<PCクエストノベル(3人)>
再会 〜アクアーネ村〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2082/シキョウ /ヴァンサー候補生(正式に非ず) 】
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
黒の男
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アクアーネ村。
年中豊かな水路を持ち、そうした綺麗な水に囲まれている穏やかな村で、観光名所にもなっている。また、この村の地下にはどうやらいくつもの遺跡が埋もれているらしく、そう言った遺跡の発掘に血道を上げた研究者たちが訪れる事も珍しくない。
ゼン:「しっかし珍しい事もあるもんだ。オッサンが俺たち連れてこんなトコに旅行に誘うなんざ。――嵐でも来るんじゃねえか?」
はん、と小さく鼻で笑いながら、だらだらと歩く青年が不気味なほどにこやかに笑みを浮かべて後ろから付いて来る大男へちらと視線を向ける。
ゼン:「まぁた何か面倒な事でも考えてやがるんだろ?あ〜あ。………っておいっ、そこ動くなシキョウ」
シキョウ:「え〜?」
ほんの少し目を離した隙に、もう1人の少女…お出かけと言う事もあり、よそ行きの服を着せてもらってるんるん気分でいつもより20パーセント増しの笑顔を浮かべているシキョウが、木にぶら下っている奇妙な塊にそーっと手を伸ばしていた。
――茶色く、鱗のようなマーブル模様が浮き出た、ある種芸術品のような…だが、それが外敵に対し強烈な攻撃をかける兵士を大量に仕込んでいる事など、シキョウが知る筈はない。
シキョウ:「駄目なの〜?」
ゼン:「駄目だ駄目だ。それは危険なんだから――つーかてめぇ勝手にうろちょろすんじゃねえ。俺やオッサンに迷惑かかんだろうが。あんまり言う事聞かねぇと家に送り返すぞ」
シキョウ:「えええええ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!やだやだやだやだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
ゼン:「お、大声を出すな馬鹿ッ!」
俊敏な身体が大地を蹴り、きょとんと目を丸くしている少女を引っ掴んで、大きなスズメバチの巣から蜂が顔を出す前にその身体を抱えて走り出す。
オーマ:「おーい、そんな事しなくても大丈夫だぞ…って聞こえねえか。まあ、仲が良くて何よりだ」
シキョウが寄って行くより前に目ざとく巣を見付け、その周囲を中から蜂が出てこないようすっぽりと空気の壁を作っていたオーマ・シュヴァルツが、アクアーネ村目指して一心に駆けていく2人…正確にはシキョウを抱え込んだゼンを生暖かい目で見守りつつ、自分はのんびりと歩を進めていた。
*****
アクアーネ村のホテル宿泊券を貰ったのは、オーマが以前アクアーネ村で発見された遺跡の発掘調査に携わった時の事だった。そこは今も非常に珍しい遺跡として観光資源にもなっているという噂を聞いている。
だが、オーマはその遺跡を2人に見せるつもりは無かった。理由はいくつかあるが、自分たちの過去を見るよりもただの骨休めをさせたかったからと言うのが一番大きな理由だろう。
特に、今回半ば無理を言って担ぎ上げて来たのは、ゼンの方だった。
春になって毎日のように家を飛び出したがっているシキョウに旅行をさせてやろうと言う口実の元、シキョウの面倒を見ているのはゼンなのだからと強引な論法で連れ出して来たのは、つい近頃起こった奇妙な『出会い』に、つい考え込みがちなゼンの気を晴らそうとしての事。
――ゼンが知る由も無い『VRS』の新種と言うしかない、ある『男』との出会いに。
