<東京怪談ノベル(シングル)>
『想いのカタチ』
目覚めるとベッドの横の壁には大きな靴下がかけられていた。
ルーズソックスとかっていうだぼだぼの靴下がぱんぱんに膨らんでいる。
僕はまだ上手く稼動しない思考回路で今日がどんな日だったかを思い出す。
確か今日はクリスマスだ。
なるほど。どうやら家にも知らないうちにサンタクロースが来ていたらしい。
僕は額の上の寝乱れた髪をくしゃっと掻きあげて隣で眠っている彼女の方に寝返りをうつ。
わずかなスペースを開けて向こうに寝ている彼女はだけどかわいらしい笑みを浮かべて僕の顔を見ていた。
―――まあ、いつもは低血圧で朝の弱い子が。
「笑える」
「何が、ルキス・トゥーラ」
ルキス・トゥーラ。彼女が僕をフルネームで呼ぶ時は、何か調子のいいお願いをする時と嬉しい時。そして悪戯をする時。
だけどまだまだな彼女の悪戯なんて、本当に見え見えだったりするから僕は全然彼女がした悪戯なんかにひっかからなくって、彼女はよく銀色の髪に縁取られた顔にむむ、って幼い子が不貞腐れたような表情を浮かべるのがほとんどだったのだけど。
「見て見て、ルキス・トゥーラ。何か靴下に入っているわ。あっ、ひょっとしたら家にもサンタクロースが来たのかもよ。これからは可愛い可愛いお姫様の言う事をちゃんと聞くようにっていう意味をこめてプレゼントをくれたのかも。幸せの前渡しで」
布団の中から顔だけを出している彼女は笑顔でそううそぶく。
僕は心の中で肩を竦める。やれやれ。
「それを言うのならいつもいつも我が侭なお姫様の面倒を見る僕の事を哀れんで来てくれたんじゃないかい?」
そう言ってやると、眉間に皺を寄せて彼女は囀った。
「まあ、可愛げが無い。そうじゃないでしょう、ルキス! ルキスったらけちんぼうで意地悪で、全然こっちの」
「こっちの?」
そう小首を傾げると、彼女は布団の中に潜ってしまった。
「何でも無い。それよりも開けてみたら? サンタさんからのプレゼント!」
「はいはい、そうだね」
おかしな娘。
いきなりどうしたのだろう?
最近の彼女は時々おかしい。おもむろになんかよそよそしいというか……女の子っぽくなる。
―――いや、彼女は曲がりなりにも18歳の女の子なんだけど、でも普段の彼女は銀色の髪を空間に躍らせて走り回る子どもっぽい人で、そういうなんか…女の子めいた艶っぽい雰囲気とは縁が無いんだけど。それが時折歳相応になるんだ。
これだから本当に女の子はややっこしい。
だけど僕は別にその彼女の変化を嫌ってはいない。寧ろ迎合している。だってこのまま彼女が女の子っぽくなってくれたら随分と僕は楽になるもの。
まあ、それは置いておいて、僕は身を起こすと靴下に手を伸ばした。
一体彼女は何をこの中に入れたのだろう?
こんなにも広がるモノじゃないと入りきらないものって、何?
「だけどまあ、どうせまたギャグ狙いの物なんだろうけど。笑い袋かなんか?」
果たして中に入っていた物は?
―――思いも寄らないプレゼントだった。
靴下の中に入っていて、綺麗にラッピングされた紙をはがして中を見た僕は我が目を疑ってしまう……。
「どう、ルキス・トゥーラ?」
普段の元気いっぱいの彼女からは想像できないような心配そうな声。
僕は驚きすぎてすぐには反応できなくって……
―――いや、だってしょうがない。本当に彼女は驚くようなモノをプレゼントしてくれたんだから。明日、槍が降ったとしても僕は決して驚かないだろう。
「気に入らない?」
彼女は顔上半分を布団から出して、乱れた前髪の奥から不安げな瞳を上目遣いにさせて僕を見てくる。
僕は顔を横にぶんぶんと振った。
「いや、感動してるよ。すごいね、手編みのマフラーなんて。最高のプレゼントだ」
「本当に? ルキス・トゥーラ!?」
彼女はまるでバネ仕掛けの玩具の様に布団の上で跳ね起きて、正座して、僕を見た。両拳を握って。
それを見て僕は苦笑する。よっぽど不安だったのだろう。
僕は上目遣いで僕を見る彼女にこくりと頷いた。
「うん、本当に。ありがとう」
彼女の名前を口にして、礼を言う。
それから、ああ、と僕はわざとらしく額を叩く。売れない三流の喜劇俳優のように。
「違った。これはサンタクロースからのクリスマスプレゼントだったね。可愛いお姫様に意地悪な僕への」
そう言ってやると彼女はベッドから身を前に乗り出させて言う。
「違う。違う。違う。サンタクロースからじゃないわよ。それは手編み。私が編んだのよ、ルキスのために!!!」
「わかってるよ」
僕はにぃっと彼女に笑う。だって僕はけちんぼうで意地悪な……それと彼女はあとは何を言おうとしていたのだろう?
