<東京怪談ノベル(シングル)>


+ その戯れに想いを寄せて +


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 その柔らかな時間と。
 その柔らかな空間と。
 そして。
その柔らかな二匹に、小さな感謝を捧げる。


 太陽が南中を過ぎた昼頃。
森の中、葉の隙間から零れてくるほんわかとした太陽の光を受けながら、俺は空を見上げていた。
 緑色が視界の端をちらちらするのは風によって葉っぱが揺れているからだ。影すら形を変えてゆらりゆらりと肌の上を掠めては消えていく。草を一つとって口に当てる。ピューっと高い草笛を鳴らすと小さな獣達が木の上に姿を見せた。姿は上手く確認出来ない。リスのようなものだろうと推測をつける。
もう一度高く鳴らすと尻尾らしきものが揺れる。ああ、やっぱり影の正体はリスだったか。


「くっく……あー、のんびりするぜぃ!」


 腕を上に向けて思いっきり伸ばす。
 重力によって袖が脇の方に下がってきた。その際に見えた前腕筋に思わずにやり。口端を引き上げたまま張りのある筋肉の肌を撫でるとうっとりと陶酔感がやってくる。うむ、今日も見事なマッスル具合だ、俺様。見よ! この鍛え抜かれた腹筋、胸板。しっかりがっしりとした腕に抱かれればそりゃあもう女性もメロメロ間違いなしってな。
や、俺様妻がいるから無理だけどよ。


「さあ、来い来い。怖くねえぞぉー?」


ちろりちろちろとこちらを見ている小動物に手を伸ばしてみる。しかし枝の上で二匹、身体を寄り添わせたまま動こうとしない。ちえー、俺様寂しいじゃねえですか。少しは構って下さいってこの心境を汲み取ってくれよ、かわいこちゃん。ちなみにこの場合のかわいこちゃんは子リス達だと思ってくれて結構結構。
仕方なく自分の食料を取り出して手の上に乗せてみる。丁寧にパンを細かく千切っていると興味を示してくれたのか、しゅるしゅるっと幹を伝って下りて来てくれた。餌付け作戦は成功っぽいので良しと心の中でガッツポーズ。その際嬉しさのあまり大胸筋がひくんっと痙攣したのは秘密の話。


手の上に一匹のリスが降りてくる。
しかし未だに警戒を解いてくれないのか、爪を立てられてしまったままだ。尖った痛みに苦笑がこぼれる。もう一匹はまだ木の上で様子を見ているようだ。警戒心が強すぎるというか、この世界ではそれくらいしておくのが吉というか何と言うか。
ちろ。
舌先が見えた。
ぺろり。
一欠片、口内に放り込んでもきゅもきゅと口元が動く。その細かな動作が異常に可愛らしくて、思わずにへらと奇妙な形に頬が緩んだ。


「うんうん、メルヘンメルヘン。ま、この世界でメルヘンも何もあったもんじゃねえけどなー」


 げらげら豪快に笑っていると手の上でビビっと毛を立てて怯えられてしまった。
 おおっとしまった。慌てて俺は口を閉じる。同時に呼吸も止めて、辺りには風と……それによって擦れる葉の音だけになる。シンっとした空間は現状ありえない。だからこそ、こうやって静かにするだけで落ち着く世界を作れるのだ。
そしてどうやら俺の努力が伝わったのか、リスは逃げようとはしなかった。
動物って言うのはテラピー効果が盛り沢山。触れ合っているだけでも「もう駄目だ、俺は生きていても仕方ないんだ」なーんて気持ちも不思議と浮上してくるもんなんだぜ? そこからまた頑張ろうって気分になれたりもするんだから、素晴らしいことだ。
 俺は顔を持ち上げる。視線の先にはもう一匹の子リス。


「さあ、来いよ。おまえも遅めの昼食を取ろうぜ。一人で食っても飯は不味い。それならひと時の時間を一緒に過ごしてくんねえか?」


 俺はお前を食いやしない。
 決して敵じゃない。
 ほら、ひと時の柔らかな時間を一緒に。


 相手が動くまで手を上げ続ける。
 筋肉質の手のひらは固いかもしれねえが、丁度いいテーブルにはなるだろう。待って待って、ずっと待ち続けた。しかしリスは俺を――――俺と掌のリスを見つめたまま動こうとしない。すでに食事を開始していたリスはきゅるりと瞳を動かした。
何つーか、動物の瞳って言うのは純粋すぎて時々痛く感じてしまう。それは疚しい心を持ったものならば必ず感じてしまうものなのだろう。
俺は決して人を殺めない。心に誓ったそれは主義という形として吹聴している。言いふらす形にすれば、言い逃れが出来ねえからな。どれだけ自分の立場が危なかろうが、苦しくなろうが筋を通す。「道」ってのはよ、無限でもありひとつでもあるモンさ。くっく、これは俺のキャッチフレーズみてぇなもんだけどよ、何か一つでも心に支えとして決めていりゃ強くなれるもんだ。


 ふと、手の上のリスが俺の腕、そして幹を伝って相棒の方に上っていった。
 きゅいきゅいと小高い鳴き声を出しながら呼びかけている。俺はパン屑が散ったままの手をにぎにぎと行き場無く動かした。すると、頭の上に衝撃。
ぽてん。
何が起こったのかと片手を這わせれば素早く二匹のリスが下りてきた。そして先ほどやるせなく動かしていた手へと移動していく。掌を広げてやると身体を並ばせたので、様子を観察することにした。


 一匹はすぐに口に含んだ。あむあむと租借している様子からしてすでに警戒は解かれているようだ。しかしもう一匹はまだ解けていないらしい。随分対極に位置した二匹なんだなぁなんて長閑に思う。それはまるで人間のようだ。人の性格も千差万別。多種多様。同じものなど一つもありはしない。
 俺も自分の分のパンを取り出す。当然片手しか使用出来ないからどうも遣りにくい。出来るだけ驚かさないようにしねえとな。あー……、やっと取り出せた。


「ん?」


 ぱく。
 もぐ。
 あむ、あむぅ。


「ッ……ぷっくっくくくくっくッ!!」


 片手にパン。もう片手に食事を共にする動物が二匹。
 どちらのリスの手にもパンの欠片が一つずつ。警戒が解けたのは俺が見ていない時間。もしかして人見知りのリスだったのか? なんて勝手に結論付ける。そんな動物に和みを頂きつつ、俺は大きく口を広げてばくん! っと勢い良く食らい付く。豪快に租借を始めた俺にびくびくしながら食事をする二匹。
そんなほんわか日和だった本日の昼食に、ちょこっと感謝。




…Fin





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こんにちは、初めましてオーマ・シュヴァルツ様。
今回は 発注の方真に有難う御座いました。完全にお任せ状態との事で、今回はリスと戯れて頂きました。気ない空間の中での逢瀬……そんなものが好みなので、はい、完全に趣味で書かせて頂きました(笑) ……筋肉とか。

 では今回はこの辺で。
 発注、本当に有難う御座いましたっ。