<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


船闘の行方


 ざざん、という静かな音の波が、C・ユーリの船を優しく揺らしていた。今は大海原に出る事もなく、港に碇を下ろしている。
「……いいねぇ」
 ユーリは呟き、目の前いるユンナを見てにっこりと笑う。
「天気はいいし、風は心地いいし、波も穏やかだ。おまけに、目の前には美女がいるときた」
「何よ、ユーリ。そんな分かりきった事を今更言ったって仕方ないでしょう?」
 ユンナは至極当然のこと、と言わんばかりにそう言った。ユンナにとって、自分が美女だと称されるのは当たり前の事である。何を今更、という思いのほうが強い。
「でも、嫌じゃないだろう?」
「何が?」
「美しい、と言われる事についてだよ」
「当たり前じゃない。寧ろ、永遠と私の美について語ってくれてもいいくらいよ」
 ユーリはそう言うユンナの手をすっと取り、手の甲にキスをした。ユンナが「なっ」と言いながら思わず頬を赤く染めると、ユーリはウインクしながらにやりと笑う。
「永遠に語ったら、キリがないさ。何しろ、本当にユンナは綺麗なんだから」
「と、当然じゃない」
「そう。当然の事だが、だからこそ何度も言わなければならない気がする。永遠に語る事はできないけど、何度も言わなければならない。ユンナがユンナであるからこそ出てくる、大いなる矛盾だ。そうは思わないかい?」
「……いい心がけだわ」
 少しだけ膨れて言うユンナに、ユーリはくすくすと笑った。突然のキスで不覚を取ってしまったのかもしれないと、ユンナは少しだけ悔しく思う。ほんの、少しだけ。
「その心がけに対する報いは、無いのかな?」
「今のところ、未定ね」
「未定と言う事は、いつしかそこに予定が入り込むと言う事かい?」
 にっこりと笑いながら言うユーリに、ユンナはふっと顔を逸らす。
「……馬鹿ね」
 ぽつりと呟き、ちらりとユーリを見る。ユーリはそんなユンナを見て再び微笑み、そしてユンナの背後に聳え立つ船を見てはっと息を呑んだ。
 そう。ユンナの背後には、いつの間にか大きな船が聳え立っていたのだ。それも、ユーリの海賊船と同じくらいの船が。
「……ユンナ」
「何よ?」
「後ろ」
「……はぁ?」
 ユーリの言葉に訝しげにしながら、ユンナは後ろを振り返った。勿論飛び込んでくる、大きな船。
「……な?」
「何が『な』よ!一体何な訳?あの船。というか、馬鹿としか思わないわよ!誰に断ってこの私の背後に回り込んだって言うのよ?」
 見事なユンナ節が炸裂する。すると、船のほうから「はっはっは!」という笑い声が聞こえてきた。
 青い空、青い海、阿呆な笑い声。似合わない。
「見つけたぞ、ヴァンサーの長よ!」
「アーンド、ユリアン家の船!」
 男と女の声が響く。ユンナとユーリはそれを見つめ、何かを感じていた。
 デ・ジャ・ヴ。既視感。ともかく、そういうもの。
「ヴァンサーの長は滅殺、ユリアン一家は乗っ取る!この目的がある為に、我々はここにお前達に挑戦する事を誓います!」
「誓わないで。馬鹿みたいだから」
「誓います!」
 ユンナの言葉にもめげない二人。正体は言わずと知れた、ウォズ夫婦である。
「しかも、ワル筋っぽいよなぁ」
「何?ワル筋って」
「悪い筋肉輩って意味らしい。ユンナもよく知る例のダンナが使っていたから、覚えたんだ」
「そんな訳の分からない言葉なんて、覚えなくていいわ」
 ユンナはそう言い捨て、じろりと突如表れたウォズ夫婦を睨みつけた。鋭いユンナの目線に、一瞬怯む夫婦。が、めげない。誓いの言葉だって言ったのだから。
「これに来るがいい!そこで我々は貴様らを待っているからな!」
「必ずよ、必ず来なさいよ!」
 あっはっは、と再び笑いながら一枚の紙を投げつけ、ウォズ夫婦はそう言い捨てた。そして、カッという擬音が出てきそうなポーズを飛び上がりながら逆光の中、決めた。満点が出そうだ!