それを訊こうとして、だけどベッドから身を前に乗り出させていた彼女はそのままずるりと布団ごと下へとずり落ちた。
「危ない!」
僕は前に飛んで彼女を両手で支えて、だけど支えきれずにそのままベッドとベッドの間に転がり落ちて、それで僕は僕の胸に顔を埋める彼女に溜息混じりに言う。
「このマフラーの手編みをきっかけにこれからは少しぐらいは女の子らしくしてくれるかな?」
彼女は僕の胸から顔をあげて、ぷぅーっと頬を膨らませた。
「ふーんだ」
僕は溜息を零す。
「だけど本当にありがとう」
「うん。ルキスったらいつもいつも私に少しは女の子らしくしろ、とかって五月蝿いから、だから私だって手編みのマフラーぐらいできるんだから、って編んであげたの」
「うん」
「だけどでこぼこになっちゃった」
「個性的で良いと想うよ。それに初めてなんだし」
「って、ルキス。やけに褒めるわね」
「うん。だからこれを切欠に編み物にでも凝ってくれて、静かになってくれたら僕が助かるから」
「ル〜キ〜ス〜ぅ」
「あはははは。冗談」
「半分ぐらい?」
「一割冗談。九割本気」
「ルキス、ひどい!!!」
僕らは窓から差し込んでくる朝の陽光に照らされながら見詰め合って、笑いあった。
彼女が編んでくれたのはマフラー。
毛糸の色は彼女の髪に良く似た灰色。これをもう少し明るくすれば彼女の髪の色。
でこぼこの灰色のマフラー。
見た目は不恰好でも一国のお姫様が編んでくれて、しかもそれが一番最初の手編みだというのだから、本当にそれはレア物なんだと想う。
まあ、そういう事を無しとしても、彼女が僕に手編みのマフラーをくれたという事が嬉しい。
愛情の再確認。
目に見える形で彼女の僕への想いを示してくれると、やっぱり嬉しいし、安心できる。
だけどだからこそ僕はしまったと想う。
彼女にそのマフラーのお返しをできないうちにまたバレンタインでチョコレートまでもらってしまった。
僕と彼女の関係という天秤はだけど大きく傾いている。
それが僕にとっては少々息苦しかった。
僕は想うのだ。僕と彼女の関係という天秤はちゃんと吊りあっていないと、と。
その理由はわからない。
だけど本当に心からそう想うのだ。
彼女とは貸し借りは無い関係、そういうのを望む。
対等の存在。同じ目線。
それはきっと彼女とは幼い頃から一緒に居たからだと想う。
いつも一緒に居て、そして幼い頃の彼女はしょっちゅう迷子になっていて、ものすごく心配な子で、世話のかかる子で、ほかっておけない子で、なんだか女の子とか妹とかそういう風じゃなくって…置いてけぼりにはできない犬っころみたいな。
とにかく幼い頃の彼女は僕にとっては庇護するべき存在だったんだと想う。
だけど成長するにつれて彼女はとんでもない思い切りの良さを見せるようになったんだ。
―――お城を飛び出して一緒に旅をしよう、最初にそう言ったのも彼女。
もちろん、全然計画性がなくって思いつきもいいところだったんだけど、でも彼女は僕が了承しなくともひとりでそれを実行していたと想う。
成長した彼女はまだまだ世話のかかる世間知らずのお姫様ではあるけど、でも強さをいつの間にか兼ね備えていた。
では僕は成長しているだろうか?
