<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


 消えいく光を求めて

 気怠い酒場の雰囲気から身を守るようにして少年がエスメラルダに近付いてくる。
 まだ酒場に出入りするには早すぎるうえに、 比較的安全とはいえベルファ通りのこの酒場にやってきた少年に、人々は好奇の視線を送った。
「あの…」
 ようやくのところでエスメラルダに近付き、顔をあげる。幼い顔立ちとは裏腹にその瞳は真剣で、暗い光を宿している。
「なんだい、ここは子供来るところじゃないよ」
「とりかえしてほしいものが、あるんです」
 冷たくあしらうエスメラルダにも負けず、少年は言った。大きな声では無い筈なのに、酒場の皆を黙らせる妙な迫力がある。
「あいつからおれの妹の声を、とりかえしてください」
 怪訝そうに顔をしかめたエスメラルダに、少年は語りだした。ここから少し離れた所にある少年の村を治めている、少女の声を奪う貴族の話を。

 買い物途中に黒山羊亭に立ち寄った鬼灯は、エスメラルダに近づいていく小さな少年の姿に首を傾げていた。姿形なら鬼灯も対して変わらない年頃だったが、この酒場には彼女のことを知る者も多く皆当たり前のように声をかけてくる。
 それとは反対に小柄な少年の姿はこの酒場の喧騒には似つかわしくない。
 気になりその後ろをついて行き、貴族の話を聞いたのである。
「坊主、もっと詳しいこと話せるか?」
 鬼灯よりも近くにいたオーマが少年に優しく話しかける。しかし、少年は怯えた様子で体を強張らせた。少年とオーマの身長差を考えれば仕方のない話だ。
 ならば、と近づいて鬼灯が少年に近づくと丁度視線の位置が一致する。人間としてならばまだ随分と若い部類に入るだろう。
「わたくしたちが力になります。だから緊張なさらないで」
 少年は鬼灯に気付くと表情を緩めて顔をあげた。大人しかいない、しかもどちからと言えば荒くれ者が多いこの酒場で、鬼灯が言葉をかけたことは本人が思うよりも大きく少年にとっての救いだったのかもしれない。
 しっかりと前を向いて鬼灯を見つめ、最初に声をかけたオーマに視線を移し、その向こうで同じように様子を伺っていたアイラスを見た。
 不意に、カウンター席で一人無言でいた赤髪の少年が振り返る。
「…俺も行こう」
 四人の協力者たちがそれぞれ頷いたのを見ると、少年は小さな体深々と折り曲げた。
 鬼灯はまだ買い物の途中だったが、少しぐらい寄り道してもご主人は許してくれるだろう。
「ありがとう、ございます…っ」
 少年の礼は、酒場の喧騒に紛れても協力を名乗り出た四人にははっきりと届いた。

