<PCクエストノベル(2人)>


しあわせを、ひとしずく。 〜コーサ・コーサの遺跡〜


__冒険者一覧__________________________
【1882/倉梯葵/元軍人・科学者】&【ウォッカ/猫】
【1996/ヴェルダ/記録者】
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 暇してるなら、付きあわないか。
 そんな言葉が他者から齎された場合、大抵は該当者にその拒否権はない。
 ましてや、それが己の頭の上がらぬ存在――――俗に云う『強者』からの誘いであった場合、拒否は即ち死を意味する。
 ことになると、倉梯は思う。

ヴェルダ:「どうせここ最近は、暇してばっかりなんだろう。付きあいなさい、面白い所に連れていってあげる……お前も来るな? ウォッカ」
倉梯:「はい。わかりました。仰せの通りに」
ウォッカ:「にゃむ」

 誘われれば、否とは云えないのである。
 それが『弱者』の、辛いところなのである。
 伴われたのは、都の最南。
 コーサ・コーサの遺跡と呼ばれる、修道院跡、であった。

倉梯:「へぇ……名前は聞いたことがあったけど……」

 既に修道院の形も残さない瓦礫の山に、濃い焦げ茶色の蔦が表面を覆い尽くすように這い回っている。遺跡、と呼ばれるに相応しい瓦礫の量だった。
 ただ簡素なだけの修道院では成しえない量の瓦礫である。

ヴェルダ:「この瓦礫の山の真ん中に、ここがまだきちんと修道院だったころから湧き続けてる泉があるらしいんだ。その水に触れると、富と幸福を同時に手に入れることができるという話しがあってね――――」
倉梯:「姐さん、富と幸福が欲しくてここに来たわけ?」

 怪訝そうな顔で問う倉梯に、ヴェルダはにっこりと笑って答える。久しぶりの遠出が嬉しいのか、ウォッカは先ほどから倉梯とヴェルダの足の間をするすると行ったり来たりで楽しそうにしていた。

ヴェルダ:「そんなもの、欲しけりゃとっくに手に入れてるさ」
倉梯:「まったくもって同感だ」

 生い茂った垣を掻き分けながら、ふたりと1匹は瓦礫に近づいていった。遠くの方でかすかに、水の流れる音が聞こえてくる。
 触れるだけで富と幸福を得ることのできる水。
 果たして本当に、そんなものが実在するのだろうかと倉梯は思う。

ヴェルダ:「ああ、そうだ。葵、良くお聞き」
倉梯:「ん?」
ヴェルダ:「さっきの言葉に、嘘はないかい?」

 ふたりして、水音のする方へと足を進めていった。蔦の隙間からのぞいているかつての建造物は、日に当たらないまま白い状態で劣化している。すい、と倉梯が指を滑らせると、乾いた粉が指先に付着した。

倉梯:「さっきのって……同感、ってやつのこと?」
ヴェルダ:「そ」
倉梯:「ん……富はともかく、幸福ってもんは――――幸福じゃないヤツが欲しがるもんだろ」
ヴェルダ:「ふん?」
倉梯:「少なくとも、俺はいまの自分を不幸だとは思わないし」
ヴェルダ:「そうか……それは少し、つまらないな」
倉梯:「――――ッ」

 大仰に落胆した声でヴェルダが呟いた。
 と、その瞬間、倉梯のすぐ背後で、にわかに殺気を滲ませる『何か』の気配があった。
 とっさに身を捻り、倉梯は『殺気』から逸れて体勢を持ち直した――――が。

ヴェルダ:「えいっ★」
倉梯:「――――ッとぉわッ!」

 思わぬ刺客、である。
 立て直した上体を、茶目っ気たっぷりの愛嬌声と共に再び瓦礫にたたきつけられた。

ワーウルフ:「グアアァァァァ――――ッ」
倉梯:「ッ……………!!」

 視界の端で閃光がきらめく。
 その刹那に、倉梯は死を覚悟した。
 しかし。

ワーウルフ:「………………グァ……ゥ……」

 倉梯の予想に反し、閃光は彼に降り降ろされることはなかった。
 あまりに長すぎる『最期までの瞬間』に、倉梯がはっと己の頭頂を見上げると、そこには巨大な白銀の鎌をいまにも振り降ろさんと構え続けている半身半獣――――ワーウルフの姿があったのだった。

倉梯:「なッ…………!?」
ヴェルダ:「あらら。男倉梯、二言は無し――――ってことか」

 少し離れたところから彼らの様子をじっくりと観察しつつ、ヴェルダが頬杖をつきながら倉梯に言葉を投げた。ワーウルフは、鋭い眼差しでしばしのあいだ倉梯を凝視し――――そして、現れたときと同じく風のように、その大鎌を彼の眼前からすっと引く。

ヴェルダ:「コーサの落とし子、と云ってな。富と幸福を願う強欲をとっちめてやるために、ここをずっと護っている神なのだよ。それは」
倉梯:「とっちめるって……神って……姐さん……」
ヴェルダ:「とっちめられなかったということは、葵の心は強欲にすさんではいないと云うことだ。良かったなウォッカ、お前のミルクやり係は、たったいま命を繋いだところだぞ」
ウォッカ:「んなぉー。にゅー」

