＜聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記＞
消えいく光を求めて
気怠い酒場の雰囲気から身を守るようにして少年がエスメラルダに近付いてくる。
まだ酒場に出入りするには早すぎるうえに、 比較的安全とはいえベルファ通りのこの酒場にやってきた少年に、人々は好奇の視線を送った。
「あの…」
ようやくのところでエスメラルダに近付き、顔をあげる。幼い顔立ちとは裏腹にその瞳は真剣で、暗い光を宿している。
「なんだい、ここは子供来るところじゃないよ」
「とりかえしてほしいものが、あるんです」
冷たくあしらうエスメラルダにも負けず、少年は言った。大きな声では無い筈なのに、酒場の皆を黙らせる妙な迫力がある。
「あいつからおれの妹の声を、とりかえしてください」
怪訝そうに顔をしかめたエスメラルダに、少年は語りだした。ここから少し離れた所にある少年の村を治めている、少女の声を奪う貴族の話を。
「ふぅん」
カウンター近くの席で飲んでいたオーマが興味深そうに声を漏らした。オーマと合席していたアイラスも僅かに眉の間に皺を寄せる。
「なんのためにそんなことするでしょうね」
「さあな。よっぽどの変態なのかもしれん」
酒場にいる多くの人間の興味は、既に他へと移り始めていた。オーマがざっと見回したところ、少年の話を本気で聞こうという人物は恐らく自分と、隣のアイラス、カウンターで飲んでいる旅人風な赤髪の少年ソル、そして少年が来る直前までエスメラルダと会話をしていた黒髪の少女、鬼灯ぐらいだろう。
「坊主、もっと詳しいこと話せるか？」
少年のところまで目線を落とし、なるべく柔らかい口調で尋ねたつもりだったが、この酒場に来るまでで勇気を使い果たしたのか、体を強張らせ俯いてしまった。
エスメラルダが苦笑しながらいじめるんじゃないよ、という言葉にオーマは彼女の表情に似た苦笑を返す。
「わたくしたちが力になります。だから緊張なさらないで」
助け舟を出すように声を掛けたのは鬼灯に、少年はようやく顔をあげ少女の白い顔を見つめた。
そしてオーマを見つめ、同じ少年を見てたアイラスに気づく。
「…俺も行こう」
先ほどから無言で少年の話を聞いていたソルが振り返る。四人もの協力者の名乗り出に、少年は小さな体を深々と折り曲げた。
「ありがとう、ございます…っ」
少年の村に着いた一行は、小さな家へと案内される。どうやらそこは少年の家らしく、中に入ると少年と面影の似た少女が客人に向けて嬉しそうににこりと笑い、台所の方へと消えた。
随所に貧しさが伺える家だったが、綺麗に掃除され花が飾られている。
「あの子がおまえの妹か？」
「はい。おれたち二人でここに住んでます」
「お二人で？」
「両親はもういないから…。だから、どうしても妹の声をとりもどしたくて…」
台所に消えた少女が５人分のお茶を持ってくると、またにこりと笑ってそれぞれに差し出した。
「本当に喋れないんだな…」
しみじみと呟いたソルに他の三人が同意し、少年がきゅっと唇を噛む。
「さて、ではそろそろ今後の予定を決めましょうか」
「そうだな」
オーマは少年の頭をぽんぽんと叩いてやる。
「この腹黒お助けマッチョ☆がなんとかしてやるって」
少年がやや不審そうな顔をしたのをきっかけに、作戦会議が始まった。
貴族について、話を要約すると彼は数年前にこの地に赴任してきた領主で、税の代わりに少女の声を差し出せと要求してきたらしい。身寄りのない兄妹が、言わばその犠牲となるのはある意味仕方がないことと言えた。
「誰も文句を言わなかったんですか？」
「みんな、あいつがマモノだって、おそれてるから…」
「どうして魔物、と」
「だって、人の声をうばって生きてるやつなんて、マモノにきまってる！」
ふと、少年の言葉に職業がら奇妙な話を聞く機会が多いオーマは、昔誰かが言っていたことを思い出す。その話は風の噂で確かなものでは無かったが、声に関係する話だった。妙なひっかかりを覚える。
（こいつは探りをいれる必要があるな…）
「話の途中に悪ぃんだが、俺はちょっとその貴族とやらの館に行ってくるぜ」
「え、でも館にはたくさんの強い人たちが…」
「俺もその強い人の一人になりゃいいんだろ。まぁ、悪いようにはしねぇから安心しな」
心配と疑問を織り交ぜにした表情で少年がオーマを見上げている。その頭をぐしゃぐしゃに掻き回した。
館はこの村に不釣合いなほど豪華な建物だった。村全体がそれほど裕福ではないのに対して、この館一つが浮いている。
「こいつは、趣味よくねぇなぁ。もっとこう桃色青春的に…」
