<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 『星を観る人』


(少し落ち着いてきたかな……)
 ルディア・カナーズは、テーブルを拭きながら、小さく溜め息をついた。
 時間的には、ランチタイムとティータイムの中間。アルマ通りにある人気の酒場、この白山羊亭が、少し静かになる。
 その時、ドアベルが鳴る音がした。
「いらっしゃいませ〜!」
 ルディアは、そちらに向かって満面の笑みを浮かべ、元気な声を上げる。
 中に入ってきたのは、長い黒髪に、金色の目を持つ女性。美人とまではいかないが、色白でそばかすが浮いている顔には、どことなく愛嬌がある。掛けている眼鏡も相まってか、知的な雰囲気を漂わせていた。服装も大人しいデザインで、『文学少女』がそのまま成長すると、彼女のような感じになるのかもしれない。
 だが、その目は伏せられ、元気があるようにはとても見えなかった。
「あの……こちらには、冒険者の方が来られるんですよね?冒険者の方って、個人的な依頼でも受けてくださるんでしょうか?」
 女性が、弱々しい声でそう言う。
「はい、冒険者さんたちはよく来ますよ。個人的な依頼をしてる人も、沢山見たことがあります。今はちょっと見当たらないですけど……あの、もし良かったら、ルディアがお話だけでも聞きましょうか?」
「でも……貴女はウェイトレスさんでしょう?お仕事の邪魔したら悪いし、やっぱり出直して……」
「いいんです!今はお客さんも少ないし、何か、お姉さん、ほっとけない雰囲気いっぱい出してますし」
 それでも尚遠慮している女性の手を、半ば強引にルディアは引き、テーブル席のひとつに座らせた。
「その代わり、何か注文だけはして下さいね♪」
 片目をつぶってそう言ったルディアに、女性は少し元気づけられたのか、穏やかに微笑んだ。


「私は、父に男手ひとつで育てられました。母は、私を産んで、すぐに他界したそうです。父は天文学者で……といっても、全然結果が出せなくて、家は貧乏でした。でも、夜空を見上げて、子供のように目を輝かせる父が私は大好きで……貧しくても、凄く楽しかった。でも……その父も、去年、この世を去りました」
 女性は、注文したコーヒーには手もつけずに、どこか遠くを見つめながら話し続ける。その先に映っているのは、亡き父の面影だろうか。
「父は病床で……自分の死期を悟ったのでしょう、私に、ひとつの封筒を差し出しました」
「封筒?」
 ルディアが目を瞬かせると、女性は小さく頷く。
「ええ、笑っちゃうくらい普通の封筒……でも、それにはきっちり封がされていて、父は、私にこう言ったんです。『お前の二十歳の誕生日に、これを開けなさい』って」
「何か、大切なものだったんですね」
 ルディアの言葉に、女性は大きく溜め息をついた。
「はい、多分……でも、その封筒が、無くなったんです」
「無くなった?」
「ずっと、父の部屋に保管して置いたんですけど、昨日、仕事から帰ってみたら、部屋が荒らされてて……その封筒だけ、無くなっていました」
「何で……でしょうか?」
「分かりません……そして、私の二十歳の誕生日は……今日なんです」
「ええっ!?それは、おめでとうございます!……じゃなくて、何というか……」
 上手く言葉を見つけられないでいるルディアに、女性は「ありがとうございます」といって、寂しげに微笑んだ。
「だから、見つけて欲しいんです……どうしても。私と父との、最後の約束だから」
「わかりました!」
 ルディアはバンッ、と両手で勢いよくテーブルを叩くと、立ち上がり、女性に向かい、言い放つ。
「そんな大事なものを盗むなんて許せない!何としてでも冒険者さんに、封筒を取り戻してもらいましょう!」


 ■ ■ ■


 人には、唐突に何かを決意する時が来る。
 それは、枕元で鳴った目覚ましのアラームの所為だったかもしれないし、夏に近づくにつれて、少しずつ強くなっていく日差しの所為だったかもしれない。もしかしたら、家政婦アンドロイドの着ているメイド服のフリルの所為だったかもしれない。
 とにかく、リリン・ゲンナイは、決意した。
 冒険者になろう、と。


