<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
++ 貴方のために<前編> ++
《オープニング》
静かに扉を開く音が響き、その向こうから一人の男が白山羊亭の中へと入ってきた。
彼は騎士とでも言ったような風体で腰に剣を携え、血や泥土で汚れた鎧を装着していた。
疲れきったような顔をして、よろよろと今にも倒れそうな様子で、中へ入るなりテーブルに両手を突いて体を支える―――それでも、はっきりとした意志を宿した双眸は、白山羊亭の中にいる面々を一通り眺めた。彼は軽く会釈をする。
「こんな成りで入った無礼は許して頂きたい……誰か、力を貸してくれ。俺一人では、もう……」
「大丈夫ですか!?」
不意にがくりと膝を落とした青年を助け起こし、ルディアは慌てた様子で彼の手当てを始めた。
その間、彼は何故この白山羊亭に助けを求めに来たのかを、震える声でゆっくりと話し始めた。
「彼女を……ティナを助けてくれ………どうか、力を………」
彼の名前はショウ。聖都より遥か東よりティナという名の女性と共に旅をし、山を越えてきたという。
旅の途中、突然の大雨に打たれた彼等は、雨宿りのために山の中にあった妙な遺跡に足を踏み入れた。ほんの少しだけ、雨を凌ぐ為に入ったというのに――その遺跡の主は、姿も見せずに二人を永遠に外へは出さぬと宣言した。
遺跡内に響く神秘的な声。それとは裏腹に魔物のはびこる遺跡内―――二人は共に戦いながら、何とか遺跡から逃げ出そうとした。
そして遺跡の最上部にて、遺跡の主と思しき男に会ったのだそうだ―――
『ここを出たいと申すのならば命を捨てよ』
男の青い瞳から冷たい冷気が発せられた。
ほんの一瞬だった。
「駄目……!! 逃げて、ショウ!!」
その言葉を最後に、彼女は遺跡の主の一睨みで……氷漬けの彫像へと変えられてしまった。
「ティナ!!」
彼の声に呼応するかのように、氷塊の一部となった彼女の首飾りから淡い光が発せられた。彼はその光によって導かれ、気がつくと屋敷の外に立っていたのだそうだ。
「もう、何が何だか……わからない。でも、俺は……あいつを、助けたい。助けなきゃならないんだ。……守って、…やりたかったのに!」
ショウは息を切らせながら、震える唇を噛み締めて、痛みと自責の念とに必死に耐えた。
「……頼む、俺に力を貸してくれ……あの遺跡に住むあいつから……ティナを取り返したいんだ」
彼は手当ても済んではいないのに、振るえる腕で体を支え、白山羊亭にいる面々を強い意志を秘めた瞳でじっと見据えた。
そして、彼は深く頭を下げた。
「……頼む」
「あなたにとってティナさんは大切な人なのね?」
「え………」
頭を下げた彼に、少々の沈黙の後に声をかけてきたのは、緩やかなウェーブのかかった金髪の美しい女性、ティアリス・ガイラストだった。
彼女はじっとショウを見つめると、戸惑った様子で沈黙を続けるショウに柔らかく微笑んだ。
「わかったわ、力を貸してあげる。私にも大事な人がいるから、その気持ちわかるわ」
「いや……その……」
言葉を詰まらせる彼に、青銀色の髪をした可愛らしい天使が声を掛ける。
「お話を伺う限りおふたりに非があるとは思えません。
なにより愛し合うおふたりを引き裂くなどと、キューピット職でないあたしでも赦せることではありません」
「俺達は、別に…………愛し、合っている…とか、そういう…訳、では……」
顔を赤らめて言葉を詰まらせるショウに、小さな天使は少し首を傾げた。彼女は腰掛けていた椅子から立ち上がると、ショウの方へと向き直る。
「メイと申します。微力ながら、あたしもお手伝いしたいと思います」
そんなメイに、ティアリスは微笑みかける。
「しかし…あそこにはまだ魔物がいるんだ。……危険だぞ」
協力の意を表明した二人が女性だった事もあり、ショウは心持、心配そうな表情を二人に向ける。
「戦闘なら任せて」
にっこりと笑みを湛えたティアリスに、ショウは少し押し黙ると、そのまま首を縦に頷けたのだった。
「ご心配には及びません、あたしも戦えますから」
「……二人とも、有り難う」
「……それによ、」
大柄な男が不意にショウの傍らに屈み込み、ルディアに代わってショウの手当てを始めた。医者のオーマ・シュヴァルツだ。
「「守ってやりたかった」っつーのはまだちょいとばかし早ぇんじゃねぇかね? 過去形でそう言う台詞吐いちまう前によ、お前さんにゃぁまだ嬢ちゃんに伝えなきゃいけねぇ事がガッツリあんだろ」
「え、……いや、その………」
オーマは傷だらけになり、体もいう事をきかない――それでもティナを助けるという彼の心意気をかったのだ。
オーマの言葉に再度顔を高潮させる彼に、オーマはにっと口の端を引き上げた。
「っつー訳で「ソイツ」をいっちょやりに親父愛援護とでもいくかね」
ショウはぎこちなく首を頷けると、有り難う、と小さく口にした。
「で、おまえはどうするよ」
オーマのちらと向ける視線の先に、薄い青色の髪をした眼鏡の青年アイラス・サーリアスが、ふぅむ、と考え込んだように椅子に腰を落ち着けていた。
