<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


そして我々は想像だにしなかったものを発見した?!

▽▲自称美少女ウェイトレスの懸念▲▽
 白山羊亭のウェイトレス、ルディア・カナーズは7日前から姿を消したクリスト・レイヴンを少しだけ心配していた。店にいれば迷惑な客なのでいなくなってくれるとせいせいする。どこか遠くで達者に暮らして欲しいけど、行き倒れているかと思うと気にならなくもない。最期に会ったのはルディアでした‥‥なんて、クリストの人生を締めくくる言葉に自分の名が記されるのは絶対に嫌だ。
「えい! しょうがない」
 ルディアは店の壁に募集記事を貼り付けた。

■人捜しをお願いします■
 クリスト・レイヴンさんを探してくれる方を募集します。見つけた方には白山羊亭のエールを5杯無料で提供します。
・竜人を捜しに7日前に森へ入っていきました
・銀髪長髪瞳緑 ごてごてした赤い服を着ています
・ポエムみたいな口調でお喋りします
・元気そうなら連れ帰らなくても結構です
・お弁当と保存食は準備します
                風薫る桃色乙女筋★ナウヤングアニキ彼氏募集中v 
                   白山羊亭の美少女ウェイトレス・ルディア

▽▲勇者が5人?▲▽
 5人‥‥或いは4人と1頭はそれぞれにお弁当と3日分の保存食をルディアから渡された。食料の準備をしてきた者もいたが、ルディアの好意を拒否する者はいない。
「気をつけてくださいね」
 ルディアは紅一点であるアルミア・エルミナールにまず荷を手渡した。
「人捜し程度で案ずる事はない。その男、どうやらはた迷惑そうな者らしいが‥‥な」
 アルミアはあまり抑揚のない、聞きようによっては素っ気ない口調でルディアに言った。表情にも感情は表れていない。
「そうなんですよ。なので、ちょっと探してみて、いなさそうでしたら戻ってきてください。一応探したってことで気も済むと思うし‥‥」
 無邪気にルディアが笑顔を浮かべる。クリスト捜索依頼をしてから今までの間に、彼女は気持ちに整理をつけたようだ。去る者は日々に疎しだ。
「はぁ、わかりました。では僕も気が済んだら戻ってきますね」
 やはりにっこりと笑顔を浮かべ、アイラス・サーリアスはややダークな発言をした。手荷物をもう一度確認して、応急処置の道具や薬が入っている事を確かめる。あのクリストを探すのだから、これは絶対に必要になると確信できる。
「‥‥ご主人様ったら」
 うまはなんとなく『これじゃいけない。ご主人様には立派な人格者になって貰いたい』と思うが、危険な事をしないでくれるのは嬉しいことだと思う。そもそも、自分が同行するのは、会った事もないクリストの為ではない。大事なご主人様を守るためだ。
「で、募集のところにイタズラ書きしたのは、オーマさんですよね」
 荷物を渡しながらルディアは背の高いオーマ・シュヴァルツをにらみつける。しかし、彼はそんな視線などまったく意に介さない。持参のセクシー弁当や医療具などをカバンから取り出してはまたしまっている。
「ムネドキびゅーてぃ乱舞アニキ(多分、クリストの事)ウォーター桃源郷★目指しマッチョで行方知れず筋☆になっちまったってかね(竜人の棲む水の国を探して行方不明になってしまったのか)?」
 目の前のルディアは無視し、歌う様にオーマは『語る』。どこを探そうか、なんて考える必要はない。マッチョポエミーリズムを腹黒毒電波受信し親父桃色探知機GO(クリストの気配を自分が感知)だからだ。まったく話を聞いてももらず、溜め息をつきながらルディアは最後の荷物を甜満屋夜太郎に渡した。
「まぁ任せとけって。女の子がそんな暗い顔をするもんじゃないぜ。‥‥あと、エールはキンキンに冷やしておいてくれよ」
 ちょっと悪ぶった笑みを浮かべ、夜太郎はルディアにウィンクをしてみせた。

