ、誰です?」
「なんだ今のは?」
「もしや‥‥」
「‥‥‥‥」
「あ、あれっ!?」
 最後に叫んだソルが指差したのは、宙に浮かぶ小さな影。慌てて全員が地面を探すが、ソレはどこにもなかった。
 誰もが、信じられない、といった表情で視線を向けた先には、文字通り生首が宙に浮かんでいるではないか。それも先ほどソルが落としたばかりの少年の頭に。
「馬鹿な‥‥何故、首だけにされて生きてるんだ」
 歯噛みするシグルマ。てっきり首と胴体を分ければ死ぬと考えていたのだ。
 ならば奴を滅ぼす手立てはいったい何なのか?
「せっかく馴染んできた身体だと言うのにな。まあいい、所詮は単なる器だ」
 そう語る生首を見ているうち、キラリと光るものが額にあるのにアイラスが気付く。
「まさか‥‥あれが、『神の骨』?」
 つまり核を為す物――ということは。
「くっくっく、せいぜい生き残ったことを楽しむんだな」
 そう言い終えると、アイラスの言葉も待たずに少年は――首だけだが――は、夜の闇の中へ消えていってしまた。
 残されたのは、かなりの傷を負った冒険者達ばかりだった。


Epilogue

 傷の手当てを受けながら、彼らは依頼者の元へ報告をした。
 告げられたのは、倒すべき相手にトドメが刺せなかった点。このままでは次の犠牲者が出てしまう恐れがある点。
 だが、相手の弱点――契約の核ともいうべき『神の骨』、其処を叩けばきっと召還されたモノが帰還する筈である。そのことが判っただけでも、収穫と呼ぶべきだろう。

 それでも次こそは、と誓う彼らの姿があった。
 中天に浮かぶ月が――妖しく、ニッと笑った気がした。


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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 種族/ クラス】

【0811/イルディライ/男/32歳/人間/料理人】
【0812/シグルマ/男/35歳/多腕族/戦士】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/人/軽戦士】
【2517/ソル・K・レオンハート/男/12歳/火の神の末裔/元殺し屋】
【2575/BeAI2O4/男/17歳/インセクト・パール/エレキ・マジシャン】

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■         ライター通信                    ■
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お待たせいたしました。葉月十一です。
このたびは非常に遅れてしまい、申し訳ありませんでした。諸事情により皆様へお届けするのが大幅に遅くなってしまいました。
今後はこのようなことがないよう努力致します。

何かご意見等ありましたら、テラコンなどからお送り下さい。
それではまた、どこかでお会い出来る事を願って。