「ティナというその女性を助けるのが依頼の内容ですか…遺跡の主の下から連れ出すだけなら何とかなると思うのですが、氷に閉じ込められているのを助けるのはちょっと難しそうですね〜」
「どうやら参加するのは決定してるらしいな」
深く考え込み、殆ど外界の声が聞こえては居ない様子の青年にオーマは苦笑する。
「俺も…一緒に行ってもいいか?」
そこへ足音もなく、皆の背後に現れた赤髪の少年がそう口を開いた。
黒衣で2本の長刀を佩く少年は、右目が赤く、もう一方の目が金色をしていた。
「……俺はソル。こいつは朱雀だ。よろしく頼む」
そういって指された少年の肩には、炎のような真赤な色をした一羽の鳥がとまっている。
ショウはじっと少年と、その連れの朱雀とを見つめると、こくりと頷いた。
「助かる、……ありがとう」
「……あたしも一緒に行くわよ」
夜ということもあって白山羊亭のステージで存分に踊っていたレピア・浮桜がしなやかな足取りで、集まった面々の元へと近づいてきた。
しゃらり、と装身具が鳴り響き、彼女は足を止める。
ある呪縛によって昼間は石像となって自由を許されぬ身の彼女は、氷漬けの彫像へと変えられてしまった同じような境遇のティナを哀れんでいた。
「氷の彫像にされただなんて、可哀相だわ。あたしも協力するから、一刻も早く、皆でティナを救い出しましょう」
「あ、じゃあ俺も一緒に行くからな。いいだろ? ショウ」
白山羊亭の片隅にて多量の食事を摂取していた旅人のユーアが、飲み干したティーカップを卓の上に置いてすっと立ち上がった。
ショウはこくりと頷くと、気を抜いた瞬間に襲ってきた痛みに顔を顰めた。それでも彼は呟くように言った。
「皆、ありがとう……」
《遺跡と屋敷の噂》
「…とはいっても肝心の遺跡の主の情報が足りないわね、ルディアは何か知らない?」
レピアがそう訊ねると、ルディアは申し訳無さそうに首を左右に振った。
「ううん、ごめんね…これまでに色んな冒険の依頼を聞いてきたけれど…聞いたこともないわ」
「そう…じゃあ、皆は?」
その問い掛けに、周囲の皆は沈黙を返した。
「俺も長いこと旅してるけど…そんな話は聞いた事がないな」
ユーアも首を左右に振う。
「まずはその遺跡について調べて見ましょうかね。何のために、誰がつくったどのような遺跡なのか…少しでも資料が見つかるといいのですが……遺跡の主や氷漬けになった人間を助ける方法についても調べなければなりませんしね。まずは相手を知らなくては」
アイラスがそう言うと、メイもそれに賛同した様子で首を頷けた。
「そうですね、相手を知らないと戦略もたてられません。宜しければ詳しい状況と場所をお聞きできますでしょうか? それとその……ショウ様が気がつくと立って居られたという「屋敷」についても…」
「そういやそうだったな、屋敷っつぅのは一体何だったんだ? ショウ」
オーマによって安静にしていたショウが徐に体を起こそうとする。
半ばで体を引き攣らせたショウは、誰かが手を掴んだのをきっかけに漸く身を起こす。
「……大丈夫か」
ソルが真摯な表情で問い掛けると、ショウは首を頷け、微かに微笑みながらありがとう、と返した。
「遺跡の詳しい場所は地図さえ見れば明らかにできると思うが……東にある湖とこの聖都との中間地点辺りだと思ってくれれば間違いはない。
あの屋敷については…良くわからないんだ。その遺跡のある山のふもとだった。結構立派な屋敷で、よく手入れされていた…けど、人の住んでいる気配は無かったと思う。どうしてかはわからないけど、そんな気がしたんだ。あの時、力任せに扉を殴りつけたけど……びくともしなかったな。鍵がかかっていたんじゃないだろうか」
「……成る程、ね。その屋敷についても調べておく必要がありそうね」
ティアリスがそう言うと、メイもこくりと頷いた。
「それではあたしは図書館へ行ってみようかと思います」
「じゃあ僕もご一緒しますよ、メイさん」
「あたしも行くわ」
アイラスに続き、レピアも其れに同意した。
「皆さんはどうしますか?」
「ソーンの情報の坩堝の1つ、ガルガント…か。黙って待ってるなんて柄じゃねぇからな、俺も行くぜ」
オーマはすっと立ち上がると、ルディアにショウの事を頼んだ、しかし彼は首を左右に振う。
「俺も一緒に行く。このまま……黙っているなんて、出来ない」
オーマは真っ直ぐに視線を向けてくるショウに、ふぅ、と溜息をつきながらも、心なしか嬉しそうに笑った。
「仕方のねぇ奴だな…無茶はすんなよ? まぁ、医者の俺が居るんだからさせやしねぇけどよ」
ショウはこくりと頷くと、体に力を込めて立ち上がろうとする。
「じゃあ、私も一緒に行くわね」
「俺も……ショウと一緒に行く」
彼がよろける寸前で、左腕をティアリスが、右腕をソルが掴んでその体を支えた。
「ふふっ。お医者様には看護婦も必要でしょう?」
にっこりと微笑んだティアリスに、オーマがにっと口の端を引き上げる。
「あぁ、気の利いた助手が二人も揃えば大丈夫だろうな。所で、おまえはどうするんだ?」
オーマが振り返ると、壁に背中を預け、凭れ掛けるような体勢で腕を組んだユーアが顔を上げる。
