<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


スラップスティックな午後

「なーなー」
「………」
「なーってばよー」
「………」
 日差しが眩しい。
 今日も1日良い天気になりそうだ。
「おーい。聞こえてるか?」
 ここに来てから付いた習慣だが、こうした散歩も悪くはない。何より、じっと一箇所に留まっているよりも人の中に溶けて行けるようで、気分が楽になる。
 …時々は、そんな気分になってもいいのではないか、とジュダは思うようにしている。
「無視すんなよー。そんなに俺様のこと嫌いかー?」
 なのに。
 今日は道でばったりとあの男に出会ってしまった。
 自分にしてみれば、非日常の僅かな時間を楽しんでいると言うのに、男…オーマ・シュヴァルツの方は何か用事があるらしく、しきりと話し掛けてくる。鬱陶しい、とまでは言わないが、どうしてこう言う事を察してくれないのか時折理解に悩む。…細かい事では妙に気が回る男なのに。
「もうっ、言う事聞いてくれないと俺様泣いちゃうから!昔はあんなに俺の後ろを付いて歩いていた男がちょーっとばかし背が伸びてガタイが良くなったからって大声で言いふらしちゃうからぁっ!」
 …………………。
 くるり。
「…とりあえず…」
「お。ようやく言葉を返してくれたな」
 相変わらず大きいな、と向き直って改めて思う。…そう思うこと自体、何か口の奥にほろ苦さを感じてしまうのだが、多分表情には出ていないのだろう。
「…その大きな口を、閉じろ…」
 ――目に力を入れるまでもない。
 『言葉』で通じる相手なのだから。