それを彼女と旅をして考えるようになった。
色んな場所に行って、
色んな人に出会って、
色んな事に触れて、
たくさんの経験をした。
笑った事、
嬉しかった事、
驚いた事、
楽しかった事、
哀しかった事、
そういうモノすべてが僕を成長させてくれた。それでも僕は時折想う。どうしても彼女が持つ何かが眩しく、敵わないと想わされている事に。
そして最近、また少し彼女は変わった。
無意識にわかる。
それは彼女がまたひとつ、大人への階段を上った証なんだと。
それを寂しく想っている自分が居る?
彼女が僕から離れていくようで、
そして置いていかれているようで。
『まあ、可愛げが無い。そうじゃないでしょう、ルキス! ルキスったらけちんぼうで意地悪で、全然こっちの』
去年のクリスマスの朝に彼女が口にした言葉。
彼女は僕に何と言おうとしたのだろうか?
全然こっちの………
――――何?
僕はそれに気づこうとして、だけど無意識にそれを見ないようにしているのかもしれない。
本当は心の奥底では判っていた? その言葉の続きを。
変わらずに昔のままに一緒に居る僕ら。
だけど僕らは現実には二人一緒にちゃんと居るけど、心の中で少し距離が出来ているのかもしれない。
立ち位置に。
彼女が前で、
僕は後ろ。
そんな鬱積とした事を感じているうちに日々は過ぎ去っていくもので、だからこそ僕は表面上の貸し借りは無しとして、関係という天秤を吊りあわせたくって、すっかりと遅くなってしまったお返しを買いに街に来た。
アクセサリーショップには年頃の女の子が買うようなモノが煌びやかに飾られていて、少女たちの姿が至る所に見られた。
少々男の子の僕には居辛い場所。
プレゼントは何が良いだろう?
食べ物はまあ、おそらく絶対に喜ぶだろう。
だけど今回は何か形に残る物が良かった。そう、きっとたぶん僕は僕の想いを形にしたいのだと想う。
それはいい。
でもじゃあ、何を?
ずっと形に残る物……
「というか、使えるモノがいいよな」
ならばアクセサリーしかないと想う。
綺麗な桜貝のイヤリングとか、翡翠のペンダント。あとは………
だけど考えがまとまらない。
だいたいが男の僕に女の子の好む装飾品の類がよくわかるはずもない。
お笑いに走るんだったら彼女の好みはよーく熟知してるんだけど。
見上げた青い空には真っ白な月がひとつ。
まるで海に浮かぶクラゲのような。
「月、か」
僕は太陽で、彼女は月。
それは母が言った言葉。
僕の髪は金色で、彼女の髪は銀色。
そう僕らに言った時の母の優しい顔が好きだった。
母はとても劇的な運命を送った人だった。歌姫となるべく想い人であった父や叔父と引き裂かれ、そして数年後にまた父と出会い、叔父の好意(というかたくらみなのだろうか? 叔父曰く明るい家族計画とか、なんとか…)で二人はついに結ばれた。
それで僕は二人の子ではない。拾われた子だ。
だけど父も母も自分たちの子どもと変わらぬ愛情を僕に与えてくれた。
そういう優しい両親に僕は感謝してるし、憧れを抱いている。
そしてそれは彼女も一緒。
彼女の母親も歌姫で、そして彼女の両親もまた歌姫たちのほとんどが例外無く与えられる過酷な運命という試練を乗り越え、一緒になった。
だけど彼女の母親は声を失っており、だから彼女の父親は妻の声を取り戻すべく妻と共に旅に出たのだ。弟に王位を譲って。
その時に彼女は僕の家に預けられた。母は彼女が僕の叔父に預けられなかったのは、それが父親の娘への愛情なのだろうと、笑っていた。
そういう訳で僕らは子ども時代を一緒に過ごして、その時に母にそれを言われて、僕らはそれを喜んだ。
その日の晩に僕は一緒にお風呂に入った父に言われたんだ。
月は太陽の光を浴びて光っているんだと。
父はそれしか言わなかった。
だけど最近になって、父が本当にその時に言いたかった事の意味がわかってきた。
僕は彼女の太陽となれるのだろうか?
「月、か」
ふと想った。
彼女のトレードマークはその屈託の無い無邪気な笑顔と美しい銀色の髪。
旅に出る時に彼女は長かった髪を切ってしまった。
それから伸びて、また切ったりした分だけの髪の長さがそのまま僕らの旅した時間の長さ。
だからその髪を梳く櫛をプレゼントしようと想った。
櫛は魔除けにもなるというから、旅する時間の長さを形にしてくれる髪を綺麗に梳いてくれる櫛が彼女を守ってくれるような気がした。
だけど櫛と言っても種類はたくさんあって、僕は店先で悩んでしまう。
彼女の髪はとても美しい銀髪だから、それを梳く櫛も高価なモノがいいだろうか?