「……冒険者や旅人の俺も知らない話だからな…俺も一緒に行こうかな」
「おう、そうか」
オーマから視線をそらすようにアイラス達の方を見たユーアに、オーマは少し首を捻った。
「結局全員で出る事になってしまいましたね…」
一行はガルガントの館へと辿り着いた。
「それでは手分けをして探しましょう。メイさんとレピアさんとユーアさん、それに僕は遺跡とその主についてを調べます。オーマさんとティアリスさん、ソルさん、ショウさんは屋敷とティナさんを元に戻す方法が何かないかを調べてください。
調べ物が終わったら集合、という事でいいでしょうか」
全員がアイラスの言葉に頷くと、彼らはそれぞれ四人ずつにわかれて調べ物をしに向かったのだった。
「それでは手分けをして探しましょうか、レピアさんとメイさんはそちらの角にある遺跡の方の資料を調べてください。ユーアさんと僕は「人物」についてを調べてみますね」
「わかったわ」
「わかりました」
「あぁ、わかったぜ」
皆は思い思いに返答を返すと、それぞれ調べ物を始めた。
「中々無いですね…そう簡単に見つかるとも思っては居ませんでしたけれど」
「そうね、ここの本の量は半端ではないから…」
レピアとメイは大量の本棚を目の前に、怯む事無く次々と手を伸ばした。
「それって、速読ってやつか?」
「え? ……いえ、これはただ少し見て、違うなと思っただけですよ」
棚の向こうから聞こえてくるアイラスとユーアの会話に、レピアはくすりと笑う。
「どうなさったんですか」
「いえ、アイラスは手際が良さそうだなぁと思ってね」
「ふふっそうですね……あたしもそう思います」
「こっちも負けてはいられないわ」
「はい」
二人はそのまま黙々と、蔵書を読み耽った―――気がつけば、薄らと遠くの窓から太陽の光がメイの足下を照らしていた。
「何時の間にか夜も明けてしまいましたね……この角度だと、もうお昼をまわっています。レピア様、何か見つけられましたか?」
メイが振り向くと、そこには―――本に手を伸ばしかけた状態で動きを止めた、一体の石像があった。
「まさか……これは………」
彼女はそのまま駆け出すと、白い翼をばっと広げてアイラスとユーアの元へと飛んでいったのであった。
「アイラス様、ユーア様、大変です!」
「どうかしたのですか?」
「レピア様が、石像になってしまったんです」
「えっ……石像?」
「はい、暫らく調べ物に集中していたんですが、ふと気がついたら、石になっていたんです…」
「……そういえば、そうでしたね…彼女は昼間は石像になってしまって、動けなくなるのでした……という事は、もうとっくに夜は明けているという事ですか……」
「いや、もう昼だぜ?」
「どうして分かるんですか?」
「いや、腹減ったから……」
「「……………体内時計というやつですね」」
昼下がり……石像の元に集った三人は、見つけた資料を開いてその理解を深めていた。
「漸く調べ終わりましたね。オーマさん達の方はどうなったでしょうか、まだ来ない、と言う事は、終わっては居ないのでしょうけど」
「じゃ、行ってみるか」
「そうですね、でも……レピア様はどうしましょう」
「それは……「運ぶ」しかないでしょうね……」
三人は、レピアの石像を囲んで大きく首を頷けたのだった。
オーマ達の居るらしき場所から、彼らの話し声が聞こえてくる。
「それでよ…ちょっと「視て」みたいんだが」
「……何を、だ?」
「具現精神感応でお前の意識から過去を視れば、そこから何か得られるもんがあるんじゃねぇかと思うんだが」
「……具現…精神感応?」
「あぁ、俺の特殊能力ってやつだ」
ショウが首を傾げてオーマをじっと見据えている。
「その必要はありませんよ、オーマさん」
そこへ石像を抱えた二人と、空を飛んでいるメイとが声を掛けた。
分かれて資料を探していた四人は、彼らの一人の異変に気がつき、表情を変えた。
「どうしたんだ、それは…レピアか?」
アイラスとユーアに引き摺るように運ばれてきた一体の石像――その姿は、神罰によって昼間は石化してしまうというレピアの姿だった。
「あたし達が調べ物をしている間に、石像になってしまったみたいです」
傍らを浮遊するメイが、真っ白な翼を広げて何か重たそうな、分厚い本を抱えていた。
「ここに、遺跡とその主についての情報が載っていました。あまり信憑性の無い本ですが…ソーンだからこそ、事実という事も十分にありえると思います」
メイはショウの前に降り立つと、彼の前でその本を開いた。
その本はソーン各地の遺跡についての噂を収集したものらしかった。
「一番それらしいのがこれです」
メイの指差す場所を全員が黙読する。
「……遺跡に入るのは結構難しいって事なのか?」
ソルが誰とも無く問い掛ける。
「そうね…この情報が正しければ、そう言う事になるわ」
ティアリスも加減、眉を顰めてその本に見入る。
そこへ石像となってしまったレピアを床に下ろしたアイラスとユーアが歩み寄ってきた。
「場所、雰囲気、遺跡の外観……ショウから聞いた話と照合して、「これ」なんじゃないかと思ったんだ」
