<東京怪談ノベル(シングル)>


■ 新規参入物語 ■ 

ライター:有馬秋人


深夜に徘徊していたのは何も趣味というわけではない。いや、この男の趣味が深夜徘徊だったとしても、誰も疑問に思わず相手の数多い趣味の一つとして記憶のどこかに仕舞うだけだろうと思われるが、現状として、彼の趣味に深夜徘徊は含まれていなかった。
夜ということを多少は考慮しているのかフンフンと口ずさむ声は彼にしては小声。時おり混じる「マーッチョ、マーッチョッ」という科白すら控えめだ。何かしらの吉事でもあったのかと思わせるリズムだが、彼にとってはこれがスタンダード。
そんな彼、オーマ・シュヴァルツは現在口ずさむのはそのままに、地面に横たわっている相手と目を合わせていてた。
ご丁寧にしゃがんでいるあたり、気遣いなのかもしれなかったが助け起こそうとしないのは謎だ。
「………」
相手はただオーマを見上げている。これで気絶でもしていようものなら問答無用で彼の溢れんばかり、否、溢れてだだ漏れ状態の愛が命ずるままにお持ち帰りしたのち、徹底看護強制入院専用個室有、状態に持ち込んだのだろうがいかんせん相手の意識が障害だった。さすがに起きている相手の意志を確認せずに、お持ち帰りはできない。これで言葉を交わし少しでも助けて欲しいという意味合いが含まれていたのなら問題はなかっただろうが、相手は話しかけたオーマに答えず、ただ見ているだけだったのだ。
ならばその意志を汲み取ろうと同じように見詰め合うこと数時間、状況は悪化もしなければ好転もしていない。オーマにとってこの程度の見詰め合いはなんでもないが、これほど自分と見詰め合ってくれる相手にあったのは珍しいと内心、非常に上機嫌だった。奥さんですらオーマの見詰め合いに付き合ってくれない。愛を行動と示せば暑苦しいと言われ、言葉にしようものならああそうと素気無く返され、どことなく寂しい昨今。いや愛しているからこそ寂しいのであって、けしてオーマと妻の仲が冷えているわけではない。
「そろそろ俺のうっふん視線に魅了悩殺どきどき済☆じゃねぇか。このラブな腹黒筋に締められたいだろ。 今ならお前個人部屋広さ内装自由自在プラスお好みの格好の俺が徹底看護サービス付きだぜ」
突っ込みどころというか、まず通訳が欲しいと思わせる科白にも相手は微動だにせずオーマを見つめていた。見たところ目だった外傷はない。
「それとも何かっ、この俺の濃厚な親父愛に満ち満ちた桃色筋肉手料理を食いたいかっ」
消化不良で吐くほど食わせてやるぞ、と笑うがこれにも無反応。どうやら空腹で倒れているというわけでもないようだ。ここまで無反応だっといっそ清々しい、これはやはり問答無用でお持ち帰りのちイロモノ腹黒に染めてしまおうとあっさり決断したタイミングで、相手の口が開いた。
「持病のようなものだ。踏まずに通り過ぎてもらえたらいい」
どこかぎこちないしゃべり口調にオーマは眉を潜める。
「ん〜? おらちっとばかり黙ってろ」
相手の反応を待たずに顎に手をかけ、開かせる。外郭をなぞるように触診したあと単に暫く声を出す、という行為をしていなかっただけだと理解した。暫くとはいってもせいぜい数時間から一日、オーマに話しかけるまでこの青年は何も言っていなかった計算だ。
「医者か?」
「おう。腹黒イロモノゴッド親父ドクターだ」
オーマがニヤリと笑うと相手は少し目を丸くした。相変わらずぴくりとも動かない体だが、話しはじめたあたりから表情が豊かにになっていた。徐々に会話が成立し始めていると嬉しくなったオーマはしゃがんだ体勢のままにじり寄る。真上から覗き込むと、相手はオーマの赤い目に一度視線を合わせて、すぐに反らした。