もちろんそれ以外にも、シキョウが旅行したい旅行したいと何度も何度も言い続けた事や、この際だから2人を旅行と言う日常外の出来事に放り込んで一気に2人の仲を急進展させてやろうとゼンにとっては余計な親心を満開にしていた事も理由のひとつになっている。
ゼン:「…っく、はーっ、ぜーっ、――オッサン、何、笑ってん、だ…っての」
オーマ:「おう?俺様は笑ってねえぞ。いやまあ見事なナイトっぷりに心温まるものがあってだなぁ…」
ゼン:「ざ、けんなコラ、誰が、んなクソこっ恥ずかしいモンに、なる、かよ」
十分すぎる距離を走って走ってへたり込んでいたゼンが、息も絶え絶えに悪態を付く。 そして当のシキョウはと言うと、
シキョウ:「あははははーーーーーーーッッ、空も地面も廻ってるよーーーーーーーーーーーーーーッッッ!」
急激な景色の変化に目が付いて行けなかったのか、楽しそうに目を回していた。
オーマ:「わはは、気にするな。…おう、頑張れ2人とも。ゴールはそこだ」
…そして。
ようやく見えてきた村の景観に、目を奪われたのはオーマただ1人だった。
ゼン:「ま、まだあんな遠くにあるのかよ…」
シキョウ:「景色がぐるぐる〜〜〜〜〜〜〜〜〜あははははは〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ♪」
今の2人に、景色を楽しむ余裕などある訳が無かったから。
*****
シキョウ:「おみずキレーイ!びょういんのうらのかわぜんッッぜんちがうよーーーーーー!」
オーマ:「そりゃああっちは下水だからな。来て良かったろ?」
シキョウ:「うんッッ」
大きくこっくり頷くシキョウと、憮然としながらもようやくアクアーネ村自慢の綺麗な川からの眺めに見入るゼン。
ゆらゆらと流れるゴンドラからの眺めは、ひんやりした水の冷たさが船の上まで上がって来て、ぽかぽか陽気で火照った肌を冷やすには丁度良かった。
ゴンドラ乗りに聞けば、これから夏、初秋に入るまでがシーズンなのだとかで、良い時期に来たとにこにこ顔。
いつもよりも目をきらきらと輝かせたシキョウが身を乗り出しすぎてゴンドラから落ちそうになった一幕もあったが、事前にその動きを予測していたゼンとオーマの2人がしっかり押えていたお陰で、彼女の額と前髪が濡れただけで済んだ。
ゼン:「気を付けろっつっただろ?これ以上言う事聞かねーと放ってどっか行くからな」
シキョウ:「……うん……分かった」
ゴンドラを降りてから宿に着くまでこんこんと説教じみた文句を聞かされたシキョウが流石にしょぼんとし――だがそれも一瞬の事で。
シキョウ:「ベッドいいにおい〜〜〜〜〜〜♪」
案内された部屋に入った途端、部屋を隅から隅まで探索し、目をきらきら輝かせてぼふんとお腹からダイビングし、枕をぎゅぅと抱きしめたのだった。
オーマ:「いい所だろ?こう言う光景は向こうじゃ見たくても見れねえからな」
ゼン:「まーな。あーあ、何かどっと疲れた。少し寝る」
疲れたと言う部分を強調しつつ、ごろんとベッドに横になったゼンが、大きく切り取られた窓から外を眺める。
――大都会ではお目にかかることも出来ない風景と、耳の奥に届くさらさらと言う水音。あくまで自然の形を崩さず、その合い間合い間に人が住む場所を作ったようなこのアクアーネ村は、オーマが言うように見たくても見ることの出来ない世界だった。
整備された街や計画的に植えられた木々に見られる無駄の無さはここにはない。
その代わり、そう言った場所では決して手に入らない奇妙な心地良さが、この世界にはある。
いつも斜に構えたような表情を浮かべているゼンも、その雰囲気に捉えられたのか、滅多にない穏やかな目をゆっくり閉じて、無防備に寝入って行った。