「「出現状況」も書いてありますしね」
ユーアの言葉にアイラスが補足をつける。
「それと…此れらの資料から推測すると、遺跡の主と言うのは元は人間だったという可能性も出てきました」
「どういう事だ?」
「扉を作った方……その方は、それを完成させて以後、どこにも姿を現さなくなったそうです」
「もしかすると、その方が遺跡の主なのではないかという考え方もできる、と…そういう事です」
「成る程な……」
七人は顔を見合わせこくりと強く頷きあった。
「ついでに水の民の資料も見つけておいたぜ、この「扉を作った人物」が水の民の力を借りたんだとしたら…元に戻す方法は、こいつと水の民しか知らないって事だろ?」
「しかし「水の民」は滅びた種族でしてね…その力の媒介となる代物が、例の遺跡の扉付近にあるのですよ」
「どっちにしてもまずは遺跡へ…って事か」
彼らは再度頷き合うと、互いの意思確認をし合ってにっと笑い合った。
「どうやら、十分な情報が得られたようね」
ディアナは心持ち安堵したようにそう言うと、徹夜明けのその体で、そのまま扉の方へと歩いていった。
皆が協力をしてくれた彼女に礼を言う。
「ディアナ、ありがとう」
「おう、ディアナ、世話んなったな…ありがとよ」
「ディアナさん…少し休んだ方がいいんじゃないですか? オーマさん達に付き合って徹夜してしまわれたのでしょう?」
「いいのよ、お役に立てて何より、だわ」
ディアナは少し照れた風に顔を傾けると、そう言って笑った。
《雨乞いと敵地進攻》
「皆、ごめんね…」
日が落ちて、目を覚ましたレピアは自分の居る場所が山中である事に気がつき、思わず皆に謝った。
「いえ、僕が提案したんですよ。少々苦労しましたが…聖都を発ってから此方へ着く頃にはレピアさんの目が醒めるだろうと思いまして……レピアさんが謝る必要はありませんよ」
山中まで、石像の彼女をオーマとアイラス、そしてユーアが運んできたのだった。
その後ろから遅れてついて来るショウと、それを支えるティアリスとソルが、彼女の目覚めに気がつくと「よかった」と、表情を緩ませる。
メイは空を飛びながら周囲を警戒していた。
一行は遺跡のあるという山の山頂近くまで到達していた。
「でも、まだ出現条件が満たせていないのよね」
ティアリスがそう呟いて空を見上げると、レピアはそれに倣って空を見上げた。
「……空がどうかしたの?」
「情報によると、遺跡は雨の日や雪の日だけ、ひっそりと山の奥深く…鬱蒼とした木々に取り囲まれた場所に現れるらしいわ」
「……雨」
「雨が降らなければ遺跡は出現しない」
ソルがそう言うと、その隣でショウが呻くように言った。
「俺の行った「屋敷」は遺跡が消えた直後一時間ほどしか扉が開かない」
「要するに雨が降らなければどうにも動けねぇって訳だ」
「どうして屋敷の扉と遺跡が関係あるの?」
レピアの問いにはユーアが答えた。
「ガルガントの館で資料が見つかったんだ。ショウの出た「屋敷」は特殊で、その昔「遺跡」に興味を持って一生をその解明に捧げた一級の建築士が、ある仕掛けを作ったらしい」
「元々不思議な力でもって「雨の日にしか現れる事のできない遺跡」だった場所、つまり僕達が今向かっている場所なのですが…その謎を解明した建築士が、遺跡が現れた瞬間を感知して、その力を吸収し、暫らくの間空間を抉じ開けておく技術を使用して、あの「屋敷の扉」を作ったらしいのですよ」
「そんな特殊な技術を、建築士が?」
「建築士にも協力者が居たようです」
メイが不意に空から声をかける。
「水の加護を受けた遊牧民族だそうで、元々は遥か東の彼方に居住していたとか……遺跡が雨の日や雪の日にしか現れないというのは、水の力を使用しなければ出現できない…という訳だったようです」
「んでもってその「水の一族」に代々伝わる「雫」を凝縮した貴石の一つを譲って貰って、扉を開く為の一切の媒介にしたらしいぜ?」
オーマがそういうと、一行は例の「遺跡」の本来ある場所へとたどり着く。
「やっぱり無いわね」
「あぁ、やはり雨が降らないと駄目みたいだな」
ティアリスのぼやきにソルが答える。二人はショウを近くの木の下に座らせると、その横に腰を下ろした。
「ショウ…大丈夫か?」
「………あぁ」
「雨が降るように神様にお祈りしましょう。皆で願えば、必ず降ると思います」
「………あぁ」
ソルの問い掛けにも、メイの言葉にも、意気消沈した様子のショウは静かに答える。
「大丈夫ですよ、雨は必ず降りますから」
「そうだぜ、絶対に降る」
「……いつか、な」
「ショウさん?」
ティアリスが顔を俯けたショウの顔を覗き込む。
「もし……このまま降らなかったら?」
ショウの言葉に、思わずティアリスは首を左右に振う。
「そんなことないわ、私はきっと降ると思う」
「そうだぜ、諦めるなよ。お前が諦めたら、どうしようもねぇだろうが」
「子供の頃……親に「いつか」っていつだってよく訊いたっけな…親がそう言うから、大人になれば、分かるんだと思ってた。……でも、俺……やっぱりわからないみたいだ」