*****

「…静かだな」
「ああ。大きいのも小さいのも揃ってお出かけさ。でなきゃ騒がしくておまえさんなんぞ連れてこれねえだろ?」
「その通りだ」
 しん、と静まり返った病院の入り口を抜けて、個人宅のスペースへと足を踏み入れる。
 すかさず、日当りの良い場所で和んでいた人面草たちがわさわさわさわさと動き出し、オーマの家で一番高価なお茶を入れるとジュダの座ったテーブルに置いた。
「おい、俺様は?」
 同じテーブルに付くオーマの前には、昨夜の出がらしでほんのり淡い色合いのお湯になってしまっているモノが出され、むぅ、とオーマが口を尖らせた。
「それで?」
「…ったく、誰のお陰でこの家で過ごせると思ってやがるんだ全く…ああ、話ってのはな、これだ」
 街のどこかに貼られていたのだろう、隅が千切れたポスターを丸めたものをテーブルの上に置いた。派手派手しい文字と目に付きやすい赤や黄色が踊っているもので、中には『求む!未来の大スター!!』と、でかでかと印刷されている。
 それを見たジュダが訝しげに目を細めた。じぃっと見た後でこくりとお茶を飲み、
「…この世界のものではないな。印刷技術が確立した世界でもなければ、ここまでの多色刷りは出来まい。おまけに、この蛍光インクも人工のものだな」
「あのなぁ。ポスターに付いて評論してくれなんざ頼んでねえよ。そう言う訳分からんトコを見るんじゃなくて、ここ見ろここ!」
 びしぃ、とオーマが指差した場所には、募集要項があり。その中には、応募資格として20歳以上の男性2人組のみ、とあった。どうやら、俳優募集のポスターらしい。
 おまけに広場に舞台を作って公衆の面前でオーディションを行うと言う事まで決まっているようだった。――王室もこのイベントには何故か乗り気らしく、使用許可も出ているようだ。
「……ふむ。珍しい応募もあったものだな」
「まあ珍しいと言えば珍しいかもな。2人セットでスカウトする予定なのか、2人のうち1人を引っ張り出そうって魂胆なのかはわからねえけどさ。必要なのは『イロモノナマモノモテ筋アニキNo.1と認められ且つ全ての在りしナマモノ達を魅了悶絶せし演技』…だってよ」
「ほう」
「つーわけでよ、俺様たち2人揃えば怖いもんナシだと思わねえか?」
 ジュダが口に運んだカップがぴたりと止まり、目線がつう、とオーマの目に向かう。
 その目はしっかりと語っていた。
 『本気か』と。
「いやもう本気も本気、これ以上ねえってくらい本気さ。いやもうこのところ仲間がぞろぞろぞろぞろ湧いて来ただろ、そのお陰でこの病院経営くらいじゃおっつかなくなっちまってなぁ……只でさえ無駄メシ喰らいが雁首揃えてるからよ。まあ、ソサエティで働いてた連中が揃ってお引越しして来ちまったんだからしょうがねえけどな。それ以外能のねえやつばっかりだから」
「そこまで酷いのか?」
「…まあ、今日明日路頭に迷う事は無いがな。あっちと違ってここにゃ自給自足の手段もあるし。まあその前に俺様首が危ないが」
「ひとつ聞いていいか」
 2杯目が自動的にジュダのカップに注がれる様を羨ましそうに見ていたオーマが、「ん?」と首を傾げる。
「副業探しはおまえの勝手だが、何故その標的に俺を選んだ?」
「あー。……そういや何でだろうな」
 ぽりぽり。
 頬を掻きつつ、オーマが呟く。
「イロモノにも好かれる良い男だからか?何かしらねえが、うちの面々もそうだがおまえさんみょ〜〜に昔っからそう言うのに好かれるからよ。――色物フェロモンむんむん?」
「―――――帰る。俺は散歩の途中だ」
「ああああっ、待った待った待ったっ、そこを何とか俺様を助けると思って」
「自分で自分を助ければいいだろう。具現でも何でも使って」
「……おお。――じゃねえよ。そんな簡単に具現で色物フェロモン濃厚に出すやつなんざ出来るワケねえだろぉ?なー、なあぁってばー」
「くどい」
 す、と立ち上がろうとするジュダに、
「……選ばれたら、あいつ喜ぶよなー…」
 うつむいたまま、テーブルに語るような静かな口調でオーマがぼそりと呟く。
「そりゃあもう、だーい好きなジュダが舞台に立つだけでも大喜びだろうけどよ…もし万一優勝でもしたらものすごーーーーーーく喜ぶよな〜〜…」
「……俺に何をしろと」
 数歩進んでいたジュダが、その足を止め、彼にしては珍しくしぶしぶと言った様子で振り向いて、オーマの背中に貫くような視線を浴びせた。
「あ?なあに、そりゃもう俺様と一緒に舞台に出て演技してくれりゃ言う事ねえさ。なあ」
「……分かった。だが、1度きりだぞ」
「もーちろん♪」
 にいっ、と笑ったオーマの目は、嘘を言っているようにはこれっぽっちも見えなかった。寧ろそこが胡散臭いと思ってしまったのは仕方ない事だろう。
 溜息のような息を吐いたジュダを、オーマは目を細めて見守っていた。

