<東京怪談ノベル(シングル)>
その光、清らかにして
血の繋がらない姉の赤い瞳が、オーマの姿を認めその表情をゆっくりと緩めた。
陽の光の下で映える小麦色の肌な肌と、冷たさを含んだ風に揺れている闇に溶け込むような黒い髪は残念ながらほっそりとした月の夜に隠されかてしまっている。
女性にしては高い身長の分、オーマへの暗い中でなお印象的な赤い瞳への距離が近い。
その慣れた近さにお互いにうっすらと微笑を浮かべた。
暗い闇に表情を隠されようとも、互いの表情は手にとるように分る。
「突然呼び出したりして、一体どうしたっていうんだ?」
姉であり、眷属である女がオーマの問いかけに少女のような顔をして笑った。
「何、面白いものを見せてやろうと思うてな。…そろそろだ」
彼女の指先はオーマの後ろすいっと指差した。
その瞬間、大地から無数の白い光が生まれ小さな輝きを放つと、一つ、また一つと数を増やして天へと登っていく。
光は風に身を任せ、ゆらりゆらりと揺れた。
それに合わせるかのように、音のようでいてもっと幻想的な何かを持った旋律が響いては消える。
「これは、ウォズか」
「そう、歌を唄うウォズ」
具現化能力を抑えるためのヴァレルを作ったのは、オーマの姉であり眷属でありヴァレルマイスターである彼女だった。
何か伝えたいことでもあるのかとオーマは視線を巡らせるが、彼女もまたただ白い光のウォズを見つめているだけであった。
「綺麗だな」
ぽつりと漏れたオーマの言葉に、姉は静かに頷いた。
ヴァンサー専用戦闘服【ヴァレル】を身に付けなければ代償を背負うことになるオーマたちとは違い、ウォズたちはある意味自由にその具現化能力を使う。
それが良いこともあれば悪いこともある…特に悪い面が強くでようとも、オーマにはウォズを悪だとし全てを滅ぼす気にはなれなかった。
光は笑うように、オーマの体も覆っていく。
髪に、顔に、腕に、そしてウォズを屠る者である証の刺青にも。
触れたように見えた視界とは裏腹に、ウォズは何の感触も残しはしなかった。
後から後から生まれてくるウォズの光に、オーマは無言で闇夜を見上げた。
空を覆うように、白い光が唄っている。それは月よりも鮮明に辺りを照らしていた。
「お、オーマじゃねぇか、どこに行くんだ?」
真昼間の酒場から出てきた馴染みの男がオーマに声を掛けた。既に顔は赤く、酒の匂いをぷんぷんさせている。
それに片手をあげ挨拶をし、にやりと笑った。
「いや何、ちょっくら素敵マッチョ巡回中しようと思ってな」
「そうか、そりゃいい!ははははっ」
少々呂律が怪しい男がオーマの肩をばしばしと叩いて豪快に笑った。
オーマもそれに答えて男に負けないような声で笑う。
たまたま通りかかった花売りの少女が二人の姿を見、視線を合わせないようにして急いで通りすぎていった。
「そいつはそうと、お前酔っ払いすぎて俺のとこに駆け込んでくるんじゃねぇぞ」
「ははははっ、お世話になるぜ、せ・ん・せ・い」
語尾にハートマークが付きそうな声で男はオーマの耳元に息を吹きかけた。
酒臭い息を耳元にかけられ、オーマは盛大に顔をしかめる。
「おい、気持ち悪いことするんじゃねぇ!!」
「いいじゃないか、先生さんよ〜」
完全に酔った男は、オーマの反応に愉快になってきたのか、あひゃはひゃひゃと声高く笑った。
「最近、あの白い光を見なくなっちまってよ、おりゃぁ寂しいっ」
本業は貿易商である男は、世界中を旅している。この街にもよく立ち寄ってはオーマのところを訪ねてきていた。
「白い、光?」
「あぁ、ここから遠いところにな、地面からぽぉぉっと白い光が出てくる所があるんだが、そいつが見られなくなっちまってなぁ…」
男は本当に寂しそうにそう言うと、また手に持っている酒を飲み干した。今日の悪酔いの原因の一つはどうやらそれらしい。
聞き覚えのある話に、オーマは悩んでいる姿を演出するかのように、顎に手をあて視線を足元に落とした。
「ふむ、ここでこのお助けマッチョの出番というわけか」
「お!流石オーマ!よっ、世界一の腹黒あっはっはははは!!」
「ははははははっ!!」
二人で意味も無く大笑いをすると、通りかかった野良犬がびくりと飛び跳ね、早足で逃げていった。
気が遠くなるほど昔に姉に呼び出された場所へとやってきた。
昔よりも近くに家々の明かりが見え、辺りも人の手が入ったようであった。
男が話した通り、同じように黒々とした空からは細い月が覗いているものの、あの日とは違い天へと登っていく光は影も形も無い。
自由な歌声は消え、ただ風が静かに通り過ぎていくだけだった。
「本当に、消えちまったんだなぁ」
残念さを隠さず呟いても、それは何も変わらない。
オーマの知らない間に別のヴァンサーがウォズとして封じてしまったのだろうか。
あの時、屠る者であるオーマにも同じようにウォズたちは触れていった。
たが、ヴァンサーはウォズとして彼らを区別して封じるのだ。どこか矛盾をしているその関係に夜に映えるオーマを瞳が辺りを睨む。
「嫌な話だぜ、まったく」
このことを姉が知っているのかは分らなかったが、恐らくその夫も自分と同じような反応示すことだろう。
オーマは視線を空へと向けた。雲が月を覆ってしまえば、そこに光はない。
胸の刺青を指先で触れ目を閉じ、白い光たちの歌に哀悼の意を示した。
数日後、オーマの元に届いた一通の手紙は姉から来たものだった。
手紙を送られるような用件が思い出せず、疑問符を浮かべながらオーマは封を開ける。
一枚しか入っていない便箋を取り出し無言で文字を追う。
彼女らしい調子で近況が綴られ、その先を読んだところでオーマは目を細めて笑った。
「なんだ、そういうことか」
手紙に書かれたいたことを要約すると、ほとんど家に帰ることのない姉夫婦が出掛けた先で白い光のウォズを見つけたらしい。
自分たちで移動したのか、誰かの力添えがあったのか分らないが、あの場所よりもっと人目の付かない場所でウォズたちは変わらず自由に歌を唄っているそうだ。
最後の姉とその旦那の署名まで辿り着くと、手紙を丁寧にたたみ再び封筒の中へと戻す。
医院の方から聞きなれた男の呻き声が聞こえてくる。どうやら白い光のことをオーマに話した男が、出発前だというのに二日酔いで苦しんでいるようだ。
「今回は、お助けマッチョの出番はなしか」
顔は苦笑いを浮かべているものの、オーマにはそれもまた、悪くはない気がした。
大きく伸びをし、今一番オーマに助けを求めているだろう男の元へと、二日酔いを治すという効果は発揮するものの、真っピンクな液体が入った瓶を手にして向かった。
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