<東京怪談ノベル(シングル)>


特製ドリンクの服用はお早めに

●特製ドリンク
 アルミア・エルミナール(2524)は悩んでいた。
 眼前にあるこの物体を、如何に処理しようか。
 捨てるのはたやすい。
 ……だが、捨てれば何が起こるか予測すら起こせない。
 本人に悪いし、何よりまだこの辺りにも人様が捨てた物を失敬する輩は存在する。
 もし、その中の誰かがアルミアが捨てた物を拾い、妙な事が起こってはかなわない。
 自分にも何かしらの非を追われるかもしれないし、製造元であるあの病院にも迷惑がかかる。
「仕方ない。やはり私がどうにかせねばならんか」
 居候先である船の一室にちょこんと置かれた、桃色に輝く小さな箱。
 その中に整然と並ぶ瓶は、どれも固く蓋が閉じられたままだ。
 ソーンでは珍しい、ガラス製で出来たこの瓶には、何やら奇妙な液体が詰められていた。
 液体といっても、少しゲル状に近く、ビンを傾けるとゆっくりとした流れて液体は揺れ動く。
 送り主本人曰く。
 液体の名称は『キラメキデンジャラス親父特製の栄養ドリンク☆
〜一口飲めば君も貴女も唸るラブボディ火照るプリティ腹筋完全フル装備★〜(謎)』と言うらしい。
「プリティ腹筋……」
 送り主である彼は、聖獣界でもそこそこ名の有る医者だ。肩書きや噂はともかく、腕は良い。
 この飲み物は入院患者にも毎日3回飲ませているものなのだという。
 未だ死者の報告は出ていないが、退院する頃には皆、以前と全く違う風貌に様変わりしているという噂もある。全くの毒薬では無さそうだが、何かしらの副作用は覚悟すべき、と考えるのが普通だろう……噂を信じるのであれば。
 「やはり、試飲に留めておくべきだろうな」
 そう呟きながら、アルミアは瓶の封を開けた。
 途端、漂う甘い香りに気を失いそうになりながらも、一気に中身を飲み干す。
 意外にも爽やかなのど越しと、ゆっくりと広がる優しい甘さに、アルミアはゆっくりと息を吐き出した。
 身体に液体が染み渡るのを感じ、高揚感すら湧いてくる。
「……もう1本位いいか」
 おもむろにそっと手を伸ばす。
 途端、ぐらりと地面が揺れ、目の前が真っ暗になったかと思うと、後頭部に強い衝撃を受け、アルミアはそのまま意識を失った。
 
●暴走の末に
「ん……」
 気がつくと、彼女は広い草原の上に寝転がっていた。
「ここは一体……」
 辺りを見回すと、道なりに下った遠くに見慣れた都市が見える。
 そう、聖都エルザードだ。
 確か……先程までは居候先であった船室にいたはずだ。いつの間にこんな場所まで移動したのだろうか。
 よく見ると、街の方から自分の場所まで大きな穴が転々と続いているのに気付いた。まるで人の足のような形をしており、こちらに向かってきていたようだ。
 不意に肌を撫でる風に気付き、アルミアは己が一糸まとわぬ姿でいる事に気がついた。
「なっ……! 何だと!?」
 追い剥ぎにでも合ったのだろうか? いや、それなら途中で気配に気付いて起きるはずだ。
「参った……これでは身動きが取れないじゃないか」
 とりあえず、近くにあった葉をつなぎ合わせ、衣服のように仕立て上げた。
 蔦をヒモに見立てて縛り上げれば、見てくれは良くは無いが、公衆の面前に肌をさらさずには済む。
 ふと、アルミアは足の裏がひどく汚れているのに気がついた。
 まだ新しい草木や泥がこびりついている。それらはまるで重いものに潰されたようにぺしゃんこになっており、足にしっかりとついていた。
 何気ない動作で払いおとしていたアルミアだったが、その中に青い花びらが混じっているのに気付いた。
「この色は……」
 春の訪れを祝う精霊祭のために用意された花の色と良く似ている。あれは確か……ベルファ通りの川沿いに飾られていたものだ。
 アルミアは再び顔をあげ、エルザードの街を見渡した。
 壁の一部が崩れ落ちている。自然に崩れたものではなく、明らかに何か大きな物がぶつかり、通り抜けたかのようであった。
 足跡はそこから、いや……その奥からも続いており、まっすぐに自分の元へ伸びている。
「まさか……」
 アルミアは傍にあった高い木に飛び上がり、自分がいた場所を見下ろした。
 そこには大きな足跡があった。
 そっと木の上からその形に足を重ねていく。
 
