<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 『星を観る人』


(少し落ち着いてきたかな……)
 ルディア・カナーズは、テーブルを拭きながら、小さく溜め息をついた。
 時間的には、ランチタイムとティータイムの中間。アルマ通りにある人気の酒場、この白山羊亭が、少し静かになる。
 その時、ドアベルが鳴る音がした。
「いらっしゃいませ〜!」
 ルディアは、そちらに向かって満面の笑みを浮かべ、元気な声を上げる。
 中に入ってきたのは、長い黒髪に、金色の目を持つ女性。美人とまではいかないが、色白でそばかすが浮いている顔には、どことなく愛嬌がある。掛けている眼鏡も相まってか、知的な雰囲気を漂わせていた。服装も大人しいデザインで、『文学少女』がそのまま成長すると、彼女のような感じになるのかもしれない。
 だが、その目は伏せられ、元気があるようにはとても見えなかった。
「あの……こちらには、冒険者の方が来られるんですよね?冒険者の方って、個人的な依頼でも受けてくださるんでしょうか?」
 女性が、弱々しい声でそう言う。
「はい、冒険者さんたちはよく来ますよ。個人的な依頼をしてる人も、沢山見たことがあります。今はちょっと見当たらないですけど……あの、もし良かったら、ルディアがお話だけでも聞きましょうか?」
「でも……貴女はウェイトレスさんでしょう?お仕事の邪魔したら悪いし、やっぱり出直して……」
「いいんです!今はお客さんも少ないし、何か、お姉さん、ほっとけない雰囲気いっぱい出してますし」
 それでも尚遠慮している女性の手を、半ば強引にルディアは引き、テーブル席のひとつに座らせた。
「その代わり、何か注文だけはして下さいね♪」
 片目をつぶってそう言ったルディアに、女性は少し元気づけられたのか、穏やかに微笑んだ。


「私は、父に男手ひとつで育てられました。母は、私を産んで、すぐに他界したそうです。父は天文学者で……といっても、全然結果が出せなくて、家は貧乏でした。でも、夜空を見上げて、子供のように目を輝かせる父が私は大好きで……貧しくても、凄く楽しかった。でも……その父も、去年、この世を去りました」
 女性は、注文したコーヒーには手もつけずに、どこか遠くを見つめながら話し続ける。その先に映っているのは、亡き父の面影だろうか。
「父は病床で……自分の死期を悟ったのでしょう、私に、ひとつの封筒を差し出しました」
「封筒?」
 ルディアが目を瞬かせると、女性は小さく頷く。
「ええ、笑っちゃうくらい普通の封筒……でも、それにはきっちり封がされていて、父は、私にこう言ったんです。『お前の二十歳の誕生日に、これを開けなさい』って」
「何か、大切なものだったんですね」
 ルディアの言葉に、女性は大きく溜め息をついた。
「はい、多分……でも、その封筒が、無くなったんです」
「無くなった?」
「ずっと、父の部屋に保管して置いたんですけど、昨日、仕事から帰ってみたら、部屋が荒らされてて……その封筒だけ、無くなっていました」
「何で……でしょうか?」
「分かりません……そして、私の二十歳の誕生日は……今日なんです」
「ええっ!?それは、おめでとうございます!……じゃなくて、何というか……」
 上手く言葉を見つけられないでいるルディアに、女性は「ありがとうございます」といって、寂しげに微笑んだ。
「だから、見つけて欲しいんです……どうしても。私と父との、最後の約束だから」
「わかりました!」
 ルディアはバンッ、と両手で勢いよくテーブルを叩くと、立ち上がり、女性に向かい、言い放つ。
「そんな大事なものを盗むなんて許せない!何としてでも冒険者さんに、封筒を取り戻してもらいましょう!」


 ■ ■ ■


 窓から、太陽の光が差し込む。
 夏に近づくにつれて、それは段々と強くなる。
 日はすでに中天にあった。
 そして、アイラス・サーリアスは、まだ微睡みの中にいた。
 緩やかな時が流れる。
 だがそれも、終わりを告げた。
 彼の目がゆっくり開く――と同時に。
「あっ!」
 声を上げ、ガバリとベッドから身を起こすと、慌てて周囲を見回す。
「しまった!寝過ごした!」
 今日は、親友のオーマ・シュヴァルツと『白山羊亭』に昼食を食べに行く約束をしていたのだ。
 昨日は、知人に頼まれ、別の酒場で楽器の演奏をしていた。彼のテクニックはプロ並みで、評判も良い。その時に、あまり得意ではない酒を、喜んだ客たちに飲まされてしまった。演奏はきちんとこなしたと思うが、その後の記憶が途切れている。どうやって自宅に帰ってきたのかも覚えていない。
 約束の時間はとうに過ぎている。
 彼は急いで支度をすると、家を飛び出した。