その様子を面白そうに見ていたオーマが、じーっとゼンを見詰めるシキョウの頭をぽんぽんと叩く。
オーマ:「疲れてなければ、少しぶらつくか?」
シキョウ:「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……でもー」
いつもなら即答するのだろうが、今日はどうしたわけか歯切れが悪い。
そんな彼女の頭をわしゃわしゃと掻き回すとオーマがもう一度にっこりと笑いかけ、
オーマ:「側を離れたくないか?ん〜良いねえ若い者は。じゃあ俺が何か美味いモンでも買って来てやろう、何がいい?」
その言葉にぱぁっと目を輝かせたシキョウが、やや声を落しつつ、ゼンやオーマの分も含めた『食べたいもの』の名前を次々に挙げて行った。
*****
ゼン:「――――――ッッ!?」
その『気配』に気付いたのは、ゼンが最初だった。気持ちよく眠っていた所、頭の中を掻き回されるような感触に鳥肌を立てつつ跳ね置き、食べ残しのフルーツが積まれたテーブルの向こうを睨み付ける。
――多分、今の時刻は深夜に差し掛かった辺りだろう。月明かりがほの白く室内に差し込んで、ぼうと頼りなくものの姿を浮き上がらせている。
オーマ:「おう。起きてたか」
シキョウを挟んで向こう側のベッドで狭そうに寝ていた筈のオーマが、そんな言葉と共にむくりと起き出して来た。そのまま、むにゃむにゃと何の不安も無く眠っているシキョウを揺り起こす。
ゼン:「…ウォズじゃないが…具現の力が使われたのは間違い無さそうだ。何が起こってるんだ、――妙に静かだが」
オーマ:「見て回るしかねえな。ほらシキョウ、起きた起きた。夜中の散歩としゃれこもう」
シキョウ:「む〜〜〜〜〜……あふぁ〜〜〜〜〜」
こしこし。
何かぶつぶつ呟きつつ目を擦ったシキョウが、大きく欠伸をして2人の後に付いて行く。
途中、開け放たれていた扉の中を覗くと、ベッドの中に人が寝ていた形跡は残っていたが、ベッドそのものはもぬけの殻だった。
そして――
オーマ:「何だ、こりゃぁ…」
アクアーネ村名物の水。普段は静かにその身を横たえている筈のそれが、生き物のようにうねり、身体をくねらせながら村の中を動き回っていた。
ゼン:「オッサン、あれ」
ゼンの視線の先にあるものは、オーマにもすぐ見えた。
月の白い光の中、きらきらとした水のうねりの中に、ぐったりした村人の姿が見え――そして、水の中に溶けるように消えていく。
オーマ:「融合してやがる…この間のと同じだ」
ゼン:「つー事は…おい、アイツがこの近くにいるって事かよ!?」
その声に、
ぴくり、と水の塊が反応した。
オーマ:「恐らくな。見たところ俺様たちだけしかまともに動けるやつはいないようだが…村人を取り込んでどうしようって言うんだ」
ゼン:「知るか。――オッサン、来る!」
ばぢゃあっ!
2人が咄嗟に飛びのいた直後、一部千切り取った水の塊がその場に叩きつけられた。攻撃なのか、それとも今さっき見たようにオーマたちを取り込もうとしたのか、それは分からないが…。
ゼン:「っのやろう!」
それが自分に向けられたものだと知ったゼンにとってはどうでも良い事。
瞬時に手の中に生み出した剣で、半ば固形化した水の竜を叩き切ろうと振りかざし、切りかかる。
同時にオーマの腕の中に巨大な銃が抱え込まれ、ゼンに切り刻まれた『竜』が身体を再び癒着する前に数発の拡散弾が打ち込まれた。
びちゃっ、と巨大な水滴が落ちて来たような音を立て、水が飛沫を上げてその場に弾けて落ちる。
――そのままするすると地面の中へ吸い込まれるように消えて行った所を見れば、ダメージはほとんど受けていなかったらしい。
ゼン:「結局水だからな。蒸発でもさせない限りはどうしようもねぇ」