「ショウ、あたしだって「いつか」なんて分からない、でも…いつだって諦めた事なんてないわよ。この呪縛を受けてからだって……あたしは、踊ってさえいられれば……」
レピアがそう言いながら、先程まで石化していた自身の体をじっと見つめる。
「俺も……そう思う」
ぽつりと呟いたソルに、ショウは少しだけ目を細めた。
「……ソル?」
「俺も……諦めなさえしければ、「いつか」と思ってるんだ。その…俺は口下手だから、…余り上手くは言えないけど…」
ソルの言葉に、ショウは微かに目を見開いた。
「「いつか」は頑張っている人のためにある言葉だという事ですよ」
「あたしもそう思います」
アイラスが柔らかく微笑みかけ、その言葉にメイも同意した。
「そうよ…頑張らなくては「いつか」なんて日はずっとこないわ」
「諦める人間は「いつか」なんて言葉は絶対に口にしねぇからな」
「そうそう、俺だって旅をしながら何度か諦めそうになった事もあるけどな…結局の所は、「いつか」きっと! なんて思って先に進んじまう。人間諦めなきゃどうにかなるもんだぜ?」
「要するにショウは「いつか、な」何て諦めかけていたけど……本当は全然諦めてなんか居ないって事よ。ティナを助けるんでしょ? あたしだって助けたい」
「私もティナさんを助けてあげたいわ。ここに居る皆、そうなのよ。だからショウさんに協力したのよ?」
ティアリスが一つ一つ、確かめるようにショウに言葉を投げ掛ける。
「あぁ…俺……皆、御免……」
途切れがちな言葉を紡ぎながら、ショウは空を仰いだ。その頬は微かに濡れていた。
「ショウ……」
「………雨だ」
「「「「……え?」」」」
彼の言葉に皆が空を見上げると、ぽつり ぽつり と、小さな水の粒が天から降り注いできた。
その小さな雫が頬に当たっては、弾けて下へ下へと伝い落ちてゆく―――
「きっとショウ様の祈りが通じたんだと思います」
「あぁ…皆、本当にありがとう……」
《不覚》
「ショウさん、この先の道順は覚えていますか?」
「あぁ、大丈夫だ。もうすぐ最上階なんだ、後一つ、階段を登りさえすれば…な」
「そりゃ安心したぜ、途中まで何の出迎えもなかったくせによ…いきなりこんな豪勢な歓迎を受けて、「迷子です」じゃ洒落にならんからな」
最上階も間近…しかし、まるで彼らを拒絶するかのように、遺跡の端々から魔物が溢れ出てくる。
遺跡の内部は妙に小奇麗に整えられていた。
薄ら寒い冷気の漂う通路――そこに敷き詰められた、磨き上げられた大理石、その脇に掲げられた豪華な燭台――上の階へ上がる階段の脇には、必ず花瓶に入った美しい花が挿されていた―――凍りついた、美しい花が。
「二人とも……俺は大丈夫だから」
ショウはそう言って、つきっきりで体を支えてくれていたティアリスとソルに、自身の身を守れるように戦闘体勢を促す。そういう彼自身も、腰に携えていた剣を抜いた。
「ショウ、お前は下がってろよ……何のために俺らが来たと思ってんだ」
オーマはその具現能力で小回りの利きそうな銃を二丁具現化すると、それを構えてショウの前に立った。
「あんまり傷つけたくはねぇんだがよ…大人しく通してくれねぇか? おまえ等」
オーマの問い掛けに、魔物たちは聞く耳を持たなかった。
魔物の内の一体が何かキシュアァッ!と奇声を発すると、周囲の魔物たちも呼応するように奇声を発し、一気に彼らに襲い掛かった!
「チッ!!」
オーマは舌打ちをすると、素早い動きで構えた銃を撃ち放った。
一体、二体…的確に足を打ち抜き、動けぬようにする。
しかし戦いとは、得てして「殺さずに置く」方が難しいものである。
何せ相手は全力で「殺しに」掛かって来るのだから――
「危ないっ!」
突然アイラスがその素早い反射神経でもってオーマの背後に飛び込み、彼の背から襲い掛かる魔物を、魔力を込めた蹴りで一蹴した。
着地したのを期に、敵が一気にアイラスへと飛び掛る!
「敵さん達も結構な連携プレイですね!」
アイラスの呟き声が聞こえたかと思うと、オーマは振り向き様にアイラスの脇の合間から力を込めた一発をお見舞いしてやる。怯んだ隙に、アイラスが釵で敵を突き、二人は強力な連携プレイで以って次々と敵を床へと沈めた。
「あぁ、油断してるとやられちまうかもな」
「二人とも、随分と余裕じゃない?」
ティアリスが襲い掛かる魔物にレイピアで突きを放った。敵は彼女は続け様にカウンターで薙ぎ払うと、その脇から飛び出した天使がスラッシングを放ち、敵に斬り付ける――
「このままでは、埒があきませんね……」
彼女の手にしっかりと握られたイノセントグレイスが、俄かな輝きを放って、空に一閃を刻みながら敵を打ち砕く。
「敵の数が多いな、一体どこから出てくるんだ? こいつら!」
ユーアは嬉々として敵に飛び掛ると、最初の一体を蹴飛ばして数体の敵を弾き、炎の剣を使って魔物目掛けて斬り付けた。
「朱雀!」
ソルの声に飛び立った朱雀が、敵目掛けて払うように飛び回る。
撒き散らされる炎の気に、魔物は怯み、少しずつ後退していった。
ソルは1.2m程もある陽炎という長刀を下手に構え、敵地深くに斬り込んでいった!
