<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


 消えいく光を求めて



 気怠い酒場の雰囲気から身を守るようにして少年がエスメラルダに近付いてくる。
 まだ酒場に出入りするには早すぎるうえに、 比較的安全とはいえベルファ通りのこの酒場にやってきた少年に、人々は好奇の視線を送った。
「あの…」
 ようやくのところでエスメラルダに近付き、顔をあげる。幼い顔立ちとは裏腹にその瞳は真剣で、暗い光を宿している。
「なんだい、ここは子供来るところじゃないよ」
「とりかえしてほしいものが、あるんです」
 冷たくあしらうエスメラルダにも負けず、少年は言った。大きな声では無い筈なのに、酒場の皆を黙らせる妙な迫力がある。
「あいつからおれの妹の声を、とりかえしてください」
 怪訝そうに顔をしかめたエスメラルダに、少年は語りだした。ここから少し離れた所にある少年の村を治めている、少女の声を奪う貴族の話を。

 少年の話を聞き終えたソルは、視線を朱雀へと移した。ソルを見上げてくる鷹に似た鳥が、心得たように頷く。
「わたくしたちが力になります。だから緊張なさらないで」
 優しげな声音で鬼灯が言ったのを聞き、ソルはゆっくりと振り返った。
 小さな少年と視線が合う。その向こうには、ソルの他の協力者たちの姿があった。
「…俺も行こう」
 四人の協力者たちがそれぞれ頷いたのを見ると、少年は小さな体深々と折り曲げた。
「ありがとう、ございます…っ」
 少年の礼は、酒場の喧騒に紛れても協力を名乗り出た四人にははっきりと届いた。

 少年の村に着いた一行は、小さな家へと案内される。どうやらそこは少年の家らしく、中に入ると少年と面影の似た少女が客人に向けて嬉しそうににこりと笑い、台所の方へと消えた。
 随所に貧しさが伺える家だったが、綺麗に掃除され花が飾られている。柔らかに香る花の匂いに目を細め、おもむろに口を開いた。
「あの子がおまえの妹か?」
 ソルの言葉に少年が小さく頷く。
「はい。おれたち二人でここに住んでます」
「お二人で?」
「両親はもういないから…。だから、どうしても妹の声をとりもどしたくて…」
 台所に消えた少女が5人分のお茶を持ってくると、またにこりと笑ってそれぞれに差し出した。朱雀にも恐れることなく同じ笑みを浮かべる。
「本当に喋れないんだな…」
 その様子を見、しみじみと呟いたソルに他の三人が同意すると、少年がきゅっと唇を噛んだ。気付いた一行は、さり気無く話題をかえた。
「さて、ではそろそろ今後の予定を決めましょうか」
「そうだな」
 まだ唇を噛んだままの少年をオーマが笑みを浮かべながら、頭をぽんぽんと叩いてやる。
「この腹黒お助けマッチョ☆がなんとかしてやるって」
 少年がやや不審そうな顔をしたがソルを含めその他三人は聞かなかったことにしたのをきっかけに、作戦会議が始まった。
 貴族について、話を要約すると彼は数年前にこの地に赴任してきた領主で、税の代わりに少女の声を差し出せと要求してきたらしい。身寄りのない兄妹が、言わばその犠牲となるのはある意味仕方がないことと言えた。
 仕方がない、と片付けてしまう村人たちに腹正しい。朱雀も同意見だというように羽を動かした。
「誰も文句を言わなかったんですか?」
 アイラスの疑問に少年が俯き拳を握る。
「みんな、あいつがマモノだって、おそれてるから…」
「どうして魔物、と」
「だって、人の声をうばって生きてるやつなんて、マモノにきまってる!」
「…つまり、魔物だと恐れて皆何もしてないということですね…」
 納得したような誰かの呟きを無言で聞いていたオーマが、不意に立ち上がると四人を見回した。
「話の途中に悪ぃんだが、俺はちょっとその貴族とやらの館に行ってくるぜ」
「え、でも館にはたくさんの強い人たちが…」
「俺もその強い人の一人になりゃいいんだろ。まぁ、悪いようにはしねぇから安心しな」
 不安そうな少年の頭を撫で回すオーマをソルはお茶を片手に見上げた。何か手がありそうな口ぶりにソルは沈黙したまま、了承の意を示す。
 オーマを見送り、改めて作戦会議を開始した。
 しかし、作戦といった所で少年の話は穴が多く、使えそうな情報が少ない。
「せめて館の内部が分かればいいのですが…」
「そうだな」
 それはソルも感じていたことだった。どうやって声を奪うのか、せめて方法だけでも分かれば解決策を見つけるのも早いだろう。
「いっそのこと門番を倒して、というのが一番手っ取り早いかもしれません」
 アイラスの提案に、ソルは同意する。しかし、僅かに鬼灯が顔をしかめた。
「でも、門番の方々もけして番をしたくてしているとも限りませんし」
「穏便に済ませるのが一番、ということか」
 その言葉にも同意し、ソルは眉間に皺をよせる。これ以上ここで話しても埒が明かないだろう。皆の同じことを思ったのか、一同に沈黙が訪れた。
「犯罪者にはなったら困りますしね」
 ぽつりとアイラスが呟き、事態を改善させるべく案を提出した。
「実際に館を見に行きましょうか」