*****

「おーおー良く出来てる事。たった一日で随分とらしい舞台が出来てるじゃないか」
 一晩家を空けて秘密特訓を行っていたオーマが、しぱしぱと眠そうな目を瞬かせて、広場に設えた舞台セットを見やる。
 その上で黄色いメガホン片手に怒声を上げているのが、このオーディションを主催したメンバーなのだろうか、ジュダが言っていた通りこの世界のものではなさそうで、オーマもすっかり見慣れたソーンの服装ではなく、薄くて頼りないぺらぺらの服を身に付けている髭の男を下から眺めていた。
「あれじゃ1年保たねえよなぁ。やっぱ丈夫で長持ちな服じゃなきゃよ」
 そんな感想を呟くオーマを余所に、妙に緊張した面持ちの男たちと、対照的に目をきらきらと輝かせているいかにも観客然とした人々が次第に集まって来た。
「オタクも参加者?いーい身体してるじゃなーい。あ、でももう1人は?」
 参加者たちを纏めていた、妙になよっとした姿の中年男性が、オーマの胸板に触りたそうな顔をしつつ、じわじわと近寄って来る。そんな彼ににかっと笑いかけ、
「おう。分かってるさ、2人セットで参加だろ?大丈夫だ、今張り切って準備してるからよ、俺様の出番になりゃ出て来るさ」
「そぉ?――あーでも困っちゃうなぁ。どうしてこうも時間きっかりに来れないんでしょ。せっかく野性味溢れるキャラを期待してここまで来たって言うのに、のんびりし過ぎよ。そう思わない?」
「そりゃあ、緻密な時間の中で生きてねえからなぁ。時計より太陽の動きで生活してるんだし。それを期待したかったら、おまえさんの地元で選ぶしかねえだろ?」
「……あら。私の言う意味が分かるなんて…オタクも余所の出なのね。参考のために何処出身か聞かせてもらっていいかな?」
「わはは。ノーコメントつう事にしといてくれ」
 そう言ってオーマが満面の笑みを見せたあたりで、舞台では最初の2人組が舞台に上がった姿がちらっと見えた。
 観客席とは別に、審査員席がずらっと一番前に並んでいる。そして其処に座っている者と、観客の間には、なんとも形容し難いモノたちが大人しくその場に座っていた。
 ――つまり、演技面では前列の審査員を、魅力面では後列の審査員を通過しなければならないと分かって、オーマがうーむと腕を組む。
 魅力の面では自分を含め何の心配もしていなかったが、2人とも演技に関しては全くのド素人。特に普段顔の表情筋を全く使ってないんじゃないかと疑念を感じるジュダに至っては、動きどころか表情を変える事も出来るのかが課題になっている。
 とは言え、あの無表情でも問題無いように手は打った筈だが…。
『うわわわわわ、ちょ、ちょっと冗談だろ!?』
 ざわっ、と舞台が急に騒がしくなったのを、なんだなんだと見上げるオーマ。
 見るからに怯えた様子の2人の男に、じわじわと近寄って行くのは審査員席?の中に居た2匹。1匹は緑色の巨大なバケツゼリーそっくりなモノで、ぷるぷる揺れているだけ。もう1匹は巨大なてるてる坊主と形容するのがぴったりな、布でくくられた何か。墨で描かれたつぶらな瞳とにっこり笑った口が、逆に怖さをアピールしている。
「ですから、この方たちを相手に演技してもらうと言いましたよ」
「それにしたって…ど、どうやって」
 最初は戸惑っていた2人だったが、やがて何か吹っ切れたのか、それとも自棄か、高額報酬に釣られたか…2匹を相手にぎくしゃくとしながらも演技を開始し始めた。