 昨日も遅くまで研究に没頭していたため、起きたのは日が高く昇った頃だった。家政婦アンドロイドが用意してくれた遅い朝食を食べ、家の外に出る。『考える葦』たちの『リリン、お出かけ?』、『今日もいい天気だね!』、『いってらっしゃい!』という声に見送られながら、ブカブカの白衣の裾をなびかせ、歩いていく。見上げた空は青く、高かった。眼鏡越しの太陽が眩しい。
 このソーンに、『冒険者』という職業が存在するのは勿論知っている。だが、実際になるには、どうしたらいいのかが分からない。日々、研究に勤しんでいるか、『修理屋』としてしか働いたことがないからだ。
(えーっと……)
 とにかく、こんな郊外にいても何も始まらない。確か、エルザードの繁華街であるアルマ通りに、冒険者たちが集まる酒場があったはずだ。
 彼女は、とりあえず、そこを目指してみることにした。


 アルマ通りは、活気で満ち溢れていた。
 様々な種族、様々な人々が歩いている。
 人込みをかき分けながら進んでいくと、やがて、ひとつの看板が目に留まる。
「『白山羊亭』……確かここだったよね」
 ソーンに来たばかりの頃、好奇心旺盛な祖父に連れられて、何度か足を運んだ記憶がある。料理の味が良いことでも有名で、確かにその通りだった。
 だが、自宅が郊外にあることもあり、また、引きこもりがちな生活を送っている彼女は、自分ひとりでは一度も来たことはなかった。
 ひとつだけ深呼吸をし、やや緊張しながらも、ドアをそっと開ける。ドアベルがカラン、と小気味いい音を立てた。
「いらっしゃいませ〜!」
 店内に入ってすぐ、オレンジ色の髪を編んだ、可愛らしい少女に、元気な声と笑顔で出迎えられる。ランチタイムとティータイムの中間辺りということもあってか、客の姿はまばらだった。
(どうしよう……)
 冒険者というものは、すぐに依頼が来るものなのだろうか。暫しの間悩んでから、リリンはハッタリを掛けてみることにした。
「あの……私、冒険者なのですが……」
 その途端、少女の顔がパッと明るくなる。
「ホントですか?良かった!今、困っている人がいて……オーマさんとアイラスさんが引き受けてくれるって言ってましたけど、人は多いほうがいいと思うんです。さぁ、こっちに!」
「は、はい」
 少女に導かれるまま、リリンはテーブル席のひとつへと向かう。そこには、大きめの眼鏡を掛け、淡い青色の髪を首の後ろで束ねた細身の男性と、黒髪に、鍛え上げられた筋肉を誇示するような服を着た大男が腰掛けていた。その前には、長い黒髪の眼鏡を掛けた女性が座っている。
「おぅ、ルディア。助っ人か?」
 大男のほうが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら言った。ルディア、というのがこの少女の名前らしい。
「はい……ええと」
「リリン・ゲンナイです。初めまして」
「僕はアイラス・サーリアスです。リリンさん、宜しくお願いします」
「オーマ・シュヴァルツだ。ヨロシクな」
「はい、宜しくお願いします」
 自分も、冒険者になるのだ。
 そう思うと、不安と期待で、胸の鼓動が速くなる。
「リリン、突っ立ってねぇで、座ったらどうだ?」
「はい」
 オーマに促され、リリンは空いている席に腰を掛ける。
「あの……初めまして。ナディア・リースと申します」
 依頼人であると思われる女性が、弱々しく微笑んだ。リリンも、挨拶を仕返すと、アイラスが口を挟む。
「ナディアさん、リリンさんのためにも、もう一度お話しをして頂けませんか?僕も、状況を整理したいですし」
「はい、分かりました」
 そうして、ナディアは語り始める。

「無くなっていたものはその封筒だけだったのですか?金目のものなどは?」
 アイラスが訊ねると、ナディアは小さく首を振った。
「分かりません……とにかく、気が動転していて……それに、うちはお金持ちではないですから」
「そうですか……お父さんは天文学者だったそうですが、研究内容は分かりますか?あと、共に研究していた方とかはいらっしゃいます?」
「すみません……父の研究のことは、私は良く分からなくて。でも、研究はひとりでやっていたみたいです」
「ともかくよ、ナディアの家に行ってみねぇか?現場を見てみねぇことには、分かることも少ねぇし」
 それまで黙っていたオーマが、口を開く。
「そうですね。では、ナディアさん、お邪魔して宜しいでしょうか?」
「はい。ありがとうございます。宜しくお願いします」