 『シュヴァルツ総合病院』。
 そう看板の掲げられた場所の前まで来ると、アイラスは大きく息をつく。彼の運動能力は、常人を凌駕しているので、息が乱れることは殆どないが、流石に全力疾走は多少疲れた。
「よう。遅かったな」
 門を潜り、中へと入ろうとすると、何故か入り口にオーマが立っていた。相変わらず、鍛え上げられた筋肉を誇示するような服を着ている。
「ああ、すみません、遅れてしまいまして……それにしてもオーマさん、ずっとここで待っていたのですか?」
「いや……まあ、とにかく行こうぜ。腹減った」
 オーマの言葉は、どことなく歯切れが悪い。しかし、気にしても仕方がないことなので、アイラスは笑顔で頷く。

 アルマ通りは、活気で満ち溢れていた。
 様々な種族、様々な人々が歩いている。
 人込みをかき分けながら進んでいくと、やがて、ひとつの看板が目に留まる。白山羊亭だ。」
 アイラスがドアを開けると、ドアベルがカラン、と小気味いい音を立てた。
「いらっしゃいませ〜!」
 店内に入ってすぐ、ウェイトレスである、ルディア・カナーズの笑顔に出迎えられる。ランチタイムとティータイムの中間辺りということもあってか、客の姿はまばらだった。
「あ、アイラスさんにオーマさん、ちょうど良かった!今、凄く困ってる人がいるんです。助けてあげて下さい!」
「ああ、いいぜ」
「ちょっとオーマさん、内容も聞かずに引き受けちゃっていいんですか?」
「いいんだ。それよりルディア、何か適当にメシな!」
「はーい♪あと、依頼人さんは、あのテーブルにいる女の人ですから」
「了解」
(仕方ないなぁ)
 オーマは、様々な特殊能力を持っている。その彼がいいと言うのだから、きっと今回の依頼も大丈夫なのだろう。何より、アイラス自身も困っている者を放っておけない性質だ。
 ルディアに示された席には、長い黒髪の眼鏡を掛けた女性が座っている。その前まで行くと、アイラスとオーマは自己紹介をし、ルディアから頼まれた旨を伝えた。最初は戸惑っていた女性も、弱々しい笑顔を形作り、口を開く。
「ナディア・リースと申します。この度は、宜しくお願い致します」
「こちらこそ。あの、すみません。食事がまだなので、失礼なのですが、食事しながらお話を伺っても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。全然構いません」
 暫くして、次々と料理が運ばれて来る。
 アイラスとオーマは、ナディアの話を聞きながら、物凄いスピードで料理を平らげていった。その様子を見て、ナディアが目を丸くする。
 彼女が話し終えた頃には、大量の皿が積み上がっていた。ルディアが来て、手早くそれを片付けていく。
「なるほど……」
 ナプキンで口を拭きながら、アイラスが言葉を発する。話を聞いたら、やはり助けてやりたいと思った。隣を見遣ると、オーマは、どこか遠くを見るような目をしている。
 その時、ルディアが、ブカブカの白衣を着、大きな眼鏡を掛けた茶髪の少女を連れて来た。どことなく研究者、という雰囲気だ。
「おぅ、ルディア。助っ人か?」
 オーマが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言った。この状況でルディアが連れて来るのだから、冒険者なのだろう。
「はい……ええと」
「リリン・ゲンナイです。初めまして」
「僕はアイラス・サーリアスです。リリンさん、宜しくお願いします」
「オーマ・シュヴァルツだ。ヨロシクな」
「はい、宜しくお願いします」
 リリンと名乗った少女の顔には、どことなく緊張の色があった。見た感じでは大人しそうなので、人付き合いが苦手なタイプなのかもしれない。
「リリン、突っ立ってねぇで、座ったらどうだ?」
「はい」
 オーマに促され、リリンは空いている席に腰を掛ける。
「あの……初めまして。ナディア・リースと申します」
 ナディアが、弱々しく微笑みながら挨拶をする。リリンが挨拶を仕返したのを見てから、アイラスは口を挟んだ。
「ナディアさん、リリンさんのためにも、もう一度お話しをして頂けませんか?僕も、状況を整理したいですし」
「はい、分かりました」
 そうして、ナディアは再び語り始める。