*****

 どっ、と観客が沸く。
 素人臭さはあるが、こうした大々的な娯楽は滅多にないもので、そうした刺激に慣れていないエルザードの人々はちょっとした事でも顔を染めて楽しんでいる。
「……待たせた……」
「おう。いーいタイミングだ。俺様の衣装は?」
 後ろから掛けられた声にオーマが笑顔で振り向き、そして一瞬あっけに取られた。
「何で、おまえそんな格好…」
 顔を完全に覆ってしまう程のフードに、足首の下まである白いマント。
 この姿のままでは王宮前を歩けないだろうと言うほど不審人物そのものの姿をしたジュダがそこにいた。
「あの格好で表を歩けるか」
「にしたってよー」
「…今日は少し暑くないか」
「その格好のせいだって早いトコ気付け」
「なるほど。一理あるな」
「おまえもしかして熱くて茹だってねえか?」
「気のせいだ」
「オーマ・シュヴァルツさぁーん。出番よ。お連れの方は…っと、間に合ったわね」
 いかにも不審気なジュダの格好を見ても眉一つ変えずに、男が良かったわ、と呟いて舞台袖に案内する。その間に渡された衣装を、歩きながらオーマが器用に身に付けて行った。
「さて次は…ほほう、現役のお医者さんですか。オーマ・シュヴァルツさんと、そのお友だちの2人ですね。では、どうぞー」
 舞台上の司会者の声に合わせ、オーマとジュダが進み出る。
 その瞬間、どよどよどよっ、と観客たちからどよめきが上がった。
 オーマは黒一色の衣装。対して、ジュダは白一色の衣装。
 どちらもサーガなどで語られてしまいそうな程、派手でごたごたと飾り付けがなされていた。
 大柄で上背のある2人には、その対照的な色合いが良く似合う。そして、ジュダは何のつもりか、黒々とした長髪姿で、銀色のマスクを被っていた。
「あーあー」
 こほん、と咳払いをしたオーマがにやりと笑いながら、舞台から観客をぐるりと頭を巡らせて見る。
「つーわけで――の裏通りで病院経営をしてるオーマ・シュヴァルツとその他一名だ。擦り傷から伝染病まで何でも診るから気軽に寄ってってくれ。つーわけで、宣伝終了っと。じゃあ始めるぞ。今日はなんとだな、伝説の英雄物語からのワンシーンを演らせてもらう。悪の帝王の俺様と、それを倒すために天が遣わした正義の騎士!囚われのお姫様を救いにやって来た、つー筋書きだ。ああ、ちなみにお姫様ともう1人は、あの牢の中に捕らえてある…ふっっふっっふっ」
 次第にノッて来たオーマが最後は不敵な笑いを浮かべ、大きな布で覆った『牢屋』を手で指し示し、それからその場で作り上げた魔王様専用椅子…ごてごて飾られていて、大きくて非常に座りにくそうなそれにどっかと腰掛ける。
 布の中には、『共演者』であるナマモノたちが2人程入っている筈だった。そして、これもオーマの策だったが、そのナマモノは魔王を倒し、牢から解放するという役目のジュダに任せるつもりでいた。
 ――ソーンの中で語られている伝承の一部を使おうと考えたのは、話の筋が分かりやすい事、台詞が大仰で互いの立場が明確に分かる事、そして何より、登場人物が非常に少ない事が理由だった。
 ――おまけに。
 英雄は、何の理由があってか、その顔を仮面で覆っていた。
「『今日のこの日を、どれだけ待った事か』」
 ジュダの声が朗々と響く。普段は低い声で、しかも静かにしか話さない彼にしては意外だろうが、声量を上げれば結構聞ける声だと言う事はずっと昔に知っていた。
 あの頃はもう少し背も小さかったがな…。
 そんな感慨に耽りながら、ジュダを見てくわ、と大きく口を開いて笑い、
「『ぐわはははは!魔王である俺様に勝とうなんざ100億年早いわっっ。だがここまで来た勇気に免じて、俺様直属の部下と戦わせてやろう。光栄に思え!』」
 ぶわさ、と闇色のマントをひらめかせながら、同時に具現化に意識を集中させる。ジュダが打ち合わせどおり舞台の足元にスモークを発生させたのを見計らって、半透明のブラックドラゴンをその手から飛ばした。
 わああああ――っっ!?
 サービスとばかりに舞台から観客席をひと回りさせたドラゴンが、仮の炎をジュダへと吐き散らす。
 舞台半分ほどのサイズに作ってあるが、周囲を見渡せるように半透明のためぎゅうぎゅう詰めと言う雰囲気は無く、オーマの操る様に合わせて縦横無尽に飛び回った黒い龍が、ジュダへと狙いを定めた。
「『………』」
 ジュダもその背に負った異様に大きな剣をすらりと抜き、龍と対峙する。
「『ふっふっふっふっ、臆したか?どーだ、怖いだろう今なら命乞いさえすれば助けてやらないでもないぞ?ん?』」
 舞台の上を右から左へ歩き回りながら、にやりにやりと人の悪い笑みを浮かべるオーマに、
「きしさま、まけちゃだめだー。まおうなんかたおしちゃえーっ」
