<ホワイトデー・恋人達の物語2005>


Which do you like?

「もうすぐホワイトデーか……」
 街中を歩きつつ一人溜息をつく青年は、店に飾られているお返し用のプレゼントの数々に視線を向けた。
「どうすっかな……」
 貰ったチョコレートのお返しをする気はある。だが、女の子の喜ぶ物というのが……わかるようなわからないような……。
「んー……」
 店に入っていろいろ手にとってみるが……何を基準に選べば良いのか。
「あーっ!わかんねぇ!」
 はあぁ……と大きな溜息をついて店を出ようとした、とそのとき。
「そこのお兄さん。お困りのようですね」
 ぽん、と肩を叩かれたので振り返ってみると、そこには笑顔の店員の姿があった。
「もしよろしかったらお手伝いしますよ?お返しって選ぶの大変ですよね」

「おぅ、手伝って貰えんなら助かるな」
ポンポンと肩を叩かれて振り向いたケイシスは、店員の申し出に元気の良い笑みをうかべた。
「髪飾りだのぬいぐるみだのは前に贈った事があるから何か別のもんが良いと思ってんだけどよ、他に女が喜びそうなもんがどんなんだか俺にはよく解んねぇからな……。何か女が欲しがりそうな可愛いものって置いてるか?」
「はい!もちろんです」
 店員はケイシスの話を聞いて任せてください!とぐっと拳を握った。
「繊細な彫刻を施されたガラス細工、花の絵柄がかわいい万年筆、恋人の写真を入れておけるロケットペンダントなどいろいろそろっていますよ」
あちらこちらを指さして言う店員の姿にケイシスはなるほどと頷いた。任せてくれというだけあって確かにいろんなものがそろってるんだな、と。
「あ、あとこんなのもありますよ。初心者でも安心!バイオリンセット楽譜付きです」
 いろいろと品名をあげて説明していく店員に、適当に相づちを打ちつつそれを聞いていたケイシスであったが……バイオリンセット、と聞いてぴくりと動きを止めた。
「バイオリンセット……?」
「はい!初心者でもすぐに弾けるようになると噂のバイオリンセットです。外見をお洒落に作ってあるので女性の方に人気があり、弾くのに慣れてくると……」
「それだけは勘弁してくれっ!!俺はまだ死にたくねぇっ!」
「……え?」
 説明の途中であったにも関わらず慌てて声をあげたケイシスの真剣な姿に、店員はびっくりしたのと理由がわからないのとで目をまるくした。
「死にたくない……?」
 どういうことですか、と目で問っている店員にケイシスは深い溜息をついてから口を開いた。
「あいつ歌が好きだから渡したら喜ぶかもしれねぇけど……万一楽器弾いてる時に歌でも歌われたら俺の命に関わる……」
「……はぁ……」
 とても遠くをみつめているような目をしているケイシスの姿に、店員はいまいち理由を理解できなかったが……とりあえず歌われないものがいいらしいと判断すると、なんとなくこれ以上聞いてはいけないような気がして話を変えることにした。
「あ、申し遅れました。わたしはリッツと言います。今の時期はホワイトデーのお返しに何をあげたらいいかわからない人の手助けを担当してます」
「へぇ……ああ、俺はケイシスだ。こっちが焔」
「こん」
 リッツがケイシスに名前を言うと、そういえばとケイシスは肩に乗っていた焔の頭をなでながら自分も名前を告げた。
「よろしくお願いします、ケイシスさん。ところで彼女さんのお好きな色や好みの物を教えていただけますか?」
 早速された質問にケイシスは少し考えた後、辺りを見回して探していたものをみつけると、ちょうどこれぐらいの色だぜ、と近くにあったピンクのテディベアを掴んでリッツに言った。
「好きな色っつーかイメージ色はピンクだぜ。髪がこの色だからな」
「へぇ……素敵ですね。ではイメージ色はピンク、と。では好みの物はご存知ですか?」
 桜色の髪なんて羨ましいなぁ……と思いつつ、リッツは次の質問をケイシスへと投げかけた。
 リッツの次の問いかけにケイシスは、それならはっきりしてるぜ、とテディベアを手にして示しながら答えた。
「あいつは可愛いものが好きだぜ。前にでっけぇクマのぬいぐるみを買ったし……ああ!その前に猫のぬいぐるみを買ったな」
 アルマ通りのショッピングスクエアを歩いていたときのことを思い出し、ケイシスは苦笑をうかべた。ショーウィンドウに飾られたかわいい物をみつける度に嬉しそうな声をあげていた恋人の姿、その度に増えていった荷物の多さ……半端じゃなかったな、と。
「なるほど……」
 ケイシスの言葉を聞いて頷いたリッツは、胸の前で腕を組んで考え出した。
「髪飾りやぬいぐるみ以外、楽器不可、ピンクのイメージでかわいいもの好き……」
 ケイシスから教えてもらった情報を元に考えを進めていったリッツは、しばらくした後、何か良い物が思い当たったのかポンと手を打った。
「あれならいいかも……ケイシスさん、ついてきてください」
「? ああ」
 ケイシスの返事が聞こえるとリッツはこちらです、と言って先を歩きだした。
 リッツの後を歩きながら周りの物を見ていたケイシスは、ガラスケースの側を通りかかったときに中の物にちらりと視線を向けた。女の子が好みそうなかわいいネックレスやペンダント、ブレスレットが並んでいる。
「あいつが好きそうなもんがいっぱいならんでるな……アレなんか好きそうだし」
 そんなケイシスに気付いたのかリッツはそこで足を止めるとガラスケースを振り返った。
「アレというのはこれのことですか?」
 にこりと笑顔をうかべてあるネックレスを指差したリッツに、ケイシスはそれだと頷いた。
「ふふふ、このネックレスは人気があるようですね。こないだ長い黒髪の、白い竜を連れた方がホワイトデーのお返しに、と買っていかれたんですよ。これとは色違いのものですが」
「へぇ……」
 長い黒髪の白い竜をつれた人、そこまで聞いてケイシスはある人物の顔を思いうかべたが……まさかあいつがホワイトデーのお返しをわざわざ選びにくるはずないよな、という考えに至ると軽く返事をした。
 ケイシスの興味がガラスケース内に無いのを見てとったリッツは、では行きましょうかと声をかけると再び歩き出した。