 ナディアの家は、エルザードの郊外にあった。リリンの家と、そう遠くはない。
「あ、あの……」
 リリンが声を上げると、三人の視線がこちらへと集まる。
「部屋は、荒らされたままですよね?」
「はい……片付ける気持ちの余裕がなくて……」
「じゃあ、きっと犯人の手がかりがあるはずです!ボクの家、結構近くなんです。役に立つ道具があるかもしれないので、ちょっと取ってきます!」
「了解です。じゃあ、ここで待っていますね」
「おぅ。気をつけていけよ」
 普段、リリンは親しい相手にしか『ボク』とは言わない。だが、きっと冒険者の間には、社交辞令など必要ないのだ。だって、一時的にとはいえ『仲間』なのだから。
 もしかしたら、これからも『仲間』なのかもしれない。
 自分も、冒険者なのだから。


「結構荒らされてるな」
 ナディアの父の書斎だったという小さな部屋は、オーマが呟いた通り、引っ掻き回されたような状態になっていた。主に紙類や本が床に散らばり、デスクの引き出しなどは開きっぱなしになっている。
「あ、皆さん動かないで下さい。とりあえず現場の写真を撮るので」
「カメラをお持ちなのですね」
 リリンが持ってきたカメラで写真を撮り始めると、アイラスが目を細めて言う。
「ご存知なのですか?」
「はい。元々、僕はこちらの住人ではないので。地球、というところから来たのですけど」
「え?地球!?ボクと同じです!」
 リリンは『多分』、という言葉をあえて飲み込んだ。自分の記憶が偽りだとは思いたくない。
「へぇ……同郷か。いいモンだな」
 オーマがそう言って笑顔を見せる。最初に出会った頃は、見た目からちょっと怖そうだと感じていたが、話してみれば、気さくな男性だと分かった。
「しかし……この荒らし方は素人ですね。偽装した感じもしないですし……凄く焦って封筒を探したように思います」
 アイラスが顎を指でなぞりながら呟く。
「もうちょっと待って下さいね。指紋採取しますから」
「そんなことが出来るのですか?」
「はい。ボクが作ったのですけど、指紋をスキャンして、後で照合が可能なんです」
 そう言って、リリンは長い金属製の棒の先に、同じく金属で出来た円盤状のものがついた機械で、部屋中をくまなく浚っていく。
 その作業が終了したのを見計らって、アイラスがナディアに聞いた。
「お父さんの研究内容を知りたいので、ちょっと部屋の中のもの、見せて頂いて宜しいでしょうか?」
「ええ、構いません」
 了承を得たので、アイラスはとりあえず、落ちていた書類を拾い上げ、目を通す。
「なるほど、観測天文学ですか。データ目当てなのかなぁ……例えば封筒に、貴重な資料が入っていたとか」
 ナディアは封筒以外なくなってはいないというが、他にも消えたものはあるのかもしれない。ただ、現状では判断できなかった。そもそも、研究データを娘の誕生日に開けろ、などという親がいるだろうか。
「なぁ」
 そこで、黙って室内を見ていたオーマが、口を開いた。
「そもそも、何で二十歳の誕生日なんだ?今日、何かあるのか?」
 訊ねられたナディアは、やや頬を朱く染めながら答える。
「実は私、婚約者がいて……私が二十歳になったら結婚する約束をしたんです。だから……だからきっと、あの封筒は、父から私へのお祝いの品だと思うんです」
「ほぅ、そいつはめでてぇ」
「おめでとうございます」
「うわぁ、いいですね。おめでとうございます!」
(結婚かぁ……いいなぁ)
 リリンは、まだ恋もしたことがない。いつか自分にも『王子さま』が現れてくれるのではないかと夢見ている。結婚するということは、素直に羨ましかった。
「だから……どうしても見つけたいんです。父との最後の約束、果たしたいんです」
 ナディアは、そう言って俯く。
「ボクも育ててくれた祖父を亡くしています。だから、絶対手紙を見つけましょうね!」
「はい……ありがとうございます」
 元気づけるように言ったリリンに、ナディアは小さく頷いた。
「俺様も、娘を祝ってやりてぇ父親の気持ちは良く分かる……絶対見つけてやるよ」
 オーマはどこか遠くを見るような眼差しで呟く。
「僕も何とかしてお力になりたいと思います」
 アイラスはそれを横目で見ながら、ゆっくりと頷いた。
「宜しくお願いします」
 何度も頭を下げるナディアに、アイラスは問う。
「とにかく、その封筒を狙った犯行だという前提で洗ってみましょう。その方が犯人を特定しやすいですし……まずは聞き込みからした方がいいですね。近所を回ってみましょうか。あ、あと念のため、封筒を遺していたことを知っていると思われる方っていらっしゃいますか?」
「女だ」
「え?」
 突然声を上げたオーマに、一同の視線が集まる。
「封筒を盗んだのは女だ……けど、『想い』がちぃとばかし複雑すぎて、それ以上は『見え』ねぇ」
「女性……ですか」
 アイラスが、唇を撫でながら呟く。オーマの『見えた』ものが何かは分からないが、情報は増えた。だが、それで犯人を特定出来るまでには至らない。
「とりあえず、聞き込みを決行してみませんか?この機械、スキャンした指紋と一致する人がいると、ブザーが鳴るんです……こんな風に」
 そう言って、リリンは持っていた機械を操作する。すると、けたたましい電子音が辺りに響いた。ナディアの指紋はこの部屋にあって当然なのだから、反応するのはおかしくない。
「それに、指紋データを選択することも出来るので、全員に反応してしまうことはありません。今、ナディアさんの分は削除しました」
「へぇ……便利ですね。これなら、犯人を特定するのが容易になりそうです」
 アイラスに感心され、リリンは少しだけ得意な気持ちになる。自分の研究が役に立つのは、やはり嬉しい。
「じゃあ、早速聞き込みに……」
「いや」
 オーマが言葉を発したその時。
「その必要はないわ」
 戸口から、声がした。