 少年の村に着いた一行は、小さな家へと案内される。どうやらそこは少年の家らしく、中に入ると少年と面影の似た少女が客人に向けて嬉しそうににこりと笑い、台所の方へと消えた。
 随所に貧しさが伺える家だったが、綺麗に掃除され花が飾られている。それを好ましく思いながら、鬼灯は勧められた椅子に腰を下ろす。 
「あの子がおまえの妹か?」
「はい。おれたち二人でここに住んでます」
 何気なくソルが聞いたことに、答えた少年の言葉に鬼灯は目を見開く。少年自身も幼かったが、その妹はもっと幼いこととなる。
「お二人で?」
「両親はもういないから…。だから、どうしても妹の声をとりもどしたくて…」
 台所に消えた少女が5人分のお茶を持ってくると、またにこりと笑ってそれぞれに差し出した。鬼灯もつられて笑むと、頬を染めとても嬉しそうな顔をしたが、少年の言う通り先ほどから一言も喋らなかった。
「本当に喋れないんだな…」
 しみじみと呟いたソルに他の三人が同意し、少年がきゅっと唇を噛む。
「さて、ではそろそろ今後の予定を決めましょうか」
「そうだな」
 オーマが笑みを浮かべながら、少年の頭をぽんぽんと叩いてやる。
「この腹黒お助けマッチョ☆がなんとかしてやるって」
 少年がやや不審そうな顔をしたが鬼灯を含めその他三人は聞かなかったことにしたのをきっかけに、作戦会議が始まった。
 貴族について、話を要約すると彼は数年前にこの地に赴任してきた領主で、税の代わりに少女の声を差し出せと要求してきたらしい。身寄りのない兄妹が、言わばその犠牲となるのはある意味仕方がないことと言えた。
 幼い兄妹への仕打ちにも憤りを感じたが、生活の保護はしてもらっているという話にほっと胸をなでおろす。
「誰も文句を言わなかったんですか?」
 アイラスの疑問に少年が俯き拳を握った。
「みんな、あいつがマモノだって、おそれてるから…」
「どうして魔物、と」
「だって、人の声をうばって生きてるやつなんて、マモノにきまってる!」
「…つまり、魔物だと恐れて皆何もしてないということですね…」
 独り言のようにアイラスが呟き、意識を思考の海に沈ませる。不意にオーマが立ち上がると四人を見回した。
「話の途中に悪ぃんだが、俺はちょっとその貴族とやらの館に行ってくるぜ」
「え、でも館にはたくさんの強い人たちが…」
「俺もその強い人の一人になりゃいいんだろ。まぁ、悪いようにはしねぇから安心しな」
 不安そうな表情の少年の頭をオーマが再び撫で回した。突然の提案に鬼灯自身驚いたものの、オーマの表情から何か考えがあることを読み取って、無言で送り出す。
 戸口からオーマの姿が消えたのをきっかけに、再び作戦会議が始まった。
 しかし、作戦といった所で少年の話は穴が多く、使えそうな情報が少ない。
「せめて館の内部が分かればいいのですが…」
「そうだな」
 鬼灯が呟いた言葉に、少年が申し訳なさそうに体を縮めた。
「いっそのこと門番を倒して、というのが一番手っ取り早いかもしれません」
 作戦という作戦が立てられぬまま沈黙した時、出されたアイラスの提案に一同は賛同しかけるが、鬼灯はふとあることに気付く。
「でも、門番の方々もけして番をしたくてしているとも限りませんし」
 村の様子から、村人たちがけして領主に媚びへつらっているわけではないようだ。
「穏便に済ませるのが一番、ということか」
「犯罪者にはなったら困りますしね」
 その言葉に特にアイラスが深く同意し、次の提案を口にした。
「実際に館を見に行きましょうか」