掠める敵の攻撃に、ソルの頬から血が滲み出る。しかし彼は怯む事無く的確に敵を打ち砕いてゆく。
右の一体を斬りつけ、そのまま切り返して横の敵を薙ぐ。切り上げた反動そのままに柔軟な手首の動きで以って握りをかえると、そのまま背後の敵に突き刺すように長刀を振り下ろした。
彼の背後でジュウ…と、妙な音をさせて敵が地面へと溶け込んでゆく。
「何だ!!?」
驚きながらも、ソルは背後の敵を一刀の元に薙ぎ払って後ろへと飛びずさる。
その敵すらも、ジュジュゥ……と、蒸発するような音を立てながら大理石の中へと沈み込んでいった。
「もしかして、アレかもね…」
敵の攻撃を踊るような身のこなしでかわし続けるレピアが、ふと思い当たったかのように呟いた。
彼女のかわした敵を、大振りながらその剣で叩き付けるように斬り捨てたショウが、苦しそうに息をつきながら言った。
「氷、なんじゃないのか? きっと、ソルの炎で…溶け、たんだ……」
「そうみたいだぜ? 俺の「炎の剣」の魔法でも溶けたけど……ま、そこまで派手な音はしなかったな」
ショウの意見にユーアが同意して、先に斬り付けた敵がゆっくりと溶けて崩れ落ちる様を指差した。
「そうか…俺は、火の神の末裔だから……」
「きっと火の力が強いんです、ね!!」
アイラスは話の通じない相手に対しては容赦がない。
言葉の合間にも次々と釵を敵に打ち付けるようにして敵に攻撃を加えると、彼はひらりと身軽に敵の攻撃をかわした。
「要するに、だ……ソル?」
オーマは一体、また一体と次々にその銃で敵を打ち抜きながら、ソルに語りかけ、その言葉の続きをティアリスが口にした。
「…ソルさんの火で、一気に片付けてしまえないかしら?」
「同感です」
振り払った一閃にメイのイノセントグレイスの一撃とが重なり、敵が空を斬って、轟音を立てて壁へと激突する。
「息が合ってるじゃねぇか、やり過ぎだぜ?」
その光景にオーマとユーアがヒュゥ、と口笛を吹く。
朱雀が不意にソルの元へと戻り、彼らは微かに触れ合ってから、再び朱雀は宙へと舞い上がるように飛んだ。
「……わかった」
ソルはそう返答を返すと、炎をも操るその力を存分に振う。
ソルの手元から生まれ出でた微かな火の気が、次の瞬間には爆発的な大きさへと膨れ上がり、大気を震わせながら周囲へと撒き散らされる。
「凄い…!」
「くっ……熱いですね!」
「こいつ、なんてぇ力だ……!!」
ジュ… ジュジュッ……
炎に触れる端から氷の魔物の体は妙な音を立てながら溶け、その音は伝染するかのように炎に当たってすら居ない魔物の体からも発せられる。
こうしてその場に居る敵は一掃された。しかしながら、魔物は創り上げられるかのように再びどこからともなく現れ始める。
「本当にきりがないようですね、皆さん、敵の少ない今の内に上の階へ上がってしまいましょう!」
「あたしも賛成よ。さっさと行ってしまいましょう」
メイ、レピアに続き、ティアリスとユーアも階段へと向けて駆け出した。
階段を駆け上がり、部屋に入る――ティアリスが剣を構えて真っ先に敵と対峙した。
腰ほどまである青い髪に、凍りつくような深い水色の瞳――ティアリスは内心、心臓の跳ね上がる程の動揺をしていた。
―――この人、強いわ……!
「待ってください、ティアリス様」
少し遅れて後ろからついてきたユーア達を制しながら、メイが何か必死な面持ちでティアリスを止める。
「そのお方と、少しお話をさせてください…」
「……話の通じるような相手だといいけどな…」
「「人間」なら、あるいは……通じるかもしれないわよ?」
ユーアとレピアが少々息を切らせながらメイに道を譲る。
メイは裾を払うと、レピアにも済みません、といって前へと進み出た。
「貴方がこの遺跡の主様ですね?」
「………そうだ、このような所までどうした、「天使」」
「……彼女を、そしてショウ様をこの遺跡から出さないと仰った理由をお聞かせください。あまつさえティナ様を氷塊の中に閉じ込めてしまう等――何か、事情があるのでしょうか」
「……これの事か?」
遺跡の主は軽く手を上げ、自分の少し後方を指差す。
「「「「!!!」」」」
彼の指差す先に、それはあった。
「何て、酷い事……!!」
「只でさえむしゃくしゃしてるっていうのによ……てめぇ!!」
「――メイさん、もう…」
ティアリスが微かに首を左右に振うのを見ると、メイは再度凍りついたまま時を止めた女性、ティナの方を見た。
「何か――何か、ご事情があるのでしょうか」
「この遺跡から――出さぬため」
「何故、遺跡から出さないの」
「お前等に……何が分かる!! 凍てついた私の苦しみを、この心を――お前達に一体何が解ると言うのだ、この氷塊と成り果てた女の、何が」
「理由を話して下さい、あたしたちが、何か…協力できる事もあるかも知れません」
「断る」
言葉と同時にユーアとティアリスは駆け出していた。
ティアリスはレイピアを構え、ユーアは何か言霊を紡ぎ、炎に包まれた剣を召喚する。
「小賢しい…その程度の炎で……何かできると思うのか!!」
攻撃は相手には届かなかった。天から氷の塊が降り注ぎ、ユーアの手から炎の剣を弾き飛ばし、瞬間、何時の間にか接近していた遺跡の主に腹を蹴られ、身を折るようにして、彼女はその場に倒れ込む。
「ユーアさん!」
ティアリスはユーアの身を案じながらも素早い身のこなしで氷の塊をかわすと、相手の死角からレイピアの素早い攻撃を幾度も放った!