「リラちゃん……その封筒、もしかして……見つけてきてくれたの?ありがとう!」
 ナディアの言ったように、リラと呼ばれた女性の手には、茶色い封筒があった。
 緩くウェーヴの掛かった黒の長髪に、ライトブラウンの瞳。年齢はナディアと同じくらいだろうか。服装は、一目で高級なものと分かる。
「どなたですか?」
「あ、すみません。リラ・サーヴァスさん。私の親友なんです。リラちゃん、こちらは、冒険者の方々で、私の封筒を探すために集まって下さったの」
 リリンが訊ねると、ナディアが笑顔で答えた。何となく後ろを見たところ、オーマは黙って腕を組んで難しい顔をしている。アイラスは、そちらを見ていた。疑問に思いながらも、機械を手に持ったままだったのに気づき、床に下ろす。その時、うっかり指がスイッチに触れてしまった。
 ブザーが、鳴る。
「え?」
 突然のことに、思わず小さく声を上げてしまう。機械が壊れたのだろうか。とりあえず、操作をして、ブザーを止めた。だが。
「見つけた?……そうね。確かに見つけたのは私だわ……だって、私が盗んだんですもの」
「リラ……ちゃん?」
 リラは口の片端を上げる。だが、瞳はどこか哀しげに揺れていた。
「ナディア……これは、貴女に返さなければいけない。そう思ったから、持ってきたの」
 そう言って、彼女はこちらに向かってゆっくりと歩いてくると、手に持った封筒をナディアに渡した。その口は既に開けられている。ナディアは、訳が分からない、という顔で、封筒とリラを交互に見た。
「どういうことか説明してもらおうか」
 オーマが、重い口を開く。リラはそのまま、皆の間をすり抜けると、窓際まで辿り着いた。
「中身を見れば分かるわ」
 その言葉に、ナディアは震える手で、封筒の中身を出す。どうやら、紙の束が入っているようだった。
「……え?嘘……でしょ……?」
「嘘なんかじゃないわ」
「嘘よ……こんなこと信じられるはずないじゃない!」
 打ちひしがれているナディアに、誰も声を掛けることが出来ないでいた。封筒の中身が何だったか、などとは、到底聞けない。
「……私の両親の間はね、凄く冷え切っていた。小さい頃から、何で私のパパとママは、こんなによそよそしいのかしら、ってずっと不思議だったわ。私は母には可愛がられたけど、父はそうじゃなかった。家にいない日が殆どだったわ。たまに帰ってきても、私の方を見ようともしない」
 リラが、窓の外を見たままで語りだす。
「そんな日がずっと続いて……ある時ね、使用人が噂しているのを聞いてしまったの。私は父の娘じゃないって」
「だからって……」
 ナディアが、震える声で言う
「だからって、あなたと私が姉妹だなんて!」
 リリンたち三人は、口を挟むことすら出来なかった。
