<PCクエストノベル(2人)>
【神と人と】
------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1149 / ジュドー・リュヴァイン / 武士(もののふ)】
【2087 / エヴァーリーン / 鏖(ジェノサイド)】
------------------------------------------------------------
――会わせたい奴がいる。何も言わずに付いてきてくれ。
エヴァーリーンはジュドー・リュヴァインからそんな誘いを受けた。珍しいものだ、と彼女は思う。ジュドーに縁のある者はそう多くない。戦いしか知らないようなこの武士に、自分以外に気心知れた者ができたというだけで驚愕に値するというものだ。
そうしてやってきたのはコーサ・コーサと呼ばれる遺跡だった。朽ちるままの建物と、歩くだけでよく響くほどの無人の空間が寒々しさとなって顔にまとわりついてくる。エヴァーリーンは無意識のうちに体中に緊張を巡らせ、いつでも鋼糸を放てるように辺りをうかがう。
ジュドー:「やけに怖い顔をしているな、エヴァ」
エヴァーリーン:「ここは普通じゃないわ。さすがに古の遺跡というのか、妙な雰囲気。冒険の初心者だったらすぐさま逃げ出すでしょうね」
ジュドー:「まあ、ここの守護者というのが何しろ神だからな。――さあ、出てきてくれないか、遺跡の主よ!」
ジュドーが言い終えたその瞬間、背後に気配が現れた。
エヴァーリーンは振り向き、条件反射で身構えた。そして戦慄する。
主、コーサの落とし子と呼ばれる人狼がそこに立っている。彼は無遠慮に二人を見下ろして、心底を見るかのような厳かな眼差しを向けている。
エヴァーリーンは息を飲んだ。これと戦って、果たして勝てるものか。いや、十中八九は負けるだろうと迅速な計算をした。
ワーウルフ:「久方ぶりだな。ジュドー・リュヴァイン」
ジュドー:「覚えていてくれたか。光栄だ」
ワーウルフ:「何用か。再戦を願いに来たか」
ワーウルフはエヴァーリーンに視線を寄越す。ジュドーと同程度の実力者だとすぐに見抜いた。
ワーウルフ:「二人がかりでも何ら問題はない。来るか」
ジュドー:「いや、今日は違う」
ジュドーは破顔して、背中の荷物から――酒瓶を取り出した。杯も3つ。
ジュドー:「先日の礼に、酒を振舞いたい」
ワーウルフ「ほう」
ワーウルフは内心驚いた。こんなことを言ってきた者はかつていない。だがジュドーは極めて真面目に言っているということもすぐにわかった。
――まったく面白い人間だ。神は少し楽しさを覚える。
ジュドー:「神とて息抜きは必要だろう。一杯、な」
ワーウルフ:「承知した。一杯と言わず、何杯でも付き合おう」
ジュドー:「ほら、エヴァも座れよ。……何だその顔は」
エヴァーリーンは密かに『やっぱり馬鹿って強い』と思った。神を相手に何を考えているのか。いや、きっと何も考えていないのだ。オブラートに包む言い方をすれば、気楽ということになるのだが。
ワーウルフはどっかりと腰を下ろし、エヴァーリーンは完全に緊張が解けていない様子でしずしずと座る。ジュドーはさっそく二人に酒を注ぎながら講釈をはじめた。
ジュドー:「名は『落涙』という。大きな酒屋ではなく、ごく小さな、それこそ知る人ぞ知るというような店で買ってきたものでな」
エヴァーリーン:「まさか、落とし子だから『落』の名が付くのを買ってきたわけじゃないでしょうね」
ジュドー:「そんなことはない。店一番のお勧めというから。涙が出るくらい美味に違いない。では乾杯といこうか」
三人は杯を掲げて、口につけた。
ゆっくり、ゆっくりと飲み込んでゆく。じわりと、芳しい香りが口腔から鼻へ移っていく。舌触りはあくまでまろやかで心地いい。
三人ともまた、無言で一口飲む。嚥下する音を互いに聞く。
