<東京怪談ノベル(シングル)>


花束にリボン

 春から、夏に変わろうとしていたある日。
 ユシア・ルースティンは、宿の女将からとある話を聞いていた。

「…そんなに一斉に咲きそろうんですか?」
「それは見事なほどにね。たまに、咲きそろわないって事があってもいいはずだと思うんだけど、今の時期になると必ず、そろっている」
 魔法みたいにね。

 女将は少女のような笑顔を見せると、
「もし良かったら、アンタも見に行ってご覧。季節の恵みが感じられるかもしれないよ」
 そう、言い残し立ち去っていった。

 魔法のように花が咲きそろう花畑。

 見てみたい、と思ったユシアは、そのまま、夫が居る部屋へと向かうと「出かけてきますね」と、声をかける。
 読書中だったのだろう、一瞬、「?」と問い掛けるような顔をしていたが、直ぐに口元に微笑を浮かべると「気をつけて」と、言いユシアを見送ってくれた。

 外はとても気持ちよく、風は緩やかに、存在を示すこともない。
 陽の光が、幾らか強くなったような気もするが、其処はそれ。

(今日、外に出たのはもしかすると正解だったのかも知れませんね)

 今日と言う日に話を聞けたこと、出かけようと思い立ったこと。

 これだけ、気持ちがいいのだから花畑を見たら、もっと嬉しい気持ちになることだろう。
 そう思うと、ユシアはとても嬉しく、また無意識のうちに歩を早めていた。
 道端には空を仰ぐように咲く、マーガレットの花が、楽しげに揺れている。

 もう少し、もう少ししたら、見れるだろう花畑。
 今なら、遠目で見てもきっと、解るはずだ。

 知らず、ユシアは遠くへと視線を向ける。

「……わぁ……」

 此処からでも咲き揃っていると解る花の群れ。
 身近に見たらどれほどの色が押し寄せるだろう?
 とても楽しみで仕方なくて、ついつい、歌まで口ずさんでしまいそうだ。

 早く歩こう、歩こうとしていると、木陰の元、困った表情を浮かべた少女が佇んでいた。
 じっと自分よりも背が高い樹を見ており、何かを待っているかのようでたまらず、ユシアは問い掛ける。

「どうしましたか?」
「あ…あのね……大事なリボンが、風であそこに引っかかっちゃったの」
 少女が指差す先には、確かにリボンがかかり、風に揺れている。
 少女の背では届かず、また枝なども落ちてない限り取るのは不可能だろうが……、
(私なら、背伸びをすれば取れますね)
 と、気付き、軽く背を伸ばしリボンを取る。
「はい。もう、飛ばされることの無いように気をつけましょうね」
「うん! ありがとう、これ、なくしたらどうしようって思ってたの……」
「ふふ、誰かからの贈り物?」
 見るとリボンには不恰好な刺繍が施されており、誰かからの手作りであるのだろうと見て、取れた。
 この子の妹や弟でも作ってくれたものなのだろう。
 が、ユシアの考えをさえぎる様に少女は「ううん」と首を振った。
「今日はね、お隣のお姉ちゃんの結婚式なの! 心を込めて刺繍したリボンで束ねた花束をあげると幸せになれるっていうのよ」
 だから、一生懸命刺繍したんだ♪
 そう、言い花畑を見る少女。
 とても心が柔らかくなる言い伝えにユシアは、微笑み、「まぁ……、それは素敵ですね」と言い、くるくると瞳を動かせた。
 問い掛けるような楽しんでいるような、柔らかな表情に自然と少女の表情に問いかけの表情が生まれる。
 何か言いたいのかな、どうしたのかな、と言うように。
「? どうしたの」
「私もご一緒しても構いませんか? 此処に来て、そういう何かを見れるのは初めてで」
「いいよ♪ お姉ちゃんもきっと喜ぶと思うの。えーーっと…じゃあ、一緒にお花、選んでくれる?」
「はい」
 花畑へと手を繋いで歩き、共に、花を選ぶ。
 野の花は柔らかな色合いのものが多い。
 鮮やかな色よりも淡い色の方が多いのは、それこそが今ある場所の最良の姿であると、花が知っているからだろう。
 その場所で一番美しい姿。
 それは、少女が花束を持っていくのだと言う花嫁にも当てはまるような気が、ユシアにはしていた。

 色合いを少女と相談しながら選んでいくと、それはそれは可愛らしい春の色のブーケが出来上がった。

 そして、ユシアの手にも一つの花束がある。

 花束を、二つ。

 少女と、ユシアの分。
 花嫁に贈ると言う訳ではないが、此処まで咲き揃う花に感謝の意を込め、宿屋で待っているだろう夫にも見せたくなったのだ。
 宮廷にある花とは姿も形も違うが、だからこそ。
 だからこそ、見せたくて、喜んで欲しかった。

 今ある場所は雑多な世界だけれど、様々な美しいものがあると見せたくて。

「お姉ちゃん、喜んでくれるかな?」
 その思いは少女も同じなのだろう。
 出来上がった花束を見て、嬉しそうに微笑う。
「きっと喜んでくださいますよ。さて、ではそろそろ行きましょうか?」
「うん!」

 来た時と同様、手を繋ぎながらユシアは結婚式の場へと少女と共に歩き始めた。
 存在を示していなかった風が、一陣、柔らかく吹き、花の匂いを薫らせ、向かう。

 愛しい人。
 愛しく思う人。

 想いは風と同じだ。

 何処からやってきて、宿るのか、何処へ吹いていくのか、誰にも解らない。

 ただ、共にある人と幸福を願う。
 想いが其処で留まることなく幸せな形へと変えるのを望むように。

 風が、動く。
 想いは、羽ばたく。

"何処へ?"

 吹くまま、想いのままに。


 結婚式場へと辿り付くと、ユシアは花畑を見た時同様、感嘆のため息を漏らす。
 白いヴェールで飾られた表情は幸せそうで夢を見ているような美しさであり、ドレスは彼女が歩くたびに色彩を淡く変化させた。
 降る雨は、花弁で作られた祝福の雨。
 それが惜しまれることも無く花嫁と花婿両者にかけられていく。
「本当に綺麗な花嫁さんですね……」
「でしょう? 自慢のお姉ちゃんなの。あ、お姉ちゃん結婚おめでと♪幸せにね!」
 少女が作ってきた花束を差し出すと、花嫁は更に嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。私も貴女が結婚する時には、自分で作ったリボンで花束を作るわね」
「じゃあ、いい人見つけられるようにこれから頑張らなきゃ♪」
「そうよ、頑張ってね」
「うん!」

 ユシアも、その付近に立つ人々も少女と花嫁の会話を幸せな気持ちで眺め、思う。
 隣に立つ好きな人。
 家にいるだろう愛しい人。
 様々な自分たちの愛しい人のことを。

 家に帰ったら、この話をしてみようか。
 そう思う人も、きっといるのだろう。

 去り行く、花嫁と花婿を皆で見送りながらユシアは一人、宿へと向かう。
 手には少女と共に作った花束。

 ふたりの人物の会話と、宿にいる愛しい人とを思い浮かべながら、暮れていく陽を見つめユシアは、「どの話から始めましょう……」と、楽しげに呟いた。





―End―