<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『笛吹き』


<オープニング>

 白山羊亭へ依頼に来た男性は、重傷では無さそうだが、手首に包帯を巻き、額にも絆創膏があった。頬には猫か小犬にやられたような掻き傷もある。
「私はアクアーネ村の商店街の会長をしている者です」
 水の都アクアーネには、初夏から夏に観光客がたくさん訪れる。そろそろお客も増え始める嬉しい時期のはずだ。だが、男の表情は冴えない。
「急に、村の動物達が凶暴になって困っております。鳶やカラスは空から人間を襲い、犬や兎も人に飛び掛かるようになりまして」
 ルディアはメモを取りながら「変ですね。今までは動物達はおとなしかったのですよね?」と小首を傾げる。
「今も、動物達は村で暴れているのですか?」
「いえ。突然凶暴化するのです。まるで、フルートの音が開始の合図のように」
「フルート?」
「どこからともなく音楽が聞こえ、10分位なのですが、動物達がおかしくなります。会議では、動物達を殲滅してくれる冒険者を依頼するということでした。でも、原因を突き止めて、解決できれば」
 頬は愛する猫にでも引っ掻かれたのだろうか、男はため息をついて傷に手を触れた。

* * * * *
「殲滅ってのは、ちと乱暴だよな」
 隣のテーブルでジョッキを掲げていたオーマ・シュヴァルツが、口を挟んだ。2メートルを越える大きな体。刺青の素肌に七色の着物を羽織る堅気には見えない男だが、実はこれでも医師であった。彼は危険な戦闘の中でも、常に不殺の立場を取り続ける。
「確かに、これから観光シーズンで、不穏な噂が立ったら、うっふん金貨ばらまき観光客もドタキャン連発かもしれないが。だが、動物を殺したく無いというおまえさんに協力するぜ」
 彼と一緒に食事をしていたアイラス・サーリアスも、アイスティーの氷を鳴らしながら、別の理由を提示し殲滅に反対する。
「動物を全部始末するより、原因を究明して根本を修正した方が、仕事も楽だし早道だと思いますよ」
 青年の眼鏡の奥の瞳は穏やかに微笑んでいるが、時に鋭く非情に光ることを、エルザードの人々は知っている。
 会長は、自分の考えに賛同してくれる者がいて、ほっとしたらしい。皺が増え始めた目尻をさらに緩めた。
「私のしていることは、規則に反しているとは思います。会議で決まったのでは無いことを依頼しているのですから」
「村の側には、誰からか恨みを買っているような、やましさに通じる心当たりはないのかしら?」
 優雅で、そしてどこか背筋を寒くさせるような冷徹な女性の声が加わった。カウンターには、マントを体の一部のようにまとった妙齢の美女が居た。黒い眼帯の隻眼と、銀の髪から覗くのは鋭利な曲角。悪魔にも似た美貌を有した角王族のゼラ・ギゼル・ハーンだ。
「観光地として繁栄していますから、やっかみはあるかもしれません。また、乱暴なお客様には相応の対処をします。恨んでいる方もいるかもしれません。ですが、村を訪れてくださるお客様を第一に考え、誠意を以って村全体で接客に勤めているつもりです」
 男の言葉にごまかしは感じられない。

 動物の暴動は、5日前から、一日に一回(二回の日もあった)、午後に起こるという。穏便な方法で解決したいと思う者も数人いて、会長の家に集まっているそうだ。まずは3人は、会長と共にアクアーネ村の彼の家へ向かった。


< 1 >

 アクアーネの主要交通は船である。ゴンドラが水路を行き来し、街路では馬車も馬も通行が禁止されている。馬は村の入口までしか入れないし、農家が無いので農耕馬も牛もいない。食堂経営者がミルクの為に飼う乳牛や山羊、新鮮な玉子の為の鶏小屋、番犬。飼われる動物はそれぐらいだ。
『水の都へようこそ』と描かれた村入口の観光案内看板の横には、手書きの注意書きが貼られていた。
<笛の音が聞こえたら、即座に近くの建物の中に避難して下さい。外に居ると野良猫や鳥に襲われる事があります>
 澄んだ川には魚も棲息するので、野良猫と水鳥が多い。3人が会長に連れられ歩く石畳の道では、寝そべる豊満な老猫や飛び跳ねるように歩く仔猫を何匹も見かけた。彼らは人に慣れ、人が近づいても微動だにしない。餌を期待するのか、遊んで欲しいのか、仔猫などはこちらへ寄って来る。
 アイラスが膝をついて、「この子達を助ける為に、是非解決しませんとね」と、三毛の背を撫でた。
「人間にも、『音』は多少影響しているのかしら?動物を皆殺しにしようという発想自体が、好戦的すぎるわ」
 ゼラが髪を掻き上げながら、推理とも批判とも取れる言葉を呟く。

