<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


帰れない場所 戻れる家
■オープニング
 小奇麗な身なりの女は白山羊亭の前でさまよいながら、決めかねていた。一度迷ってしまうと無限ループに陥ってしまい、とうとう店のドアの前でたたずんだまま硬直さえしてしまった。しゃがみこんで大きくため息をつくと、自分のふがいなさばかり思い出してしまい、ついでとばかりに無関係な昔の記憶さえも引きずり出してしまう。
 今しかない、という気持ちと、今更、という気持ちがせめぎあい、その場から離れることも、店に入ることもできずにいた。
 胸元のロケットを出して開くと、うつっているのは幼い子供の姿。数年の日々がたち、もうだいぶ成長したに違いない。ののしられても仕方がない。ののしられて、当たり前だ。
 それでもあいたいと思う自分のエゴを押し付けるのに、どうしてためらいがないといえるだろう?

 女は、立ち上がった。




■誤解と白山羊
 女が立ち上がった瞬間、その頭を押し付けるものがあった。大きな手に抑えられて、立てずにその場にまた座り込み、自分のだめっぷりを実感した。
「オーマ、女性に対して失礼ですよ」
「いやぁ、思い悩んでいるやつを見るとこう、な」
「ホント、よくわかっていないわ……」
 女は差し出された手に戸惑いをあらわにして、自分をぐるりと囲んでいる三人の男女を見上げた。
 第一印象。左から、青いめがね君(弱)、極彩色の男(強)、無害そうな女性(最弱)。つながりがいまいちつかめず、流行の『昼からカツアゲ』と判断し、女は迷わず手を懸命に動かして、目の前のドアを開けた。
「いらっしゃいませー!」
 カラン、となったドアに反応した白山羊亭看板娘、ルディアが声を上げた。ドアを開けたこぎれいな身なりの女が顔を赤くして、声を張り上げた。
「すみません、カツアゲが……!!」
「はい?」
 初めての客が、カツアゲといって店に駆け込んできた。状況判断として、冒険者がいるだろうこの店に駆け込むのは正しい――が、なんと言ってもこの昼下がりに、酒場でのんびり酒をかっくらっている冒険者は、全否定はしないが、どう考えたっていない。よって、助けを求める場所はいささか間違っている気が。状況が良く見えず、ルディアは首をかしげた。
 女性の後ろに立つ三人は、見慣れた常連客だ。一見すると何のつながりもない。ルディアは三人が間違えられた可能性を察知し、腹を抱えて笑った。
 真剣な女性はいきなり笑われてたまったもんじゃない。何ですか、と怒る声が店の中に響くが、ルディアの笑い声のほうが大きい。
「三人とも、店に入って、誤解を解いたら良いんじゃない?」
 ルディアに促され、いきなり女に逃げられた三人は、しぶしぶ――本来の目的はそうだったにもかかわらず――店の中に入っていった。