オーマ:「もしくは…大元に文句言って辞めさせるか、だな」
シキョウがきょとんとしている前で、オーマとゼンの2人がぼそぼそと話し合い、それぞれの得物を手にその場で別れて別の場所へと歩き出し。
ゼン:「――てめぇは帰れ」
実に素っ気無い声と表情で、シキョウに告げた。
シキョウ:「ええッッ、なんで〜〜〜ッッ!?」
夜中に起こされ、訳が分からないままに付いて来た所でゼンに言われたシキョウが口を尖らせて大声を上げる。
ゼン:「説明してるヒマはねぇ。足手まといになるまえに、帰れっつってんだ」
オーマ:「…ま、そうだな…帰らなくていいから、村から暫く離れた所に行ってるのが一番いい。この村は今ちぃっと変な事になってるからな、シキョウに何かあったらゼンに悪いだろ?」
ゼン:「何で俺なんだよ」
オーマ:「心配だからそう言ってるのは分かるがな、おまえさんももう少し言葉を選べや。でねえと、可愛い子に逃げられちまうぞ?」
ゼン:「――そんなんじゃねぇっつってっだろオッサン!」
くわ、と目を剥いたゼンがオーマへ食ってかかり、それから不安そうにじぃっと自分の事を見ているシキョウへしっしっと犬を追い払うように手を振り、
ゼン:「いいから帰れ。……それから、何があっても俺たちがてめぇのトコに行くまで戻って来るんじゃねえぞ」
わかったな、ときつい目でシキョウが僅かに頷くまで強い口調で言い切ると、ゼンは別の方向へきっと視線を向けて駆け出して行く。
オーマ:「やーれやれ、手のかかるぼっちゃんだこと」
大きく肩を竦めたオーマが、動かずに立っているシキョウに柔らかく笑いかけ、
オーマ:「ああは言ってるが心配してる事は間違いないぞ?…これから相手しなきゃならねえ相手は、ちぃとばかし面倒なヤツでな。だから、いい子で村を離れて待っててくれ。分かるな?」
シキョウ:「…うん」
よしよし、とぽむぽむ頭を撫でてやり、
オーマ:「今度はもっと豪勢な場所へ連れていってやるさ。ゼンも一緒に、な?」
シキョウ:「うんッッ」
少し笑みを戻したシキョウがこっくりと頷くのを見て、オーマもにやりと笑うと、シキョウの背を村の出口へ押し出してゼンとは反対の方向へ歩いていく。
シキョウ:「……………」
シキョウはもう一度ゼンの去った方向を見詰めると、ちょっぴり肩を落としながらとことこと言われたままに村の外へと出て…行こうと、した。
とんとん。
シキョウ:「な〜に?」
村の出口すぐ近くで、軽く肩を叩かれて振り返る。
そこには、ひと1人分くらいの量の水が、ぬうと立ち上がって、シキョウの前に静かに立っていたのだった。
*****
シキョウは歩きながら、かっくんかっくんと首を左右に傾け続けている。
あの後、柔らかそうな固そうな水の塊に導かれるようにして、遺跡の階段を降り、いくつかの通路を通り抜けている最中なのだが。
シキョウ:「あたし、むらのそとに出ていなくてもいいのかな〜〜?」
うごうごと急いで移動している水の後に付いて歩きながら、何度もその言葉を繰り返している。とは言え、好奇心もあり、先程見たものと同じように危害を加える気配も危険と思う事も一切無かったため、シキョウの足は村の外へ一向に向かう気配は無かった。
するすると水は地面の上を滑るように進んでいる。
その後を付いていくと、やがてその奥に灯りが灯っており、そこから水の音と、何だかよく分からない気配があるのが感じ取れて、足を急がせる。
黒の男:「やあ…やっと、来てくれたね」
遺跡の最奥に当たるのだろうか。
室の中に足を入れると、割合広い室内の向こうに見える泉らしき部分から水をじっと見詰めていた1人の男が、にこりと穏やかな笑みを浮かべて振り返った。
その目は深淵を覗き込んだ時のように深い黒。髪もまた漆黒の色を取って――だが、敵意は露ほどなく。