「クックック……」
ヴ…ヴヴ、ヴ……ン!!
奇妙な音を響かせ、遺跡の主は残像を残しながらティアリスの高速な攻撃をかわしてゆく。
一瞬だった、遺跡の主の顔がティアリスの顔に近づき――「残念だったな」と、そう囁くようにいった。次の瞬間には彼女の体は空を斬り裂き、壁へと激突していたのだった。
「くっ……!!」
「ティアリス!」
レピアは踊るように今尚も降り注ぐ氷の塊の攻撃をかわすと、敵にしなやかな動きの中から生まれる、強烈な蹴りを放った。
「……遅い」
その言葉と共に、遺跡の主の瞳に怪しげな力が込められたのを感じたメイは、叫んだ。
「レピア様! かわして下さい!!!」
「……うっ!!」
身を反らすように捻り、同時に彼女の足を引いたユーアの助けもあり、何とか軽傷で済んだようだ。
しかし地面へと倒れ伏したレピアは、ぐったりとして動かない。
ほんの数分――腕に自信のある者達が、たったそれだけの時間で地面に這いつくばっている――
「どうして……」
メイは唇を噛み締めると、イノセントグレイスを擡げて敵の「魔」を断たんと振り上げた――その瞬間
ひやり と冷たい冷気と共に、重たい、何か酷く重たいものを体全体で受け止めているような感覚を覚え、メイはうつ伏せに倒れ込む――
「…はっ……」
彼女の体に翼の重みがかかり、とても動けるような状況ではない――それどころか、息も満足にできない状態だった。
「ふむ……厄介なのは階下で暴れまわっている炎の人間だけかと思ったが……お前の力…何やら怪しい物を感じる…な…」
「皆……さ、ま」
メイは呻くように呟いた。
冷たい「重力」はその部屋に居るもの全員を飲み込み――一切の身動きすらも取らせなかった。
「皆…来ては……だめ!」
ティアリスの辛うじてひねり出した言葉も空しく、彼らは何も知らずに部屋の中へと入ってきた。
途端に、オーマにアイラス、それにショウががくりと力を奪われたかのように膝をつき、そのまま地面へと倒れ込む。
「な……何だ!?」
オーマが声を上げるのを、どこかぼんやりとした意識の中で聞いているアイラス。
「なん、で…しょう……オーマさん、…これは、一体……?」
完全に地面に頬をつけたアイラスと、辛うじて屈み込んだ状態のオーマの前に、怒りの表情を露わにした「遺跡の主」が、立っていた。
「戻ってくるだろうと……思っていたぞ…「ショウ」」
男はそう言って倒れ込んでいるショウの胸倉を掴んで持ち上げると、彼の足を掴んだオーマを鼻で笑いながら蹴り飛ばした。
オーマの体はそのまま転がり、後方の壁にぶつかって止まった。
「ぐっ……おまえ……ショウを、離せ…よ」
「ショウさんを……どうするつもりですか」
「お前達などに答えてやる必要は無いだろう? 違うか」
男は冷徹な声を掛けると、そのままぐったりとした様子のショウを、引き摺るようにして部屋の奥へと連れて行った。
「ティ、ナ……」
呟かれた声で、部屋の奥隅に氷の塊が存在しているのを確認したアイラスは、部屋中に散り散りに散らばり、倒れ込んでいる仲間達の姿を目にした。
「―――皆さん、大丈夫、ですか……?」
「――何とか、……ね」
「あたしは……起きられそうに、無いです。翼が……重くて」
そう言うメイは仰向けに倒れ込み、更に上から翼で押さえつけられるように地面に伏していた。
「……レピア、は?」
オーマの声に、返事は無い。
「レピアは……」
ユーアが呻き声を上げるように言葉を発する。
「そこの踊り子なら、私の眼の力で……暫らくは動けないぞ」
遺跡の主はクックと低く笑い声を立てる。
「寸でで…かわしてたから、氷にはなってねぇ……レピアじゃなかったら、かわせなかったと思うぜ……ギリギリ、だった」
「ふむ……良く喋る。まだまだ平気なようだな?」
男は楽しそうにそう言うと、皆を地面に伏させている力を強めた。
「ぐぅっ……」
「くっ……」
「階下で暴れ回っていた「炎を操る」……侵入者は…まだ来ないのか」
そこへ階下から上がって来たソルが姿を現す。彼は地面へと倒れ込んでいる、仲間達の姿を見ると、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「……皆、どうしたんだ!?」
朱雀が一声鳴き、ソルははっとして顔を上げる――
「お前か……炎を、操る……侵入者は!」
腰ほどまである青い髪に、凍りつくような深い水色の瞳――怒りの表情を露わにした「遺跡の主」と思しき男が、そこにいた。
その片腕には、力無く体をぐったりとさせたショウの姿があった。
胸倉を掴れたような格好で、ショウはがくりと首を折っている。
「お前が……皆を?」
困惑したような表情を浮かべたソルは、その男から向けられた、一際鋭く、凍てつくような視線を受けて、ほんの少しだけ、寒気を覚えた。
「やはり……効かぬか………厄介な…生き物よ!!」
「何を言ってるんだ? ……ショウを離せ!!」
ほんの一瞬、怒りの感情を露わにしたソルは、爆発的なスピードで以って敵の懐に斬り込む。