■はじまりと要求
 店に入った三人はテーブルではなくカウンターに座り、セフィスの隣にはかの女性が座った。
「はじめまして、アイラス・サーリアスです」
「セフィスです」
「オーマどぅぇーっす」
 身近に居なかったタイプの男が目の前に居て、女はたじろぐ。オーマは気にした様子はないが、セフィスがやや頭を抱えた。アイラスはそれを横目に、女に尋ねた。
「お名前は?」
「伽藍、です」
「がらん……というと、伽藍堂とかの、伽藍かしら?」
 オーマから興味をそらしたセフィスが問うと、女は恥ずかしそうに言う。
「ええ、そういったものが好きな親でしたので」
「素敵なご両親ですね」
 女の表情が曇り始めた。店の前に立っていたときと同じ表情を、またあらわにしはじめた。マスターが時間帯を考慮してかレモン水を四つ、カウンターに置いた。オーマが顔を渋らせるが、ここで一言余計なことを言っても他の二人からブーイングが出ることを感じて、レモン水に一口も手をつけないことで抵抗を示した。
「先ほど、白山羊亭の前でずいぶんと深刻な顔をされていましたが、どうかなさいましたか?」
 アイラスがたずねると、うつむきながら胸元からロケットを出し、開いた。入っていたのは子供の肖像画だった。四〜五歳の、ぷっくりした幼さのあふれる顔だ。
「娘、です。十数年ほどずっと、別れて暮らしていて……先日手紙が来て、迎えに行かなければ、と……」
「遠いところに?」
「聖都の近くにある、山に」
「山だぁ!?」
 興味のなさそうな顔で隅に座っていたオーマが、身を乗り出して伽藍のほうへ顔を向けた。伽藍はおびえて体をすくませたが、セフィスに背をなでられ、また心を落ち着けて再び話し始めた。
「さほど、遠くはないんですけれど……いけなくて、ずっと、あっていなくて、……あわせる顔がない」
 事情を納得したように、セフィスがうなずいた。
「それで、迎えに行く冒険者を?」
「はい。ここには、そういった用向きで、来ました」
「お受けしましょう。家族が離れているのは、いいことではありませんし」
 立ち上がったセフィスは、自分を見つめている二人を見つめ返した。
「行ってきます。一両日中に帰ってくるから。ま、場合によっては協力要請もありえるけど? どんな感じか見てくるわ」
「楽しみにしています」
 アイラスが笑みを浮かべる。いつものそれよりは、幾分やや表情に硬さがある。オーマも同じようにつくろっているものの、漂う雰囲気の重苦しさに変わりはない。二人が親子と接触するには、時間が必要なのだ、とセフィスは思った。アイラスはその慎重さゆえに。オーマは女性からの信用が皆無であるがゆえに。
 突然の状況の変化に、一番驚いたのは伽藍だ。いきなりセフィスが立ち上がったかと思えば、開いた白山羊亭のドアからは竜の声が聞こえる。
「伽藍さんは、白山羊亭にいるか、ご自宅にいてください。ご自宅なら、そこの二人――信用できるほうでいいですから、住所を教えておいてください。善処いたしますよ」
 白山羊亭を颯爽と出て行ったセイフィスを、伽藍だけが呆然と見つめていた。
「さて」
 セフィスが出て行くのを見て、アイラスは腰を上げた。オーマはアイラスを見つめ、何をするのかと暗に言った。酒ではなくレモン水であったことに、いまだに根に持っている。水滴のあふれるグラスが恨めしげに主張していた。
「準備には時間がかかるでしょう? セフィスがつれて来れなかった場合、こちらの最終兵器はこのお母様となるのですから、相応の用意をしなければ」
「おおっ、そっかぁいいねぇ。オレ、そっち希望だねェー!! んじゃ、行くべ行くべ」
「伽藍さんはどうぞ、お帰りください。明日またここに来てただけますか?」
「は、はい……」
「できれば服装は長袖・長ズボンでよろしくお願いしますね」
 伽藍は意味もわからず頷いた。



■成功と成立
 防具屋をあらかた回ったところで、オーマの肩には膨らんだ袋がひとつ追加されていた。中には女性用のケープ、膝・肘あて、登山用のミニブーツ、靴擦れした場合のあて布、手袋が入っている。
 聖都の近くにある山は危険な場所ではない。急な斜面もなく、行きなれた冒険者ならば頂上に登ったとしても一日で帰れる。ただ、不慣れな伽藍とともに登るとなればそうも行かないので、準備に気は抜けない。命綱の必要はないにしても、相応でなければ。
「おいおい、こんなに買って無駄遣いになんじゃねーの?」
 オーマがたずねると、アイラスは広場の噴水に腰を下ろした。
「多分、セフィスは成功しませんよ。――本人もそれはわかって、今行っているんだと思いますが」
「ほっほぉ……んで、おめぇさんにはそれを『成功』させる自信があると?」
「伽藍さんは、言っているようで、大切なことを何一つ言っていない――あちらに隠している情報がある限り、こちらの成功する確率は低い」
 オーマうなずき、袋を足元においてアイラスの隣に座った。
「情報、ねぇ……まぁなんだ、そこは複雑な親子事情って言うか? 一介の冒険者には話せないってぇ、ラインじゃねーの? お前にもあんだろ、一つや二つ」
「それくらいじゃすみませんよ」
 アイラスは口元にのみ笑みを浮かべた。決して笑わない目をめがねで隠す。袋に手を伸ばし、買い残しがないかを確認して、立ち上がってそれを肩に持った。
「ではオーマ、明日、よろしくお願いしますよ」
「おーとも。まぁ、何だ……やっぱ、想いや愛ってぇのは、てめぇで伝えねぇとな」
 オーマが差し出した拳に、アイラスも自分のそれを、ありったけの力でぶつけた。オーマは顔に笑みさえ浮かべた。――契約、成立。