オーマとゼンの2人がこの光景を見たとしたら、目を剥いていただろう。
少し前に別の遺跡で、圧倒的な力を見せ付けながらも2人を生かしたまま立ち去った謎の男が、シキョウへは酷く穏やかに話し掛けているのだから。
シキョウ:「わあッ」
ぱたぱたとシキョウが目を輝かせて男へ、その向こうの泉へ駆けて行く。
そこにあったものは、意思を持っているが如くその身をうねらせ、波を起こしている村の水だった。
――ところどころふっと浮かんで消える模様は、人の顔のようにも見える。
そんな中を怖がる事無く、そおっと…肌に触れるかのように水面に手を伸ばして『それ』を撫でたシキョウがくすくすっと笑った。
黒の男:「その『水』は怖くないのか。禍々しいとは、思わないのかい?」
シキョウ:「どうしてー?こ〜〜〜んなに、キレイなのに〜〜ッ?」
シキョウがぶんぶんと腕を振り回して、周囲をぐるりと見渡す。つと目を細めながらその様子を見ていた男が、ふ、と小さく笑みを浮かべた。
黒の男:「間違ってはいないけれど…禍々しいとヒトの目に映るだろうと思っていた」
シキョウ:「ええ〜〜〜〜?だって、誰も死んじゃったりしてないよ〜?」
――そう。
シキョウの言う事は、ある意味では正しい。
どういう理由でか、水と人が具現能力を加味しつつ融合してしまった状態ではあるが、確かに誰1人として『死』を迎えてはいない。
もっとも、オーマたちに言わせれば、この状態から元に戻せる可能性など無に等しいのだから、死と変わらないものだと言い切ってしまうのだろうが。
黒の男:「やはり、君は…そうか」
男がシキョウにそっと手を差し伸べる。
シキョウ:「?」
きょとんとした顔のまま、シキョウも差し伸べられた手へ自分の手を伸ばし。
ゼン:「シキョウ、そこ離れろ―――――――ッッッ!!!!」
肌が泡立つような、戦慄を含んだ声が、背後から響き渡る。
シキョウ:「……えッ?」
きょとん、とその言葉に場違いなほど不思議そうな顔をした少女が、ゼンの声と知って嬉しそうな顔をし、だが何故そのような切羽詰った声を出すのかが分からずかっくんと首を傾げる。
黒の男:「彼は実にいい『気』を持っているね。もう1人とは随分違う」
シキョウ:「もう1人って……ああ〜〜、オーマの事だね〜〜〜ッ。だって、オーマは『はらぐろ』で『いろもの』だから、違って当たり前だよ〜〜」
ぱちん、と両手を合わせて打ち鳴らし、楽しげに微笑むシキョウ。だが、ゼンが言った『離れろ』という言葉も気になり、どうしたものかときょときょと周囲を見回して行く。
黒の男:「どうした?」
シキョウ:「う〜…ゼンが呼んでるから、この場所から離れないといけないのかなぁって…」
黒の男:「どうするかは君が決める事だ。どうしたい?」
シキョウ:「う〜〜〜〜ん」
ある種心地良さを感じるこの場からは離れがたく、と言ってゼンの言葉に逆らうにも抵抗がある。そう言った屈託をきゅぅと寄せた眉に表しながら、シキョウはもう一度…ゼンではなく、男をじっくりと見上げた。
ゼン:「シキョウ!何やってんだテメェ、いい加減そこから離れろって――!!!!?」黒の男:「――やれやれ」
――ヴン。
耳の奥をかき回すような音と共に、ゼンの目の前に一瞬で闇が生まれる。それは明確な意思を持ってゼンを包み込み、薄い闇色の壁となって固まった。
何の『力』も生まれたようには見えなかったのに、手の平を向けただけで用事は済んだと顔をシキョウに向ける。
ゼン:「なんだよこりゃぁ!畜生、出せッッ!」
黒の男:「無粋な真似を。…危害など、もとより加える気は無いのに」
呟いたまま、男はシキョウの手を取り、そしてゼンに向けていたもう片方の手を重ねた。
その、瞬間。
シキョウ:「え………あ――――――ッッ!?」