「でも、事実なのよ!紛れもない事実!私はそれから、母を問いただして、実の父のことを聞いた。そして、実の父を恨んだわ。家庭が冷え切っているのも、私が可愛がってもらえないのも、全部、実の父が母を見捨てた所為……貴女の父親の所為だって!母は貴女の父親を庇ったけど、幾ら家が没落して、今の家に嫁がなきゃいけなかったからといって、私を宿したことを知らなかったからといって、愛してるなら引き止めるべきだったのよ!」
「そんな……」
「私はそれから、貴女の父親のことを調べ上げ、自分と同い年の娘がいると知って、貴女に近づいた。そして、貴女の父親に文句のひとつも言ってやりたかったわ。殺してやろうかとすら思った。でも、私が出会ったのは、不治の病に臥せっている人だった」
 重い空気が、場に流れる。
「貴女の父親は、私を見て、すぐに自分の娘だと気づいた。私は、母にそっくりだから……身体もロクに動かないのに、何度も必死で謝るのよ。何だか気が抜けちゃった。それに……貴女のことも、本当に友達だと思うようになってしまった。最初は貴女の父親に近づくために、利用するだけのはずだったのに」
「リラちゃん……」
「でも、貴女から封筒の話を聞いたとき、羨ましくなったの。私には何もないのに、貴女にだけは託したものがある……だから、誕生日までに盗んでやろうと思った。でも」
 リラが肩を震わせ、嗚咽を漏らす。
「そんなもの、貴女に返さないわけにいかないじゃない……」
 長い間、沈黙が流れた。
 やがて。
「リリンさん、オーマさん、アイラスさん……これを、見て下さい。依頼を引き受けて頂いた以上、あなた方には見る権利があります」
 決心したように封筒の中身を差し出すナディアに、皆躊躇いを見せた。
「ナディア、それはお前さんのモンだ。俺には見ることは出来ねぇよ」
「僕もです。個人的なものですから」
「ボクも、見ることは出来ません」
 固辞した三人に対し、ナディアは弱々しい笑顔を見せる。
「皆さん、お優しいんですね……でも、これだけなら。手紙を見さえしなければ、個人的な事情には触れないでしょう?」
 そう言って彼女が三枚の紙を差し出した。一番近くにいたリリンが、仕方なくそれを受け取る。後ろから、オーマとアイラスも覗き込む。
「これは、地図だな」
「こっちは、星間図ですね」
「それから、星の命名認定証……何となく今、祖父を思い出しました。ボクへのプレゼントは、服しか来ないですけど」
「凄く……父らしいです」
「そうね。貴女の父親らしいわ」
「でも、これは私だけへのプレゼントじゃない。結局、リラちゃんにも見る権利はあったのよ」
「遅かれ早かれ、ね。早まったわ。親友のものを盗むなんて」
 そう言って、リラはくすくすと笑う。ナディアも、つられて笑った。
「なぁ」
 オーマが、口を開く。
「星、見に行かねぇか?」
「でも、地図を見る限りでは、遠いですよ」
 リリンがそう言うと、オーマとアイラスは、顔を見合わせて笑った。
「大丈夫ですよ。オーマさんには裏技がありますから」