 そんな声が観客席から飛ぶ。
 ――お。あいつ、笑いやがった。
 ごくかすかだったが、唇を笑みの形にしたジュダを見ながら、オーマがほんの少しだけ目を細める。
 そして。
「『魔王配下の黒龍よ、いまその戒めを解いてやろう』」
 すぱっ、すぱっ、すぱっ!
 ジュダがそう宣言すると、ゆるやかな動きで龍の首、胴、そして翼へ三度攻撃を加えた。
「『な、なんだとおっ!?』」
 あっという間に霧散してしまう龍。その黒い霧をまともに浴びた魔王――オーマが、ぐおおお、と苦しみ悶え、
「『お、おのれええええ!』」
 自分の立っていた位置に置いていたこれも大きなぐねぐねと曲線を描いている剣を取り出して、構えの姿勢のまま待っていたジュダへ、ぶぅんと大きな音を立てながら切り付けて行った。
 ――スローモーに見えるその動きは、大袈裟ではあるもののきちんとした型を踏襲し、上質の舞を見る者に思わせている。もちろん、オーマとジュダが2人本気で組み合ったならば、目にも止まらぬ速さで剣を交わす事など造作もない事だったが、今は出来上がった舞台の上。であれば、見ている者に動きが分からなければ意味はない。
「『なかなかやるな!』」
 ぐははは、と笑うオーマだが、身体の周りを黒い霧のような物が覆い、その動きは次第にぎこちなくなっていく。
 対してジュダはと言うと、手に持つ剣が一振りごとに輝きを増し、確実に魔王を追い詰めて行く様が見て取れた。
 そして。
「『な、なんだと、俺様が負けるだあああ!?』」
 馬鹿なぁああああ〜〜〜〜〜〜!
 そう、断末魔の叫びを上げたオーマがジュダの剣で貫かれ――たように見せて脇の下に抱え込み、そのままよろよろと見せ場を作った挙句にどうっ、と倒れた。
 わあああ〜〜っっ!!
 ぱちぱちぱちぱち、と目を輝かせて手を叩くのは、いつの間にか随分前に出て来ていた子供たち。
「『……姫、ご無事ですか!』」
 薄目を開けて舞台の様子を窺うオーマへちらと一瞬だけ目を合わせたジュダが、ばさりと『牢屋』を解放する。
 途端。
「『ああっ。騎士様、私を助けに来て下さったのねぇっっっっ』」
 どたどたどたどたどた―――――ぎゅむ。
 ジュダの倍…は大袈裟だが、オーマと大差ない身長のやたらと肉付きの良い『男』が、ふりふりひらひらのドレスを着て、野太い声でジュダへ勢いを付けて飛び掛った。
「『………』」
 そしてもうひとり…ひとり、と言えるのだろうか。
 とてとてと歩いて来た子供サイズの人形が、ジュダへ感謝の意を示すようにぺこぺこと何度も何度も頭を下げ始めた。
「――――――――――」
 苦しいのか、ぴく、とジュダが1度身体を硬直させ、それから何か囁いて『姫』と自分を引っぺがしてから跪き、
「『何と、畏れ多い。――私は姫が無事であれば、それだけで良いのです』」
 まぁ、と嬉しそうに頬を染める『姫』のドレスを整えてやり、
「『さあ、城へ戻りましょう。姫が無事に戻られるのを、王が首を長くしてお待ちです』」
「『――そうね…ああ、でも…あなたと別れるのは、私、耐えられない!』」
 がばぁ、とまた抱きつきそうになる『姫』を、ジュダがするりとかわす。そして、
「『…私とあなたとでは、住む世界が違うのです』」
「――――……つうか、『触るな』っつってるな、あれは」
 姫が現れるまでは、非常に分かりやすいヒロイックファンタジーだった筈なのだが、観客席から漏れ聞こえる忍び笑いを見ると、何故かコメディになってしまっているらしい。
 それもそうだろう、あれだけごつい『姫』が、どうやら抱きしめる感触が気に入ったものらしく、隙あらばと狙っているのだから。
 ――お陰で、『騎士』のジュダの身体からは、下手な戦闘よりもぴりぴりとした緊張感が漂っている。
「あー。飽きてきたな、倒されたままっつうのも…うん?」
 とてとてと、頼りない足取りで近寄ってくる人形。――その手にきらんと光る鋭利そうな刃物を持って。
 そのぱっちりとした目には、『トドメ』を刺そうとする意思が、強く強く宿っていた。
 ――危険を察知したオーマが首を動かした瞬間、
 とす。
 目の前の舞台に突き刺さる刃物。…2、3本髪の毛が持っていかれ、はらりと舞台の床に落ちた。
「って待てぇーーーっ!?劇だぞ劇!マジでやるなあああっ!」
 がば!と起き上がったオーマが、一瞬でジュダの後ろに付く。
「……俺を盾にするな。それに、今は忙しい」
「そこを何とか」
「…じゃあ、抱きしめられてみるか?」
「心から遠慮しよう」
 …いつしか。
 観客席は、笑いの渦に巻き込まれていた。…そして審査員席も。
 演技の形態を崩さないまま、だが必死で逃げ惑う2人と、それを追いかける2人の姿は、満足した審査員から指令が飛ぶまで、延々と続けられていた…………。