 白山羊亭には、陽気な雰囲気が良く似合う。何人かの友人を引き連れて、店の一角を占拠して酒を飲む。バカみたいに騒いで、バカだと自慢する――そうして、夜があけていけばいいが、明日のことを考えると、オーマは早めに切り上げて家に戻らざるを得なかった。
 離れ離れになってしまった親子。理由も何も知らないが、それではいけないと無条件に思ってしまう。
「ったく、正直に言えねぇもんかねぇ!」
 月の明るい夜に、空に向かって叫んだ。月の光を反射して、わずかに輝く銀のロケット。
 そうだ、と思いついて、夜の聖都を歩いた。
 ――明日は晴れるだろう。



■不休登山
 翌日、伽藍は白山羊亭のカウンターの一角に座っていた。その隣にアイラスは座り、足元に袋を下ろした。伽藍は多少の注目をしたものの、アイラスに
「これくらいの荷物、常備のうちですよ」
 とにっこり笑顔で返されれば、不審を抱かずに首を立てにうなずいた。そんなものか、と。開けてびっくり玉手箱、とまでは行かなくても、結果のいかんによっては、伽藍が混乱するのは目に見えている。
 扉の前でさえ、あんなに動揺……パニックを起こしていたのだから。
「そろそろ、ですかね」
 アイラスの言葉にさえ、伽藍は肩をびくっと反応させた。
 市場のざわめきが聞こえるような、うららかな空の下の昼前だ。思考回路が少し違えば日向ぼっこに最適だと誰かがつぶやいていたかもしれないが、今日はそんなボケ担当もいなければ、ボケられる思考をしていられる状況でもなかった。
「おう、すまん、遅れた」
 オーマが入るなり言ったが、二人しかいない状況に、わずかに舌打ちする。セフィスは、とたずねても、店内の誰も答えられなかった。
 と、小さい竜の鳴き声が聞こえ、二人はあわてて店の外に飛び出した。見えたのは、彼女の竜だ。柄にもなくあわててしまった自分たちに苦笑しながら店内に戻り、彼女の来訪を待つ。
 しばらくすると、浮かれているような、浮かれていないような表情の彼女が店へと入ってきた。オーマ、アイラス、伽藍、セフィスの順で端から座り、報告を始めた。
「娘さんの名前は空さん――で、よろしかったでしょうか?」
 伽藍がうなずいたのを確認して、セフィスは報告を始めた。
「娘さんは一人暮らしでした」
 アイラスはセフィスの報告に耳を傾けつつ、伽藍の表情を伺った。――変化無し。
「だいぶ、おばあさんとの暮らしが長かったようです」
 若干の、変化有り。
「あなたの出した手紙を読まれたようですが、それでもなお……聖都に行く気はないといわれました。来るなら自分で来い、と」
 伽藍がうつむいたのを合図に、オーマが立ち上がり、アイラスがセフィスに目配せをした。
「と、いうわけです」
「やっぱり、私が行かなきゃ行けないんですよね……?」
「ええ」
 セフィスがアイラスの視線に答えた。オーマはいすから伽藍を担ぎ上げ、そこら辺のテーブルの上に座らせた。セフィスは驚いた様子もなく、アイラスにいった。
「地図はアイラスのお乗り物につけておいたから。結構な曲者よ〜?」
「乗り物じゃなくてお友達ですよ……曲者のほうがたのしみですね」
 アイラスが笑みを浮かべ、オーマが伽藍のために用意しておいたケープをかぶせた。
「不慣れな女が山の中に入るといったら、ある程度は必要だからな」
 慣れた手つきでブーツ、肘・膝当て、手袋を袋から出してはつけて行く。なされるがままの伽藍は、しかし予想がついたのか、セフィスのほうを恨めしげに見つめている。アイラスは外に出てしまって、白山羊亭にはいなかった。オーマの楽しげな鼻歌が店内に響く。
「善は急げ、というでしょう?」
 セフィスは今までで一番軽やかな笑みを浮かべていた。ともすれば白山羊亭で右往左往しかねない伽藍を、準備が終えた瞬間にオーマが担ぎ、外に出る。担がれながら、セフィスの耐えない笑みを伽藍は見つめていた。