 巨大な銀色の獅子が、翼をはためかせながら夜空を行く。その背には、リリン、アイラス、ナディア、リラの四人。
 アイラス以外の者は、オーマがこの姿へと変貌したとき、腰を抜かさんばかりに驚いていたが、今は、吹き抜ける風を満喫している。

『親愛なるナディアへ。私は、君に謝らねばならないことがある。私には昔、愛する人がいた。でも、その人は、、急に私に別れを告げ、私の前から去ってしまった。何度引き止めても無駄だった。後で、家の事情だと聞いたけれど、貧乏学者の私には、どうすることも出来ない問題だった。それに、その人の決意も固かったんだ。そして、悲嘆にくれていた私を救ってくれたのは、幼馴染――つまり君のお母さんだった』

『どうだ?気持ちいいか?』
「凄いですね!速いし気持ちいいです!……ちょっと怖いですけど」
「すぐに慣れますよ」
 景色は、物凄いスピードで後方に流れていく。

『私は、凄く好きな星座があってね、暇を見つけては、遠出して、眺めていたんだ。そうしたら、ちょうど君が生まれる頃、新たな星を発見したんだよ。ふたつ並んだ星だ。すぐに命名権は獲得したし、君の名前をつけようと思っていた。でも、双子の星だから、もうひとつの名前をどうするか、悩んだんだ。だから、暫く保留することにした。もしかしたら、孫の名前がつけられるかもしれないしね。そんなことを思っていたら、私を病魔が襲った。そして、リラちゃんが現れた。びっくりしたよ。愛した人に、瓜二つだったから。そして、彼女が私の実の娘であることが分かった。私は、その時、心を決めたよ。二人の名前を双子の星につけようと』

『ついたぞ』
 空には、満天の星。
 手を伸ばせば届くのではないかと思うほどに近い。
「どれですかね?」
 リリンが、ペンライトで照らした星間図と空を見比べながら言う。
「あ、あれですよ!」
 アイラスが、指で示した方向には、ふたつ並んで淡く光る星があった。

『あの人が、私の子供を宿していたなんて、全く知らなかった。でも、知らなかったとはいえ、私の罪が消えるわけではない。リラちゃんに、とても辛い思いをさせたと思う。でも、ナディア。君と出会えたことも、私にとって大きな幸せだったんだ。私は欲張りだね。私はもう長くはない。君がこれを読んでいる頃には、この世にはいないだろう。ずっと君に真実を打ち明けようかと悩んだけれど、臆病な私にはとても出来なかった。こんな形で告白することを、どうか許してほしい。そして、リラちゃんと姉妹として付き合えなくてもいい。今までどおり親友としてでもいい。とにかく、二人がこれからも仲良くしてくれることを、心から願っている。あの双子の星のように。ナディア、そしてリラ。私は、君たちを愛している。言葉では言い表せないくらい、愛している。どうか、二人とも、幸せになってほしい。生まれてきてくれてありがとう。そして、不甲斐ない父親ですまなかった』

「お父さん……」
 ナディアが、堪えきれなくなったかのように、咽び泣く。涙は、ポタポタと落ち、オーマの背中を濡らす。
 彼女の肩を抱いていたリラも、泣いていた。先ほどのように、隠すことはしない。ただ、涙を流していた。
「お父さん」
 小さく、呟く。
 父の生前には、結局一度も言えなかった言葉。
 手紙は、こう締めくくられていた。

『私は、二十年前に観たんだよ――ふたつの星を』


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1649/アイラス・サーリアス(あいらす・さーりあす)/男性/19歳(実年齢19歳)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2587/リリン・ゲンナイ(りりん・げんない)/女性/17歳(実年齢17歳)/マッド・サイエンティスト】

※発注順

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■         ライター通信          ■
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■リリン・ゲンナイさま

初めまして。今回は発注ありがとうございます!鴇家楽士(ときうちがくし)です。
お楽しみ頂けたでしょうか?

初の冒険を僕にお任せ下さり、本当にありがとうございます!
にも関わらず、ギリギリ納品になってしまいました……大変お待たせ致しました。
そしてすみません、今回NPC話の割合がかなり多いです……せっかく捜査して頂いたのに、犯人自ら出てきちゃいましたし、ダラダラ長いですし(汗)。
それから、勝手ながら、変な機械を創作してしまいました。
あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです。

尚、それぞれ別視点で書かれている部分もあるので、今回登場して頂いた、他のキャラクターさんの納品物も読んで頂けると、話の全貌(?)が明らかになるかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。