<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
6月の行方
「む、葵さん」
「ん、羽月」
そういった具合で、ふたりは天使の広場にてばったり出くわした。倉梯葵と、藤野羽月――名の響きとその顔立ちから、ふたりは『同郷』なのだろうと、ソーンの人々は思うことだろう。様々な世界の、様々な種族が、このソーンで交じり合う。『同郷』かどうかはさておき、ふたりは確かに親密な間柄だった。冷めた刃のような瞳を持つふたりだったが、偶然に道端で出くわしたこのとき、その目の光を思わずやわらげた。仏頂面にも、笑みが浮かぶ。
「何か……用事でも抱えているのか」
「いや、べつに。ぶらぶらしてただけだ。おまえこそ、どっか行くのか?」
「いや」
一見ではぶっきらぼうな会話の中で、羽月がかぶりを振り、笑みを大きくした。葵はこきりと首をならす。
「じゃ、暇なんだな。……白山羊亭でも、ひやかすか」
「依頼でも受けるのか?」
「暇なんだろ?」
「それはそうだが」
「問題か」
「いや」
ふたりはすでに歩き出していた。アルマ通りは、すぐそこだ。
冒険者たちが集う白山羊亭は、やわらかな光に包まれる、アルマ通りの中――しかしふたりの足は、白山羊亭に着く前にとまっていた。
「おめでとう」
「おめでとう」
「お幸せに」
鐘の音、歓声。風にのって、紙ふぶきの紙片が飛んできた。銀紙は葵と羽月の黒髪にはりついた。
幻術の類も使われているようだ。実際にはそこにいない蝶や花や鳥が、ふたりの門出を祝福している。参列者に腕のたつ術者がいるのにちがいない。
花が舞っては消えていく。
結婚式だ。
「……昨日もやってたな」
「一昨日もだ。……結婚というのは、流行りものか?」
「ジューン・ブライドってやつだ」
「……」
葵の言葉に、羽月は黙りこんだ。その顔を、葵は呆気に取られた表情で覗きこむ。
「……もしかして、知らないのか? 『6月の花嫁』」
「外来語と外国の風俗には疎い」
半ば開き直った語調と表情で、羽月は言い捨てた。ソーンにやって来てから、彼も努力をしていないわけではないし、実際だいぶ受け入れてもいるのだが――堅苦しいその和装と思想は、捨てようともしていなかった。
「こっちに来てどれぐらい経つんだよ……。6月に結婚したら、幸せになれるんだと」
「ほう。――しかし、暦のうえではまだ5月だが」
「日取りの関係か、気が早かったか、だな」
ふたりは髪にくっついた紙ふぶきを払い落としながら、ぼんやりと立ち止まって、幸せなふたりに目をやっていた。見ず知らずの夫婦だ。どさくさで参列することもなく、拍手を贈る気にもなっていない。しかし自然とふたりの目は、新郎そっちのけで、きらびやかな花嫁に釘付けになっていた。男の性というものだ。
新郎はエルフであるようだったが、小柄な花嫁は人間のようだ。長い、ゆるやかな癖を持つ紅色の髪。白い肌、大きな瞳。魔法がかった仕立てによるものか、ウェディングドレスにはピンクともヴァイオレットともつかぬ光沢を持っていた。まぼろしの花や蝶のように、ふわりふわりと動いている。絹よりも軽い布を使っているというのだろうか。花嫁のちょっとした動きや、春のそよ風が吹くたびに、ドレスはやわらかになびくのだ。
小さな口で幸せそうに笑っている彼女の花嫁姿は、否が応でも、葵と羽月にある少女を連想させるのだった。
「あいつ、ああいうふわふわしたの似合うだろうな」
「そうだな。やはり白か」
あいつ。
倉梯葵が保護し、羽月と恋仲にあるもの。
あいつ、で充分に伝わる存在だ。
花のような色の髪と大きな瞳、かわいらしい仕草と無垢な心。身体はつくりものだが、そのこころはふたりの――葵と羽月のこころをとらえて、離さないのだった。顔も名も知らない花嫁を見ても彼女が思い浮かんでしまうほど、ふたりは彼女に惹かれている。
「……いや、普段からふわふわしているから、花嫁姿くらいは落ち着かせたほうがいいかもしれん」
「まさか角隠しに白無垢とか着せる気じゃないだろうな」
「駄目か? 清楚で可憐だ」
「15のあいつには少し……渋すぎるだろ。それに顔立ちが俺たちとは違うし……」
「ん――確かに、彼女までが、私のくにのしきたりに囚われる必要はないが……」
「あいつが仮に20過ぎだったり、もう少し背が高くて肉付きがよかったら、似合ったかもな」
「彼女は永遠の身体を持っているからな。しかし、肉付きまで要求するのか」
