<PCクエストノベル(1人)>


きぐるみぐるみ〜アーリ神殿〜

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【冒険者一覧】

【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り 】


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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。

 …が、物事全てには須く例外が付き物であり。【彼】にとっての『ゴールデン・ドリーム』が何であるかは、当然の事ながら本人しか与り知らぬ事なのであった。


☆本章
〜ゴールデン・ドリーム!〜

オーマ:「そりゃやっぱ、誰の目も気にせずに好き勝手やって、毎日を面白おかしく暮らす事だろうがよ」
 (当然、オーマの言う『誰の目』とは、不特定多数の事ではなく、約二名の事を指していたが)
 そう言って酒を一口。一口でジョッキの殆どを飲み干してしまったオーマが、ガハハハと豪快に笑い飛ばした。
 ここは聖都エルザードの繁華街、端っこにひっそりと存在する寂れた居酒屋だ。普段は客の姿など滅多に見ないような潰れ掛け寸前の酒屋だが、こうしてオーマが飲みに来る時だけは賑わしい。…他ではお目に掛かれないような、一種異様な雰囲気も同時に漂わせていたが。
オーマ:「飲みたい時に飲め、食いたい時に食う。寝たい時に寝て起きたい時に起き、遊びたい時に遊ぶ。それが、人間の究極の願望っつうもんさ」
 何の話からその話題が出てきたかは定かでは無いが、いつしか店内では、ソーンの冒険者達が求めるゴールデン・ドリームとは何か、と言う話で盛り上がっていたのだ。
客A:「オーマさんが、そんな如何にもな事を言うとは予想外だったなぁ」
オーマ:「何だ、それじゃあ俺なら、どういう事を言いそうだと思ったんだ?」
客B:「そりゃあれでしょ、究極の筋肉を手に入れたいとか、マッスルトレーニング法を極めたいとか…」
 オーマを取り囲んだ常連客が、冗談交じりにそんな事を言っては大笑いする。が、オーマは至極真面目な表情で、チッチッと立てた人差し指を横に振った。
オーマ:「何言ってんだ、てめぇら。究極筋肉の最終形態に世を統べるマッスルトレーニング、それらは夢なんかじゃねぇ、人間としての当然の義務だろうがよ」
客A・B:「…………」
オーマ:「大体お前ら、鍛え方が足りねぇっつうの。何だよ、この貧弱な腕は。こんなんじゃ、腹黒さも親父さもイロモノさも、何一つ満たせねぇじゃねぇか」
客A:「…そ、そう言えばオーマさん。アーリ神殿に行ったんだって?」
客B:「あ、ああ、その話なら俺も小耳に…何でも、ユニコーンに恩を売ってきたとか何とかって…」
 旗色が悪くなった客達は、慌てて話題を変えようとする。あからさまな誘導だったが、オーマは気にも止めなかったようだ。おう、と一つ頷くと酒のおかわりを注文する。その時の話を面白おかしく語って聞かせながら、ふと窓の外へと向けられた視線が、遠く南を見詰めた。
オーマ:『アーリ神殿か…そういや、そんな事もあったっけなぁ…』
 オーマの脳裏に、生命力を分け合った、ある意味で義兄弟とも言える(?)純白の聖獣の姿が思い浮んだ。