シキョウが驚いたように目を見開いて、悲鳴のような声を上げ、男の顔をまじまじと見詰める。その、目の中に何かが見えるとでも言うように。
黒の男:「怖い?」
シキョウ:「――――――」
目は未だ見開いたまま、ゆるりと首を振る少女。
シキョウ:「こわく、ないよ…だって、あなたは…」
力が抜けたのか、かくん、と膝が落ちる。そこをすかさず抱きかかえた男が、泉のふち近くにそっと座らせた。
――かつん。
オーマ:「まるでお姫様扱いだな。そう言う事するなら俺様ももっと恭しくしてくれねえか?」
オーマが、肩に銃を乗せたままゆっくりと通路から姿を現す。その目は真っ直ぐ男を見据え、そしてゼンが叩いたり蹴ったりしているらしい音のする闇色の壁へ手を押し当てた。
黒の男:「流石はオーマ」
卵の殻を破るようにぱりぱり音を立てながら壁が壊れていく。その様子を見た男がどこか嬉しそうな声を上げ、壁の中から飛び出して来たゼンは目を吊り上げて男へと一直線に突っ込んで行く。
ぐいっ。
オーマ:「おいおい、そんなんじゃ駄目だろう。お姫様大事なのは分かるがもっと落ち着け」
その首根っこを掴んだのはオーマだった。
ゼン:「離せオーマてめぇ!ンな事じゃねえ、俺はなぁ」
じたばたじたばた。
微妙に足が浮いているためか、オーマから逃げようにも逃げられず、それでも自分より上に頭があるオーマをぎろりと睨み付けるゼン。
黒の男:「楽しそうだね」
オーマ:「おうともよ。…おまえさんも、いい加減白状したらどうだ?ここの村人を融合させるなんつう訳のわからねえ事しやがって」
黒の男:「生体と具現の融合の可能性を調べただけだ。後は好きにすればいい…死を迎えた者はいないのだからね。――それに、もうひとつ、見つけた」
その手が、シキョウの髪に触れる。
シキョウ:「?」
黒の男:「VRSでもどうにも出来なかった問題を解決できる存在が、こんな場所に保護されていようとは。まさか関係機関も気付いてはいなかったようだね」
オーマ:「……!」
座ったまま、下から不思議そうに男を見上げるシキョウと、男の言葉を聞いて一瞬息を呑むオーマ。話の繋がりが分からないゼンは、何度も2人の間に視線を往復させ、
ゼン:「どう言うことだオッサン」
オーマへ、男が一体何を言っているのかゼンが訊ねると、オーマが口を開くより早く男が薄らと笑みを浮かべながら、
黒の男:「聞けばいい。だが、果たして話してくれるだろうか?」
そう言い切った。
ゼン:「てめぇには聞いてねぇよ!」
声を荒げるゼンには構わず、男がすっとしゃがんでシキョウと視線を合わせ、
黒の男:「また会えるのを楽しみにしている。――あなたは私の希望だ」
愛しげに髪から頬まで撫で下ろすと、すっと立ち上がり、
黒の男:「――では」
オーマへひたりと視線を合わせたまま、霧散するように消えて行った。
ゼン:「どういう…事だ?VRSっつうのは何なんだ?この間のアレとも関係ある事なのか?」
オーマ:「まあまあ、落ち着け、取りあえずはだなぁ」
ゼン:「ウォズがあんなになっちまった話を知ってるんだな?俺に黙ってたんだな!?」
シキョウ:「ゼン」
凛とした声が、激昂しかかっていたゼンの表情をすっと覚めさせた。え?と呟きつつ声の方向を見ると、既に立ち上がっていたシキョウがにこりと微笑んで、
シキョウ:「村の人を元に戻すのが先でしょう?手伝って、2人共」
言うなりざぶんと泉に飛び込んだシキョウが2人を手招きする。
オーマ:「お、おう…」
ゼン:「………」
呆気に取られた2人が、反論する事も忘れて泉へ近づいて行くと、
シキョウ:「2人は具現の『鎖』を断ち切ってくれる?あたしは融合を解くから。…大丈夫よ。何も怖い事は無いんだから」