 再び少年に案内されて貴族の館へとやってくる。門の前には門番が二人。たいして強そうに見えなかったが、とりあえず姿を隠し辺りを伺った。
 館は豪華絢爛だったが、その周りを取り囲む柵は思ったほど頑丈ではない。
 一人周りを見回すアイラスと、それを不思議そうに眺めている鬼灯に声を掛けづらいのか、少年はソルの隣にちょこんと立ち朱雀を興味深そうに見ていた。
「こいつは朱雀というんだ」
「すざく…」
 じーっと迷いなく自分を見つめる少年に、朱雀が困ったような照れたような表情をしているのを見、微かにソルも微笑む。
 和やかな空気が流れたその瞬間、不意にアイラスの手に力が集まっていく。顔をあげたソルの目の前でアイラスは素手で柵を切り裂いた。高い音がし、柵が切れると人一人入れるぐらいの穴が残る。
「すごい…」
 少年が感心したようにアイラスを見上げる。その時館の入り口があるほうで爆音が響いた。何事かとそちらを見、それからアイラスたちの様子を見たソルは、どうやらこれはオーマの仕業だということに気付く。
「今のうちです」
 先ほどの表情の意味はこういうことだったのか、と一人納得しアイラスと鬼灯の後に続いた。
 目の前にある窓をアイラスを追い越し、緋雨と陽炎で切る。硝子が崩れていくのを待って部屋へと飛び込んだ。
 身長を配慮し、鬼灯に手を伸ばすがやんわりと断られると、黒い着物がひらりと舞って優雅に窓の向こう側へと降り立った。同じ身長でも少年の方は四苦八苦しており、手を貸してやると嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「いや…、気にするな」
 無事こちら側にやってきた少年を見て、皆が走り出す。少し遅れがちな少年の隣に並ぶと、またソルに向かって満面の笑みを浮かべる。
 中は複雑で、どこを走っても同じところをぐるぐる回っているような錯覚に陥る。先を急いでいたアイラスと鬼灯が廊下の角に隠れているところに追いつき、二人揃ってその後ろに隠れた。
 耳を澄ませてみると、反対側から別の足音が響いている。
 長刀を構えて様子を伺う。少年が不安そうな表情でソルの服を掴んだ。近づいてきた足音の主は見覚えのあるシルエットに一同、安堵の息を吐いた。
「オーマさん!」
 呼びかけると、こちらに気付いたオーマが笑みを浮かべ走りよってくる。
「よし、行くか」
 不敵な笑みを浮かべるオーマに、なんとなくこの騒ぎを起こした犯人を察してその後に続く。オーマの案内であっさりと4人は領主の部屋へとついた。途中で使用人らしき者たちが慌てて逃げ出していくのとすれ違ったが、ソルたちの方には注意を向けず通り過ぎていった。
 館の最奥のドア開いた先で、眉間に皺を寄せた男が振り返る。40歳前後のどこにでもいそうな男だ。手に薄紅色の何かを持っている。ソルの隣の少年が体を強張らせた。
「なんの騒ぎだ一体!…なんだお前たちは!!」
「声を取り返しに参りました」
 強い口調で鬼灯がいうと、男はオーマを振り返りソルたちを指差した。余裕の表情をしているオーマに比べ、貴族の男は焦っている。どうやら知らない間に何か取引をしたらしかった。
「おい、坊主。こちが持っているものが、妹の声だ」
「声をかえせ…!」
 オーマの言葉に少年が男の手首に掴みかかり、無理やりにその手の中にあった珠を取り出した。薄紅の珠が少年の手の中に落ちる。
 男は声をあげそれを取り返そうとするが、それより早くオーマとソルが動くと男の動きを封じた。ソル愛用の長刀を首筋にぴったりとあてると、男は抵抗をやめ大人しくなる。
「きっと他にも珠がありますね」
 その間に冷静にアイラスと鬼灯は頷にき合うと部屋の中を探し出した。往生際悪く動こうとする男に、刀を僅かに動かした。たいした傷ではないはずなのだが、赤い線から滲む血に、男は小さく声をあげる。
「あ。ありました」
 机を探していたアイラスを声をあげ硝子ケースを引き出しから取り出した。その中には赤、青、黄、緑、茶、さまざま色の珠が詰め込まれている。どれも同じものはなく、皆それぞれの輝きを持っていた。