〜毒電波!〜

 しこたま飲んでしこたま食い、ついでにしこたま騒いで朝まで居酒屋で過ごし、オーマは満ち足りた気分で店を出た。つい調子に乗って、散財してしまい懐が痛いが、それ以上にこのまま家に帰ったらもっと痛い目に遭わされそうで、自然、帰路に着く筈の歩みも鈍くなると言うもの。清々しい朝の冷たい空気とは裏腹に、諦めと後悔がない交ぜになった大きな大きな溜息を零した、その時だった。
オーマ:「………ん?」
 ふと、何かの気配に気付いて顔を上げる。最初は、何かが助けを求めての心の悲鳴かと思った。だが、息を潜めて気配を探るうち、それは妙な波動の悪電波である事に気付く。まだ深い眠りの中にあるソーンに漂う、可憐且つ華麗な親父筋のパワーを蹴散らせつつ、ドス黒いと言うよりは、どっぷりドス茶色い毒霧を放ちながらそれは聖獣界を侵食していく。オーマの片眉が、ひくりと跳ね上がった。
オーマ:「…何が目的か分からねぇが…イイ度胸してるじゃねぇか…俺様の許しも得ずに、こんなワル筋の気配を垂れ流しするなんざ、三百光年早いっつうの」
 ぱん!と片手の拳を逆の手の平で打ち鳴らす。にやりと浮かんだ凶悪な笑みが、眩しくも爽やかな朝日を跳ね返した。
オーマ:「どこの大胸筋マッチョ悪代官かは知らねぇが、ワル筋如きで親父愛vで充満したイケイケソーンを悩殺できる訳ねぇだろうがよ」
 返り討ちにしてくれるわ!どっちが悪役か分からない笑い声を街中に響かせながら、オーマは漂う毒電波の気配を追って走り出した。
 その背中が妙に生き生きとしていたのは…イロモノ腹筋黒エキス親父愛の名の下に、家に帰らなくても良い口実が出来たから、ではない筈…多分…恐らく…。


 気配を辿って核心に近付けば近付く程、ワル筋隆々の毒電波は、気分が悪くなる程に濃くどろりと撓み出す。エルザードからずっと走り続け、さすがのオーマも多少息が切れ始めた頃、辿り着いたその景色に、オーマの目が丸くなった。
オーマ:「…こりゃあ…よりによって……」
 そこは、巫女と聖獣ユニコーンの聖地、アーリ神殿であった。
 正直、南に向かって走り出した時、この場所が脳裏に浮かばなかった訳ではない。だが、ワル筋繁殖の地として、これほど相応しくない場所もなかろう、と言う事で、早々に目星リストから除外していたのだが。
オーマ:「…つか、やけに静かだな…あのちっこい巫女達はどうしたんだ?」
 ユニコーンが再生した後、オーマを、うるうるの瞳で物陰から覗き見していた、まだ年端も行かないような可憐な少女達。そのオーマは、既に神殿の入り口近くにまで来ている。後一歩、足を踏み出せば敷居を跨げる位置まで迫って来ているのに、前回のように追い返そうと巫女達が出て来る気配もない。
オーマ:「…おかしいぜ……ッ、う!?」
 首を捻ったオーマの全身を、ぞわぞわぞわーっと妙な悪寒が走り抜けた。思わず両手で自分の上腕部を撫で擦る。何事かと辺りをきょろきょろ見回すオーマだったが、神殿の奥からのそりと現われた『それ』を見た途端、さすがのオーマもあまりの衝撃にピキンと凍り付いてしまった。
オーマ:「……何じゃありゃ……」
 それは、有り体に言えば、筋肉隆々の男達であった。男子禁制の神殿なのにどうして、とか、何で褌一丁なんだ、とか、何で筋肉がラメラメに光ってるんだ、とか突っ込みどころは満載だったが。
 ともかく、奴らから、例のワル筋オーラが放たれている事だけは、間違いがなかった。