手に取った見事な細工の華やかな櫛。
だけど何かが違うと想った。
きっと姫である彼女にプレゼントされるような櫛なら、今僕が手に取った櫛なんかよりももっと素晴らしい櫛がプレゼントされるのだろうけど、でも違う。
「値段なんかじゃないんだ。きっとそれは」
呼び合う、感じが無かった。
じゃあ、どんなのがいいのだろう?
僕は無意識に耳を済ませていた。
街中の喧騒、その中にしんと静かに響き渡る、歌。
僕はその歌に耳を傾けて、追いかける。
聞こえてくる歌の方へ歩いていく。
とても小さな細工師の店。その薄暗い店の奥に飾ってあったその櫛を見た瞬間に、僕はこれだと想った。小さな彫りの他には飾り気の無い、しかし確りとした作りの木製の櫛。
「それにするかい、お客さん。ちーとばかし値は高いが、でも保証するぜ、その櫛の使い心地は」
「はい、これにします」
店屋の店主に僕は頷いて、櫛の代金を払う。
結構な値段。家計の大ピンチ。だけど僕のへそくりと後は彼女のおやつ代を削ればまあ、なんとか大丈夫。やってみせる。そこら辺は主夫の腕の見せ所。
夕暮れ時の世界。
橙色の光が溢れるこの時間は少し肌寒い。だけど僕は彼女の手編みのマフラーがあるから温かい。
それに彼女に買ったプレゼントがあるから、それだけで心が躍るし。
水の都アクア・ウェイタ。
街の中に走る用水路に沿って歩けば、僕は街の中央に出る。そこには大きな湖があって、街の全ての用水路が交差する場所。
その湖の中心にある広場で彼女は踊りながら歌を歌っていた。
街の人は誰もが彼女の優しく綺麗な歌声に耳を傾けている。
だから僕は足を止めて、そのまま歌う彼女を見守っていた。
大きな拍手は広場の噴水が高らかにあがって、彼女が歌い終わった瞬間に鳴り響いた。
僕も拍手を贈る。
まるでその音を聞き分けたと言わんばかりに彼女は真っ直ぐに僕を見るから、僕は少々驚いて、それから唇を動かした。彼女の名前を口にし、帰ろう、って。
彼女は満面の笑みで頷いて僕の方に走ってきて、それから目ざとく僕が持つ紙袋を見つけて微笑んで、当然のように受け取って、紙袋を開ける。
僕は苦笑を浮かべるばかり。
「これ、私に!? ルキス・トゥーラ」
「うん。遅くなったけどクリスマスとバレンタインのお返し。ちゃんと3倍返しだからね」
「あら、二つだから6倍よ。それに利子もあるわ。ちなみに私のツケはトイチ!」
彼女は悪びれずに言って舌を出す。
僕は彼女の額を指で弾いた。
「調子に乗りすぎ」
だけど彼女は軽く肩を竦めて、それからプレゼントした櫛で髪を梳いて見せてくれた。
「気に入った?」
「うん。ありがとう、ルキス・トゥーラ。大事にするね」
「うん」
髪をくしげながら微笑む彼女の髪は夕日の光を照り返して、金色に輝く。
僕は太陽で、彼女は月。
月は太陽の光で輝くという。
だったら僕は彼女を輝かせられるだろうか?
いや、輝かせたい。
輝かせるというのは………
―――幸せにするという事。
「帰ろう、ルキス」
「ああ」
差し出された手を握って、僕らは家に帰る。
彼女は寒いと言って、僕が首に巻くマフラーを自分の首にも巻いた。
触れる彼女の温もりと、マフラーの温もりが同じ温もりだという事に僕はあらためて気づかされて、微笑んだ。
― fin ―
++ライターより++
こんにちは、ルキス・トゥーラさま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
彼女さんの方はルキスさんへの想いに気付いていますが、まだまだルキスさんは彼女さんへの想いに気づけていないとの事。
本当に早く気付けると良いですね。^^ ルキスさんのためにも、彼女のためにも。
でも二人が互いの想いに気づけた時、そしたら次は二人の関係はどうなるのでしょうか? なんとなく変わらずに今のままの二人でおられるのでしょうか?
本当に二人の恋の行方が気になりますし、楽しみです。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。
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