 ガラスケースのあるところから少し歩いた後、リッツは目的の物を見つけると足を止めた。そして、棚から目的の物を手に取るとケイシスに差し出した。
「可愛いものがお好きなんですよね?では……こちらはいかがでしょうか?」
 リッツが棚から手に取った物、それは薄いピンクのガラスで作られた宝石箱であった。大きさはリッツの手の平二つ分ぐらいで、表面と側面のガラスには綺麗な貝や珊瑚が彫刻されており、蓋を開けてみると蓋の内側部分に鏡がついていて、指輪を入れるためのホルダーとネックレスやペンダントをいれるためのしきりがついていた。
「二人の思い出を大切にしまえる箱、と言うといいかもしれません。ケイシスさんは彼女さんにアクセサリーを買ってあげたりしますよね?」
「おぅ、今までにいろいろ買ったな」
 かわいいものに目が無く、いろいろ買っていた彼女の姿を思い出してケイシスの顔に自然と笑みがうかんだ。自分が買ってあげたものよりも彼女が自分で買ったもののほうが多いに違いない、と。
「ふふふ、羨ましい限りですね」
 ケイシスの表情を見てリッツはくすりと笑った。ケイシスの表情がどれだけ幸せかということを物語っていたので。
「ちなみにこの宝石箱にはオルゴールがついているんです。箱を裏に返してみてください」
 ケイシスはリッツに言われた通りに宝石箱を裏返してみると、そこには金色に塗られた小さなネジがついていた。
「箱を開けると鳴ります。ネジを巻いてみてください」
「ああ。こんな感じか?」
 何回かネジを回してからリッツに確認しつつ、ケイシスは宝石箱の蓋を開けてみる。すると……何の曲だかわからなかったが、明るくて可愛い感じの曲が流れだした。
「この曲は歌詞の無い曲なので歌いようがありません。それを考慮して、いかがですか?」
 ケイシスの内心を察知したのかリッツはそんな注をつけ、それから問いかけてみた。
「……それならいいかもしれねぇな。よし、これに決めるぜ」
 しばらく考え込んでいたケイシスであったが……宝石箱は女が欲しがりそうな可愛いものだし、オルゴールがついてても歌われる心配は無さそうだと結論づけると、決めるのは早かった。
 ケイシスの言葉を聞くとリッツはにこりと微笑んだ。
「わかりました、ありがとうございます。ではラッピングをしてきますね。ご希望の包装の仕方、包装紙の色などご指定ありますか?」
 包装について訊かれたケイシスは少し考えを巡らせると、壊れにくいのが一番だよなと結論を出し、次に可愛いもの好きな彼女に合わせた包装がいいよな、と二つ目の結論を出し、
「そうだな……壊れにくくかわいい感じで頼むぜ」
そう言ってにっと笑顔をうかべた。
「ふふふ、了解しました。ではそこの椅子に座って少々お待ちください」
 リッツは宝石箱をしっかり持って近くの椅子を示すと、ラッピングをするために店の奥へと入っていった。

「お待たせしました。このような感じでいかがでしょうか?」
 しばらくして、ピンクの花模様の紙で包装された、赤いリボンがかかっている箱を手にリッツが奥から現れた。
「宝石箱が動かないように、またちょっとした衝撃にも耐えられるように包装しましたので縦にしても横にしても持ち歩くなら安全です」
 ケイシスに包装を見せてこれでいいか確認をとると、リッツは一緒に持ってきていた紙の手提げに包みを入れ、ケイシスへと手渡した。
「わかった、ありがとな」
 リッツから紙の手提げを受け取ると、ケイシスは満足げに笑みをうかべた。
 用事が終わりケイシスが店を出ると、リッツは店の入り口で笑顔をうかべ、ぺこんとお辞儀をした。
「これからもお幸せに。ありがとうございました!」
 ケイシスの後姿が人に紛れて見えなくなったのを確認すると、リッツは満足そうな笑顔をうかべて店へと入っていった。
 ちなみにこれは後日談なのだが……歌詞の無い歌でも歌は歌えるじゃねぇか……とケイシスが気がつかされたのは、彼女の手に宝石箱が渡り、オルゴールが曲を奏で始め、曲に合わせてある意味超人的な彼女の歌声が添えられたそのときだったそうである。
 ホワイトデーに手渡されるその宝石箱には思い出の品が大切にしまわれるのだろう。二人の思い出という宝物を記憶という名の宝石箱にしまうのと同じように、そっと。
 桜色の髪を持つ少女に手渡されるまでの残り数日……宝石箱は静かにそのときを待つのであった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1217/ケイシス・パール/男性/18歳/退魔師見習い】
【NPC/リッツ/女性/18歳/雑貨屋店員】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 はじめまして、こんにちは!月波龍です。
 ケイシスさんが選んだお返しの贈り物を気にいっていただけるといいなぁと思っています。
 ご依頼ありがとうございました!また機会がありましたらよろしくお願いします。