〜腹黒勝負!〜

オーマ:「早々にラスボスがお出ましとはな…展開が速過ぎるんじゃねぇのか」
ワル筋A:「オレらをワル者だと決め付けるのもどうかと思うぜ」
 ワル筋のひとり、真ん中でひときわ大柄な男が下卑た笑い声を立てた。その耳障りな笑い声には勿論の事、何かの違和感のようなものも感じ、オーマは眉を顰めて口をへの字にした。
オーマ:「お前らがワル者じゃなきゃ、何だっつうの。どこからどう見ても間違ってんのはお前らの方だろうがよ」
ワル筋B:「今はそうかもしれねえが、もしもこの世界をオレ達が支配したらどうなる?」
 にやりと口端を歪めるワル筋に、オーマは訝しげに眉を潜めた。
オーマ:「…どう言う意味だ?」
ワル筋C:「簡単な事さ。歴史とはそう言うモンだろう?オレ達がこの世を支配すれば、全てはオレ達の思うがままだ。つまり、オレ達が正義になるイコール貴様の方がワル者になる、って事だろうがよ」
 げらげらと一斉に大声で笑う男達に、オーマは思わずケッと吐き捨てた。
オーマ:「一応、人並みに頭は回るようだな…何が目的だ」
 聖獣界を支配、と言う事自体は然程珍しいことではない。ただ、大抵は『何の為に』支配するのか、その理由がある筈だ。例えば、酒池肉林を実現したいとか世界の頂点に立ちたいとか、或いは何かの宗教を広めたいとか。
オーマ:「何が目的かは知らねぇが、それ如何によっては見逃す訳にはいかねぇな」
ワル筋B:「見逃せねえ、か…なるほど、大きく出たもんだな」
オーマ:「四の五の煩ぇよ。とっとと白状しやがれ」
 癇症にオーマが急き立てると、ワル筋達はにやにやとアヤしい笑みを浮かべる。ひくり、とオーマの片眉が跳ね上がった途端。ザッ!とワル筋達がそれぞれに動いた。オーマもそれに釣られ、姿勢を低くしていつでも飛び出していける体勢を取る。が、奴らはその場から動くことはなかった。ただ、それぞれ思い思いにポーズを取って静止していた。
オーマ:「………。あのー。もしもし?」
ワル筋C:「見よ!この美しき筋肉の群れを!」
 ワル筋が肘で折り曲げた腕に力を込めると、上腕にむきりと筋肉が盛り上がった。
ワル筋C:「どうだ!ここに、肉体美極まれり!これこそ、究極の人間美と言うものだろう!」
オーマ:「……はぁ」
 思わず間の抜けた返事を返してしまったのは、ワル筋どもの馬鹿馬鹿しさだけではないようだ。
オーマ:「…で?」
ワル筋B:「で?じゃねぇ。簡単に言えば、筋肉美を誇る者こそ、この世界を統べるに相応しいと我々は考えるのだ!この美しき肉体のライン!この造形美を世に知らしめる為に…」
オーマ:「…お前ら、やっぱ間違ってるわ」
 ぼそりと呟いたオーマの声は低く、怒りが僅かに滲んでいるかのようだ。
ワル筋A:「…なんだと?」
オーマ:「だから、お前ら、根本的に勘違いしてるっつうの。確かに、鍛え抜かれた筋肉が描く造形は美しいよ、最高だよ、エクセレントだよ。だがな!お前らのは違う!美しくもなんともねぇじゃねぇかよ!」
 びしっとオーマが指を刺す。ようやく、さっきから感じていた違和感のようなものの正体が分かったのだ。
オーマ:「お前らの筋肉は本物じゃねぇ!ニセモンだ!」
 さっきからオーマが感じていた違和感。それは、ワル筋達が身に纏った肉の鎧。それらの造形の不自然さだったのだ。
オーマ:「筋肉っつうのはな、苦しいトレーニングも乗り越えて、自分で鍛えるからこそ価値があるんだよ!そんな俄仕立ての肉体美なんぞ、何の意味もねぇ!」
 一歩、オーマが足を前へと踏み出す。それにつれて、ワル筋どもは一歩後ずさりした。
オーマ:「…で、どうやってその不細工な筋肉を付けたんだ?ドーピングか?それとも……」
 オーマの言葉が途中で途切れる。ワル筋どもとの距離が縮まったことで、奴らの肉体がより鮮明に見えたのだが。
 筋肉が不細工に見えた訳は、普通ではありえない形に盛り上がったり括れたりしていたからであるが、近くで見ると、それらひとつひとつが、人の姿のように見えたのだ。よくよく目を凝らして見て、オーマはあっと声を上げた。
オーマ:「巫女のお嬢ちゃん達じゃねぇか!」
 なんと、ワル筋達は、巫女を身体ごと己の中に取り込み、身体の表層に貼り付けて筋肉の塊に見せかけていたのだった。