「それは…っ!」
「これが、声なんですか?」
 取り戻そうと男は必死だったが、ソルに刀を首筋にあてられオーマに押さえつけられているこの状態では叶わなかった。
 珠を見たオーマが、ゆっくりと口を開く。
「昔、聞いた話なんだがな。ここから随分と遠いところに声を食う種族がいるらしい。こいつの正体は恐らくそれだ」
「聞いたことがあります。特に少女の声を好み、彼らの住む地域近寄るとしばらくの間声が消えるという。でも彼らは精霊のような存在で、こんなことはしない筈では…」
 オーマが淡々と語りだした話にアイラスが補足する。しかし、その話が本当だというならば目の前にいる男は精霊ということだ。納得いかないものを感じ、ソルは眉の間に皺を寄せる。
「この男は精霊なのか?」
「見えません…」
 鬼灯も同じことを思ったのか納得いかなさそうな顔をしている。
「そうだな。ここからは俺の推測なんだがな。こいつが声を食ったらこの館の者たちが恐れた、そうすると、どうなるか分かるか?」
 謎かけのようなオーマの言葉にそれぞれが考えだした。
「皆が、喋らなくなる」
 声を食うというならば、人が食事を摂れなくなるのと同じことだ。それは、つまり。
「声を食って生きるなら、それは困るというわけですか」
「そうだな。それで声を保存する方法が」
「この珠なわけか…」
「ま。こいつも可哀想な奴ってことだな。坊主、このことをみんなに話てやれ。そうすればこんなことにはならないだろう」
 妹の声の珠をしっかりと握り締めた少年はオーマの言葉に深く頷いた。
「わかった」
 少年の頭を撫でてオーマが部屋を後にする。その後ろ姿を見送り、崩れている領主へと視線を移した。
「これに懲りて、もうこんなことはしないことですね」
「いくらお腹が減っていても、声そのものを奪うというのは感心いたしません」
「わ、分かった…」
 アイラスと鬼灯に詰め寄られた領主は、逃げる気すら失せたように首をがっくりと落とした。ソルも珠を大切そうに持って、隣にやってきた少年の頭を撫でる。
「良かったな」
「はい!」
 元気よく返事した少年は早速妹に声を返しにいくべく、部屋から慌てて出て行った。その後ろではまだ、二人の釘刺しが続いている。
「では、これは僕たちが元の持ち主に返しておきますから」
 穏やかな表情を浮かべているのに笑っていない目をして、アイラスが容赦なくそう言い放つ。鬼灯もその後ろでじっと領主を見ていた。
「それは…」
「いいですよね?」
「…う」
 往生際の悪い男に念を押しおわると、三人は部屋を後にした。

 数日後、再び酒場に訪れた少年はソルたちを見つけると走りよってきた。
 少年の話いわく、声は元の持ち主のところに無事帰り、妹の声も戻ったという。事情を村人に話すこととなった領主は、少しづつだが受け入れられ始めているらしい。
 そうした報告をしながら、少年はアイラスを見上げしみじみと言った。
「おにいさんの声、きれいですよね。…そういえばあいつが欲しがってました」
 複雑な顔をしたアイラスに鬼灯が楽しそうに笑い、ソルもゆっくりと笑んだ。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り】
【1091/鬼灯/女/6才/護鬼】
【2517/ソル・K・レオンハート/男性/14歳/元殺し屋】

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■         ライター通信          ■
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こんばんは。ライターの蒼野くゆうです。
この度は発注ありがとうございました。
ソルさんが少年に協力的とありましたので、少年の方もソルさんに懐いてます。
会話を楽しく書かせて頂きました。

それでは、またどこかでお会いしましょう。