思わず声に出して言った言葉を聞いた二人の門番が、不審そうな顔でオーマを睨んだ。
「お、丁度良かった！俺は用心棒やってんだが、ここの館で雇ってもらえねぇだろうか」
睨まれていることなどお構いなしに話しかける。門前払いを食らうかと思ったが、意外にもすんなりと門番は納得したような表情になった。
「余所者かと思ったら用心棒志願者か。ちょっと待て、今誰か呼んでくる」
門番の一人が館へと入ると、しばらくたった後執事らしき男を連れて帰ってきた。
「こいつです」
「そうですか。どうぞ、こちらへ」
初老の、痩せた顔色の悪い男はオーマを館の中へと導く。枯れ木のような印象の中で瞳だけが暗く淀んでいる。
「あんた、執事？」
「そうでございます」
低い物腰と言葉の端々から、少年の依頼とは別にオーマ的直感に引っかかるものを感じた。
だが今はそれを無視して、わざと明るく話しかける。
「そいえば、この館の主人が声を奪うという冗談みてぇ噂を聞いたんだが」
「本当でございます」
「ほぉー、なのにあんたはここで働いているのか」
「この貧しい村で暮らしていくには、ここで働かなければ生活出来ません」
けして大きな声ではないのに、決意のようにすら感じられる執事の言葉にオーマは思わずいつもの誘い文句を口にする。
「あんた、腹黒同盟とかに興味はねぇか？」
「さぁ、どうでございましょう」
執事はオーマの言葉を聞き皺の多い顔に、更に深く皺を刻んでうっすらと笑った。主人に会う前に見つけた逸材に惜しみつつも館の中を見回した。
広い廊下には何人ものメイドが行き交い、慌しく働いている。だが、ひどく違和感を覚える光景にオーマは眉を顰めた。
こんなにたくさんの人がいるはずなのに、この館は音が欠けている。人の行き交う音がし、若い少女たちが集まっているのに誰一人として話さないのだ。
なかなか深刻な事態に、執事の背を追いながら一人で肩をすくめる。
「こちらでございます」
執事が屋敷の最奥にある扉の前で立ち止まり、ノックをしながら声を掛けると中から男の声が返ってきた。慣れた動作の執事に案内され、部屋に入るとそこにはなんてことの無い４０歳前後の男が立っていた。
「あんたがここの領主さんか？」
明るく尋ねるオーマを他所に、男は眉間に皺を寄せる。
「そうだが、何の用だ」
「旦那様、こちらは用心棒志願者だとかで」
「用心棒？そんなものを募集した覚えはないが…」
「いや、何。巷であんたから声を取り戻そう、という奴らの噂を聞いたからな、用心棒でも雇わねぇかと思って」
男の表情が変わり、値定めするようにオーマを見上げた。
ふと、オーマはその手に持つ薄紅色の珠に気づき、気付かれないように視線を動かしその珠を観察する。手の平にすっぽりと覆われてしまうほどの大きさの、石で出来ているような珠は、光にあたると色を変える性質を持ち男の手の中で輝きを放った。
「ほう、どんな者がそう言っているのだ」
「詳しくは知らねぇが、かなりの大男らしいぞ」
「ふ、愚かなことだ。しかし、お前一人増えたところで戦力になるわけでもない」
興味を示し始めたものの渋る男に、オーマはにーっと笑みを浮かべる。
「俺は何を隠そう腹黒同盟総帥…っとこれはまた後でいいんだが、こういうことも出来るわけだ」
オーマは笑みを深くすると、目の前の男に向かって目配せをした。異変に気づいた男は言葉を発しようとするが、そのまま喉を押さえてオーマを睨み付ける。
「なに…ぉ……っ、…っ！！」
言葉が声に成らず消えていくのを十分に見せた後、元に戻し今度は人の良い笑みに表情を変えた。
「とりあえず、戦力としては問題ないだろ？」
「そ、そうだな…」
男が何度も咳き込み喉の調子を整えたその瞬間、カチン…と澄んだ音がして床に男の手から離れた珠が転がり、オーマの足音に辿り着いた。薄紅色をした、石にも似たそれを拾いあげ、オーマは不思議そうに首をかしげる。
「なんだこりゃ」
慌てて男はオーマからひったくるように珠を奪い、それをポケットの中へと隠した。怪しい行動をオーマは目を細める。
オーマの表情に気付いたのか、男は手を振って外を指し示す。
「もういい、下がれ」
内心やれやれとため息を吐くと、オーマは特に気にも留めていないという表情を浮かべ、ここは一旦下がることにした。
貴族の方はたいしたことのないと判断したオーマは、廊下の途中で館の影に隠れ入り口を伺っている人陰に気づく。恐らく先ほど分かれた４人だろう。
丁度いいタイミングで来た、と忙しく働くメイドたちの間をすり抜け、入り口付近に近づいた。人々の視線がオーマから外れたのを見計らうと、爆音と煙を作り出す。