〜○○の正体見たり…〜

オーマ:「お前ら……」
 オーマの眉が潜められ、ワル筋達を頭の天辺から爪先までじっくりと眺め見る。オーマは内心、新手のウォズではないかと疑いを持っていたようだが、奴らからはその気配は漂ってこない。恐らくは、妙な魔術か秘薬でも用いて巫女達を取り込んでいるのだろう。
??:『  タ ス ケ テ ……  』
 ふと、オーマの耳に微かな声が届く。その細く、か弱い声には聴き覚えがある。あの時、この神殿の入り口でオーマの前に立ちはだかり、侵入を拒んだ小柄な巫女の声だ。
オーマ:「…あのコまで取り込まれちまったか……」
 どうりで、こんなむさ苦しい男ども(オーマの事ではない、念の為)が、易々とこの神殿に立ち入っている訳だ。恐らく、止めに入った巫女達を片っ端から取り込んでいったのだろう。ワル筋どもの身体の上で巫女達は、衣までも奇妙な肌色になっている。僅かに蠢いているのは、まだ巫女達に命がある証拠だ。悠長な事してらんねぇな、とオーマが口の中で呟く。
オーマ:「…そう言えば…何か一つ忘れていると思えば……」
 あのユニコーンはどうしたんだ。そう口を開きかけたオーマだったが、ワル筋達の背後から、鬱蒼と現われたそのものを見て、柄にもなくギャー!と叫びそうになった。
オーマ:「な、な、…まさか、…ユニコーンまで!?」
 まさに目が点になりそうなぐらい、オーマはそれを凝視する。不自然極まりない筋肉の付き方、不細工なまでに盛り上がった四肢の筋肉、目許なんぞ筋肉が下から持ち上がり過ぎて、常に下弦の三日月目の奇妙な笑顔に見える。が、それは矢張りどう見ても、納得は行かなかったが、それは筋肉ムキムキの聖獣ユニコーンであった。ヒヒーン!と如何にも馬っぽい嘶きを響かせて前足で宙を掻く。すると、全身の筋肉がモクモクと盛り上がったり痙攣したりと忙しく動く、その様子はまさに筋肉乱舞と言って良い動きではあったのだが。
オーマ:「…なんつーか…やっぱ、バランスってのは必要だって事だな…」
ワル筋A:「何をぶつくさ言ってやがる。観念しやがれ、この聖獣ムキムキムッキンキンユニコーンの前にゃ、何人たりとも立ち塞がらせねぇぜ」
オーマ:「ほほー。そうか。そりゃ頼もしい」
 ワル筋の脅しにも、そしてちょっとそれはどうよなネーミングセンスにもオーマは我関せずと言った感じでのんびりと答える。徐に精神を集中させて精神力を凝り固まらせる。それは在り得ない程に巨大な銃器と化し、オーマに担がれて鈍い光を放った。
オーマ:「んじゃあ、いっちょ試してみるか。俺様とお前らと、どっちが強いか、な」
 にやり。オーマの口端が持ち上がり、悠然たる笑みを向けた。その余裕にさすがのワル筋達(とワル筋アニキユニコーン)は、さすがに怯んで一歩後退りをする。が、それも最早後の祭り、オーマの銃から発射した光り輝く弾丸は、ワル筋どもとユニコーンもどきを飲み込み、溢れる光が強風のように奴らを揺さぶる。そんな奴らから光は筋肉に変えられた巫女達を引き剥がし、中身の、ただの男とただの馬だけを空高く吹き飛ばした。お約束、青空の遥か向こうでキラーンと光瞬き、暑苦しい面々は消えていってしまった。
 オーマの銃から放たれた弾丸は鉛の塊ではなく、オーマの精神力の塊だ。それらは肉体を傷付ける事はない。まぁ、空高く吹っ飛んでしまったから、着地地点によっては多少の怪我を負うかもしれないが。
オーマ:「ま、本当にあいつらが鍛えてりゃ、何の問題もねぇんだけどさ」
 そんな事ある筈ないと分かっていながら、オーマは高らかに笑うのであった。