ジュドーは息を吸い、酒と空気を混ぜ合わせてみた。ここには遺跡に散った者たちの想いが充満している。それらの命を感じてみたいと思った。体内に取り入れると、確かに入ってくる。もちろんそんな気がするだけで実際は何もないのだが、それで充分だった。
ワーウルフ:「うまい。いいものを選んだという言葉に偽りはないな」
エヴァーリーン:「神もお酒は好きなの」
ワーウルフ:「無論。酔いはひとつの幸福だ。神も人もあるまいよ」
エヴァーリーン:「ジュドー、もし酒なんか好きじゃないとか言われたらどうするつもりだったの」
ジュドー:「む、そこまでは考えていなかったが」
エヴァーリーン:「……やっぱりね」
ワーウルフ:「こちらこそ、あれだけ死合った相手と酒を酌み交わそうなど想像だにしなかった」
ジュドー:「こうしていると思い出すな」
ジュドーはワーウルフを戦ったことをエヴァーリーンに語った。壮絶な鎌さばき、圧倒的な闘気。及ぶところは一つもなく、完膚なきまでに敗北したと。
ワーウルフ:「いささか謙遜が過ぎる。あの時は引き分けだったはずだが」
ジュドー:「そうでもない。こっちはそれこそ正真正銘の全力だったが、そちらはまだ余力を残していたのではないのか」
ワーウルフ:「そのようなことはない。私も力を尽くした」
エヴァーリーン:「ジュドーが言っているのはね、全力を超えたさらにその先の力」
エヴァーリーンは杯を置いてジュドーを見る。ジュドーは酒を注ぎ直している。
エヴァーリーン:「私もよくジュドーとは戦ったりするのだけど、追い詰められるとさらに強くなる。陳腐な言い方だけど、限界を突破するわけ」
ワーウルフ:「なるほどな。確かに私にはそんな機会は今までになかった。私も追い詰められれば自分でも知らない力を発揮できるだろうか」
ジュドー:「あれ以上の力を持っているとなると、人の身では勝てないな」
ジュドーは愉快そうに笑う。
ワーウルフもそれを見て微笑を浮かべた。命を賭けることをまったく苦にしていない。ますますこんな人間は他にはいないだろう。
酒瓶の中身が半分以上なくなったころ、ジュドーがふと思いついたように言った。
ジュドー:「エヴァ!」
エヴァーリーン:「ん?」
ジュドー:「少々盛り上がりに欠ける。歌を歌ってくれないか」
エヴァーリーン:「歌、ねえ。いいけど――」
エヴァーリーンはニンマリと邪悪な笑みをこぼす。嫌な予感がした。こういう顔をされると、まずひどい目に遭う。
エヴァーリーン:「盛り上げたいって言うからにはジュドーも歌うのね? 一人よりは二人のほうがずっと盛り上がるし」
ジュドー:「ば、莫迦を言え、私は歌わない」
エヴァーリーン:「歌いなさい」
ジュドーの腕をギリギリと掴んで離さない。当初の緊張は消え、すっかり雰囲気に慣れていた。こんな時までいびらなくていいじゃないかとジュドーは思った。
それから、綺麗な歌声とそうでもない歌声が響いた。
いつのまにか、遺跡には夕陽が差し込んでいた。西に落ちていく太陽が大きく輝いて空全体を赤く染め上げている。遠くで鳥が鳴いている。
ジュドーは二人を見渡して言った。
ジュドー:「ここらが潮時だな。酒もなくなったことだし」
エヴァーリーン:「……ちょっと飲みすぎたかな」
ワーウルフ:「では帰りたまえ」
ワーウルフはまっすぐに立ち上がった。まるで酒気を感じさせない。
ワーウルフ:「なかなかに有意義な時間だった。たまにはこういうのも悪くはない」
ジュドー:「ああ、付き合ってくれて感謝する」
ジュドーとエヴァーリーンも荷物を片付けて立ち上がる。少し視界が揺れる。
ジュドー:「コーサの落とし子」
ジュドーは赤い顔で、しかし真摯な表情で、ワーウルフを振り返った。
ジュドー:「次に来る時は、戦いを願う。その時まで待っていてほしい」
ワーウルフ:「承知した。いつ何時であろうと、挑戦を受けよう」
乾いた風が遺跡を吹き抜ける。
金と黒の後ろ姿を見送り、人狼の護神は幻のように消え去った。
【了】
|
|