「……要求なんてするか。俺はただ好みを言っただけだ」
「なに?」
「ガリガリな女より、ちょっと肉ついてるほうが、服が映えるだろ」
「そうか?」
「スカートから伸びてる足が爪楊枝みたいに細かったら、俺は、なんだか不安になる。――そうだ、足……。あいつの膝丈スカート、あんまり見たことないな」
「……膝丈の花嫁衣裳などあるか」
「作ればいいだろ。ほら、あの嫁さんのドレスだってオーダーメイドだぞ、たぶん」
「……足を見せるなど、勿体ない」
「なに、なんだって?」
「婦人は軽々しく素足を見せるものではない。ふしだらだ」
「顔赤くして言うことか?!」
「怒鳴らずとも聞こえる!」
「おまえ、足のことになったらいきなり燃えだしたな」
「……そんなことはない」
「……足フェチか?」
「ふぇちとは何だ?」
「知らないほうがよかったりしてな、純情くんは」
「何だその言い草は、無礼な!」
「足に欲情してろ!」
「卑猥な悪態はよせ!」
「ガキが『卑猥』なんて大人の言葉使うな! 第一おまえ、前にあいつにウェディングドレス着せて写真取りやがっただろ! 俺に無断で前撮りしやがったなッ、許さん! ずっと許しとらんぞッ、この青二才めが!」
「おお、確かに撮ったが、そこで何故怒る! そして何故おまえに許可を取らねばならん?!」
「俺が保護者だ! 兄貴であり父親だ! 絶ッッ対に足出させてやるからな! 女が足出しちゃいけないなんてのは今じゃ充分差別だからな!」
「おまえに見せる彼女の足はないぞ!」
「おまえはあいつの人形でも作って角隠しかぶせてろ! つーかもう作ってるだろ! あいつの人形! それで夜な夜な着せ替えだ! そうだろう!!」
「なっ……!」
よりにもよって、そこで羽月は耳まで赤くなり、言葉につまずいた。
ほとんど勢いで飛び出した、葵の言葉。葵はするどく、ビシと羽月を指さしたまま、半ばその体勢で硬直していた。
鐘の音はやみ、教会の結婚式の参列者は、その一部が、通行人たる葵と羽月の不毛な言い争いに目と耳を奪われていた。
ふあっ、と空を横切ったものが――
ふあっ、と葵と羽月のもとに降りてきた。
はじめ、ふたりはそれが蝶か鳥かと思ったのだ。そのいずれの予想とも違い、飛来したものは、ライラックとユリのブーケだった。
羽月が、あっと声を漏らして――ブーケを受けとめた。花嫁が投げるときに勢いをつけすぎたのだろう。ブーケを狙い、目をぎらつかせた女性たちは悲鳴を上げて倒れており、ブーケの行方を追った参列者の視線は、見ず知らずの和装の少年に集中した。
ちょっとォ、なんなの、なんで赤の他人がブーケ取ってんのよ!
あら、でも、イイ男!
ブーケごとゲットよ! 第2回戦よぉ!
ブーケ争奪戦は、色々な意味でいっぱいいっぱいな彼女たちの中では終わっていない。むしろ始まったばかりだ。参列者を蹴散らし、女狩人たちはときの声を上げて羽月に迫りつつあった。
葵は黒い瞳にめずらしい恐怖と焦りの色を浮かべ、羽月の襟を掴んだ。
「羽月! 逃げるぞ!」
「わかっている!」
大ダッシュ!
ふたりは力の限り走り出した!
この場に投げ捨てたらそれですむことだというのに、羽月はその右手にブーケを握りしめたままだった。
ライラックとユリのブーケは、デキ・レースの最中で揉まれ、多少崩れてしまっていた。花びらが数枚、散っていた。しかし、羽月はけして手放さなかったのだ。餓狼じみた未婚の女性たちを何とかまいたあと、葵はとりあえず、羽月の根性を認めた。
「……なあ、羽月」
「……な、なんだ」
「花嫁、どんな格好してたっけな」
「……忘れた」
「……ま、あいつに着せるものは……印象に残るものにしよう、ってことで……いいか?」
「……ん……それが、いちばんだ。似合うものなら、何でも、記憶に残るだろう」
息を整えながら、ふたりは笑い声を交わした。
白山羊亭を通り越して、ふたりは話の種の『あいつ』が待つ家へ足を向けた。息と、ブーケの花を整えつつ。
「で、足は必須だな」
「だから足はだめだ」
「……人形、作ってるのか?」
「な、なんのことだ!」
「おまえ、だから、そこで詰まるといろいろまずいことになるぞ」
むうう、と羽月が赤面でブーケを握りしめる。
6月を連れてこようとしている風が吹いて、ライラックの花びらと、ふたりの黒髪に今までしがみついていた紙ふぶきが、ひらひらとさらわれていった。
「ところでふぇちとはなんだ」
「だまれ人形フェチ」
<了>
|
|