〜おめざめ〜

 男たちが吹き飛ばされた後、神殿内には取り込まれていた巫女達がまだ気を失ったままそこらじゅうで倒れている。オーマが、見覚えのある少女の身体を抱え起こし、ぺちぺちと軽く柔らかな頬を手の甲で叩いた。
巫女:「ん、…うーん……」
オーマ:「お。気が付いたか?」
 その声に応えるよう、ゆっくりと巫女は瞼を開く。すぐ近くで自分の顔を覗き込んでいるのが男だと気付くと、その表情は悲鳴を上げる直前のように強張る。が、相手がオーマである事に気付くと、その巫女は何とか悲鳴を飲み込んだ。
巫女:「あ、あなたは…」
オーマ:「よ、久し振りだな。元気そうで何よりだ」
 にやっと笑うオーマに、巫女はようやく自分達が助け出された事を知る。周囲の他の巫女達も、少しずつ目覚め始めていた。
巫女:「…また貴方様に助けて頂いたのですね。本当にありがとうございました」
オーマ:「いや、これも星の巡り合わせって奴さ。ところで、何であんな暑苦しい奴らが…?」
巫女:「ええ、数日前でしたでしょうか。いきなりあの方々が神殿にお見えになりまして、ユニコーンの力を分け与えよと無理難題を…勿論、皆さん男性の方でしたので、お引取りを願ったのですが」
オーマ:「そうしたら、中に取り込まれて筋肉にされちまったって訳か」
 オーマがそう言うと、巫女はこくりと頷く。むさ苦しい男どもの身体の一部になっていたかと思うと悪寒が走るのか、巫女達は一斉に寒そうに体を縮こませ、震え始めた。
巫女:「あの方々は、どこか異国の魔術のような術を使うようでした…聞いた事のない呪文を唱えて私達を指差すと、不意に身体がふにゃふにゃになったような感覚を受けたのです。その次目覚めた時には既に…」
オーマ:「筋肉になってたって訳か。そりゃさぞかし気持ち悪かっただろう」
 巫女はこくりと頷き掛けるが、一応は聖獣に遣える聖なる乙女達、暴言は控えるべきなのか、はっきりとは頷かなかったが、その表情は如何にも気分悪そうであった。
オーマ:「…そう言えば、ユニコーンはどうしたんだ?さっきのアニキユニコーンは馬の身体に筋肉を付けてただけだったからな。本物は、どっかに逃げ込んでいるのか?」
 オーマがそう尋ねると、巫女達は今更思い出したか、アッと声を上げて立ち上がり、あたふたとし始めた。
巫女:「そ、そ、そうでした!ユニコーン様!」
オーマ:「ど、どうしたんだ」
巫女:「ユニコーン様は、あの不埒な方々の妙な波動をお受けになって、ご気分が悪いと寝込まれてしまって…」
オーマ:「………。思った以上に繊細だったんだな、あのユニコーン」
 オーマがぼそりと呟くと、さっきまで空ろだった巫女達が、一気にいきり立った。
巫女:「何を仰いますか!ユニコーン様はとっても極め細やかなお心をお持ちですよ!」
オーマ:「あー、はいはい。すみませんでしたっと。…まぁそれはともかく。俺様が診てやるよ」
巫女:「え?」
 きょとんとした目で聞き返す巫女にひらりと手を振り、オーマはすたすたと勝手知ったる何とやらで、ユニコーンがいた神殿の奥へと入っていく。
巫女:「お、お待ちください!」
オーマ:「心配すんなって。悪いようにはしねぇよ」
 何たって俺達は、生命力を分け合った仲だしな?そう言ってオーマはにやりと笑った。