 だが、次の瞬間ぼちゃーん、という豪快な音が響いた。飛び上がったものの、着地する場所は既に無かったようだ。惜しい、満点が取り消された!
 そんなハイテンションな空気が過ぎ去ってしまった後、投げつけられた紙をユンナとユーリは覗き込んだ。
「……タッグアニキ第五弾、ラブ筋灼熱スピリッツで干上がりオーシャンマッチョ、伝説の聖筋界メラセクシー海賊バトル筋大会……って、長いわよ!」
 ばしん、とユンナは紙を床に叩きつけた。ユーリは「まあまあ」と言いながら紙を拾い上げる。
「ユンナ、優勝商品が出るみたいだぞ。聖獣もびっくり……」
 ユーリは思わず口をつぐんだ。その紙の続きには、手書きで「海賊と上司様もびっくりして……」とあったのだ。一体びっくりして何が起こると言うのか、それは不明だが。
「いいじゃない、出てやるわよ。ああ、出てやりますとも!私を滅殺しようとした事自体を後悔させてやるわよ!」
 憤然とするユンナ。
「挑戦したいのなら、それを受けない訳にはいかないな。ならば俺は、我が船を守らんが為に、その挑戦を承ろう!」
 妙に芝居じみた口上のユーリ。顔は怒りが頂点のユンナとは対照的に、心の奥底から楽しそうな顔をしている。
 本音と建前は違うとか、何とか。
 かくして、ユンナとユーリは妖しげなイロモノ大会への参加する事になったのであった。


 パンパン、という花火が打ちあがる音が海面上に響く。件のイロモノ大会が、ついに幕を開けてしまったのだ。
「結構参加者がいるのね。物好きな」
 ユンナはそう言いながら辺りを見回した。自分たちとウォズ夫婦以外にも、かなりの参加者がいたのだ。驚きである。
「ユンナ、エルファリア王女がいるぞ」
 ユーリはそう言うと、ユンナの「え?」という言葉を気にとめる事なく、一直線に王女の元に行ってしまった。
「このような所にいらっしゃったのですね、王女様」
 ユーリはそう言いながら、すっと王女の手を取ってキスをする。王女は「ふふ」と笑いながら口を開く。
「王室公認ですから。楽しそうですし」
「そのように笑われると、まるで花が咲いたようにも見えますよ。いや、花すらも嫉妬するかもしれませんね」
「まあ、お上手」
 ユンナは、ぐぐぐ、と床を踏み躙った。ユーリがいつものようにフェミニスト全開で女性に話すのはいつもの事だし、エルファリア王女だってユーリがそうするのを別に嫌がっている様子は無い。
 だけど、何となく腹が立つのはどうしてだろうか。
「ユーリ、始まるわよ!」
 とりあえず、怒りに任せてそう叫んでやった。ユーリがこちらに来るのが見えたが、気にしないように船へと向かった。
「ユンナ。……妬いているのかい?」
「ば……妬くわけないでしょ?ぐずぐず行動するのが好きじゃないだけよ」
「そっか。……大丈夫、俺がついているからな」
 ユーリはそう言い、ユンナの手を取ってキスをする。何となく面白くなくて、ユンナは思わず「ふん」と言ってしまうのであった。
「さあさあ、またもややってまいりました!王室公認大会、第五弾!ラブ筋灼熱スピリッチュ……略!」
 噛んだ上に略す。最悪である。
「と、ともかく、始めます!商品はあらおやまあと聖獣もびっくり!金に尽きたらこれを売れ!金の碇だ!」
 おおーというざわめきが、場内に響いた。大きな金色の碇が、堂々と登場したのだ。
「いいな、あれ。欲しい」
 ぽつり、とユーリ。ユンナも綺麗な碇に思わず見とれてしまう。
「いいわね、頂きましょう」
 やる気も貰う気も充分である。
「ルールは簡単、一番にゴールに辿り着いた船が優勝です。途中妨害は……ラブを感じられるものならば、やっても構いません」
「何その『ラブを感じられる』っていうの」
「さあ、それでは始めます!」
 ユンナの突っ込みは、どうやら司会者まで届かなかったようだ。
 じゃわわ〜ん、というドラの音で、船は一斉にスタートした。ゴールまで、普通に進めば5分とかかる事なく、辿り着く事ができる。……できるのだが。
