<東京怪談ノベル(シングル)>
楽しみな時間
カーテンの隙間から漏れる日差しが眩しくて私は目を覚ました。
目覚めたばかりの頭はぼんやりとしていて、まだ夢の中にでもいるようで。
これが誰かに起こされたというのならば、八つ当たりの一つでもしてやりたい所だったけれど、生憎と青い空から降り注ぐ太陽の光に八つ当たりは出来ない。
なんだか悔しいような気もして私は気怠げに髪をくしゃりと掻き上げた。
時計を眺めると、どうやらいつも目覚める時間よりも少し早く昼位だった。
日の出と共に起きるなんて事は私の生活ではほぼあり得ない。
依頼でもなければ朝から活動する事なんて無いのだから。
昼も普段は夢の中だ。
それを言うと、昼夜逆転の生活を送って云々、って腐れ縁の某人物から言われるけれど、それは職業柄仕方ないじゃない。
私の活動時間は夜なんだから。
観念して起きようか、どうしようか、と考えて私はもう少し惰眠を貪る事にする。
請け負った依頼があったけれど、時間までまだ十分時間はある。
もう少しベッドの中でだらだらとしていても問題ないはず。
ずるずるとタオルケットを頭の上まで引きずり上げて、私はその中に潜り込む。
これで太陽の光も安眠妨害は出来ないだろう。
ふわぁぁぁ、と大欠伸をして私はもう一度瞳を閉じた。
目が覚めたのは大分太陽が傾いた頃。
カーテンを開けて眺めてみたら空が茜色に染まっていた。
これはそろそろ起きないと、と私は大きく伸びをしてベッドを抜け出す。
まだ眠気は取れなくて、湯浴みをしてぼんやりとした頭を活性化させた。そうしないと目が覚めないのは低血圧だからなのか、なんなのか。
ここは低血圧ってことにしておきたい。
そんなことを思いながら、暖かい湯を浴びて私はその心地よさに瞳を細める。
肌を流れていく感触が心地よくて、ほっとした溜息を吐いた。
身支度を調えてからいつものように軽く鍛錬をして、黒山羊亭に向かう。
鍛錬をする頃には大抵薄暗くなっているから、人目を余り気にしなくても良い。
それに暗闇の中での仕事が多いからその方が好都合だった。
暗闇の中でどれだけ動けるかが依頼の成功度を上げる。
自分の技術を向上させれば自ずと仕事の依頼も増える。
入る依頼の難度も上がるから、もちろん高額になっていく訳だけど。
でもそれは私への技術評価と受け取っているから高額とかそういうのは余り気にならない。
勝手にあっちが金額が決める事もあるし。
金額が多い事はやっぱり認められてるって嬉しくなるけれど。
黒山羊亭に向かったらきっと居るんだろうな、とつい小さな笑みが漏れる。
仕事が入っていなければいつもの場所にいつもの人物が居る。
たまに居ないとそれはそれでがっかりするものなのだ。普段は居なくても構わないって思うのだけど。
そして予想通りにいつもの場所に座る人物。
背後から驚かせてやろうか、どうしようかと思いつつも、いつものように隣に腰を下ろして注文をして。
「なんだ、またこんな時間に起きたのか。本当に夜型だな」
「生活の時間帯が違うんだから構わないでしょう?」
そんな軽口を叩いて。
「良い依頼はあった?」
「ああ、その件だが。エヴァ、良い依頼を見つけたんだ。一緒に‥‥」
「高く付くわよ」
相手の言葉に被る勢いで、にっこりと意地悪な笑みを浮かべて告げてみせる。
きっと苦笑しながら呟くんだろう。そうくると思った、って。
案の定、苦笑を浮かべて、そうくると思った、と呟く。
なんとなく行動パターンが読めてしまう。
それは私が聡いんじゃなくて、真っ直ぐな性格をしているとても分かりやすい性格の持ち主である、目の前の人物のせいだと思う。
その位私がその人物を意識しているからなのかもしれないけれど。
他愛のない話をして、結局持ちかけられたその依頼を一緒に受ける事にして。
手続きの方は相手に任せる事にして私は腐れ縁と別れた。
これからは私の単独で受けた仕事の時間。
暗殺業は廃業したけれど、単独で受ける仕事は非合法のもの。
普段その手の依頼が無い時は、夜の闇に溶け込んで一人鍛錬を行う。
腕が鈍るなんて冗談じゃないし。
腐れ縁との戦いも楽しみの一つなのだから。
ぞくぞくとするあの快感。
真剣勝負での一戦は仕事よりも何よりもスリルがある。
強い者と戦いたい。
その思いはいつも胸の中にあって私を突き動かす。
それはきっとこれからも変わる事はないと思う。
気持ちを入れ替え、私は人通りの少ない裏道を音もなく駆ける。
闇に溶け込むのはお手の物。
暗殺集団の中で培われたものだけれど、今では私の仕事にかかせない能力。
今日もさっさと仕事を終わらせてのんびりしたい所だわ、と私は頭の中で今夜の仕事をシミュレートする。
想像上では完璧。
でも不測の事態についても考えておかなければこの仕事はやっていられない。
それでも今日の仕事は簡単なものだから。
私にとっては朝飯前。
だけど依頼者はかなり気前よく支払ってくれた。こんな簡単な仕事には見合わない位。
もちろん、有り難く頂いたけれど。
そして私は依頼を実行に移した。
味気ない位にあっという間に終わってしまった仕事。
本当に物足りない位。
だけどこれでやっと私の自由な時間が訪れる。
私の一番好きな時間。
軽く鼻歌を歌いながら、私はこの街で一番高い場所へと向かう。
見晴らしの良い、私の好きな場所。
空はうっすらと日の光を取り戻し、世界をゆっくりと照らし出していく。
寝静まった街の顔。
私はそんな静かな世界を高台から眺める。
世界が朝焼けに包まれるその瞬間。
それを眺めるのが私の密やかな楽しみだった。
この景色は何度見ても素晴らしいと思う。
新しい光を取り戻した世界。
それはとても輝いて見える。
私はその風景を堪能してから、大きく伸びをすると家路につく。
そろそろ街は喧噪に包まれる事になる。
市場に人が溢れ、世界は活気を取り戻す。
でも人々が起き出した頃に私は眠りにつく。
寝る前に食事をしようかどうか迷ったけれど、結局市場が始まるのを待っているのも面倒で食べるのをやめた。
作るのなんて以ての外。
身体に悪いとは思いつつも食事は結構いい加減に取っている。
それを心配される事もあるのだけど、面倒なのだから仕方ない。
それに寝てしまえば空腹にも気付かないし。
その代わり、夕方に黒山羊亭に行ってしっかりと食べているし。
一日一食というのはさすがにまずいとは思うけれど。
さてと。
軽く湯浴みをしてから寝よう、と私は太陽の光に別れを告げる。
しっかりとカーテンを閉めて、今日は漏れる光に安眠妨害をされないようにと祈りつつ。
太陽の光は嫌いじゃないけれど、私の生活スタイルには合わないみたい。
ずっと闇の中で暮らす訳じゃないけれど、今はもう少しこの状態が良いと思う。
こんな生活でも楽しみはたくさんあるから。
汗を流して、私はベッドへと潜り込む。
程よいスプリングのきいたベッドで、私はゆっくりと眠りにつく。
繰り返される毎日。
だけど全てが同じではなくて、いつも楽しみはそこら辺に転がっている。腐れ縁と話をするのも、からかうのも。
私はそんな楽しみを拾い集めながら日々を過ごしている。
それは自分の生きてきた中でとても素晴らしいものに思えた。
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