ゴオォォオオオオオオ…！！と、激しい音と煙が吹き荒れ皆の注意がそちらにそれた。門番たちが駆け寄ってくるのを見計らい、その場を離れる。
近くで掃除をしていたメイドが叫ぶような口の形をしたが、その声は聞こえなかった。悲鳴がパニック状態を助長させるものなら、この館では効果が半減だが怪我人を出さないためにもこれが一番だろう。
「オーマさん！」
廊下の途中で、恐らく別ルートから進入した３人がオーマに気づき、走りよってきた。
「よし、行くか」
オーマの案内であっさりと４人は領主の部屋へとつく。途中で使用人らしき者たちが慌てて逃げ出していくのとすれ違ったが、オーマたちの方には注意を向けず通り過ぎていった。
館の最奥のドアを開いた先には、先ほど会った領主が眉間に皺を寄せていた。相変わらず手には珠を持ち、それを愛おしそうに掌で転がしている。
「なんの騒ぎだ一体！…なんだお前たちは！！」
「声を取り返しに参りました」
鬼灯の声に男がオーマを振り返った。一番後ろではソルが刀を構えている。
「何をしている！早く捕まえろ」
「実は、声を取り返しに来た大男ってのは俺だったりするわけだ」
「なんだと…っ！！」
襲い掛かってくる男の手首をオーマが捕らえ、ソルがその首筋に剣をあてた。男が悔しそうに顔を歪める。
「おい、坊主。こいつが手に持っているものが、妹の声だ」
「声をかえせ…！」
オーマの言葉に少年が男の手首に掴みかかり、無理やりにその手の中にあった珠を取り出した。薄紅の珠が少年の手の中に落ちる。
「きっと他にも珠がありますね」
冷静にアイラスと鬼灯は頷にき合うと部屋の中を探し出した。往生際悪く動こうとする男をオーマとソルが取り押さえる。
「あ。ありました」
アイラスがたくさんの珠が入った硝子ケースを見つけた。そこには赤、青、黄、緑、茶、さまざま色の珠が詰め込まれている。どれも同じものはなく、皆それぞれの輝きを持っていた。
「それは…っ！」
「これが、声なんですか？」
オーマが頷き、男を見下ろした。
「昔、聞いた話なんだがな。ここから随分と遠いところに声を食う種族がいるらしい。こいつの正体は恐らくそれだ」
「聞いたことがあります。特に少女の声を好み、彼らの住む地域近寄るとしばらくの間声が消えるという。でも彼らは精霊のような存在で、こんなことはしない筈では…」
アイラスがオーマの言葉を引き継いで、眉をひそめる。アイラスの言葉に更に鬼灯とソルは納得がいかなさそうな顔をした。
「この男は精霊なのか？」
「見えません…」
そうだな、と肩をすくめて同意しオーマは話を続ける。
「ここからは俺の推測なんだがな。こいつが声を食ったらこの館の者たちが恐れた、そうすると、どうなるか分かるか？」
「皆が、喋らなくなる」
「声を食って生きるなら、それは困るというわけですか」
一時的とはいえ声が失われる館に勤めているメイドたちは恐怖心から、領主の前で話すことを止めるだろう。そこでこの男は、人から声を奪うという方法を考え付いたのだ。
「そうだな。それで声を保存する方法が」
「この珠なわけか…」
「ま。こいつも可哀想な奴ってことだな。坊主、このことをみんなに話てやれ。そうすればこんなことにはならないだろう」
「わかった」
妹の声の珠をしっかりと握り締めた少年はオーマの言葉に深く頷いた。その頭を撫でてやり、アイラスと鬼灯が最後に領主へ釘を刺すのを見守りながら部屋を後にした。
「っと忘れてた」
一人で部屋に引き返してきたオーマは、おもむろに領主の耳元で囁いた。
「ところであんた、腹黒同盟に入らねぇ？」
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【1649／アイラス・サーリアス／男性／19歳／フィズィクル・アディプト＆腹黒同盟の２番】
【1953／オーマ・シュヴァルツ／男性／39歳／医者兼ガンナー（ヴァンサー）副業有り】
【1091／鬼灯／女／６才／護鬼】
【2517／ソル・Ｋ・レオンハート／男性／１４歳／元殺し屋】
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■ ライター通信 ■
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こんばんは。ライターの蒼野くゆうです。
この度は発注有難うございました。
オーマさんは別行動でしたので、他の方との絡みが少なくなってしまいました。
その分ＮＰＣたちとの会話に力を注いでます。
それでは、またどこかでお会いしましょう。
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