「医者でも道端に落ちている者をみる義務はないだろう? 見て欲しい者は自ら赴く」
「そりゃおまえ、自らが動けるやつの理論だな。この俺の暑苦しきマッスル親父勘が叫んでやがる」
指一本を相手の額すれすれに翳して上機嫌だ。
「動けねぇんだろ。おまえのラブマッスル筋肉レベルは問答無用空前絶後に低下中と見た」
ほーら早く俺の親父愛に一撃ズキュン悶絶アニキ☆ になっちまえ、と唆す口調だ。それが実に楽しそうというか、嬉しそうで、青年は呆れた顔をする。
「放っておけ」
「…野良ウォズみてぇなヤツだな。しかーしこの俺みてぇなゴッドでイケイケなダンディカリスマ★桃色親父の前でんなことがまかり通ると思うな!」
ピシィっと決めポーズと思しき体勢をとったオーマに相手はとうとう破顔した。
「奇妙な方だ」
「けったいな言い方だな。俺は確かに腹黒イロモノ爆烈の親父道師範クラスですげぇが」
「奇妙だよ。だが、面白い方でもある」
「うん? まぁ桃色抱腹絶倒ってぇならいいが」
本当にそれでいいのかと言う声はあいにくどこからもなく、青年もオーマと意志を交わすコツを掴んできたのか流している。
「医者なら診察を頼みたい。この体は時おり感覚が消失する。身動きが取れず、こうして話すほど回復するのにも時間がかかった、見ていただろう?」
「ああ、あの無言悶絶見つめ合い親父愛炸裂タイムのことか」
確かにいくら話しかけても返ってこないため、延々と視線と視線の熱い時間を過ごしたが、とオーマは顎の辺りを擦り回想した。この状態がどのくらいの頻度、どういう条件で起こるのか等を調べる必要があるな、とざっと頭の中で診察プランを組み立てる。
今からできる検査を羅列すると、オーマは相手の体を持ち上げた。目算で青年はオーマより大分低い。別段小柄というわけではなく、オーマが抜きんでて長身なのだ。その肩に担がれ力なくぶら下がるのは不安定で怖いのだろう。僅かに息を飲む声が聞こえたが、それ以上の反応はなかったためそのまま担ぐことにする。
嫌であるなら言葉で否定を示すだろうと、傍に置いていた籠を取り上げ指先に引っ掛ける。そして再び上機嫌のリズムを口ずさみながら歩き始めた。
青年は大人しくその歌を聞いていたが、どうにも疑問が解消できなかったようで、路地から抜ける手前あたりで口を開いた。
「……一つ聞いてもいいだろうか」
「おうよ」
「その格好でどこに行っていたんだ?」
「なぁに、ちっとばかし知り合いんとこに深夜の差し入れをな」
青年を担いだオーマはひらひらのフリルがついた、純白の新妻仕様エプロンをなんの衒いもなく着こなしていた。筋肉質のガッシリとした体が包まれるには甚だ不適切にも思えるが、途惑っている様子はない。
「…そうか」
その格好に違和感がないのがおかしいのか、それを躊躇なく着こなす相手が不思議なのか、そもそも深夜に差し入れってどういう意味だとか、様々な疑問が沸き起こったが、青年は一先ず「新規患者ゲーット★腹黒マーッチョ」と歌い浮かれてスキップを始めたオーマに振り落とされないことを願った。


■参加人物一覧
1953/オーマ・シュヴァルツ
■ライター雑記
お任せコースのご依頼有難う御座いました。
拝見した限りでは戦う場所よりも日常での魅力が非常に強い方だと感じました。ので、新規の患者さんがなかなかいらっしゃらない病院に新しい患者さんをいれてみるのはどうだろう、という形に落ち着きました。この先生は自らせっせと回収している印象だったので(笑)。
少しでも楽しんでいただけますよう願っています。