*****

「皆さん、お疲れ様でした」
 全員の演技が滞りなく?済んで、審査結果を持って来た男が一様にぐったりした顔の参加者を眺め回す。
「では、賞の発表に参りましょう…」
 スカウトの対象になる入賞者は何人かいた。演技らしい演技が出来なかった者もその中にはいたが、スカウトしたいと思わせる何かをその者は持っていたのだろう。
「――そして、優勝者は―――――特別審査員からの得票数がトップの、オーマ・シュヴァルツさんとそのご友人…ジュダさん」
「…おぅ。優勝しちまったか」
 おめでとうございます、そう言いながらごとごと運んで来た大荷物にオーマがきょとんとし、
「これは?」
 と訊ねると、
「これでこれからの暑い夏も寒い冬も快適!最新型のエアコン一式です」
「ってちょっと待て。この世界じゃ使えねえぞ、それ」
「承知の上です。ですので、自家発電セットもお付けしますよ、もちろん」
 ほら、と開いて見せたのは、どう見ても自転車。
「――あー…つまり、漕いで発電させろっつうわけか…」
「よくお分かりで」
 にこにこ笑いながら渡された優勝商品を手に、きっと間違いなく自分が漕がされるんだろうなと少しばかり凹んでみせるオーマ。
「それからスカウトの件なのですが、いくつか条件があります。――まず、準備期間と製作中の最低1年から2年は我々の住む場所に移住していただかなければなりません」
 それから、演技指導を受ける事、怪我の事を考えて保険に入ってもらうと言う事、その他細々した事を言い上げる男を見ながら、
「…そういやそうだよなぁ」
 オーマがぽつりと呟いた。
 副業になればと思っていたのは事実だが、端役ですら多少の時間は拘束される。ましてや、世界の違う場所から来ているわけで、そうなるとそっちの世界に行って暫く戻って来れない状況に至ってしまう。
 ――うきうき気分で考えていた事もあり、そこまで思い至っていなかったオーマががしがしと頭を掻いた。
「………?」
 何やら視線を感じる。
 振り向くと、ジュダが妙に冷ややかな目でオーマを見ており、
「…らしいというか…まあ、いい」
 わざとらしく、ふう、と溜息を付いた。

*****

 当然だが、移住を考えるとこの世界から外に出るわけにもいかず、結局オーマはエアコン一式と少しばかりの賞金を手にしただけで終わってしまった。他の参加者の中には、長期の旅と思って、と一緒に行く事を決めた者もいたようだったが。
 オーマと、殊にジュダは特に強く引きとめられたのだが、条件が見合わないと言う事でジュダも断わり、衣装その他をオーマの手に戻すとジュダはエルザードのどこかへと消えて行った。
 …ジュダの事を知る者で、ジュダを見ると武器を手に飛び出さずにはおれない者もいる事からオーマが付けさせた仮面と長髪のカツラは、今オーマの手元にある。
「…でもよ、面白かったよな?」
 そんな事を仮面に呟いてみて、そういう自分の姿にオーマは苦笑を浮かべると、今回の衣装を元のカーテンやテーブルクロスや仲間の服に戻しながら、仮面とカツラはオーマの『ひみつの小箱』の中へと押し込んだ。箱の中の空間を少々弄り、見た目からは考えられないほど大きな空間を作ったその中には、様々な思い出の品が詰め込まれている。
 そこに、今日新たにまた2つ追加し、箱の中を覗きこんでオーマがにんまりと笑う。
「…またやろうな、相棒」
 誰にも聞かれないよう、こっそりとそんな事を囁きながら。

 ――どこかから、エアコンの取り付けにはしゃぎながらオーマを呼ぶ何人もの声が聞こえていた。

-END-