 足跡はぴったりと彼女の足に重なった。
 
●街を駆け抜けたもの
「聞いたかい、昼間に巨人が現れたそうだよ」
「それじゃ、この壁は……そいつの仕業かな」
 天使の広場でそんな噂が広がっていた。
 幸いにも怪我人はおらず、被害といえば街を取り囲む塀の一部と、橋げたの一部が壊れた程度だったため、人々はさしたる興味を寄せていなかった。
 暇をつぶしていた大工達は仕事が増えて喜んでいるし、噂好きの情報屋達はゴシップを仕立て上げるのに大忙しだ。
 情報屋のゴシップに乗って、噂はしばらく続くだろうが、真相を知る者が出る事はないだろう。
 
 彼らの気をこちらに向けないよう、影伝いに走り抜け、アルミアは自室へと戻ろうとし……その足を止めた。
 船の周りに人だかりが出来ていた。人だかりの中央で働いているのは優秀な船員達だ。
 彼らの手によって、船の側面に大きな垂れ幕が掛けられてようとしていた。丁度、アルミアが借りていた部屋があった辺りだ。補修作業のための準備をしているのだろう。
「今は、戻らない方がいいな」
 船の修理はそんなにかからないはずだ。
 今戻ったとしても、家主からはともかく、船員達の質問攻めに遭うのは目にみえている。
 事情を話したところで、あまり理解される内容ではない。
 だとすると、船の修理が終わり、皆の熱が下がるまでは大人しくしておくべきだろう。
「しかし、服をどうすればいいものか……」
 白山羊亭に行けばどうにかなるだろう、とアルミアは踵を返し、アルマ通りへと向かっていった。
 
●真の姿をさらす薬
「まさか、この衣装を着るはめになろうとは……」
 船の修理が終わるまでの数日間。
 住み込みで働くことを条件に、アルミアは白山羊亭の制服を借りることとなった。
 新しい黒髪のウェイトレスに、客達は好奇の視線を向ける。
「仕方ない、数日の辛抱だ」
 木の葉をまとって、雨風をしのぐよりましだ、と心に言い聞かせ、アルミアはテーブルへと品を運んでいく。
「待たせたな、カジカの包み焼きとキノコのキッシュだ」
 と。客の1人が見慣れたビンを手にしているのにアルミアは気付いた。
「そのビン……」
「ああ、これか? さっきあそこにあった病院でもらってきたんだ。元気になれる栄養ドリンクっていうものらしいぜ」
 彼はおもむろにビンの蓋を開け、一気に飲み干した。
「……きたきたきたきたーーっ!」
 突如、声を張り上げさせ、彼は猛獣の姿へと変貌した。
「うわぁああっ!!」
「皆、落ち着け! 大丈夫だ、慌てるな!」
 猛獣の姿におびえる客を制し、アルミアは服に忍ばせていたナイフを手に取る。
 猛獣は一声上げたかと思うと、突如外へ駆け出し、そのまま街の外門へと向かっていった。
「……」
 呆然と見守る一同。
 動けない客の間を通り抜け、ばたばたと揺れる扉を押さえつけながら、アルミアはぽつりと呟いた。
「……なるほど。あれが彼の『力』ということか……」

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 さて。あと11本の処理をどうするべきか。
「……一番は本人に返すことだな」
 そう言ってアルミアはおもむろに作成中のプティングへ、ビンの中身を注ぎ込んでいった。
 
おわり

文章執筆:谷口舞