「無くなっていたものはその封筒だけだったのですか?金目のものなどは?」
 アイラスが訊ねると、ナディアは小さく首を振った。
「分かりません……とにかく、気が動転していて……それに、うちはお金持ちではないですから」
「そうですか……お父さんは天文学者だったそうですが、研究内容は分かりますか?あと、共に研究していた方とかはいらっしゃいます?」
「すみません……父の研究のことは、私は良く分からなくて。でも、研究はひとりでやっていたみたいです」
「ともかくよ、ナディアの家に行ってみねぇか?現場を見てみねぇことには、分かることも少ねぇし」
 それまで黙っていたオーマが、口を開く。
「そうですね。では、ナディアさん、お邪魔して宜しいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます。宜しくお願いします」


 ナディアの家は、エルザードの郊外にあった。
「あ、あの……」
 リリンが声を上げたので、三人の視線がそちらへと集まる。
「部屋は、荒らされたままですよね?」
「はい……片付ける気持ちの余裕がなくて……」
「じゃあ、きっと犯人の手がかりがあるはずです!ボクの家、結構近くなんです。役に立つ道具があるかもしれないので、ちょっと取ってきます!」
「了解です。じゃあ、ここで待っていますね」
「おぅ。気をつけていけよ」
 三人は、駆け出したリリンを見送る。
 何となく、彼女の背中は、誇らしげに見えた。


「結構荒らされてるな」
 ナディアの父の書斎だったという小さな部屋は、オーマが呟いた通り、引っ掻き回されたような状態になっていた。主に紙類や本が床に散らばり、デスクの引き出しなどは開きっぱなしになっている。
「あ、皆さん動かないで下さい。とりあえず現場の写真を撮るので」
「カメラをお持ちなのですね」
 リリンが持ってきたカメラで写真を撮り始めると、アイラスが目を細めて言う。
「ご存知なのですか?」
「はい。元々、僕はこちらの住人ではないので。地球、というところから来たのですけど」
「え?地球!?ボクと同じです!」
「へぇ……同郷か。いいモンだな」
 オーマがそう言って笑顔を見せる。アイラスは、同じ地球出身の者に出会えたことで、自分の故郷のことを思い出す。親しかった者は、今頃何をしているのだろうか。尤も、彼は既にソーンの生活に馴染んでいたし、この世界が好きではあるのだが。
「しかし……この荒らし方は素人ですね。偽装した感じもしないですし……凄く焦って封筒を探したように思います」
「もうちょっと待って下さいね。指紋採取しますから」
 アイラスが顎を指でなぞりながら呟くと、リリンが言う。
「そんなことが出来るのですか?」
「はい。ボクが作ったのですけど、指紋をスキャンして、後で照合が可能なんです」
 そう言って、リリンは長い金属製の棒の先に、同じく金属で出来た円盤状のものがついた機械で、部屋中をくまなく浚っていく。
 その作業が終了したのを見計らって、アイラスがナディアに聞いた。
「お父さんの研究内容を知りたいので、ちょっと部屋の中のもの、見せて頂いて宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません」