 己の飼い猫が、日を追うごとにヴェルダの不遜さを身に付けていくのが判る。倉梯は複雑な心中で、すでに敵対心を薄れさせているワーウルフから退いていった。

倉梯:「……こいつ、しゃべれるのかね」
ヴェルダ:「どうだろうね。まがりなりにも、文武と智に長けたコーサの守護神さまだし……人間さまとは言葉を交してやらない、とでも考えているんじゃないのかい」
倉梯:「でも、さっきグルグル云ってたぜ。敵愾心あらわにして」
ヴェルダ:「獣は獣に間違いないんだろう。ウォッカだったら、それの言葉も判るんだうけど」

 神を神とも思わぬ、侮蔑行為すれすれの会話である。
 己の名を呼ばれたことに気をよくしたウォッカが、瓦礫の更紗のうえを跳ねるように歩んでいき、のこのことワーウルフの足許に擦り寄りにいった。

ウォッカ:「んーんーんー。にゅおー……」
ワーウルフ:「……………」
倉梯:「――――困ってるのか、あいつ」

 限りなく無防備な……無防備にすぎる小猫が、神の足下でじゃれて戯れている。ワーウルフの足の甲に密集しているごわついた獣毛が何やら気に入った様子で、ウォッカは自らの身体を擦り寄せ、柔らかな腹でたふりと伸し掛かったりして甘えきっていた。
 飼い主の不遜さは、やはり猫にも伝播するのだ。

ヴェルダ:「おやおや、誰だい。あんな甘え方をあの子に教えたやつは」
倉梯:「少なくとも俺ではないはずだ」
ヴェルダ:「……そうか、葵はいつもあんなふうに甘えられて、あんなふうに困っているのか」
倉梯:「姐さん、我が家の家庭内事情をそう簡単に捏造して喜ばないでくれるかな」
ヴェルダ:「幸福なんだろう?」

 ぐ、と言葉に詰まり、倉梯は言葉の応酬を自らで留めてしまう。
 確かに、ウォッカに懐かれ、もじもじと巨体に似合わず照れ困っているワーウルフの姿は、誰かの姿を彷彿とさせないわけでもないと倉梯は心中に思う。
 見ている方が気恥ずかしくなって、何か毒づかずにはいられない気持ちになってくる。

倉梯:「こいつ、本当に神なのか」
ヴェルダ:「肉体の強靱さと精神の強靱さは、必ずしも比例するわけではないというごく判りやすい例なのだろう。反面教師だ、葵。良く見ておけよ」
倉梯:「痛いほどに良くわかりました」
ウォッカ:「にゃおむ?」

 しばしの間、それでも微笑ましい『獣同士の懐きあい』をふたりして観察している。
 そして、ふと視線を飛ばしたさきに、倉梯は滾々と湧き出る清水の井戸を発見し、何度か目を瞬かせた。
 触れるだけで、富と幸福の得られる水。
 もしもそれが真実なのだとしたら、自分よりももっとずっと、それに触れるに値する人物が、いまの彼にはそばにいる。

倉梯:「……なあ、あんた。あの水、少し貰っていってもいいか」
ワーウルフ:「………………」
倉梯:「触って幸せになろうなんて思っちゃいないから」
ワーウルフ:「………………」
倉梯:「コーサの落とし子が小猫に懐かれてたじたじになってたなんて、外で吹聴して回らないさ」
ワーウルフ:「………………」

 沈黙を、了承の意と強引に受け取る。
 倉梯はジャケットのポケットに入っていたごく小さなガラスの瓶のふたを開け、中に満たされていたシーバス・リーガルをぐいっと飲み干して空にした。

ヴェルダ:「あ! 葵、あんたそんなもの隠しもってたなんて!」
倉梯:「幸福の水は、幸福の水で代償を払うのが正当だろう?」

 瓶の口を清水の湧き出る場所にあて、そっと静かに――――その中身を満たしていった。
 なんとなく、己の手指が水に触れてはいけないような気がした。触れることが幸福を左右すると信じていたからではない。小瓶の中に満たす清水の、そしてその小瓶を与えたいと願う少女の静謐さを、穢してしまうような気がしたからだった。
 ワーウルフは彼の仕草を、ただじっと見つめ続けている。

倉梯:「……ありがとな。この水は、俺がこの世で1番大切な『女』に、プレゼントするよ」

 ワーウルフの足に絡みついて離れないウォッカを無理無理に引きはがし、ふたりは遺跡を後にした。
 ウォッカはしばらくの間、ワーウルフ(の足)を恋しがってふり返りながら哀しげに泣いていたが、数刻も歩を進めるうちに遊び疲れ、倉梯の手の中で眠ってしまう。

ヴェルダ:「葵、お前その情熱を、自分の女のために向けるべきだと思わないか」
倉梯:「生憎、いままでは自分のことに構う余裕が無かったもんで」
ヴェルダ:「良い意味でも悪い意味でも、……お前はこれからだね……」

 西の空が橙に染まりはじめている。
 倉梯はポケットの中に瓶の感触を感じながら、それを手渡したときの『彼女』の様子を思い描き、橙を仰いだ。

(了)

■□■今までのご愛顧、本当にありがとうございました。 森田桃子■□■