 3人は、会長宅で村の観光地図を貰い、場所を3分割し、割り当てを決めた。そして住人達への聞き込み開始である。

* * * * *
 ゼラは、村のレストラン街へと足を運んだ。『水の都』と言うだけあり、魚介類を食べさせる店が多いが、白い窓枠にピンクの壁などという少女趣味のパーラーも並ぶ。
 ランチとディナーのはざまの時間のせいか、それとも事件のせいか。店はどこも空席が目立った。パスタの店にヒールを響かせ入ると、従業員達は女王然とした客にはっと目を見張り、息を飲んだ。
 ゼナがテーブルを選び、マントの裾を気にしつつ座ろうとすると、気づいた店員が椅子を引いた。
「ありがとう。でも、私はお客じゃないのよ。昼下がりに聞こえるという、笛の音について、聞きたいことがあってね」
「会長がお願いした、冒険者のかたですね?」
 彼が白山羊亭へ依頼に行ったことは、よほど浸透しているようだ。
 ウェイターもコックも皿洗いも、次々にテーブルの前を訪れ、質問に答えてくれた。店長から、協力を強く言われているのかもしれない。
 音が聞こえるのが3時頃というのは一致していた。夜に一度音色を聞いた者もいたが、忙しい時間だったせいか、他の者は聞き逃したと言う。
 3時には、休憩で他の場所にいた者もいる。ゼラは、その時居た場所を必ず確認し、聞こえた方向を矢印で地図に記して行った。記憶力が悪いのか、耳が悪いのか、矢印の方向は入り乱れていた。
 鶏に手の甲を突つかれたと言う絆創膏のウェイターは、「フルートを吹いてるのは、女性か子供だと思いますよ」と、テーブルにロイヤルミルクティーを置いた。「あ、サービスです」
 同じ相手に二度も礼を言うつもりはないので、ゼラはカップに口をつけ、「おいしいわ」と微笑むだけにとどめた。
「なぜそう思うの?」
「演奏自体あまり巧く無いけど、低音のC(ツェー)が、いつも濁っているんで。いっぱい抑える音は、指が届かないっていうか、手が小さいんじゃないかと思って」
 若いウェイターは、定型以外の言葉を喋ると、お里が知れるようだ。
「俺も子供の頃に習ってたんで、わかるんです。あ、俺、フルートは吹けるけど、犯人じゃないですよ」
「それはそうでしょう。自分で仕組んで、鶏にやられていたら、とんだ間抜けだわ」
 ゼラにとっては、豹や虎ならともかく、鶏にやられる者などは、やはり『間抜け』には違いないのだが。
 
 その後も、食堂を幾つか渡り、従業員達に同じように尋ねた。矢印が増えて行くと、方向にも統一性が出て来て、ゼラは満足の笑みを浮かべた。


< 2 >

 会長宅の居間で、オーマとアイラスとゼラの3人は地図を持ち寄る。アイラスが自分の地図に、2枚の情報を違うインクで書き加えて行った。作業中に、お互いの情報も確認し合った。
 7割の矢印が、一定の地域を差していた。会長は首を傾げた。
「ここは、村で働く人々の居住区です。3時頃には、そう人は残っていないはずですが」
 問題の時間は近い。犯人?が笛を吹く現場を抑えられるかもしれない。3人はソファから立ち上がる。
「同行します」と会長も腰を上げた。

 その地域は、長屋のような建物がひしめき合い、庭も緑も少ない。オーマは低い軒先に、何度か頭をぶつけそうになった。そんな狭い往来でも、少年たちはボールを投げ合い、遊びに興じている。
「おまえたち。3時が近いわよ?家に戻りなさい」
 ゼラが注意を促すが、少年の一人は指で鼻の下を擦って笑う。
「このへんにゃ、ペットを飼ってる家も無いよ。残飯も殆ど出ないから野良猫もカラスもいない」
 木が少ないせいか小鳥もいなかった。確かに暴走する動物は見当たらない。
「華やかな観光地ですが、支える人々の生活は質素です。この地域に被害が無いのは救いです」
 そう会長は言うが。
「この地域の誰かが、観光地で豪奢に遊ぶ者を妬んだのではないのかしら?」
 ゼラの言葉は厳しい。
 その時、西の端からフルートの音が聞こえた。
「あの部屋からです」
 耳のいいアイラスが建物を特定し、走り出す。

 アイラスに続き、ゼラも窓から中を覗き込んだ。背後からオーマの影もかぶる。
 部屋の中では、まだ10歳に満たないだろう少年が、ハムスターのケージの前でフルートを鳴らしていた。
 ペットの為に作った遊び場なのか、そのケージの中は四隅にロープが張られたリングに似た台が置いてある。白のジャンガリアン・ハムスターと、焦げ茶のロボロフスキーが、前脚をぶつけ合っていた。じゃれあっているようにも見えるが、闘っているのだろう。少年の椅子の傍らには松葉杖があった。
 少年は横笛を吹きつつも、小さい爪で引っ掻き合う小動物の様子を、目を細めてうっとりと眺めている。
「なんてことだ」と会長は苦くつぶやき、窓の桟を叩いた。少年は、はっと、楽器から唇を離した。