「でえい、ラブ・アターック!」
「何を、愛の鞭!」
 船同士で行われる、奇妙な技名の妨害工作が、既に始まっていた。ある船に向けてハート型の爆弾を投げてみたり、鞭の先がハート型になっていたり、手裏剣がハート型になっていたり……といった、ラブを感じられると言うか、ラブそのものを表現した攻撃である。
「……ユーリ」
「何だ?」
「馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
「奇遇だな、俺もだ」
「さっさと金の碇を頂いて、この場から逃げたいわ」
「同意見だ」
 船上一致で、これからの方針が決定した。その名も、構わず進め。決して投げやりになっている訳ではない……筈だ。
「はっはっは!ヴァンサー長よ、これを受け取れ!ザ・勧誘ボール!」
「……出たわね」
 うんざりした表情のユンナに向かって、ウォズの夫の方が何かを投げてきた。ユンナはそれを「はぁ!」と気合をいれて素早く素手でキャッチする。
 それは、丸いボールだった。柔らかなビニールのボール。ピンク色で、真ん中に「ラ部」と書いてある。
「……何、これ?」
「かかったなぁ!それで貴様は強制的にラ部に入部しなければならないのだ!」
「ばっかじゃないの?」
 ユンナはそう言うと、だむっと床を踏みつけて、思い切りウォズの船に向かってそれを投げた。
 ガコッ!ストライク!見事ボールはウォズ夫婦の船に、めり込んだ。柔らかいボールとして、ありえない快挙である。
「まだまだ!愛の一押し!」
 ウォズの夫はそう言うと、巨大丸太で勢い良くユンナを船外へ押し出した。
「……え?」
 ユンナは一瞬時が止まったように感じた。一番ありえない状況に陥ったから。
 つまりは、海。
「ユンナ!」
 ユンナの状況に、それまで操縦していたユーリが地を蹴り、ユンナの元に向かった。左腕の黄金の義手から出し、ワイヤーアンカーを船の端に引っ掛け、海へ落ちていくユンナに向かって右手を伸ばした。
 ぱしゃっ。
 間一髪、海の表面に足がついただけで、無事にユンナの体はユーリによって抱き締められた。
「……セーフ」
「セーフ、じゃないわよ!ユーリまで一緒に落ちたら、どうする気だったのよ?」
「どうするって……それでも、ユンナの傍から離れるわけには行かないだろう?」
「え?」
 眉間に皺を寄せるユンナに、ユーリはにやりと笑う。
「俺がついていると、約束しただろう?金槌のお前を、海にくれてやるわけにはいかないしな」
「ユーリ……」
 ユーリのワイヤーアンカーを使い、二人は再び船に戻った。その途端、ぱちぱちという拍手が起こった。そしてその拍手はやがて、盛大なものとなる。
「……感動、感動の拍手です!分かりました、分かりましたよ!優勝はユンナ・ユーリペアに決定です!」
「は?私達、まだゴールにも行ってないんだけど?」
「そうそう。寧ろスタート地点に近いぜ?俺たち」
「この大会は、ラブメインです。だからいいのです!ええい、持ってけ!」
 ユーリとユンナは顔を見合わせる。不思議そうに首を傾げていたが、やがてぷっと吹き出した。
 なんと馬鹿馬鹿しく、下らない、だが面白い判定なのだろうか。
「金の碇は、頂いたわね」
 ユンナはにっこりと笑い、ユーリにそう言った。ユーリはにっこり笑って頷き、それから少しだけ悪戯っぽく笑う。
「でも、俺の愛は金の碇よりも大きく、輝いているんだぜ?」
 悪戯っぽく笑いつつも真剣な眼差しのユーリに、ユンナは少しだけ頬を赤らめ、それから「馬鹿ね」と小さく呟く。
「それで沈んでしまったら意味が無いわ」
「引き上げてくれればいいだけの話さ。他ならぬ、ユンナがな」
 そう言って笑うユーリに、ユンナは再び「馬鹿ね」と呟いた。
 口元を仄かに、ほころばせながら。

<船闘の行方はラブに落ち着き・了>