「ちょっと色々不安になっちゃったわ」
 街を出てゆく一行を見送り、後悔に似た思いをルディアは感じていた。

▽▲森に入ってもないじゃん!▲▽
 オーマが毒電波を桃色探知機で受信するまでもなく、クリストは見つかった。
「やけにあっさり見つかりましたね。どこかで野垂れ死にしてるかと期待していましたのに、ある意味がっかりですよ」
 アイラスは柔らかい笑顔を浮かべながら言う。これで旅も終わりと思うと、落胆してしまう気持ちを抑えきれない。
「えっと、行き交う人に3回聞いただけで見つかっちまうってのは、冒険だとしても、かくれんぼだとしても最悪だな」
 夜太郎が笑っていった。ルディアの弁当は食べてしまったが、保存食はまだまだ残っている。急げば王都から2日の距離だった。視界が開けたとおもうとそこは広々とした草原で、更にその向こうに森が広がっているのが見えた。道のすぐ端には石を集めて作った炉があり、その隣に、大きめの石を椅子代わりにしてクリストが座っていた。炉には鍋の様な物がかけられ、何かを煮ているらしい。
「野草の煮物ですか‥‥これは食べたくありませんね」
 ひょいと鍋の中を覗き見して、うまは不快そうに顔を背けた。その動きにクリストがあわてて立ち上がり、さぁっと後退する。あからさまに怯えを見せるクリストにうまは内心ムッと来る。しかし、普段から感情を押さえているため、今もグッと堪えてしまう。ただ、悲しい気持ちだけは心に傷を残す。
「ムネドキびゅーてぃ乱舞アニキ(きっと、クリストの事)、森にGOせず★か〜」
 笑いながらクリスト指をさし、堪えきれずに腹をかかえるオーマ。ここまで苦労らしい苦労などしたくでも出来ない筈なのだが、クリストの赤い服はすっかり色落ちし、銀色の髪もくしゃくしゃになっている。クリスト的には大冒険の果てらしい。それもまた笑いをそそる。
「どうやらこれで旅も終わりらしい。クリストだな。ルディアが気に掛けている。‥‥帰るぞ」
「帰る? 竜人も見ずに帰など出来るわけはない‥‥ってぐ、ぐえぇえええ」
 クリストの長口上は同じ喉から出る押しつぶされた悲鳴で中断された。アルミアがクリストの首に縄を掛け、容赦なく引っ張ったからだ。非力なクリストは踏みとどまる事も出来ず、縄から逃れる事も出来ずアルミアに引っぱられた。彼女は有言実行の人らしい。
「ださー。アニキ超ださー筋★」
 ゲラゲラと不遠慮にオーマが笑う。アルミアが手加減をしていることは判っているので、止めに入ることさえもしない。
「私には‥‥崇高な使命があああ‥‥あっ」
 くたっとクリストの身体から力が抜け、抵抗なくアルミアに引きよせられる。
「御主人さま、お気を付け下さい」
「大丈夫だよ。けれど、気絶‥‥しちゃいましたね」
 主を気遣い、うまはアイラスをクリストに近づけなかったが、その身体越しでもクリストが気を失っているのはわかる。
「ま、根性だけはあるんじゃねぇの? 空回り系だけどな」
 トコトン男には感心の薄い夜太郎は、チラッとクリストを見て素っ気なく言った。

▽▲いきなり探検隊結成▲▽
 というわけで、森の中である。
「本当にこの森なのか?」
 不承不承同行することにしたアルミアが冷たい口調で言う。クリストを探しに来た『だけ』のアルミアにとって、ここから先は余計な旅であった。しかし、クリストはどうしても『竜人探索』を続行すると言ってきかない。命がけで嫌だという。やむなく折衷案として、帰路も考え保存食が保つ間だけクリストに付き合う事になったのだ。
「この森付近が最も目撃証言が多いのです。ですからここに間違いはないのです。あぁ〜きっと私が訪れる事をずっと、ず〜〜っと待っているのでしょう。なぜなら‥‥」
「マジヤバグレード筋★ウォータ桃源郷でウハウハドキバク★未来の腹黒原石アニキの命を全ての親父愛盾と成りて大胸筋守護せんが為にGO〜あ、『命、大事』で殺生厳禁★でよろしくマッスル」
「おぉ。私の崇高なる志に賛同してくれるのですね〜コノ至上の喜びを‥‥」
 何がどうなったのか、クリストとオーマは自分流で喋り会話を無理矢理成立させ、なんとなく意気投合しているようだった。その『不思議世界』には、あまりに不思議過ぎて何人たりとも近寄れない。
「ご主人様、お願いですからもう少しあの方々から離れてお歩き下さい。今のままですと、とっさの時に対応できません」
 うまは警戒心をむき出しにして、アイラスにそう告げる。本当ならば背に乗っていただき、どこか安全な場所に連れて行きたいのだが一行は歩いて移動しているので、アイラスも同じように自分の足で歩いている。
「おまえ、本当に主が大事なんだな?」
 面白そうに夜太郎が言った。夜太郎にとって、クリストとオーマが如何にぶっ飛んだコンビであろうとも、野郎には興味ない。それよりは、氷の騎士っぽいアルミアや、淑女っぽいうまの方に数段興味がそそられる。
「あたりまえです」
 うまはやや強い調子で即答した。
「私はご主人様の騎乗獣です。そりゃあご主人様はあまり私に乗るのはお好きではかもしれませんけど‥‥ですから、愛玩動物扱いかもしれませんけれど‥‥やっぱり、ご主人様の為に『ある』モノなのです」
 どこか不安げに、しかし誇らしげにうまは言った。
「卿は幸せ者だな」
「そ‥‥そうでしょうか。まぁそうなのでしょうね」
 アルミアは表情を変えずにアイラスに言う。その口調はほんのり優しい。大切な人がいて、その人の側にいる。それがどれほど大切な事か、儚いものか、失った記憶を持つ者には痛いほど判る。アイラスは少し照れたように視線をそらし、それから軽くうなづいた。
「おい、あれ‥‥」
 のんびりと歩いていた一行は、夜太郎のその声で歩みを止め視線を巡らせる。道無き道のすぐ側に、人工物があった。細い木の枝を地面に差し、薄く切った木片が貼り付けられている。木片には薄くかすれた文字が刻まれていた。
「これ、道しるべでしょうか?」
 アイラスは近寄り木片を指でなぞる。
「読めるか?」
 夜太郎がアイラスの肩越しに木片をのぞき込む。その上からうまが顔を覗かせる。
「『この先竜人の聖地。何人たりとも進むべからず』ですって」
「何と!!」
「ゲキヤバ?!」
 引き返してきたクリストとオーマが、それぞれ思いたけ短い言葉に集約して叫んだ。