最後の言葉は泉の中で蠢くたくさんの何かへ向かって語りかけたものらしい。沈む事も無く、弾力のありそうな水を、シキョウが今まで見た事もないような柔らかな微笑と共に何度も何度も抱きしめる。
――水は水に、人は人に。
融合はその夜のうちにあっさりと外れ、人々はその夜にあった事を記憶しないまま誰1人として支障無く家へと戻って行った。
*****
シキョウ:「あ、あれ、あれたべる〜〜〜〜!いこうよ、ふたりとも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ♪」
――翌朝。
昨日に負けず劣らずの良い天気に、シキョウがぴょんぴょん飛び跳ねながら、観光客を当て込んで出されている屋台へ走り込んでいく。
オーマ:「勢い余って屋台壊すなよー」
再びおとーさん顔になったオーマが、目を細めつつ元気の良いシキョウに声をかける。その隣では、眠れなかったのかだるそうな顔をしたゼンがじろりとオーマを見上げた。
ゼン:「…で?」
オーマ:「で?って何だ?」
ゼン:「とぼけんなジジイ。昨夜の事だよ」
オーマ:「なあゼン。…シキョウはああ言う事言うと思うか?」
ゼン:「あン?」
骨付きソーセージを焼いている店の前で、全部のソーセージに涎をたらさんばかりに身を乗り出しているシキョウに苦笑しつつ足早に近づいて行くオーマ。
オーマ:「あの可愛いシキョウが、具現の鎖を切れだなんて言うか?」
ゼン:「可愛いは余計だ。――けど、普通なら言う訳ねぇな。一晩寝たら昨夜の事一切覚えてねえっつーしよ」
オーマ:「だろ?つう事は、シキョウはあんな事言わなかったし、昨夜の事も起こらなかったって結論出してもいいんじゃねえか」
ゼン:「良くねえ」
シキョウ:「オーマ、オーーーーーーーーマ、はやくはやくはやくはやくはやくーーーーーーーーーッッッ!!!」
オーマ:「はいはい、そうせかすなって。…お。ゼン、あそこの店に行って焼きたてのでけえパン買って来い。朝食はサンドイッチとしゃれ込もう」
ゼン:「VRSの事、帰ってから必ず教えてもらうぞ、いいな」
オーマ:「分かった分かった。じゃあ夢の続きっつう事で話してやる。ほれほれ、早くしねぇとソーセージ全部お姫様に食われちまうぞ」
ゼン:「そんな食い意地の張ったお姫様なんざ存在しねぇよ!」
それでも、ばたばたと駆け出すゼンをうむうむと頷きながら、オーマを呼ぶシキョウの元へ急ぐ。
――シキョウも、村人も、誰1人として昨夜の事を覚えてはいなかった。
ただ、何故だかとても『幸せな夢』を見たと言う者が何人かいたのみで…シキョウはそもそも夢を見たかどうかさえ覚えていなかったが。
オーマ:「融合を解く、か…」
『混ざり物』――1度融合してしまったものが元に戻るなど、そうそう出来るものではない。オーマにしてからが、具現に働きかける事が出来るだけで、完全に混ざってしまったものを再びほぐして元の形に戻した事は無かった。
それを、あっさりと…紐が絡まっただけのような言い方で本当に戻してしまったのは、目の前で焼きたてのソーセージをはふはふと幸せそうに頬張っている少女。
オーマ:「わからねえ事を考えていても仕方ねえか。――おうゼン、遅いぞ」
ゼン:「オッサンの出した金が少なすぎたんだよ。立て替えといたから、後で払えよ」
固焼きパンをスライスしてもらったらしいゼンが、どん、とテーブルに皿ごと置く。
オーマ:「分かった分かった。いーかぁ、シキョウ。このパンでそいつを挟んでだな…」
穏やかな朝には、昨夜の出来事など微塵も感じさせるものはない。
それでも、ゆっくりと降りてくる心の澱は、少しずつ溜まって来ていた。
何も知らぬままでいたゼンやシキョウをも巻き込みながら――。
-END-
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