 了承を得たので、アイラスはとりあえず、落ちていた書類を拾い上げ、目を通す。
「なるほど、観測天文学ですか。データ目当てなのかなぁ……例えば封筒に、貴重な資料が入っていたとか」
 ナディアは封筒以外なくなってはいないというが、他にも消えたものはあるのかもしれない。ただ、現状では判断できなかった。そもそも、研究データを娘の誕生日に開けろ、などという親がいるだろうか。
「なぁ」
 そこで、黙って室内を見ていたオーマが、口を開いた。
「そもそも、何で二十歳の誕生日なんだ?今日、何かあるのか?」
 訊ねられたナディアは、やや頬を朱く染めながら答える。
「実は私、婚約者がいて……私が二十歳になったら結婚する約束をしたんです。だから……だからきっと、あの封筒は、父から私へのお祝いの品だと思うんです」
「ほぅ、そいつはめでてぇ」
「おめでとうございます」
「うわぁ、いいですね。おめでとうございます!」
 三人は、口々に祝いの言葉を述べた。
「だから……どうしても見つけたいんです。父との最後の約束、果たしたいんです」
 ナディアは、そう言って俯く。
「ボクも育ててくれた祖父を亡くしています。だから、絶対手紙を見つけましょうね!」
「はい……ありがとうございます」
 元気づけるように言ったリリンに、ナディアは小さく頷いた。
「俺様も、娘を祝ってやりてぇ父親の気持ちは良く分かる……絶対見つけてやるよ」
 オーマはどこか遠くを見るような眼差しで呟く。
「僕も何とかしてお力になりたいと思います」
 アイラスはそれを横目で見ながら、ゆっくりと頷いた。オーマからは、娘と再会したのが最近だということを聞いていたので、きっと色々と思うところがあるのだろう。
「宜しくお願いします」
 何度も頭を下げるナディアに、アイラスは問う。
「とにかく、その封筒を狙った犯行だという前提で洗ってみましょう。その方が犯人を特定しやすいですし……まずは聞き込みからした方がいいですね。近所を回ってみましょうか。あ、あと念のため、封筒を遺していたことを知っていると思われる方っていらっしゃいますか?」
「女だ」
「え?」
 突然声を上げたオーマに、一同の視線が集まる。
「封筒を盗んだのは女だ……けど、『想い』がちぃとばかし複雑すぎて、それ以上は『見え』ねぇ」
「女性……ですか」
 アイラスが、唇を撫でながら呟く。オーマの『見えた』ものが何かは分からないが、情報は増えた。だが、それで犯人を特定出来るまでには至らない。
「とりあえず、聞き込みを決行してみませんか?この機械、スキャンした指紋と一致する人がいると、ブザーが鳴るんです……こんな風に」
 そう言って、リリンは持っていた機械を操作する。すると、けたたましい電子音が辺りに響いた。ナディアの指紋はこの部屋にあって当然なのだから、反応するのはおかしくない。
「それに、指紋データを選択することも出来るので、全員に反応してしまうことはありません。今、ナディアさんの分は削除しました」
「へぇ……便利ですね。これなら、犯人を特定するのが容易になりそうです」
 アイラスは素直に感心する。ソーンで、これだけのものを作れる人物は、そうそういないからだ。
「じゃあ、早速聞き込みに……」
「いや」
 オーマが言葉を発したその時。
「その必要はないわ」
 戸口から、声がした。