「うう、……なんでいきなり……心の準備、というものが……」
 ぶつぶつとしゃべりながら、アイラスの後ろを伽藍が進んでいく。オーマがその後ろを歩き、せっつくように伽藍にぶつかる。
「おうおう、止まってもいいけどな、そのたびに俺の胸にダイブされちゃぁ困るんだよな?」
「そっちが早いんです!! 山に登るのなんて、はじめてかも……」
 アイラスは情報を正確に読み取った。オーマも気づいたそぶりを見せるが、漏らした本人は気づいていない。
 子供と一緒に登ったことがあるならば山は初めてではない。山がはじめて、というのなら、彼女と子供が引き離された上で、子供が祖母――祖父も一緒にいたかもしれない――と一緒にこの山を登った、ということだ。ロケットに移っていたのは四〜五歳の子供の顔だったが、山に上るのにその年齢はきついように感じられる。せいぜいその倍。けれど、近くにいて五年以上も肖像画を変えないで持ち続けるだろうか?
 子供と母親は四〜五歳で別れ、子供は多分十歳前後に山に上った。その空白の時間どこで生活をしていたかは不明。母親は最近になって子供の消息を知った――そんなところか。
 祖父母による単なる誘拐の可能性もなくはないが、おそらくこの母親と娘が別れた背景には、母親に対する祖父母の不満が原因にあると思っていいだろう。たとえば、年齢。たとえば職業。――小奇麗な装い。傷ひとつない、滑らかな手。
「アイラスさん?」
 足が止まっていたのか、伽藍がアイラスに声をかけ、オーマが上目遣いでにらんでくる。口元は笑っているが。
「ペース、はやくないですか? まさか初めてだとは……」
「この歳で山に上ったことないって、珍しいですかね?」
「そうでもないですよ?」
 冒険者が何度も踏み慣らしてできた道を通っていく。地図によると、踏みなれた道を途中で少し外れて歩くようだ。気温が絶頂に上がったのと同時に、日が傾いている頃だ。アイラスもオーマも、言葉には出さなかったが、あせっていた。山小屋がいたるところにあるので、野宿の心配はしていなかったが、ここまで人の行きなれた場所から外れた山小屋だったとは思ってもいなかった。
「少しあせろーぜ? 野宿になっちまったら困るのはそっちだろう? ――きれいなお手てが、な」
 オーマの催促に、赤い顔に大粒の汗を光らせる伽藍が、柳眉を潜めながらうなずいた。
 日が赤くなる寸前に、何とか一行は目的地近くにたどり着いた。山小屋を見つけた途端に、その場にうずくまって石になってしまった伽藍を、そこそこに疲れていたオーマが担ぎ、抵抗する足を押さえた。
「ったく、はた迷惑な依頼人だこって」
「いう言葉じゃないですよ、オーマ」
 彼女にあわせて歩いていたら二日以上かかったであろう山小屋の前まで歩くと、アイラスは何のためらいもなく扉をたたいた。確認する様子もなく扉が開き、セフィスほどの背丈の女性が現れた。背丈は同じだが、年齢は幾分高そうだ。見つめれば、ロケットの面影がなくもない。――母親に、似ていた。
「それが、ですか?」
 出てきた女性は、オーマの肩に担がれながら静かにしている母親に目を向け、ため息を吐きながら言った。アイラスとオーマは苦笑いを浮かべた。なるほど、一筋縄ではいかないようだ。