▽▲竜人の聖地ってガセ?!▲▽
 簡素な立て看板を無視し、一行は更に森の奥へと向かって進んだ。クリストは諦めなかったし、なんとなく結末まで見届けたい気分に皆がなっていた。
「そもそもここは誰の私有地でもありませんからね。人を閉め出すなんて不当です」
 アイラスは理屈に通らない事は嫌いな方だった。整然とした論理、不変の公式にこそ心地よさと美を感じる。だから、この屁理屈はどちらかといえば不快であった。
「そう書き記すからには、他人に立ち入られては困る事があるのだろう。それが何であるのか‥‥気になるところだ」
 アルミアも不正は好きなれない質だった。清廉にして峻烈だと評される事が多い。うまはどうでもよかったが、主人には従うつもりだったし、夜太郎は女性を置いて帰る気にはなれない。オーマは基本的に『面白くなりそうな方へ荷担する』主義だった。
「ここか‥‥」
 枝を払い草をかき分け、そして夜太郎の視界の先には泉があった。目にまぶしいほどの緑が泉の周りを彩っている。そして、泉は陽光に煌めき、水面は微かに揺れている。
「おおぉぉ〜。これこそ異なる世界への入り口なのです〜」
「ゲキ感激★超刺激★筋!」
 クリストとオーマが夜太郎を追い越し、草を越えて泉へ近づく。
「やめて〜〜!」
 か細い声がした。けれど、姿はない。
「どこですか!」
 うまは軽く浮き上がり、そこから泉付近を見下ろしてみる。連なる木々の最も高い場所よりも更にうまの顔が上に出る。
「きゃ〜〜」
 悲鳴があがった。今度は先ほどよりももっと声が大きい。アイラスがその声のした場所へと走る。誰もいない。いや、いないのではない。ずっと小さいのだ。
「これは‥‥別嬪じゃないか。やるなぁ」
 同じく声の方へと走った夜太郎が感心したように声をあげる。泉のまわりに生える草。その上に小さな少女が立っていた。
「これまた、胸ドキ★」
 少女はオーマが立てた親指とほぼ同じぐらいの大きさだった。

「ごめんなさい。でも、竜人みたいに強そうな人がいるなら、誰も来ないって思ったの。ハッキリ言ってあなた達は想定外だったわ」
 少女はペコリと頭を下げた。アイラス、うま、アルミア、オーマ、そして夜太郎は車座になって少女を囲んでいた。クリストは狂喜乱舞のあまり常人にわかる言語を使えなくなっていたので、放置されている。
「ここはあなた方の世界へと繋がる入り口だったのですか?」
 アイラスが聞くと少女はうなづいた。
「えぇ。でも、私達が水の中に住んでいるのじゃないです。ただ、こういう扉が幾つかあるです。ここは皆さんに知られてしまったので、もう使わなくなると思います。私が当番の時だなんて、減点ものですけれどね」
 肩をすくめて少女は笑った。
「それは悪かったな。困るんならバックれたって構わないぜ。俺達は他言しないから、な」
 夜太郎は片頬だけに笑みを浮かべる。けれど、少女はやはり首を横に振った。
「ありがとう。でも、規則通りにするわ。まぁなるようになるだろうし」
「そうだな‥‥それがいい」
 アルミアはうなづいた。少女は皆に手を振ると、ぽーんと飛び上がって葉から泉へと飛び込んだ。小さな波紋が広がって、直ぐに消えた。

 その後、王都へと戻ったが泉で見た事は誰も街の者には言わなかった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1649 /アイラス・サーリアス/青少年/脳天気腹黒少年?】
【2693/うま/長命系/淑やかな貞女?】
【2524/アルミア・エルミナール/妙齢/氷の騎士?】
【1953 /オーマ・シュヴァルツ/年齢不詳/ぶっ飛びはっちゃけ組?】
【2773/甜満屋夜太郎/若者/女性至上主義最高?】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 このたびは白山羊亭冒険記にご参加いただき、ありがとうございました。ノベルをお届けいたします。えーいきなり竜人じゃないじゃん! な結末となりまして、誠に申し訳ありません。なんか全然違う謎の生物が出て参りましたが、これからも機会がありましたら、また冒険にご一緒させてください。