「リラちゃん……その封筒、もしかして……見つけてきてくれたの?ありがとう!」
 ナディアの言ったように、リラと呼ばれた女性の手には、茶色い封筒があった。
 緩くウェーヴの掛かった黒の長髪に、ライトブラウンの瞳。年齢はナディアと同じくらいだろうか。服装は、一目で高級なものと分かる。
「どなたですか?」
「あ、すみません。リラ・サーヴァスさん。私の親友なんです。リラちゃん、こちらは、冒険者の方々で、私の封筒を探すために集まって下さったの」
 リリンが訊ねると、ナディアが笑顔で答えた。何となく後ろを見たところ、オーマは黙って腕を組んで難しい顔をしている。アイラスはそれを眺めていた。
(もしかしたら……)
 その時、リリンの機械のブザーが、鳴った。
「え?」
 突然のことに、リリンが小さく声を上げる。そちらを見ると、戸惑った顔で機械を操作している彼女の姿があった。やがて、ブザーの音は止まる。だが。
「見つけた?……そうね。確かに見つけたのは私だわ……だって、私が盗んだんですもの」
(やっぱり……)
 オーマが難しい表情をしていたのは、この所為だったのだ。リラが犯人だということが、一目で分かったのだろう。
「リラ……ちゃん?」
 ナディアが戸惑いの声を発すると、リラは口の片端を上げる。だが、瞳はどこか哀しげに揺れていた。
「ナディア……これは、貴女に返さなければいけない。そう思ったから、持ってきたの」
 そう言って、彼女はこちらに向かってゆっくりと歩いてくると、手に持った封筒をナディアに渡した。その口は既に開けられている。ナディアは、訳が分からない、という顔で、封筒とリラを交互に見た。
「どういうことか説明してもらおうか」
 オーマが、重い口を開く。リラはそのまま、皆の間をすり抜けると、窓際まで辿り着いた。
「中身を見れば分かるわ」
 その言葉に、ナディアは震える手で、封筒の中身を出す。どうやら、紙の束が入っているようだった。
「……え?嘘……でしょ……?」
「嘘なんかじゃないわ」
「嘘よ……こんなこと信じられるはずないじゃない!」
 打ちひしがれているナディアに、誰も声を掛けることが出来ないでいた。封筒の中身が何だったか、などとは、到底聞けない。
「……私の両親の間はね、凄く冷え切っていた。小さい頃から、何で私のパパとママは、こんなによそよそしいのかしら、ってずっと不思議だったわ。私は母には可愛がられたけど、父はそうじゃなかった。家にいない日が殆どだったわ。たまに帰ってきても、私の方を見ようともしない」
 リラが、窓の外を見たままで語りだす。
「そんな日がずっと続いて……ある時ね、使用人が噂しているのを聞いてしまったの。私は父の娘じゃないって」
「だからって……」
 ナディアが、震える声で言う
「だからって、あなたと私が姉妹だなんて!」
 アイラスたち三人は、口を挟むことすら出来なかった。
「でも、事実なのよ!紛れもない事実!私はそれから、母を問いただして、実の父のことを聞いた。そして、実の父を恨んだわ。家庭が冷え切っているのも、私が可愛がってもらえないのも、全部、実の父が母を見捨てた所為……貴女の父親の所為だって!母は貴女の父親を庇ったけど、幾ら家が没落して、今の家に嫁がなきゃいけなかったからといって、私を宿したことを知らなかったからといって、愛してるなら引き止めるべきだったのよ!」
「そんな……」
「私はそれから、貴女の父親のことを調べ上げ、自分と同い年の娘がいると知って、貴女に近づいた。そして、貴女の父親に文句のひとつも言ってやりたかったわ。殺してやろうかとすら思った。でも、私が出会ったのは、不治の病に臥せっている人だった」
 重い空気が、場に流れる。
「貴女の父親は、私を見て、すぐに自分の娘だと気づいた。私は、母にそっくりだから……身体もロクに動かないのに、何度も必死で謝るのよ。何だか気が抜けちゃった。それに……貴女のことも、本当に友達だと思うようになってしまった。最初は貴女の父親に近づくために、利用するだけのはずだったのに」
「リラちゃん……」
「でも、貴女から封筒の話を聞いたとき、羨ましくなったの。私には何もないのに、貴女にだけは託したものがある……だから、誕生日までに盗んでやろうと思った。でも」
 リラが肩を震わせ、嗚咽を漏らす。
「そんなもの、貴女に返さないわけにいかないじゃない……」
 長い間、沈黙が流れた。
 やがて。
「リリンさん、オーマさん、アイラスさん……これを、見て下さい。依頼を引き受けて頂いた以上、あなた方には見る権利があります」
 決心したように封筒の中身を差し出すナディアに、皆躊躇いを見せた。
「ナディア、それはお前さんのモンだ。俺には見ることは出来ねぇよ」
「僕もです。個人的なものですから」
「ボクも、見ることは出来ません」
 固辞した三人に対し、ナディアは弱々しい笑顔を見せる。
「皆さん、お優しいんですね……でも、これだけなら。手紙を見さえしなければ、個人的な事情には触れないでしょう?」
 そう言って彼女が三枚の紙を差し出した。一番近くにいたリリンが、仕方なさそうにそれを受け取る。後ろから、オーマとアイラスも覗き込む。
「これは、地図だな」
「こっちは、星間図ですね」
「それから、星の命名認定証……何となく今、祖父を思い出しました。ボクへのプレゼントは、服しか来ないですけど」
「凄く……父らしいです」
「そうね。貴女の父親らしいわ」
「でも、これは私だけへのプレゼントじゃない。結局、リラちゃんにも見る権利はあったのよ」
「遅かれ早かれ、ね。早まったわ。親友のものを盗むなんて」
 そう言って、リラはくすくすと笑う。ナディアも、つられて笑った。
「なぁ」
 オーマが、口を開く。
「星、見に行かねぇか?」
「でも、地図を見る限りでは、遠いですよ」
 リリンがそう言うと、オーマとアイラスは、顔を見合わせて笑った。
「大丈夫ですよ。オーマさんには裏技がありますから」