■母と娘と部外者2人
 女の住んでいる山小屋は、外観も、内装も、驚くほど質素だった。家の中央にあるのは四人がけのテーブル。オーマはためらいなくいすに座り、入り口で固まっている伽藍は、きょろきょろと中を見回している。女主人がいすに座ったのを見て、アイラスは伽藍の腕を引っ張って女の前に座らせ、最後に自分が座った。
 一同に緊迫した雰囲気が漂う。それの根源はと考えれば、剣呑な顔をした女主人と、狼にあった小動物のように震えている伽藍だ。
「本当に来るとはね……」
 大きくため息をつきながら、女主人がつぶやいた。本当は拉致ともいえないほど強制的につれてきたわけだが、母親の威厳のためには伏せなければならない。
「アイラス・サーリアスです。こっちはオーマ・シュヴァルツ」
 伽藍のときの前科者に任せないとばかりに自己紹介をしたアイラスに、オーマは憎らしげに視線を向けたが、アイラスはそれを無視した。
「女性一人でこんな山奥に暮らしていては、大変でしょう」
 世間話を装いながら、アイラスは口火を切った。
「男性でもあまり変わらないと思いますよ」
 女主人は暖炉の上に置かれたやかんからお湯をポットに注ぎ、ふたを閉めた。そういえば、と気づいたように言う。
「空、といいます」
「おう、嬢チャン!!」
 自己紹介したばかりだというのに、自分のことを「嬢」呼ばわりする男に、一瞬空は柳眉を潜めた。アイラスもオーマもそれは見逃さなかったが、口に笑みを浮かべながら空が応えた。
「この母親がいやか!?」
 オーマが単刀直入に、ひねりもせずにたずねた。場はわずかに硬直したが、空が吹き出すと、今までの緊張すべてが吹き飛び、場をにぎわせた。
「ちょっ、……ひっ、ひねるとか……!!」
「オーマ、もう少し……」
 アイラスは空とは違う意味で肩を震わせている。
「やめてぇっ、聞きたくないぃー!!」
 耳をふさぐ伽藍を気に留めるものは、いない。笑いのおさまった空が、茶葉をティーポットに入れて、お湯を注ぐ。カップに紅茶を入れながら、その水面を見つめながら言った。
「……そうですね、母親は、居ても、知らない人ですから。嫌いではなくても、好きでもない」
「憎んで、ないの?」
 伽藍はにじんだ目でじっと空を見つめた。その姿は、目の前でしゃんと背筋を伸ばして母親を見つめる空と、似ていないようで、似ていた。
「おばあさんとおじいさんは、一度もお母さんの悪口を言わなかったわ。お母さんの職業も、ちゃんと私に隠さず教えてくれた――幼い頃はわからなかったけれど」
 アイラスとオーマの疑惑が確信に変わる。小奇麗な身なり。きれいな手。――子供にいえない親もいる、職業。
「でもっ、今は違うわ!! 今は、身請けしてもらって、……あの人も、あなたと一緒に住んでいいといっているの。どうして? 聖都で、不自由なく暮せるのに、どうして山奥に残るの?」
 身請け。伽藍の元の職業は、娼婦か。もしかしたら伽藍の父親は、その客だった男かもしれない。娼婦が子供をはらむと、多くは堕胎させるが、安い薬を使うために母体に対するリスクが大きい。
 きちんと生ませたということは、伽藍の数ヶ月不在が、伽藍の死による不利益よりも小さいということだ。娼婦の中でも、上のランク。身請けした主人というのは、よほどの金持ちだろう。
「どうして不自由なの? 山奥の生活は確かに、不便かもしれないけれど……自分のチカラで生きていられる、自由があるわ」
「自由を、私よりも選ぶの? 私に、母親面はさせてくれないの?」
 ずっと、鼻をすする音が聞こえる。伽藍がテーブルの上にすがるように出した手に、空が自分の手を重ねる。
「あなたの職業がどういうものか知って、一番聞きたかったことがあるの。でも、今すぐにそれを聞けないの――すこしだけでも、待ってくれる? 手紙の返信も、するから」
 そういって、スカートのポケットから手紙を出した。あて先には伽藍、と書いてある。
「あて先にお母さんってかけるまで、――何十年も先になるかもしれないけれど、それまでは」
 伽藍は手紙を受け取って、ぽろぽろと涙をこぼした。隣に座ったオーマが涙を手でぬぐうと、笑みがこぼれる。――なるほど、魅惑の笑みだ。
「昨日の夜摘んだから、聖都に戻ったら何十本でもあるんだが……今は、これだけしかないな」
 手品のように、種から一本の花を出す。空は初めてみる花に驚き、伽藍はその手品に目を瞬いた。偏光色に輝くそれは、ルベリアの花。
「女だから、花には詳しーだろうが。――永遠の絆とか。まぁ、なんだ? どんなに認定されなくてもだな、こいつの中にはお前と同じ血が流れているわけで……」
 オーマが、花をどちらに渡そうか悩んで、首をかしげた。
「聖都にあるなら、そちらを全部いただくわ。……空、持っていてくれる?」
 顔を赤くしながら、伽藍が空に尋ねた。
「花って、毎日水を換えるんでしょう? たいへんね」
 オーマの手から花を受け取った空の手を、ぎゅっと伽藍が握り締めた。立ち上がって空を抱きしめると、頬にキスをして、満足げに山小屋の入り口へと歩いていった。
「さ、戻りましょう?」