 再び少年に案内されて貴族の館へとやってくる。門の前には門番が二人。たいして強そうに見えなかったが、とりあえず姿を隠し辺りを伺った。
 館は豪華絢爛だったが、鬼灯の趣味には合わず顔をしかめる。
 辺りを注意深く伺っていたアイラスが大きな木の生えている場所で立ち止まった。
「どうかされましたか?」
 不思議に思い傍に寄ると、アイラスは自身の手に魔力をこめていた。そしておもむろに柵へと手を伸ばし素手で柵を切り裂く。
 驚いて目を見開く鬼灯をよそに、柵はキンキンッと高い音をたてて壊れていった。後には、人一人入れそうな穴が残る。
 ソルの隣にいた少年が感嘆の声をあげた。
「すごい…」
 その瞬間、館の入り口があるほうで爆音が響く。何事かと辺りを見回すが、館の内部は混乱したかのように人がざわめいているだけだ。
 アイラスは何かに気付いたかのように、自身が開けた柵の穴の中に入り、今のうちですと鬼灯たちに向かって声をかける。
 後ろにいた筈のソルがアイラスを追い抜いて、館の窓を長刀で切った。幸い周りには誰も居らず、すんなりと侵入することが出来る。ソルは身長の低い鬼灯に手を貸そうとしたが、それをやんわりと断りひらりと窓を越えた。同じぐらいの身長の少年がソルの手を借り窓を越えたのを見、アイラスが走り出す。
 しばらく走るものの、中は複雑に入り組んでおり肝心の貴族がどこにいるのか分からない。反対側から別の足音が聞こえ、慌てて皆角に隠れた。
 いつでも飛び出す準備をしていたものの、現れた足音の主は見覚えのある黒髪の人物、オーマだった。
「オーマさん!」
 アイラスが呼びかけると、こちらに気付いたオーマが笑みを浮かべ走りよってくる。
「よし、行くか」
 その笑みから、どうやらこのタイミングよく起こった騒ぎはオーマの仕業らしい。
 オーマの案内のおかげであっさりと4人は領主の部屋へとつく。途中で使用人らしき者たちが慌てて逃げ出していくのとすれ違ったが、鬼灯たちの方には注意を向けず通り過ぎていった。
 館の最奥のドア開いた先で、眉間に皺を寄せた男が振り返る。40歳前後のどこにでもいそうな男だ。手に薄紅色の何かを持っている。
「なんの騒ぎだ一体!…なんだお前たちは!!」
「声を取り返しに参りました」
 強い口調で鬼灯がいうと、男はオーマを振り返り鬼灯たちを指差した。余裕の表情をしているオーマに比べ、貴族の男は焦っている。
「おい、坊主。こちが持っているものが、妹の声だ」
「声をかえせ…!」
 オーマの言葉に少年が走り出すと男の手首に掴みかかり、無理やりにその手の中にあった珠を取り出した。薄紅の珠が少年の手の中に落ちる。
 男は声をあげそれを取り返そうとするが、それより早くオーマとソルが動く男を取り押さえた。
 冷静に鬼灯とアイラスは頷にき合うと部屋の中を探し出した。往生際悪く動こうとする男をオーマとソルが取り押さえる。
 鬼灯は低い身長を生かし、ベッドの下などを探すがそれらしいものは出てこない。
 きょろきょろと有りそうなところはないかと首を巡らせていると、机を探していたアイラスが硝子ケースを引き出しの中から取り出した。
 赤、青、黄、緑、茶、詰め込まれている珠はどれも同じものはなく、皆それぞれの輝きを持っていた。それが声だ言われれば簡単に納得が出来そうなほど、美しい。
「それは…っ!」
「これが、声なんですか?」
 慌てる男を遮ってアイラスがオーマに尋ねると、オーマは神妙に頷く。そして掴んだままの男を見下ろした。
「昔、聞いた話なんだがな。ここから随分と遠いところに声を食う種族がいるらしい。こいつの正体は恐らくそれだ」
「聞いたことがあります。特に少女の声を好み、彼らの住む地域近寄るとしばらくの間声が消えるという。でも彼らは精霊のような存在で、こんなことはしない筈では…」
 オーマが淡々と語りだした話にアイラスが続ける。しかし、鬼灯にしてみればこんな変哲もない男がそんな神秘的な生き物だというのは納得がいかない。
 それはソルも同じらしく、鬼灯と似た表情を浮かべていた。
「この男は精霊なのか?」
「見えません…」
「そうだな。ここからは俺の推測なんだがな。こいつが声を食ったらこの館の者たちが恐れた、そうすると、どうなるか分かるか?」
 謎かけのようなオーマの言葉にそれぞれが考えだす。
「皆が、喋らなくなる」
 声を食うというならば、人が食事を摂れなくなるのと同じことだ。
「声を食って生きるなら、それは困るというわけですか」
「そうだな。それで声を保存する方法が」
「この珠なわけか…」
「ま。こいつも可哀想な奴ってことだな。坊主、このことをみんなに話てやれ。そうすればこんなことにはならないだろう」
 妹の声の珠をしっかりと握り締めた少年はオーマの言葉に深く頷いた。
「わかった」
 少年の頭を撫でてオーマが部屋を後にする。その後ろ姿を見送り、鬼灯とアイラスは崩れている領主へと視線を移した。
「これに懲りて、もうこんなことはしないことですね」
「いくらお腹が減っていても、声そのものを奪うというのは感心いたしません」
「わ、分かった…」
 よく見ると領主の首筋には赤い線がついている。先ほどソルが逃げようとする領主に長刀をあてた時についたものだろう。よほど怖かったのか、逃げる気すら失せたように領主は首をがっくりと落とした。
「では、これは僕たちが元の持ち主に返しておきますから」
 穏やかな表情を浮かべているのに笑っていない目をしてアイラスが釘を刺す。その後ろでじっと領主を見つめる鬼灯も目が真剣だ。
「それは…」
「いいですよね?」
「…う」
 往生際の悪い男に念を押すと、三人は部屋を後にした。

 数日後、再び酒場に訪れた少年は鬼灯たちを見つけると走りよってきた。
 少年の話いわく、声は元の持ち主のところに無事帰り、妹の声も戻ったという。事情を村人に話すこととなった領主は、少しづつだが受け入れられ始めているらしい。
 そうした報告をしながら、少年はアイラスを見上げしみじみと言った。
「おにいさんの声、きれいですよね。…そういえばあいつが欲しがってました」
 複雑な顔をしたアイラスに微笑を浮かべ、鬼灯は帰りを待っているだろう、主人の元へと急いだ。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【1091/鬼灯/女/6才/護鬼】
【2517/ソル・K・レオンハート/男性/14歳/元殺し屋】

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■         ライター通信          ■
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こんばんは。ライターの蒼野くゆうです。
この度は発注ありがとうございました。
今回唯一の女の子のキャラということで、とても楽しく書かせて頂きました。
鬼灯さんの可愛らしさがでいるといいのですが…

それでは、またどこかでお会いしましょう。