<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
深更のベルファ通りで人が消える――――神隠し。
そんな噂を聞くようになったのは、いつごろからだろう。
不穏な噂は広がるのが早い。ソーンに暮らす者たちは自然にベルファ通りから遠ざかった。
賑やかな歓楽街から喧騒が減った。
「ぜぇったいに原因をつきとめてみせますわ!」
ミリア・ガードナーはぎゅうっと拳を握り締めた。
新調したばかりのピンク色のワンピースは裾や袖口に大げさなくらいのフリルがついていて、ミリアのお嬢様振りをことさらにひけらかすようだった。
とても歓楽街に出向くいでたちではない。
ただでさえ女子供向けの通りではないところに来て、神隠しの噂で満ちたいびつな場所だ。
普通の女の子なら(女の子と言うより、普通の感覚を持った人間なら…と言うべきかも知れない)間違いなく尻込みして、昼間でも近づかない。
だが、ミリアは普通ではない。
「神隠しなんて!」
かつかつと踵を鳴らし、石畳を歩く。
毛先が綺麗にカールした栗色の髪が、リズミカルに肩先で踊る。
天使の広場を抜ける。
いつもなら……昼間なら、多種多様な人々が行き交い、噂にも情報にも事欠かない場所だが。
さすがにこの時刻ではムリだ。
人っ子一人いない。
ミリアのように噂に立ち向かい、神隠しの原因を突き止めようなどと言うツワモノは滅多にいない。むしろ皆無だ。
「絶対カラクリがあるんですわ!」
独り言に力がこもる。
……いや。
正確には独り言ではない。
姿を闇に隠し、ミリアにさえ見つけられないように息を殺し、付いて来る「誰か」に向けて話している。
だから、独り言にしては大きく強くなってしまう。
ミリアは16歳。
華奢で透けるように白い肌と金色の目を持つ美少女だ。
足技を得意とする武道家なのだが、その可憐な容貌のせいか誰もそうだとは信じない。
実際、日常の中では相手をなぎ倒すような場面に出会わないから、信じてもらえなくても当然だろう。
いま闇に沿い、ミリアを見守る「誰か」もいまだに半信半疑だ。
ミリアが容貌通りの可愛らしいお嬢さんではないと割り切れずにいる。ミリアの強さを何度も目の当たりにしていると言うのに。
(ジュリスさん。わたくし、一人でも大丈夫ですのよ)
その言葉は唇の底で留めた。声には出さなかった。
風がふわりと頬を撫でた。
すぐそばで柔らかな気配を感じた。
「誰か」――――ジュリス・エアライスはすぐそばにいる。
見守ってくれている。
何も怖くない。
もちろん、ひとりでも怖くはないけれど。
ジュリスがいれば更に心強い。
ミリアはジュリスの艶やかな黒髪を思い出した。
常に光を反射させ、腰まで届く綺麗な髪だった。
少し寂しげな翳りがあるが、とても美しい。着飾ればそのまま貴婦人にもなり切れるだろう。
その美しさからは想像もつかないが、ジュリスは冷酷で非情な戦士でもある。細身の長剣を構えたときの鋭い氷のような双眸は、対峙する相手を怯えさせるものがあった。
(わたくしも敵として対峙していたら……)
今頃、呼吸が止まっているかもしれない。
そう考えるとぞっとする。
だが、戦いの場から離れたジュリスは控えめで大人しい。むしろ引っ込み思案で臆病な印象もある。
そんなときは、ミリアの方が守ってやりたくなるくらいに可愛らしい。どちらが年上かわからなくなるくらいに。
(でも、わたくし、そんなあなたが大好きですわ)
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ミリアはベルファ通りに立った。
(ほんとに人っ子一人いませんわ)
歓楽街らしいネオンも灯りも点っているが、人影はない。
ミリアは周囲を見回しながら、わざとゆっくりと歩き出した。
靴音が響く。湾曲した反響がついてくる。
「神隠しの原因究明のための囮」だが、この通りに来たのははじめてだ。
歓楽街には、かなり興味がある。
だが、神隠し騒ぎの最中では、本来の姿ではない。
なにごともないときには、もっと眩く派手やかで賑やかなのだろう。
(神隠し騒ぎなどないときに来たいですわ)
そのときは、ジュリスも一緒に。
お酒を飲んでみようか。
ジュリスは苦手みたいだけど。
酔っ払ったジュリスも見てみたい。
ミリアは思わず、ふふっと笑っていた。
人気がなくてもけばけばしい歓楽街の灯りの中。
ミリアの細い影が伸びている。
靴音はひとつ……。
ひとつ。
……ひとつ。
……じゃない。
強い力に腕を掴まれた。
ひきずられる。吸い込まれる。
痛い。軋む。
「……ッ…!」
気を抜いた。
つい楽しい空想に填まってしまった。
大きな掌が口元を塞ぐ。
(わたくしとしたことが……ッ!)
ミリアは強い力の中でじだばたと暴れた。
踵が石畳を滑った。相手を蹴り上げてやりたくても、バランスが取れない。
キックもミドルビートも重心が安定していてこその技だ。
(あ〜〜〜んっ!)
このままではミイラ取りがミイラだ。
ミリア自身が神隠しに合ってしまう。
どうしたら良いのだろう。
ミリアは更にじたばたと暴れた。
腕が首筋に絡みつく。
軌道が奪われ、呼吸が出口を求めている。
苦しい。苦しい。
鼓動が高ぶる。息が出来ない。意識がくらみ、視界が白く濁った。
(……どうし、よう…)
――――次の瞬間だった。
鋭い靴音が響き渡り、長い黒髪が闇に弧を描いた。
ジュリスだ。
「ミリアっ!」
歓楽街特有の緋色の派手な光が長剣にぶつかり、爆ぜる。
自身が鋭利な武器と化したジュリスが、ミリアを拘束していた力に斬りつける。
闇の底に深紅の飛沫が飛んだ。
力がミリアから剥がれた。
わずかに宙に浮いていた足が石畳を捉え、ミリアはそのまま崩れ落ちた。
「……ごほ…っ……ごほッ」
ミリアは咳き込んだ。
石畳に膝をついたまま、肩越しに振り返る。
「……ジュリス、さん…」
マントが翻る。黒髪が踊る。
長剣が風を斬る。
まるで、しなやかな舞踊のように。ジュリスが闘う。
ミリアはしばし、その美しさに見惚れた。
「ジュリスさん…!」
ジュリスの対峙する相手は顔が良く見えない。
巨大な翳。
闇夜より、深更より漆黒の闇だ。
あの闇が神隠しを起こした。黒幕だ。
ミリアと言う囮に見事にひっかかった。無様な黒幕。
あの闇を払えば、神隠し事件は解決する。消えた人間たちもきっと戻って来る。
「わたくしもっ!」
ミリアは石畳を掌で強く叩きつけると、反動をつけて立ち上がった。
「いきますわよっ!」
ミリアは酷薄の闇に向けて、渾身のキックを入れた。
(もうすぐ一緒にお酒が飲めますわね。ジュリスさん)
*********** END ************
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