■エピローグ
「で? どうしたの?」
 世もふけた白山羊亭で、男多数、女多数、互いに酒を飲みあいながら陽気に笑う店内で、そこも陽気であることに違いはない。
 セフィスの問いかけに、アイラスとオーマは言い難そうに互いを見詰め合った。伽藍が娼婦だったのはプライバシーとしてヒミツ。それがヒミツとなると、空が客との間に身ごもったであろう子供であることもヒミツ、空が、聖都に来るのをためらっていることもそこに起因するだろう、きっと。
 ならば、なにをどう説明すれば、伽藍に『ありがとうございました』といわれる事態になるのか。合わせた視線をそらして、互いに秘密協定を結ぶ。
「お子様にはまだ早いハナシってーやつだよ」
 酒を一杯あおいで、マスターに追加を頼む。
 明日、白山羊亭には伽藍が来るだろう。
 白い封筒に、几帳面な字であて先を恥ずかしげに書いている姿が、よく目に浮かんだ。



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■    この物語に登場した人物の一覧     ■
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< オーマ・シュヴァルツ >
整理番号:1953 性別:男 年齢:39(実年齢999歳)
クラス:医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

< アイラス・サーリアス >
整理番号:1649 性別:男 年齢:19
クラス:フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番

< セフィス >
整理番号:1731 性別:女 年齢:18 クラス:竜騎士



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■        ライター通信         ■
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はじめまして。受注ありがとうございました。
HPでの拍手もありがとうございましたv
ライターの天霧です。
ほのぼのとした話を目指していたはずが、
一歩間違えれば昼ドラな展開にびっくりです。

オーマさんは最初の段階ではいまいちつかめず、
(腹黒で親父でシュヴァルツだったので……)
序盤の出番がかなり少なかったのですが、
だんだん増えていった……と思います。
実際に納品しているものはだいぶ直したものですが;

こちらが後編で、セフィスさんのプレイングが前編のような
感じになっていますので、あわせてそちらもどうぞ。
PCによって微妙に異なっています。

ご意見・ご要望・ご感想などはご遠慮なくどうぞ。
細かい誤字脱字等もお気軽に。
次の機会には挽回させていただきますので。

天霧 拝
個別受注ページ:幸せってなんだろう
→http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=0014