力を込めて放った一閃は、ひらりとかわされて虚しく空を斬った――しかし、その攻撃はその脇に在った氷の塊に微かに亀裂を入れ、瞬間的に塊を音もなく溶かした。
「……ティ、ナ………」
遺跡の主の手元で、ショウが微かに反応を返す。
「ショウ、……しっかりしてくれ」
「……頼、む…ティ、ナ……を………ソ、ル!」
ショウの言葉にはっとしたソルは、溶けた氷の塊の中から出てきた一人の女性がぐったりとした様子で横たわっているのを確認した。
「あれが、ティナか…」
ソルは遺跡の主の氷塊の攻撃を寸ででかわすと、ティナの元へと少しずつ駆け寄っていく。
「……ソルさん!!」
不意にティアリスの声が聞こえ、ソルの背後で何かが刺さるような音が響いた。
背後にどさっと、重たい音をさせて落ちる氷の塊に、ティアリスのレイピアが突き刺さっていた。
「気をつけて…! どこから飛んでくるか…分からないわ」
ソルはこくりと頷くと、ティナの元へとたどり着いて彼女を抱え起こした。
どうやら氷は完全に溶けたらしい。
ソルは彼女を抱きかかえて敵から離れると、遺跡の主をじっと睨み据える。
「ソル…良くやった、後は、あいつだけだ……!」
オーマが体を震わせながら立ち上がると、その脇でアイラスも何とか身を起こした。
更にその奥で、羽を震わせながらメイが起き上がると、其れにつられるようにレピアとユーアも辛うじて身を起こす。
「皆……大丈夫か」
「不覚……です!」
「見れば、分かるでしょう? すっごく元気よ、あたし達…!」
「兎に角、あれをもう一度喰らったら……」
「拙い、ですよね……」
メイ、レピア、ユーア、アイラスが順に、痛みの余りに体の震えが止まらないのだろう、震えた声で言葉を発する。
「み、んな……皆……………頼む、逃……げてく、れ」
男に胸倉を掴れたまま、ショウが呻くかのようにか細い声でそう言う。
「ティ、ナ…を…助、け……くれ………ティナ…を、………ティ、ナ!」
その様子は、まるで悪い夢にでも、うなされているかのようだった―――
「「「「ショウ……!」」」」
「「「……ショウさん!!」」」
「あ、あぁ……皆……ありが、とう…ティナを……頼、む」
ショウの頬から一筋の涙が伝い――そして、次の瞬間―――
ソルの腕の中に居たティナの胸元――そこに提げられている首飾りから淡い光が滲み出した。
「…まさか……?」
そう、ショウが依頼に来た時に言っていた現象が、再び起きたのだった。
淡い光は一切の物音を掻き消すほどに広がり、彼らを包み込んだ。
「させるか……!!」
微かに、神秘的な男の声が彼らの耳に届いた――が、しかし、次に瞼を開いた瞬間には、彼らは遺跡の内部とは違う、全く別の風景を視界に留めていた。
鬱蒼とした、森の中――山のふもとに在ると言う屋敷の、扉――
雨は今尚も続き、しんしんと降り注いでは周囲の音を掻き消した。
彼らはあの光によって導かれ、遺跡の外――屋敷の目の前へと運び出されていたのだ。
「ショウ……ショウが、居ない!!」
ユーアの声に、皆がショウの姿を求めて周囲を見回した。
しかし、探せどその姿が見つかる事は無かった。
ソルの腕の中には、雨によってか、それとも涙を流しているのか――頬を濡らした女性の姿が在った。
「………ショウ…」
呟かれるその名前に、ぴりっと何かの痛みが胸の辺りを駆け抜ける――
一行は、止まぬ雨を見かねて、ティナの容態を見るために、一度聖都エルザードへと戻ることを決めたのだった。
――――A suivre.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1926/レピア・浮桜/女性/23歳/傾国の踊り子】
【1962/ティアリス・ガイラスト/女性/23歳/王女兼剣士】
【1063/メイ/女性/女性/戦天使見習い】
【2517/ソル・K・レオンハート/男性/12歳/元殺し屋】
【2542/ユーア/女性/18歳/旅人】
※エントリー順です。
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ライターの芽李です。
この度はショウの依頼を受けて下さって有り難うございます。
依頼した当人が大変な事になってしまいましたが、それでも二人は、皆様は、明日への希望を持って進んでゆかれるのでしょう。
メイさん、主が「魔を断つ」存在として、少々貴方の力に勘付いてしまったようで、思う存分に、とはいきませんでしたが、心優しき天使…素敵な活躍でしたね。
次へと続く物語、貴方の為に<後編>は以後募集させていただきます。
ご興味を持って頂けたら、続きが気になるかな? とお思いになりましたら、是非どうぞ。
ショップの方にも記載する予定ですので、一応ご確認いただけますと幸いです。
今回も分岐点を用意させていただきました。他の方の作品を読んで頂きますと、謎な部分も解けるかも知れません。宜しければ読んでみてくださいね。
では、またお会いできる日を楽しみにしております。
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