☆終章

 神殿の奥でユニコーンは、四肢を折って座り込み、ぐったりと顎を床に突いて首を支えていた。オーマの存在に気付くと、片目だけ開け、お前か、と言う目でそちらを見る。
オーマ:「随分具合悪そうだな?」
ユニコーン:『……見ての通りだ。これだから人間は……』
 ほっておけば人間への愚痴をつらつらと垂れそうになるユニコーンを手で制し、オーマは苦笑いをした。
オーマ:「ま、お前さんの言いたい事も分かるがな。そんな下らない所が、人間の可愛らしさってもんだろ?」
ユニコーン:『我には人間の考える事なぞ分からぬ。分かりたくもないわ』
オーマ:「ま、そんなもんだろ。…取り敢えず、ここは俺様に任せな。こう見えても俺様の本業は医者なんだぜ」
 最近は、どれが本業なのか、結構微妙ではあるが。それでも、そんなオーマの言葉を信じたか、ユニコーンは好きにしろと言わんばかりの態度で、身体の緊張を解いた。

ユニコーン:『…言葉に偽りはなかったようだな。身体が楽になった』
 立ち上がり、蹄で床を蹴って感覚を確かめながらユニコーンが言う。当たり前だと、オーマが胸を張った。
オーマ:「嘘なんかつくかよ、全く疑り深い…」
ユニコーン:『まぁそう言うな。また助けられたな。礼を言う』
オーマ:「お、素直になったじゃねぇの、前より」
 カカカ、と高笑いをするオーマに、表情は窺い知れぬが、ユニコーンは苦笑いをしたように見えた。
 そんなユニコーンの声が聞こえたか、扉の向こうから数人の巫女が顔を覗かせる。元気になった聖獣の姿を見て悦びに打ち震えているが、それが無言なのは矢張り見知らぬ人(オーマの事だ)がそこに居るからだろう。そんな事には気付かないで、オーマが巫女達に向かって笑い掛ける。
オーマ:「おう、もう大丈夫だぜ」
巫女:「あ、ありがとうございました」
 巫女の集団の中から、一人の巫女が押し出されて前へと歩み出る。この間の時も、他の巫女に促されてオーマの前に進み出た小柄な巫女だ。彼女は多少はオーマの存在に慣れているのか、ぎこちないながらもにこりと微笑んでくれる。
巫女:「前回と言い今回と言い、本当にありがとうございました」
オーマ:「いやいや」
巫女:「それで、あのう……その、……」
オーマ:「ん?」
 何か言いたげな巫女の様子に、オーマは不思議そうな顔で彼女の顔を覗き込む。暫くはもじもじしていた巫女だったが、やがて意を決したように口を開いた。
巫女:「あの…貴方様は、その…やっぱり…女の方では…ありません…よ、ね…?」
オーマ:「……はい?」
 あまりに突拍子もない問い掛けに、オーマは目を瞬かせる。自分のこの姿が巫女達には女に見えるのか、と己の姿を見下ろしてみるが、それはどこからどう見ても、(腹黒であったりイロモノであったり親父であったりはするが)れっきとした男の身体であった。
オーマ:「…いや、俺様…生まれてこの方、ずっと男だが……」
巫女:「……………」
 キャー!
 巫女達が一斉に悲鳴を上げる。蜘蛛の子を散らすように、あっと言う間に逃げて消えてしまった。
オーマ:「……あのー?」
ユニコーン:『巫女達は、男と言うものに免疫がないからな。そなたは、当たり前の顔でここまでやって来たから、もしかしたら女かもしれないと言う淡い期待を抱いていたのだろう』
 でもやっぱり、正真正銘の男だった。と。
オーマ:「……。何だかすっげぇ…複雑な気分なんですけど……」
 がっくりと項垂れるオーマの肩に、慰めるようにぽむっと蹄が乗せ掛けられた。


おわり。


☆ライターより
 この度はクエストノベルのご依頼、誠にありがとうございました!碧川桜です。
 そしてお久し振りです!またお会いできて光栄です。
 男子禁制の神殿に入るには…と言う事で、当初は女装ネタなんぞも考えていたのですが、結果的にこう言う形に落ち着きました。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 ではでは、またお会いできる事を、心からお祈りしています。