<東京怪談ノベル(シングル)>


青空を探しに

 旅人は言った。
 本当の青空を探しに行くのだと。


「着いた・・・!!」
 大きな鞄を抱え、カーディナル・スプランディドは感嘆の声をあげた。
 ソーンでも僻地にある土地で生まれ、師匠と共に魔石錬師としての修行をしていたのだが、成人を機にここ・聖都エルザードに出てきたのだ。
 都は活気に溢れ、人々の笑い声が絶えない。あちこちに並ぶ店にカーディナルの目は奪われっぱなしだった。
「凄い凄い凄い・・・!」
 田舎臭さ丸だしだったが、そんなことを気にしている暇はない。
 色んな店を見て周り、彼女はとりあえず目一杯ウインドウショッピングを楽しむことにした。
 住む場所を決めるのは後回しだ。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。これなんかお嬢ちゃんに似合うんじゃないかい?」
 アクセサリーショップのおばさんに声をかけられ、カーディナルは足を止める。綺麗な赤い石のネックレスだった。
「綺麗・・・」
「でしょう?何でも遙か北の奥地に住む伝説の種族の涙からできたって言われてる石なんだ。今ならお安くしとくよ」
 値段を聞いてみると、決して安くはないが高くもない。
 カーディナルはしばらく考え、結局買うことにした。さっそく首にかけて、軽い足取りで先に進む。するとまた声をかけられた。
「はい?」
 振り返ると二十代前半程の人間の青年が立っている。彼は妙に馴れ馴れしい笑顔を浮かべ言った。
「見ない顔だね。もしかしてここは初めて?」
「あ・・・はい。今着いたばかりなんです」
「そう。悪いけどちょっと荷物を見せてもらえないかな」
 どうしてですかと訊くと青年は苦々しそうな表情になった。何でもここ最近物騒な事件が多いらしく、抜き打ちで持ち物検査をしているというのだ。自警団か何かの方ですか、と尋ねるとまあ、そんなところだよという答えが返ってきた。
 それならとカーディナルは鞄を差し出す。青年は中身を少し確認するとすぐに返してくれた。
「それだけでいいんですか?」
「うん。危ないものは入ってないみたいだ。ご協力ありがとう」
 去って行く青年の後姿が見えなくなると、カーディナルは目線を鞄の中に落とした。
「あれ?」
 ない。
 財布がない。
「・・・あれ?」
 今の状況を把握するのに数秒の時間を要した。これはつまり・・・
「嘘・・・っ」
 カーディナルは慌てて先程の青年が向かった方へ走った。

 狭い路地に入って、カーディナルは息を整えた。青年は見つからない。
「・・・どうしよう・・・」
 泣きそうだ。
 お金が無い状態でどうやって聖都で暮らしていけばいいのか。
「探し物はこれかな」
「え・・・?」
 顔を上げた。カーディナルより少し年上くらいの人間の少年が壁に寄りかかりこちらを見ている。その手には桃色の財布が握られていた。
「あ・・・っ。あたしの・・・!」
 少年から財布を受け取り頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「どういたしまして。でも駄目だよ、君。そんなんじゃ聖都で生きていけない」
「え?」
 少年はカーディナルの胸元に光る赤い石を指差した。
「例えばそれ。伝説の種族の涙からできた石だって言われて買ったんだろ?」
「はい。そうです」
「残念ながら偽物なんだよね。本物はもっと澄んだ色をしているんだ」
「え!?」
 カーディナルは吃驚して胸に光る石を見る。
「あたし・・・騙されたってことですか・・・?」
「そうなるね」
「そんなあ・・・」
 彼女の情けない声に少年はクスクスと笑う。
「君は素直ないい子なんだね」
「普通・・・だと思いますけど」
「その普通もここでは通用しないってこと」
 少年は歌うように続けた。
「確かにここはいい所だけどね。人が集まる分、物騒な奴らも多いんだ。気をつけないと」
 そうだったのか・・・。
 聖都は夢のような場所だと思っていたので、少しがっかりである。
「・・・あなたは?」
「ん?」
「あなたは物騒な人なんですか?」
 少年は目を瞬かせ、肩を竦めてみせた。
「・・・物騒な人だったらどうする?」
「噛みついてやります」
「なるほど。その元気があれば大丈夫かな」
 おかしそうに笑う少年にカーディナルはほっとする。
 大丈夫。この人はいい人だ。
「まあ、僕は旅人だから聖都の人間ではないけどね」
「旅人さん・・・?」
「そう。本当の青空を探しているんだ」
「青空・・・」
 カーディナルは空を見上げる。眩しい程に青い空が広がっていた。
「空なんてどこに行っても青いじゃないですか」
「まあ、そうなんだけど・・・。何て言えばいいのかな・・・青空の青にも色々あるんだよ。その中でも自分が一番綺麗だと思った青・・・それが本当の青空なんだ」
「よくわかんないです」
「うん。実は僕も良くわかってない」
 少年も空を見上げる。
「ただ、本当の青空が見える場所。それが僕の居場所だと思うんだ」
「居場所・・・」
「まあ、聖都は違ったみたいだけど」
「え・・・」
 残念そうな顔をするカーディナルを見て、少年は「はは」と可笑しそうに笑った。
「本当の青空は人それぞれ違うものなんだ。もしかしたら君は、この聖都で見つけられるかもしれないね」


 それから数日後、カーディナルは一軒家を借り、魔石錬師としての修行を始めていた。
 外に出た時には必ず、空を見上げるようにしている。
 青くて澄んだ空。
 それが本当の青空かどうかはまだわからないけれど。
 少なくとも故郷で見た青空よりは綺麗で。
 ここでなら上手くやっていけるかもしれない・・・と妙な自信がついたのは確かだった。



 青空を探しにいこう
 世界で一番綺麗な青空を探しに