 巨大な銀色の獅子が、翼をはためかせながら夜空を行く。その背には、リリン、アイラス、ナディア、リラの四人。
 アイラス以外の者は、オーマがこの姿へと変貌したとき、腰を抜かさんばかりに驚いていたが、今は、吹き抜ける風を満喫している。

『親愛なるナディアへ。私は、君に謝らねばならないことがある。私には昔、愛する人がいた。でも、その人は、、急に私に別れを告げ、私の前から去ってしまった。何度引き止めても無駄だった。後で、家の事情だと聞いたけれど、貧乏学者の私には、どうすることも出来ない問題だった。それに、その人の決意も固かったんだ。そして、悲嘆にくれていた私を救ってくれたのは、幼馴染――つまり君のお母さんだった』

『どうだ?気持ちいいか?』
「凄いですね!速いし気持ちいいです!……ちょっと怖いですけど」
「すぐに慣れますよ」
 景色は、物凄いスピードで後方に流れていく。

『私は、凄く好きな星座があってね、暇を見つけては、遠出して、眺めていたんだ。そうしたら、ちょうど君が生まれる頃、新たな星を発見したんだよ。ふたつ並んだ星だ。すぐに命名権は獲得したし、君の名前をつけようと思っていた。でも、双子の星だから、もうひとつの名前をどうするか、悩んだんだ。だから、暫く保留することにした。もしかしたら、孫の名前がつけられるかもしれないしね。そんなことを思っていたら、私を病魔が襲った。そして、リラちゃんが現れた。びっくりしたよ。愛した人に、瓜二つだったから。そして、彼女が私の実の娘であることが分かった。私は、その時、心を決めたよ。二人の名前を双子の星につけようと』

『ついたぞ』
 空には、満天の星。
 手を伸ばせば届くのではないかと思うほどに近い。
「どれですかね?」
 リリンが、ペンライトで照らした星間図と空を見比べながら言う。
「あ、あれですよ!」
 アイラスが、指で示した方向には、ふたつ並んで淡く光る星があった。

『あの人が、私の子供を宿していたなんて、全く知らなかった。でも、知らなかったとはいえ、私の罪が消えるわけではない。リラちゃんに、とても辛い思いをさせたと思う。でも、ナディア。君と出会えたことも、私にとって大きな幸せだったんだ。私は欲張りだね。私はもう長くはない。君がこれを読んでいる頃には、この世にはいないだろう。ずっと君に真実を打ち明けようかと悩んだけれど、臆病な私にはとても出来なかった。こんな形で告白することを、どうか許してほしい。そして、リラちゃんと姉妹として付き合えなくてもいい。今までどおり親友としてでもいい。とにかく、二人がこれからも仲良くしてくれることを、心から願っている。あの双子の星のように。ナディア、そしてリラ。私は、君たちを愛している。言葉では言い表せないくらい、愛している。どうか、二人とも、幸せになってほしい。生まれてきてくれてありがとう。そして、不甲斐ない父親ですまなかった』

「お父さん……」
 ナディアが、堪えきれなくなったかのように、咽び泣く。涙は、ポタポタと落ち、オーマの背中を濡らす。
 彼女の肩を抱いていたリラも、泣いていた。先ほどのように、隠すことはしない。ただ、涙を流していた。
「お父さん」
 小さく、呟く。
 父の生前には、結局一度も言えなかった言葉。
 手紙は、こう締めくくられていた。

『私は、二十年前に観たんだよ――ふたつの星を』


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス(あいらす・さーりあす)/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2587/リリン・ゲンナイ(りりん・げんない)/女性/17歳(実年齢17歳)/マッド・サイエンティスト】

※発注順

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■         ライター通信          ■
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■アイラス・サーリアスさま

いつもありがとうございます!鴇家楽士です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

今回もギリギリ納品になってしまいました……大変お待たせ致しました。
そしてすみません、今回NPC話の割合がかなり多いです……せっかく捜査して頂いたのに、犯人自ら出てきちゃいましたし、ダラダラ長いですし(汗)。
今回は、同じ地球人の方がいらっしゃったので、そこら辺も絡めてみました。

あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです。

尚、それぞれ別視点で書かれている部分もあるので、今回登場して頂いた、他のキャラクターさんの納品物も読んで頂けると、話の全貌(?)が明らかになるかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。