 少年は、素直に玄関のドアを開け全員を導き入れたが、左脇で松葉杖に寄りかかり、右手にフルートを握りしめたまま、黙り続ける。会長がゼラ達に向かって口火を切った。
「彼は、トウ。未亡人の母親は、食堂で働いています。彼は、去年怪我をして、外でみんなと遊べなくなって。私ら金銭に余裕のある年配の者たちが、慰めにハムスターを贈ったのですが・・・」
「ごめんなさい!ミルクとダージリンを、連れて行かないで!もう、喧嘩させたりしない!可愛がるから!」
 少年が堰を切ったように叫び、会長の腕を掴んで振った。丸い漆黒の瞳には涙が浮かんでいる。
 少年は、村を騒がしている事件のことは知らないようだ。母親は、職場でのつらい事や暗い事件は話さないのかもしれない。だが、彼は、その遊びが十分残酷で悪いことだと認識していた。
 退屈と孤独は、良識を麻痺させ、悪意を増幅させる。

 フルートは、見知らぬ男から貰ったのだそうだ。トウが、道で子供達が遊ぶのを、窓からつまらなそうに眺めていた時のことだと言う。
『退屈そうだな?これを、動物達の前で吹くと、面白いぞ』
 男は旅立つ風体だった。トウにフルートを手渡すと、そのまま行ってしまった。

 トウは、おやつのビスケットの余りを、勝ったハムスターに与えていた。闘いはおやつの後。だから、3時頃にフルートが鳴ったというわけだ。
「夜に二度目を吹いた日は、ママが残業で遅くて、寂しかったから」と、下を向いてトウは告白した。寂しがる事を、トウは恥じた。
 大人達は顔を見合わす。この可哀相な少年に、事件のことを教えねばなるまい。隠していてもいずれわかることだ。
「あー。えーと。トウ、会長のおっさんが、手に包帯してるだろ?何故か知ってるか?」
 短髪をくしゃくしゃと指で掻き崩しつつ、オーマが言いにくそうに語り始める。事実を徐々に理解したトウの顔色は青ざめ、握った松葉杖がカタカタと床を鳴らした。
 嗚咽の為に息を大きく吸った、その時。ゼラが母のように胸に少年を抱き寄せた。ふわりと黒いマントが少年の背をおおった。
「おまえは、その男に嵌められたのよ?そう、確かにおまえの弱さは呪いなさい。歯噛みして地団駄踏みなさい。でも、必要以上に責めてはいけない」
「・・・。」
 少年は黙って、ゼラの優しく甘い香水に顔を埋め、そして声をたてずに泣いた。少年は、細い肩で、自分のした事を受け止めようとしていた。

 母親や村人達への報告は、会長に任せた。皆、深く想いに沈み、だが、嘘の報告で子供を守ろうと言い出す者はいなかった。
「二度と吹かれることがないように」と、ゼラが自らの長刀でフルートを両断にした。
 アイラスが銀の切れ端を拾いつつ、「人間には、こんな楽器は必要無いでしょうね」と自虐的に呟いた。フルートの音など聞かなくても、戦争、決闘、諍い・・・争いは絶えない。

 この先、村人達のトウへの態度は冷たいものに変わるかもしれない。母親は、働き辛くなるかもしれない。
 だが、弱さから自棄にならぬよう。母子が強く生きる事を祈るしかなかった。

* * * * *
 アクアーネ村の、たいして美味くもないレストランに、最近ゼラはよく訪れる。迫力の貴婦人におどおどと対応する店員たちを鼻で笑いながら、『この料理のソースは何か』や『海老はどこ産か』などの質問で、さらに彼らをパニックに陥れ、くつくつと笑みを洩らして楽しんでいる。
 そして、食事を終えると、さり気なく、思い出したように。だが、必ず、尋ねるのだ。
「あの少年は元気?」と。
 店員達は、トウの様子を、リハビリの状況から、前日家に遊びに来た友人の数まで、こと細かに伝える。
「少年は前へ進むのに、ここの料理は成長しないわね」
 ゼラがあまりに優雅に微笑むので、店員達が悪態だと気づくのは、彼女のマントが見えなくなった後である。


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢(実年齢) / 職業】
1649/アイラス・サーリアス/男性/19(19)/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39(999)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
2366/ゼラ・ギゼル・ハーン/女性/28(542)/魔導師

NPC 
アクアーネ村商店街会長
トウ

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
ゼラさん、発注をいただいた設定では、年齢が『542歳(実年齢28歳)』になっていたのですが、反対ですよね?
レストランのウェイター達は、いたぶられながらも、結構ゼラさんのファンかもしれません。